進撃の巨人〜Another Choice〜   作:赤道さとり

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#02 人攫い

 

___827年。

 

とある新月の夜。

 

真夜中の12時をまわった頃、民衆が寝静まった閑静な住宅街に、荷車が通る鈍い音と馬の軽快な足音だけが響いていた。ガタガタと揺れる小屋のような荷台には、厳重に鍵が掛けられている。

 

そんな馬車を引く怪しい男たちは、何やらヒソヒソ声で話をしているようだ。

 

「おい…次で最後だったよな」

 

「あぁ、そうだ。最後はちと離れた街へ行く」

 

「なぁ…こいつが売れなかったらどうすればいい?どの買い手も『()()()()()』とイチャモンつけて返品しやがって…」

 

「フンッ・・・そいつはお前が拾ったんだろ?なら、お前が育てたらどうだ?」

 

「バカ言え!俺はガキの世話なんて御免だ!それに急にガキをこさえたってなったら、周りに怪しまれるだろ!?」

 

「おい、でけぇ声を出すな。今はお忍びだ」

 

「す、すまねぇ。……ったく、厄介なガキを拾っちまったよ」

 

「心配するな。最後の客は金と欲望に貪欲な女だ。物珍しい商品(モノ)には喉から手を出すぜ?……きっと気に入るさ」

 

「あぁ、だといいがな…」

 

そうして、いつのまにか住宅街を抜けていた馬車は、再び闇夜へと消えて行ったのだった。

 

 

 

 

 

___翌朝。

 

荷台の隙間から差し込んだ日の光が顔に当たり、幼い子どもが目を覚ました。

 

その子どもは目を擦ろうとしたが、手が動かないことに気づいた。腕が背後で縛られていたため、身動きが取れなかったのだ。

 

驚いて声を漏らすも、口枷によってそれさえも阻まれてしまう。焦った子どもは、這いつくばってなんとか隙間から外を見ようと足掻いた。

 

その時、突然馬車が停止したかと思うと、勢いよく荷台の扉が開かれた。

 

そこには、ナイフの切先をこちらに向けた小太りの男とハットを深く被った長身の男が立っていたのだ。

 

「おい、小僧……大声を出したらどうなるか、わかるよな?」

 

そう言って小太りの男は、持っていたナイフをちらちらと動かして見せた。

 

子どもは体を震わせながら小さく頷く。まだ3つくらいの幼子にも、それがどういうことなのか察しがついたようだ。

 

男は子どもの縄をナイフで切って口枷を外すと、低い声で子どもを脅した。

 

「いいか?大人しくついてこい。騒いだら命はないと思え」

 

子どもはあまりの恐怖に声を出せず、また小さく頷くことしかできなかった。

 

荷台を降りて男たちについて行くと、そこは小高い丘だった。

 

道沿いの柵の向こうには、広大な草原が広がっている。

 

柵から数十メートル先に、黒い巨体の動物が草をむしっているのが見えた。

 

その動物と目が合った子どもは、つい足を止めてしまう。初めて見る光景に、思わず目を奪われたのだ。

 

すると、後ろから見張っていた小太りの男が子どもを急かす。

 

「おい、もたもたするな!さっさと歩け!」

 

男のしゃがれた声によって現実に引き戻された子どもは、また前を向いて歩き出した。

 

しばらく行くと、大きな小屋のような建物の先に一軒の家が立っているのが見えた。家の周りの花壇には色とりどりの花が植えられており、玄関はいかにも貴族が好みそうな煌びやかな装飾をしている。

 

見慣れない建物の雰囲気に唖然としていると、玄関の戸が開かれた。

 

中から出てきたのは、小綺麗な格好をした一人の女だった。

 

「遅かったじゃない!もうかなり日が昇ってるわ!」

 

その女はいきなり怒鳴り散らかしながらこちらに向かってきた。

 

それに対し、ハットの男はへらへらした声で答える。

 

「まぁまぁ……堪忍してくださいよ、奥さん。ここいらの土地には不慣れなもんで。なんせこんな高台だ……見て下せぇ、馬もくたびれちまった」

 

「言い訳なんて聞きたくないわ。それで、ちゃんと要望通りの子どもは用意できたんでしょうね?」

 

「問題ねぇですぜ?……ほら、このガキです」

 

そう言ってハットの男は子どもの首根っこを掴んで女の前に差し出した。

 

女は子どもをギロリと見下すと、腕を組んで何かを考える素振りを見せる。

 

「…歳は?」

 

「さぁて…3つか4つってとこですかねぇ?」

 

「そう……名前は?」

 

「まさか、元の名前をそのまま使われるおつもりで!?どこで尻尾を掴まれるかわかりやしませんぜ?」

 

「名前を考えるのが面倒なのよ。……こいつの出身は?」

 

「おっと、契約上の問題で詳細は言えやせん。ですが、まぁ…ウォール・シーナ内ではないことは確かです」

 

「なら問題ないわ。ここらのぐうたらな憲兵たちがウォール・シーナ外の事件まで動くわけがないもの」

 

「それは違いねぇです。まぁ、こちらに問題はありゃしませんのでご自由に……おい、こいつの名前は?」

 

ハットの男は小太りの男に子どもの名前を尋ねた。

 

「えっと、確か……教会の神父が()()()って呼んでたような…」

 

「教会?なら元々孤児(みなしご)じゃないの……その辺の面倒ごとはなさそうね」

 

女は顎に手を添えると、子どもの顔をさらにまじまじと覗き込んだ。

 

「カイル…か。うん、顔立ちも悪くない……いいわ、こいつを買う」

 

「さっすが奥さん!お目が高い!いや、実はね?こいつぁ()()貴族んところで売るつもりだったんですよ。貴族の客も商品の見た目にうるさくて…」

 

「…何が言いたいのよ」

 

「あそこの荷台に()()()()ガキの見た目がまぁ…パッとしないというか、どうにも芋くさいというか何というか……~~~~」

 

ハットの男は困り顔でごにょごにょと文句を垂れ続けた。

 

すると、女はため息交じりにそれを遮った。

 

「はぁ、わかったわよ。……つまり、こいつは高値ってことね?」

 

「へぇ、その通りで……いや、しかし!無理はしちゃなんねぇです!『やっぱり払えませんでした』では困るんでね?……対して、貴族は金に頓着しない。いやぁ〜金持ちってのはどうにも…」

 

「いいわ……"倍"でどう?」

 

「おっ、こりゃ話が早くて助かりますぜ!目が肥えてるってのはぁ、まさにあんたのことだ!!任せて下せぇ、後続の貴族には適当に誤魔化しておきやすんで!……ここだけの話ですがね?貴族ってのはぁ金に頓着しない分、()()()()()()()()んですよ。しかし、奥さんは賢いお方だ!貴族顔負けですぜ!」

 

「フンッ、当たり前でしょ?ただのお飾り貴族と一緒にしないで頂戴」

 

「いやはや、失礼しやした!……そんじゃあ、交渉成立ってことで。金は後日、以前伝えた指定の場所に来てくだせぇ」

 

「えぇ、わかってるわ」

 

「では、我々は失礼しやすぜ。……ほれ、ガキんちょ!頑張れよっ」

 

ハットの男は子どもの背中をぽんっと押すと、振り返って歩き出した。

 

その後ろについて歩く小太りの男は、何やら挙動不審な様子でハットの男に小声で耳打ちする。

 

「おい、いいのか!?あんな()()()()()()()。もしバレたら…」

 

「ハッ!…バレやしねぇさ。あぁいうがめつい女は“貴族”ってのをめっぽう妬んでんだ。それをダシにしてやったまでよ…」

 

「いやぁ、俺はもう…ヒヤヒヤして…」

 

「ぶっはは!おめぇさん、こんな程度でビビってんのか?商売ってのは“賭け事”なんだよ……覚えといて損はねぇぜ?」

 

「…俺は、こんな駆け引きは御免だ」

 

人攫いの男たちはまた荷馬車に乗ると、丘を下ってその場を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

___その一方で。

 

女に預けられた子ども“カイル”は、ただ茫然と立ち尽くしていた。

 

そんなカイルの様子に呆れ顔を示した女は、冷淡な声で一言命令した。

 

「とにかく、中に入んな」

 

「……」

 

カイルは返事ができなかった。

 

言われるがままに部屋の中へ入ると、そこには応接間のようなリビングが広がっていた。

 

壁にはこれ見よがしに風景画が飾られ、食卓には豪華な模様をあしらったクロスが敷かれている。

 

カイルが部屋の隅々まで物珍しそうに眺めていると、コップに注いだ牛乳を一気に飲み干した女がいけしゃあしゃあと喋り出した。

 

「ふぅ……いいかい?今日からここがお前の家だ。そして、私とそこで寝てるのがお前の母親と父親だ」

 

「え、()()()()…?」

 

女が指差した方を振り向くと、ソファで腕を組みながら寝転がっている一人の男がいた。

 

だが、その男はカイルの知る顔ではなかった。

 

女はさらに説明を付け加える。

 

「それと、お前はこれから『カイル・シャルマン』と名乗るんだ。何度も言わないよ……お前の名前は?」

 

「カイ…ゥ…シャ…マン?」

 

「チッ……これだからガキってのは面倒くさいのよ。一つだけ言っておくわ……この家では私の言うことは“絶対”よ!逆らったらどうなるか先に()()()おかないとね…」

 

そう言って女は腕をまくりながらカイルの方に近づくと、容赦なく拳を振りかざした。

 

ゴッ!

 

鈍い音が響き、殴られた勢いでその場に倒れ込むカイル。

 

それはあまりにも突然なことで、とても理解が追いつかなかった。

 

頬を蝕む鈍痛と口の中が切れた血の味に、幼いカイルはただ泣きじゃくるしかなかったのだ。

 

「うわぁぁぁぁん!い、痛いよぉ!…ひっぐ…ひっぐ…うわぁぁぁぁん!!」

 

五月蝿(うるさ)いわね!今度泣いたら晩飯は抜きよ!!……ネフェル!こいつを黙らせな!」

 

ネフェルと呼ばれた男は、むくりと起き上がると不機嫌そうに喋り出した。

 

「なんだよ、人が気持ちよく寝てるってのに……あぁ、この子がそうか。今日ここに来たばかりなんだろ?そう焦るんじゃないよ」

 

「あんたが私に指図できる立場か!いいから連れてきな!……それから、こいつの面倒はあんたが見るんだ。私は外の仕事で忙しいからね。家のことは、全部あんたとそのガキがやんな!わかったわね!?」

 

「はいよ。それで、メアリ……この子の名前は?」

 

メアリと呼ばれた女は、気だるそうに答えた。

 

「…そのガキに聞きな」

 

「坊や、名前は?」

 

「うぅ……か、カイル…シャーマン……ひっぐ」

 

「…カイル、来なさい。君の部屋を案内しよう」

 

ネフェルに手を引かれ、自分の部屋へと連れて行かれるカイル。その途中、トイレや洗面所、風呂の場所などを教えられた。

 

それから、メアリの部屋には絶対に近づかないようにとも念押しされた。

 

階段を上がってすぐ横の小さな部屋がカイルの部屋だ。

 

その小部屋には机と椅子、それから簡素なベッドにこじんまりとしたタンスなど、必要最低限のものしか置かれていない。いかにも、元々物置部屋だった場所を子ども一人が暮らせる程度に整えたという殺風景な部屋だ。

 

カイルにとって唯一ありがたかったのは、机の先に窓が1つ付いていることだけだった。

 

「ここがお前の部屋だ。綺麗に使いなさい」

 

「……」

 

カイルはすでに泣き止んでいたが、気持ちが落ち着かないのか返事ができなかった。

 

その様子を見かねたネフェルは、カイルを抱き上げてベッドに座らせる。

 

「とりあえず、落ち着くまでそこにいなさい」

 

「……」

 

「あとで水と飯を持ってきてやる。初日で死なれちゃ困るからな…お前、言葉は喋れるか?」

 

ここで、カイルはようやく返事をする。

 

「…うん」

 

「そうか。とにかく、メアリには逆らわないことだ……俺にも火の粉が飛ぶからな。ここで暮らしていくには、あいつの顔色を伺うしかないんだ」

 

しかし、カイルはネフェルの裾をきゅっと掴みながら大きく首を横に振った。

 

「いやだ!神父さんとこ帰る……ねぇ、お兄ちゃんたちはどこ?」

 

「…!?」

 

ネフェルは目を見開いて驚いた。

 

カイルの言葉から、ここに売られてきた経緯のおおよその検討がついたのだろう。

 

ネフェルはしゃがみ込んでカイルの両肩をしっかり掴むと、真剣な眼差しでゆっくりと言い聞かせた。

 

「よく聞きなさい、カイル。お前はその神父さんに売られたんだよ。()()()()()ってことだ。わかるか?教会はただでさえ孤児で溢れてる。おおよそ、抱え切れなくなったってところだろうな…」

 

「捨てられ…た?」

 

「いいか?もう前の暮らしのことは忘れなさい。幼いお前にはまだわからんかもしれんが、この世は残酷なんだ…生まれた瞬間からそれぞれの"道"は決められている。私たちはただそれを受け入れるしかない…これが、お前の運命(さだめ)だ」

 

ネフェルの落ち着いた声色に自分の運命を悟ったカイルは、また泣き出してしまう。

 

しかし、今度はメアリに気づかれまいと、ベッドに突っ伏すようにして泣き声を押し殺したのだ。

 

「うぅぅ!……ひっぐ……うぅぅぅぅ!!」

 

「…無理もない。気が済むまでそうしてなさい」

 

ネフェルは塞ぎ込んだカイルにそっと言葉をかけると、リビングに戻った。それから一杯の水とパン、さらに温めた野菜スープを用意し、再びカイルの部屋へと向かう。

 

ネフェルがそれらをお盆に乗せてカイルの部屋へと持って行った頃には、すでに泣き声が止んでいた。

 

扉を開けて中に入ると、自分の背丈に合っていない椅子の上に立ち、窓の外をじーっと眺めるカイルの姿があった。

 

ネフェルが戻ってきたことに気づくと、カイルは窓の外を指差しながら問いかけた。

 

「おじさん……()()は、なに?」

 

「あぁ、あれは牛だ。ここは牧場だからな、他にも馬や羊がいる。お前はこれから、そいつらの世話を見てやるんだ。それから家のことも全部…一言でも文句を言ったらメアリに殴られると思え。わかったか?」

 

「…わかった」

 

「ずいぶんと聞き分けがいいな……お前には教えることが山ほどある。とにかく、今日の所はこれを食べて寝なさい。話はそれからだ」

 

「……」

 

しかし、カイルは差し出された食事になかなか手をつけようとしない。

 

ネフェルは少し声を和らげて促した。

 

「…悪いもんは入ってない。いいから食べなさい」

 

「いただき…ます」

 

カイルは少し躊躇いながらも、スプーンを手に持った。

 

「ゆっくり食べなさい」

 

ネフェルはそう言い残すと、そそくさと部屋を出て行った。

 

カイルはネフェルの後姿を目で追ったのち、言われた通りに食事を始める。

 

スープをすくって恐る恐る口に含むと、メアリに殴られた傷に染みた。

 

「…痛っ」

 

腫れあがった頬にジンジンとした痛みが走る……それでもカイルは、食べる手を止めなかった。

 

こぼれ落ちた涙が染み込んだパンは、ふやけてしょっぱくなっている……それでもカイルは、気にせず食べ続けた。

 

そうして完食する頃には、さっきまで晴れ空だった外の景色がどんよりとした曇天に変わっていた。

 

それはまるで、カイルの心の内を映し出しているかのような空模様だった。

 

一通り食事を終えたカイルは、最後に水を一気に飲み干すと、服の袖で口元を荒々しく拭った。

 

そして、()()()()()()()ような瞳で渦巻く曇の先を睨みつけたのだった。

 

 





〜後書き〜

『メアリ、ちょれぇ~~~~~~~』

…どうも、著者です(´-ω-`)

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


人攫いの口車にまんまと乗せられていることに気づいていないメアリ。

…哀しきモンスターですね、


さて、今回の話は、この物語の主人公『カイル・シャルマン』の名付け回でした。


人攫いに売られたカイル……これからどんな人生が待ち受けているのでしょうか!?

今後の話もお楽しみください!


※冒頭は『チ。―地球の運動について―』のラファウのセリフを頂戴しました。大変失礼いたしました。


■余談

カイルの声のイメージとしては、著者の中で勝手に『坂本真綾さん』の声をあてさせていただいてます。

著者は坂本真綾さんの声が大好きなのです…(´-ω-`)

大変おこがましい妄想ではありますが、声をイメージできた方が読みやすいかと思ったので共有させていただきました。


〜著者の妄想:BGMシリーズ〜

話数 :第2話 人攫い
音楽 :So ist es immer
シーン:カイルが人攫いに運ばれている最中

■詳細
長いためnoteにて投稿しました。
暇があれば覗いてやってください。
https://note.com/singeki_satory
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