ポリジュース薬が完成した。
一方にはジェームズの髪の毛が、もう一方にはシリウスの髪の毛が入っている。
そう、私とロックハートはジェームズとシリウスになるのだ。
魔法省に侵入するのだから、闇祓いの姿を借りるのは適切だ。分かってる。分かってるけどさ⋯⋯。
神妙な顔をする私に気付いたのか、ジェームズが一方の薬瓶を差し出した。透き通った金色だ。これはジェームズ変身用のポリジュース薬である。ちなみに、シリウス変身用の方は茶色がかった液体だ。
「さぁ、リリー。飲んで?Drink me!」
「分かってるから、いちいちそう言うのやめて?飲む気が失せる」
誰が好き好んで、人の体の一部が入った液体を飲みたいと思うのか。これは一気飲みするしかない。
そんな覚悟を決めた瞬間、シリウスが余計なことを喋った。
「良かったな、ジェームズ。いつぞやのEat meの願望が叶って」
「あ⋯⋯」
脳裏によぎるのは、『リリーの体内に入って云々』と恍惚とするジェームズの姿だ。
そしてなう。
ジェームズさんはなんかはぁはぁ興奮してた。うん、キモい。
「オロロロロロ」
「まだ飲んでもないのに吐いてる⋯⋯」
「た、大変だ!気分が良くなるお薬を出してあげる」
「ジェームズ、それポリジュース薬」
「チッ、リーマス⋯⋯余計なことを⋯⋯」
ジェームズが軽く舌打ちをすると、リーマスもまた軽くキレた。
「こんなことしてる場合じゃないだろう!」
「それはそう」
結果、公正なるくじ引きで決めることになった。
「じゃあ、私ロックハートを呼んでくるわね」
ポリジュース薬を飲むのは、私とロックハートである。薬も完成したことだし、そろそろ来てもらおう。
ロックハートは、訓練部屋にいるらしい。長い廊下を歩いて向かった。
地下空間とは思えないほどの広さだが、当然魔法を使って拡張している。良いですよねこういうの。子ども心がくすぐられて。
「ロックハート、魔法薬完成したわ⋯⋯よ⋯⋯」
部屋の扉を開けた私が目にしたのは、ベラトリックスにしばかれるロックハートの姿だった。
「きゃはは!死ね、雑魚はくたばれ!」
「こ、怖い⋯⋯助けて、ファントム⋯⋯」
「無理だ」
私は無言で扉を閉めた。そしてもう一度開ける。
「インカーセラス!クルーシオ!」
「ププププロテゴ!」
「インペリオ!」
私は呆然と呟いた。
「おかしい⋯⋯なんでベラさん、平然と禁じられた呪文使ってんだ⋯⋯?」
「お答えしよう」
「あ、ファントム」
いつの間にか近くに来ていたファントムは、疲労感を滲ませながら答えた。
「どうやら彼女、杖を握ると戦闘狂の血が目覚めるらしい」
「えぇ⋯⋯?」
記憶ないのにそんなことある?酒を呑んで人格が変わる的な?
四歳児のはずのベラさんは、かつての死喰い人としての面影を見せながら魔法を連発していた。
「こわい⋯⋯やだ⋯⋯うっうっ⋯⋯」と怯えるロックハート。整った顔は涙と汗でぐちゃぐちゃで、見る影もない。
見かねた私は、ベラトリックスに武装解除魔法を放った。
「⋯⋯あれ、ギル?どうしてないてるの?」
手から杖が離れた途端、ベラトリックスはきょとん顔でロックハートににじり寄った。おいおい、記憶なくなったんか?人変わりすぎだろ。
「怖いよぉ⋯⋯。この子怖い⋯⋯」
「大丈夫?というか、何でベラトリックスと戦ってるのよ⋯⋯?」
尋ねたら、どうやら魔法の訓練になるかもしれないと思って、試しにベラに杖を持たせたのだという。そしたら人格が変わり、もはや止めることもできなくなったのだとか。笑った。
泣きべそをかくロックハートの手を引き、魔法薬を作っていた部屋に連れていく。「おいおい、なんで泣いてんだよロックハート〜」と揶揄うシリウスとは対照的なピーターが、優しくその背を撫でた。
「はい、これくじ引きね」
私がロックハートを呼んでいる間に、エマはくじ引きを用意できたらしい。
私は唾を嚥下してから、ロックハートとともにくじを引いた。
くじの先端には小さく、『J』と書いてあった。
J⋯⋯ジェームズ⋯⋯。
すぅ⋯⋯。
はい。
「よっしゃ、リリーが僕を引いてくれた!流石、これはもう運命だよ⋯⋯!」
「くそがあぁぁぁぁ!!」
私は壁に拳を突き出した。お口悪くてごめんあそばせ。
ちなみに、ジェームズ用ポリジュース薬は蜂蜜の味がした。不味くないのが余計に腹立つ。
*****
そして現在、私とロックハートは魔法省にいる。
シリウスの見た目をしたロックハートは、すれ違う女性職員から熱のこもった視線を受けてご満悦だ。
「いやぁ、やっぱ私⋯⋯俺、モテるな」
シリウスの口調を真似るロックハートに対して、私もジェームズの演技をする。
「その顔でモテて嬉しいのかな?僕には分からないけど⋯⋯」
訳:モテてるのはあくまでシリウスな。お前じゃねーよ。
秘められた真意に気付いたロックハートは、じろりと私を睨んだ。冗談ですやん。ごめんて。
私はバシッとロックハートの背中を叩いた。
「元気出して!これから君の活躍の場があるんだから!」
「そうですね⋯⋯じゃなくてそうだな!世間の注目を一手に担うスターになるもんな」
「そうそう。本当の
うんうんと頷くと、ロックハートは上機嫌に鼻歌を歌い始める。私が言えた立場じゃないけど、戦争を仕掛けるってのにこんな邪な感情で動いていいのだろうか⋯⋯?
そんな私の視線に気付いたのだろう、ロックハートは嘲るように笑った。
「なんだよ。承認欲求の塊だなこいつ、とか思ってる?」
「あはは。⋯⋯でも、それに僕は助けられた」
目的の部屋に向かって進む足を止める。少し先に進んでいたロックハートも、釣られて立ち止まった。
振り返ったロックハートと向かい合う形で、私たちの視線が交わる。
気付けば、指名手配されてから四ヶ月が過ぎた。ダンブルドアと合流したのが一ヶ月前だから、私とロックハートはおよそ三ヶ月間、二人きりで逃亡生活を送っていたことになる。
「悪くなかったよ、指名手配されてからの日々は」
ギボンに裏切られて、モリソンが⋯⋯殺されて。
そんな最悪の出来事から始まった逃亡生活。
多分私一人だったら、もっと荒んだものになったと思う。
失ったものに囚われて、絶望のどん底にいたかもしれない。
勿論、私は今でもモリソンの死を引きずっている。あまり言葉にはしなかったけど、今でもモリソンさんが⋯⋯私を庇って死んだ事実に、泣きたくなることもあった。
でも、そんなときに側にいてくれたのがロックハートだ。
一人じゃないからなんとなく気が紛れたし、ロックハートって面白いから、一緒にいて楽しかった。
辛いはずの逃亡生活に、色をつけてくれたのはロックハートだ。
「君が僕についてきたのは、目立ちたいっていう不純な動機だ。でも、理由はなんであれ、僕は⋯⋯」
私は。
「あなたに救われたよ」
だから伝えたい、と思った。
この感謝を。
どうしようもない目立ちたがり屋で、ちょっと馬鹿なロックハートに。
「あなたがいて良かった。ありがとう」
ロックハートはむず痒そうに、「こちらこそ」なんて言葉を呟いた。
「⋯⋯見てよジェーン。あそこに薔薇が咲いてるわ」
「え?⋯⋯あらぁ、すんばらしいじゃないか。これはいいジェシリ」
「「⋯⋯⋯⋯」」
感動シーンをぶち壊す発言が聞こえてきて、私とロックハートは神妙な顔になった。ちなみに私たち、潜入するにあたって聴力をアップさせる魔法をかけてもらっている。そのため、小さな声も拾えてしまうのだ。
声の主は、数メートル先の曲がり角からこちらを覗く女性二人だ。小声の発言から察するに、君たち腐女子だな?
まぁでも分かるよ。だってイケメンなジェームズとシリウスがなんか熱く見つめ合ってるもん。薔薇のエフェクトが見えてもおかしくない。
そんなことを考えた瞬間、とある悪巧みが頭に思い浮かんだ。
「⋯⋯ね、シリウス。ちょっと僕閃いたことがあるんだけど」
「奇遇だな。俺もだ」
私たちはニチャア⋯⋯な笑みを浮かべた。
そして間髪入れず、ロックハートを壁ドーン!!
「シリウス⋯⋯いつも、ありがとね⋯⋯」
「おう⋯⋯。お前もな⋯⋯?」
「⋯⋯w、いや、うん⋯⋯ふっww」
まずい、笑いが隠せない。
とここで、ロックハートの名演技が光る!
「ちょ、ジェームズ。人が、っw、人が見てるって⋯⋯」
笑うことによって揺れる吐息を、あたかも恥じらいによるもののようにカモフラージュした。
「⋯⋯分かった⋯⋯ww、また後でねっw⋯⋯」
そして私たちは耳を澄ませる。
腐女子は「きゃーっ」と小声で盛り上がり、謎にハイタッチしていた。そして、私たちと目が合うとそそくさと退散していく。
人の気配がなくなった瞬間、私たちは呼吸困難に陥った。
「ふぅ、ふぅ⋯⋯。おもしろすぎるwwwww」
「やばいですってww⋯⋯やってることやばすぎるwww」
これで魔法省には、ジェームズとシリウスの誤った関係性が広まることだろう。あの二人目立つし、この噂に需要は多いはずだ。許せジェシリ。ちょっとした悪戯だよ。
「これバレたら怒られません?」
「まぁあの二人悪戯好きだし、大丈夫でしょ。⋯⋯さ、そろそろ行こうか」
私の耳は、カメラのフラッシュ音を捉えていた。
私たちは記者会見の会場に向かった。
そっと扉を開けて中を覗く。
「うん、報道陣がみっちりいるわね」
彼らが注目しているのは、魔法省の広報担当者だ。なんでも、『これがあれば死喰い人に狙われない!』と謳った高額な水晶玉が出回っているのだとか。怪しすぎて誰も買わないだろ、とか思ったが、このご時世、どんなものでも縋りたくなる気持ちは分かる。
「⋯⋯ですから、これは効果ありません。えー、皆さんにはですね、えぇ、是非ステイホームを心掛けていただいて⋯⋯」
私は懐中時計を確認した。そろそろポリジュース薬が切れる頃合い。
ナイスタイミングだ。
「ほい。じゃあ気張ってこー⋯⋯どりゃ!」
私は扉を蹴破った。
派手な物音に、会場中の全員がこちらを見る。
間髪入れずに、私は全身金縛り術を放った。ざっと三十名。得意魔法ってこともあって、無事に全員の体が固まった。
私とロックハートは、動かない報道陣の間を縫うように歩いて、持参してきたマジカルマイクを手にした。まぁ、マイクなんてなくたっていいけど、雰囲気って大事でしょ?
ポリジュース薬が切れて、するすると髪の毛が伸びる。
「あーあーあー。マイクテスト、マイクテスト⋯⋯」
少しだけマイクの音量を上げてから、私は名前を名乗った。
「どうも皆さん初めまして。⋯⋯ではないか。どうも、巷で話題のリリー・エバンズです」
「ギルデロイ・ロックハートです」
「はい、まぁ、報道陣の皆さまは意識はあるのに体が動かなくてさぞ恐怖を感じることでしょう。ですが、あなた方を害そうというつもりはないのでご安心を。────なんてったって私は、死喰い人ではありませんから」
私は左腕を掲げた。そこには闇の印がある。
「調査も碌にしない魔法省には失望しました。これはただのタトゥーです。私は、はめられただけ。⋯⋯と言っても、誰も信じてくれないでしょう。故に、身の潔白は行動で示そうと思います」
私は一段と声を張り上げた。
「闇陣営の皆さまー!戦争と洒落込みましょー!!場所は母校・ホグワーツです」
ロックハートに視線を送る。彼は頷いて、台の上に白い袋を置いた。
「絶対に来た方がいいと思いますよ。なんせこちらは、闇の帝王(笑)を不死身たらしめるアイテムを押さえてますので」
私はロックハートにマイクを差し出した。
ここからは目立ちたがり屋ロックハートに任せよう。
ロックハートは袋の中から一つずつ、分霊箱を取り出していく。
「日記帳、ハッフルパフのカップ、スリザリンのロケット、ゴーントの指輪⋯⋯全部で
ロケットと指輪は、私と合流する前に既にファントムがゲットしていたという。ファントムまじ有能。
ロックハートは絶妙な間を作る。喋るの上手いよね、ほんと。なんだろう、発声方法からして私と違うんだよな。
「まさか闇の帝王ともあろうお方が、分霊箱を壊された程度でビビって戦いの場に来ない⋯⋯なんてこと、ないですよね?」
「煽りよる」
「ちなみにホグワーツに来なかった場合は、『怖気づいたんだー、可愛いでちゅねー』と煽り散らかすので把握よろ」
これは上手い!
ヴォルデモートのプライドはエベレストのように高い。こう言えば絶対に来るだろう。
それに⋯⋯こちらは一つ、毒を蒔いている。
ヴォルデモートが油断するような、毒を。
油断と慢心の闇の帝王は、必ずホグワーツに来る。
私は大事な人を目の前で殺された。友人は怪我を負い、平和とは程遠い生活を強いられている。
狩られるだけの羊はもういない。
今度はこちらが狩る番だ。
「いつまでも自分が狩人だと思わないでくださいね?」
ロックハートは、整った顔に不敵な笑みを浮かべた。
この作品で一番キャラが変わったのはロックハートかもしれない。