「お願い、ピーター。剣を抜いて、分霊箱を破壊して」
「無理です」
即答だった。
「できっこないよ!リリーだって取れなかったのに、僕が取れるわけないよっ!」と、シンジ君みたいなことを言うので、私の中のミサトさんが目覚めた。
「取りなさい、ピーター君!」
「だから無理だって、」
「あなた自身の願いのために!」
ぴくり、とピーターの眉毛が上がった。
私はピーターの肩を掴んで、しっかりと目を合わせる。
「ピーターはどうしてここに来たの?」
「どうしてって⋯⋯それは、騎士団だけだと人数が足りないから⋯⋯」
「そうね、私はそう言ってピーターを誘ったわ。でも、持ち場から離れて敵を引きつける役を担ったのはあなたの自由意志でしょ!」
ベラトリックスは先ほど、「ピーターが率先してテントから出た」と言っていた。救護テントの防衛係は他にもいる。にも関わらず、あのピーターが自ら戦う決意をしたのだ。それを勇気と言わずしてなんという?
ピーターは項垂れた。
「⋯⋯僕も、君たちみたいに戦いたかったから。でも結局、ほとんどベラに任せっきりで」
「それでも、あなたは安全な場所を出ることを選んだ。私はそのことが、とても嬉しい」
完璧超人なんていない。
友人に劣等感と、羨望の念も抱いているピーター。一歩間違えれば裏切り者になるような人だけど、その弱さに、私は希望を見出す。
「ピーター、あなたなら英雄になれるわ」
そして私は、彼に組分け帽子を差し出した。
おずおずと手を伸ばすピーター。
その手が、剣の柄を掴んだ。
ピーターが変わりたいと願ったから。
憧れを捨てないと、かたく決意したから。
「ナギニは中庭にいる!」
突然、ホグワーツ中に響き渡るセブルスの声。
私たちは中庭に向かって駆け出した。
*****
中庭はぐちゃぐちゃだった。どこもかしこも交戦していて、不自然に空いた中央ではダンブルドアとヴォルデモートが魔法をぶつけ合っていた。
それを視界の端に入れつつ、私はセブルスを探す。
「⋯⋯いた!」
そして、必死にアピールするセブルスの指先を辿り、ナギニを見つけた。
「死喰い人は私とベラがやる。ピーターは蛇だけに集中して!」
「わ、分かった!」
「行くわよベラ」と言って、ベラトリックスに杖を握らせる。すると、ベラトリックスの目の色が変わった。『雑魚はくたばれ』モードに入ったのだ。
「邪魔だ、消えろ、クルーシオ!」
躊躇いなく杖を振るベラトリックスに、死喰い人の一人が腰を抜かした。
「おおおお落ち着け、ベラ!俺だ、ロドルファ、」
「ステューピファイ!」
最後まで言えなかったロドルファス、撃沈。
そんなこんなで、私たちはナギニの元に辿り着いた。
威嚇してくるナギニを前に、私は仲間とアイコンタクトを交わす。そして、同時に魔法を放った。私、ベラトリックス、そしてセブルスで挟み撃つ形だ。
ほんの一瞬、ナギニの動きが止まった。
ピーターが剣を振りかざす。
「うおおおぉぉぉぉ!」
きらと光った切っ先が、ナギニの頭を刎ねた。
ピーターは肩で息をして、自身がしたことを呆然と見つめていた。
しかし、感傷に浸る暇はなかった。
──肌をじりじりと焦がすような、殺気。
私は、錆びついたロボットのようにぎこちなく、後ろを振り返る。
殺気を放っているのは、ヴォルデモートだった。
「ああああああああぁぁぁぁっ!!」
ヴォルデモートの絶叫に呼応するように、悪霊の火が蠢く。
私は死を感じた。
「いかんっ!」
火の手が私たちに届く前に、ダンブルドアが水の盾でそれをかき消した。しかし、ダンブルドアにも数多の闇魔法が放たれ、ダンブルドアは押され気味になる。
その隙に、ヴォルデモートが私に死の呪いを放った。
「ナギニを殺した貴様らは、絶対に生かすものか!」
怖い。これが闇の帝王か。
恐ろしさで震える私に、同じくビビるベラトリックスがしがみついてきた。
「り、リリー⋯⋯!こわいよぉぉぉ!」
ギャン泣きである。それを見たヴォルデモートは、さらに険しい表情になった。
「ナギニを殺し、ベラトリックスを洗脳⋯⋯。リリー・エバンズ、貴様だけは必ず殺す!」
「せ、洗脳はしてないですー⋯⋯」
私の反論に耳を傾けることなく、次の瞬間、ヴォルデモートは──。
「ベラには、俺様の子種をくれてやるつもりだったのに!」
「「「「「(こいつは大声で何言ってんだ⋯⋯?)」」」」」
戦場にいる全ての人の心が、一つになった瞬間だった。私は真剣に、こいつ逮捕されねーかなーとか思った。
そして、死喰い人すらも耳を疑う内容だった。
仲間であるはずの純血主義者から冷たい視線を受けたヴォルデモートは、慌てて弁明に走る。
「違う、い、今のは言葉のあやで⋯⋯。る、ルシウス!貴様なら分かるだろう?我々は、優れた血を残さねばならない」
「⋯⋯」
素晴らしく家族思いなルシウス・マルフォイは、ヴォルデモートの情のない発言にドン引きしていた。明らかに話を振る人ミスってて草。
無言でナルシッサを後ろに隠すルシウス。ヴォルデモートに狙われるとでも思ったのだろうか。
「トムよ⋯⋯」
ダンブルドアは不気味なくらい穏やかに、ヴォルデモートに声をかける。
「おぬしはもう、手遅れなのじゃな⋯⋯」
「ええ、これはもう救えぬ者()ですわ⋯⋯」
思わず同意すると、ヴォルデモートから睨まれた。だが、こやつがどこぞの王みたいなセリフを吐いたことで、私の中にあったはずの恐怖は消え失せていた。ヴォルデモートよ、君のことは『子種おじさん』と呼ぼう。
「これがデルフィーニ誕生秘話かぁ⋯⋯どう思う、ピーター?」
「誰か知らないけど、こうして生まれるとか嫌だな⋯⋯」
「主がこれとか絶望。死喰い人やめます」
「ルシウスぅぅーーーッッ!?」
風見鶏ルシウス、子種おじさんを見限りました。まぁ、分霊箱を全て破壊された以上、負ける可能性がぐんと高くなったしね。賢い選択だと思うよ。
ともあれ、味方が減った子種おじさんは怒りに湧き立つ!そして、ダンブルドアへの復讐を誓う!
「え、この件に関しては儂関係ないじゃろ」
「黙れ!全部貴様のせいだ!」
「自業自得で草ァァ」
かくして。
両陣営のトップによる一騎打ちが再開。それと同時に、残った死喰い人たちが襲いかかってきた。
これが最後の戦いなのだと、誰もが察していた。
私は髪をかき上げると、戦乱の中に飛び込んだ。
前から来る死喰い人に全身金縛り術を放つ。それを盾にアバダを処理し、鎖を操る敵の攻撃は、ピーターが剣で対応した。
倒し切れなかった死喰い人は、セブルスとベラトリックスという最強の布陣が片付けてくれる。
乱戦の合間を縫って、私はダンブルドアの方を見た。
二人は魔力をぶつけながら、言葉を交わしていた。
「トム、もうやめるのじゃ。愛を知らぬ愚か者に、儂は殺せない」
「くだらないな」
ダンブルドアの言葉を、鼻で笑うヴォルデモート。
「愛があっても死者は蘇らない。同じ道を歩むことはできない。貴様はそれを誰よりも知っているだろう」
「なっ⋯⋯」
「綺麗事を言うな。本当は貴様も、愛など信じていないくせに」
ダンブルドアは、動揺したように視線を彷徨わせる。そして、観念したように目を伏せた。
「⋯⋯そう、かもしれん。儂は──愛を唱えながら、完全に信用することはできておらん」
「愚かだな。ダンブルドア」
「じゃが!」
キッ、と眦を吊り上げるダンブルドア。
老いを感じさせない声で、叫ぶ。
「儂は、誰かを愛したいと思いながら、校長をやってきた」
「なんか始まったなー」と思いながら、私は明後日の方向に目をやった。
星野アルバス把握。
「⋯⋯?」
そして宇宙猫ヴォルデモート。シンプルに意味が分からないのだろう。愛を知りたくて校長やってたんですか?
「んなわけなくて草」
「リリー、ダンブルドア先生は何を言ってるの?」
「やめなさいピーター。真面目に考えるだけ無駄よ」
私とピーターの脳内がクエスチョンマークで満たされている間にも、二人の会話は続く。いや、会話というか茶番なんだけど。
「今だって、おぬしを愛したいと思っている」
「は?」
ヴォルデモートに襲いかかる生理的嫌悪!圧倒的虚無!
ヴォルデモートの杖捌きが、さらに加速する。それに応えるようにダンブルドアも杖を振る。もう私には、光が明滅していることしか分からない。
だけど、これだけははっきり見えた。
「──すまぬ」
ニワトコの杖から放たれる、一本の光線。
膨大な魔力を纏ったそれが、ヴォルデモートの心臓を貫いた。いや、ここではあえて『ハートを撃ち抜いた』と表現しようか。
ハートを撃ち抜かれたヴォルデモートの体から、力が抜ける。そして、前のめりに倒れ込んだ。
ヴォルデモートは死んだのだと、私は理解する。
「トム⋯⋯」
ダンブルドアが膝をついて、かつての教え子の死体を抱きしめた。
「ああ⋯⋯やっと言えた⋯⋯」
零れ落ちる、一粒の涙。
この言葉は絶対、嘘じゃない。
「愛してる」
⋯⋯というような迷場面を見ながら、私は呟いた。
「オジとジジイのこの絵面やばくて笑うw」
「リリー⋯⋯せっかくの涙を誘うシーンが台無しだよ」
「どこに涙要素が⋯⋯?需要ないでしょ。⋯⋯ってあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ついっ!!」
何処からともなく現れたフォークスによって、私のキューティクルな髪の毛が燃やされた。
*****
ヴォルデモートの死によって、戦争は終焉を迎えることとなった。
生き残った者たちが、続々と中庭に集まってくる。
「この程度でへばるな!油断大敵っ!」
「あの⋯⋯私、まだ未成年でして⋯⋯」
「年齢を言い訳にするな!」
ムーディにしばかれるロックハートを見て、私は静かに合掌した。それから、ロックハートの近くで座り込むエマとリーマスに手を振る。
さらに後ろには、レギュラスに肩を貸しながら歩くシリウスの姿がある。だいぶ血だらけだが、私も人のこと言えないよな⋯⋯と自分の体を見下ろした。
ロックハートに飽きたムーディが、中庭に到着したばかりのジェームズに声をかけた。
「ポッター!死喰い人を連行するのを手伝え!」
「え?でも僕、もう闇祓いじゃないですし⋯⋯」
「人手不足だ!戻ってこい」
その言葉に、ジェームズは嬉しそうに駆け出した。やっぱり闇祓い、やめたくなかったんだろうな。
ジェームズは私に微笑んだ。
「流石僕のリリー。これで結婚できるね♡」
「するかボケェェ!」
「口悪っ。⋯⋯あ」
ジェームズは、私の後ろに佇むセブルスを見て表情を硬くした。
気まずい空気が流れる。
私は咳払いを一つ。
「セブルスは⋯⋯分霊箱を壊すのに協力してくれたのよ」
「⋯⋯そっか、そうなんだ」
若干目を逸らしながら、相槌を打つジェームズ。それから自分の両頬を叩くと、セブルスの腕を拘束した。
「ほら行くよ。⋯⋯ス、スネイプ」
「んふふふふっ⋯⋯」
思わず私は笑ってしまった。その笑い声に、セブルスが振り向く。
「リリー」
「ん?」
「その⋯⋯」
セブルスは少しだけモジモジしてから、意を決してこう言った。
「僕がアズカバンを出るまで、待ってくれるか⋯⋯?」
「なんだぁ?お前まさか、リリーに結婚の申し込みでもしたのかっ!?」
「違う、そういう意味じゃなくて⋯⋯。ゆ、友人として!僕を、忘れないでほしい」
後半、小声になるセブルス。私は──ちょっとツッコミを入れたくなったが──静かに頷く。
「⋯⋯うん、待つわ」
セブルスは、本当に嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。アズカバンを出たら、また会おう」
闇祓いに連行されていく死喰い人。
彼らが喚くのをBGMに、私は大きく伸びをして天を仰ぐ。
星が瞬く寒空に、新たな世界の到来を感じた。
次回、最終話。