進撃の巨人〜Another Choice〜   作:赤道さとり

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#12 森閑

 

__翌年。

 

カイルがモンテガルド校の中等生に上がる年のことだった。

 

モンテガルド校区の隣町ゾルドアでは、とある噂が流行していた。

 

それは、週末になると時折り現れるという、屋根や塀の上を素早く駆け巡る“何か”についてだ。

 

いつも目にも止まらぬ速さで通り過ぎていくため、その姿を正確に捉えた者はいない。

 

故にその"何か"は、人々の間で『屋根伝いの精霊』と親しみを込めて呼ばれている。

 

さらには、その精霊が屋根を通った日は運気が上がるとされ、噂に尾ひれまでつくほどだった。

 

 

 

そんな噂などつゆ知らず、カイルは買い出しのために隣町まできていた。実は、メアリの言いつけで、半年ほど前から買い出しの足を隣町まで伸ばすようになっていたのだ。

 

カイルは隣町の区画に入ると、突然進路を切り替えて狭い路地裏に駆け込んだ。それから塀を伝って屋根の上に登ると、次々と屋根を飛び移って移動し始めたのだ。

 

その身軽さはまるで、翼の生えた猫のようだった。

 

 

 

そう、()()()()はカイルなのである。

 

 

 

カイルがこのような移動手段をとっているのには理由がある。

 

数ヶ月ほど前、隣町で偶然にもブランカと出くわしてしまったことがきっかけだ。

 

ブランカはカイルを見つけた途端、鬼のような形相で駆け寄り、カイルが手に持っていた買い物袋を強引に奪い取った。それから袋の中身を地面にばら撒くと、それらを思い切り踏み潰してみせたのだ。

 

その時無惨にも踏み潰されてしまったのは、買ったばかりの小麦粉やメアリの好物である紅茶の茶葉たちだった。

 

無論、カイルは品物を買い直す羽目になり、メアリにも金の無駄遣いをひどく責められた。

 

それ以来、ブランカとの遭遇を避けるため、隣町へ買い出しに行く際は屋根を伝うようになったのだ。

 

 

 

しかし、ここ最近……そんな『屋根伝いの精霊』にしつこく付き纏ってくる少年が現れた。

 

「ねぇ、君!ちょっと待って!俺…君と話がしたいんだ!」

 

「……」

 

その少年は屋根を伝うカイルと並行して、地面を走っている。

 

カイルは何度も声をかけてくる少年を無視して、死界に入るようにして逃げ去ったのだった。

 

 

 

しかし、次の週もそのまた次の週も、少年は同じようにカイルを追いかけてきた。

 

とうとうある週には、屋根の上に隠れて待ち伏せするようになったのだ。

 

そして、カイルが通りすがるタイミングを見計らい、行手を阻むように目の前に立ち塞がった。

 

「と、止まって!!……君が()()()()だろ!?」

 

「!?…」

 

カイルは突然のことに驚きつつも、即座に足を踏み込んで宙に飛び上がると、身体を回転させながらその少年の頭上を飛び越えていった。

 

だが、思わぬことに、反射的に体勢を崩した少年が屋根から足を踏み外してしまったのだ。

 

それに気づいたカイルは、瞬時に方向転換して少年に飛びかかると…

 

パシッ

 

少年の腕を掴み、すぐさまもう片方の手で小窓のヘリを掴んだ。

 

そうして、2人は壁沿いで宙吊り状態になったのだ。

 

カイルは冷や汗をかきながらため息を漏らし、少年は息を吹き返したかのように肩を上下させている。

 

「あ、ありがとう…」

 

「まさか捨て身で飛び出してくるとは……君、正気じゃないな」

 

「ごめん……でも、これでようやく君と話ができる!」

 

「いや、話はしない。この高さなら大丈夫そうだな……手を離すよ」

 

「え!?ちょ、待っ…」

 

カイルは少年の言葉を待たずして手を離す。

 

ドサッ

 

少年は尻もちをついて着地した。

 

屋根の上に戻ったカイルは、少年を見下ろして無事を確認する。

 

「怪我はないか?」

 

「あ、あぁ!尻が少々痛むけど……大丈夫!」

 

「そう、ならよかった。これに懲りたら、もう俺を追いかけないことだ。それじゃ…」

 

カイルがそう言い残してその場から去ろうとした時、尻もちをついたままの少年がいきなり大声を上げた。

 

「き、君は…()使()だ!神の使いだ!!そうなんだろ!?だから正体を隠しているんだ!」

 

少年の思わぬ一言に足を止めるカイル。突拍子もない問いかけに一瞬だけ動揺を見せたのだ。

 

カイルはそのまま無視して去ろうとしたが、すぐに思いとどまった。

 

(もしかして、さっきの落下で()()()()()()()()()()んじゃ…)

 

そんな不安が脳裏によぎったカイルは、急いで壁をつたって下に降りると、少年の元へ駆け寄った。

 

「君、頭でもぶったのか?じっとして……怪我してないか見るから」

 

そう言ってカイルが少年の頭に手を添えた瞬間、少年がいきなりカイルの腕を掴んできた。

 

「捕まえた!君の()()()()に賭けたんだ!」

 

「!?…」

 

「騙してごめん!……けど、俺は怪しい者じゃない。もちろん憲兵の手先でもないから安心してくれ……俺はただ、君と友達になりたいんだ!」

 

少年は目を輝かせていたが、カイルは『友達』という言葉に眉をひそめた。

 

カイルにとって“友達”という関係性は、信用のできない存在に変わっていたからだ。

 

そこで、カイルは少年を試すような言葉を投げかける。

 

「君はさっき、俺のことを”天使”と言っていたけど…本当は“悪魔”かもしれないよ」

 

「悪魔?……ふっ…あはは!君こそ()()()()()()なったのか?君は天使でも悪魔でもない……俺と同じ“人間”だろ?

 

「…あ、あぁ」

 

「ならもう友達だ!あれ……君、足から血が出てるじゃないか!」

 

「このくらい、そのうち治る」

 

「君は野生動物か何かか?ちゃんと洗って消毒しないとダメだ。……来て!ここからなら俺の家が近い!」

 

そう言ってカイルの腕を引っ張った少年は、嬉しそうに駆け出したのだった。

 

 

 

少年の家の前に着くと、カイルは外で待つように言われた。

 

自宅から救急箱を持ち出した少年は、再びカイルの腕を引っ張り、近くの広場まで連れて行った。

 

そして、ベンチに腰掛け、カイルの足を手早く処置してみせたのだ。

 

「…よしっ!これでいいだろう」

 

「ありがとう……君、手先が器用なんだね」

 

「まぁな、家で色々()()()()()()から」

 

「ふーん、そっか…」

 

「…うん、やっぱりだ。君は他とは違う」

 

「え、何が?」

 

「なぁ、俺たち友達って言ったけど……ちょっとした“ルール”を設けないか?」

 

「ルール?」

 

「あぁ、そうだ。ルールその①『互いに正体を明かさないこと』名前や身分、どこの学校に通ってるかも全部だ!自分の素性がわかるような情報を与えないってこと」

 

「さっき君の家に寄ったから、素性に繋がりそうだけど…」

 

「る…ルールその②!『互いに詮索をしないこと』俺の家の場所を知っていても、家柄まで調べるのはルール違反……ってことでどう?」

 

「…わかった。でもいいのか?素性も知らない相手を信用して」

 

()()()()()()()()()()()信用できるんだ!まぁ、互いに知らないってところが肝心だけど……大抵の奴らは、相手の身分に合わせて態度をコロコロ変えたりするだろ?うんざりなんだ、そういうの……取り繕った笑顔で機嫌を伺いにすり寄ってくる。信用できないんだ……誰も()()()()をちゃんと見ようとしない。この街の人間は、みんな同じだ……でも、君は違う」

 

「俺は違うって……どうしてそう思うんだ?」

 

「君が“自由”だからだ!この街の喧騒を物ともせず、自由に空を駆け回る……そんな君の姿を初めて目にした時、本当に天使かと思ったんだ。そして、俺は君に憧れた!それで、気づいたら追いかけるようになって…」

 

「自由…か。俺には縁のない言葉かと思ってた…」

 

「そうなのか?」

 

「確かに君の言う通り、()()()()()()俺は自由だ。息子を奴隷のようにこき使う母親もいなければ、鞄を奪い取って踏みつてくる同級生もいない…」

 

「え!?…そ、それって…」

 

「ルールその②、詮索はしない……だろ?」

 

カイルは切ない笑みで皮肉をこぼした。

 

その表情から全てを察した少年は、カイルにある提案を持ちかける。

 

「なら、ルールその③だ!俺たちが2人で会うときは自由に好きなことをしよう!何でもやりたいことを、好きなだけ!この町や周辺の山なら案内できるし、どこでも行きたいところに君を連れて行ける。俺たちは自由だ。2人で一緒にいるときは、誰にもそれを邪魔させない!だから……また来週もここに来てくれないか?」

 

「ははっ、君には負けたよ。……わかった、またここに来よう」

 

「やった!交渉成立だ」

 

こうして、2人の一風変わった”友情劇”が幕を開けたのである。

 

 

 

それからというもの、2人は毎週のように待ち合わせては、色んな話をして色んな探検に出かけた。

 

好きな本や好きな食べ物について語り合ったり、市場で珍しい雑貨や食材を探してみたり、川の近くで拾った石の綺麗さを競ったりと、とにかく自由な時間を過ごした。

 

時には少し足を伸ばして、山へ木の実狩りに出向いたりもした。

 

その際、少年は様々な食材の特徴や産地などの豆知識をカイルに教えた。少年は、食材に精通していたのだ。

 

この日もまた、少年から“ある食材”の採取を提案された。

 

「え……キノコ狩り?」

 

「うん、この間あそこの山で木の実を採っただろ?実は、あの山はここらで1番の食材の宝庫なんだ!キノコも種類が豊富で、ちょうどこの時期が旬だからよく採れる。きっと、君がこれまで食べたことのない種類も見つけられるよ!……ね、どう?」

 

「俺はキノコはちょっと……だって、あれは()()()()だろ?」

 

「く、腐ってる?…あっははは!それは違うよ。あれは“菌”なんだ、腐ってるわけじゃない」

 

「いいや、腐ってるよ。あの時食べたのだって…」

 

そこまで言いかけたカイルだったが、ある違和感を覚えて口をつぐんだ。

 

(あれ?…()()()っていつのことだ?……俺は、いつからキノコが嫌いなんだっけ…)

 

カイルがしばらく黙っていると、顔をニヤつかせた少年が意地悪そうな声で挑発してきた。

 

「なんだ?昔、変なのにでも当たったのか?確かに毒を持つキノコもあるけど、市場には出回らないはずだ……もしや、本当は()()()()()なんじゃないのか?まさか、君に好き嫌いがあるとはねぇ…」

 

「うるさいな……嫌いなもんは嫌いなんだ。とにかく、俺はキノコ狩りには行かない。君が行きたいならそうすればいい。俺は川のほとりで本でも読んでるよ」

 

「ごめんごめん、俺が悪かった!なら、今日は山菜採りにしよう!山菜ってのは、山で採れる野菜のことだ。少し味に癖があったりするけど、調理次第でどんな料理にも使える優れものだ。……これならどう?」

 

「山の野菜……それ、()()()()()()()()()?」

 

「どんだけ嫌いなんだ!?」

 

「ふっ……ははっ!いいよ、行こう」

 

少年の反応が面白かったのか、カイルは吹き出した。

 

その屈託のない笑みに頬を赤らめた少年は、照れ隠しするように突然走り出す。

 

「そうと決まれば、山の麓まで競争だ!」

 

「そう言って、俺に勝てたことないだろ?」

 

「いいや、今日こそは…!」

 

そうして、2人の少年は駆け出した。

 

 

 

日々の喧騒を忘れ、ただひたすらに走る……それが、カイルにとってどれだけの幸福だったろうか。

 

少年とは互いに素性を知らないという奇妙な関係だったが、干渉しすぎない距離感がむしろ心地良かった。

 

カイルは少年の後姿を見つめながら考える。

 

(不思議だ……自然と心を開けている気がする。この少年なら信じてもいいのかもしれない。あるいは、自分の正体を明かしたとしても…)

 

カイルはそんな淡い希望さえ抱きつつあった。

 

しかし、例によって幸福な日々というものはそう長くは続かないものである。

 

 

 

 

 

___冬休みに入る前の週末。

 

カイルはまたいつもの広場に向かった。

 

だが、そこにいたのはバツの悪そうな顔をした少年だった。

 

カイルが事情を尋ねると、少年は膝に置いていた手をぎゅっと握りながら訳を話し始める。

 

「俺、引っ越すことになったんだ。だからもう……ここには来れない。急なことで、ほんとにごめん…」

 

「そう…なんだ。引っ越すってどこに?」

 

「隣町だ」

 

「と、隣町ならまたここへ来れるんじゃ…」

 

「それが…距離だけの問題じゃないんだ。俺は家業を継ぐために、休みの日は修行をすることになった。だから、その修行先の近辺に引っ越すってことらしい…」

 

「修行って一体……あっ、いや……何でもない」

 

2人のルールが頭によぎったカイルは、その先の言葉を飲み込んだ。

 

すると、それに気づいた少年は切ない表情でカイルに懇願した。

 

「なぁ…俺たち、もう会えないんだ。この際、ルールを解消して……せめて名前だけでも教え合わないか?」

 

「それはダメだ。君とはこれからも”友達”でいたい……だから、ルールは最後まで守る」

 

「そうか……まぁ、君ならそう言うと思ったよ。じゃあ、代わりにこれを受け取ってくれ」

 

そう言って少年がカイルに差し出したのは、小さな石が中央に埋め込まれたブレスレットだった。

 

「これは…」

 

「俺からの()()()()だ。前に川辺で綺麗な石を探したことがあっただろ?あの時、君の瞳の色と似た石を見つけたんだ。それで、知り合いの技工士に頼んで加工してもらった。……き、気に入らなければ別につけなくてもいい。ただ…持っていてくれれば、それでいい」

 

「いや、すごく気に入った……ありがとう」

 

カイルは少年から受け取ったブレスレットを腕につけると、太陽に向かって手を伸ばした。

 

緑の石がキラリと光る…少年はそれを眩しそうに見つめながらカイルに問いかけた。

 

「なぁ…俺たち、また会えるかな?」

 

「あぁ、きっと……そうだな、こうしよう。次また会えたら、その時にルールを解消する。そこで、()()()()()で友達になろう」

 

「それ…いいな!よし、決まりだ。親から引っ越すって聞いたときは、君に会えなくなるのがすごく寂しかったけど……おかげで元気が出た。本当にありがとう」

 

「お礼を言うのは俺の方だ。自由と無縁だった俺に『自由を謳歌する楽しさ』を教えてくれたのは、君だ。君のおかげで俺は()()()()()()を知ったんだ」

 

「それこそ、こっちのセリフだ!だって…」

 

2人は顔を見合わせて笑い合った。

 

それから時間が許す限り、これまで2人で体験した思い出話に花を咲かせたのだった。

 

 

 

そして、別れの時…

 

「それじゃあ、元気で。君ならきっと立派に家業を継げるよ」

 

「あぁ、君こそ元気で。君のことをいじめる奴らには、いつか()()()をしてやれよ!」

 

「ははっ、機会があればね」

 

「じゃあ……またな」

 

「うん、またね」

 

2人は少しの間手を振り合ったのち、それぞれの道を歩き出した。

 

カイルがふと上空を見上げると、そこには自由気ままに旋回するトンビの姿が……その光景に()()()のことを思い出したカイルは、苦い顔でつぶやく。

 

「あぁ…また、これか…」

 

カイルは自分の運命を憂いた。

 

()()孤独な生活に戻る……どうしたってその運命からは逃れられないらしい……)

 

 

 

しかし、ほどなくして2人は思いもよらぬ再会を果たすことになる。

 

そして、その出会いを()()()()に、カイルの運命の波は激しく揺れ動くのであった。

 

 





〜後書き〜

『アクション映画とかで屋根の上を駆け回ってるシーンを見ると自分もできるんじゃないかという気になるけどそもそも駆け回っていい屋根がない』

…どうも、著者です(´-ω-`)

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

カイルに憧れ、その背中を追いかける少年。
彼もまたカイルの魅力に引き込まれていく人物の一人です。

少年がカイルに贈ったブレスレットは、原作で言うところのミカサのマフラー的な意味合いを持ちます。(あくまで感覚の話です)

ブレスレットは贈り物としての意味で【束縛】を連想しがちですが、この物語では【いつもすぐ傍に】という意味で捉えていただければと思います。

『ただ傍にいる…
   …それだけでいい』

この少年のささやかな望みは許されざる自我(エゴ)なのか…?

今後の話をお楽しみ下さい!
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