___ブラッツァーシェフ歓迎祝賀会。
その催しは、ガルド街の中心地に佇む高級レストランにて執り行われた。
パーティーの主催者は、ガルド街を統治する貴族のマイスター伯爵。このマイスター伯爵は本日の主役である王族専任のシェフ、ブラッツァー氏と幼少期からの仲である。
今回のパーティーに招待されたのは、この街の領主や議員、それから街を管理する憲兵のトップなど、ガルド街を代表とする面々だ。
その中には、ガルド街の商事を取り仕切るラング商会の会長も顔を並べており、今回シャルマン一家はこのラング氏のツテで招待されたのだ。
シャルマン牧場はガルド街に名を連ねる産業の中でも、他に引けを取らない利益を産出しており、街の繁栄に貢献している事業の一つでもある。
メアリはその実績を引き合いに出し、これまでに何度もラング氏へ取り入っていた。
そして今回、やっとのことで貴族が主催するパーティーへの参加にこじつけることができたのだ。
メアリの目論みはこうだ。
『今回のパーティーで何としてでも新たな"稼ぎ口"を見つけ、そこからさらにツテを広げていき、ゆくゆくは牧場の"事業拡大"に踏み込むこと』
それが、この"戦場"から獲得し得る
___パーティー開始時刻。
一同が席に着くと、会場の前方に設置された演壇上でマイスター伯爵による開始宣言がなされた。
「紳士淑女の皆々様。本日は、我が友ブラッツァーシェフの歓迎パーティーにお集まりくださり、深く御礼申し上げます。早速、紹介致しましょう!こちらにいらっしゃる御方が王室お抱えのシェフ、ブラッツァー氏にございます。本日は、彼とそのご家族を盛大にもてなすと共に、この街を代表する方々との交流の場を設けさせていただきました。……とは言え、彼自身はすぐにまたこの街を去ってしまうのだがな。ホッホッホ……いやしかし、彼はすでにこの街を支える立役者の一人だと言えよう。彼の出身地であるこの街の繁栄を願って、我々と共に志一つに歩んでいく意思を示してくださった。それでは……ブラッツァーシェフからも一言いただくとしよう」
「ご紹介に預かりました。アイゼン・ブラッツァーと申します。こちらは妻のミシェル、それから息子のアデルです。私事ですが、2人目を授かったこともあり、生まれ故郷であるこのガルド街に腰を落ち着かせようとやって参りました。本日は、我々のためにこのような場を設けて頂けたこと、そして御足労いただいた皆々様に感謝の気持ちを込めまして……僭越ながら、これから振る舞われるコ―ス料理を監修させていただきました。是非、ご賞味ください」
ブラッツァー氏の挨拶を皮切りに、見るも美しい料理たちが芳しい香りと共に次々と運ばれ出した。
その料理はどれも豪華に盛り付けられており、繊細で複雑な味わいに誰もが舌鼓を打った。
実は、今回のパーティーでは食事の合間に順番に席を立ち、ブラッツァー氏のテーブルまで挨拶に伺うことが許されている。
メアリの狙いはまさにこれだった。
会場のウェイターが各テーブルを回り、案内が着々と進められていく。
そして、いよいよメアリたちの番が回ってきたのだ。
静かに席を立った2人は、背筋をピンと伸ばしながらブラッツァー氏のテーブルへと向かう。
ブラッツァー氏を焚きつけることができれば、王都ミットラスにある主要レストランとの取引も夢ではない……メアリは気を引き締め直した。
ブラッツァー氏のテーブルにはマイスター伯爵とラング氏も座っている。
そのテーブルの少し手前で足を止め、一人一人の顔をしっかりと確認したメアリは、これまで幾重にも研究を重ねてきた美しい所作でお辞儀を披露した。
それから丁寧な口調で挨拶の言葉を話し始めたのだ。
「ブラッツァーシェフ。お初にお目にかかれて光栄にございます。私はシャルマン牧場を営んでおります、メアリ・シャルマンと申します。こちらは一人息子のカイルです。まずは、主人がこの場に居合わせておりませんこと、お詫び申し上げます。動物たちの世話で
「いえいえ、こちらこそお会いできて何より。つい先ほど、貴方の牧場の話をしておりました。何でもご主人が編み出された独自の飼育方法によって、肉の性質から他の牧場の牛とは全く違うのだとか…是非とも一度味わって見たいものです」
「えぇ、もちろんですとも!主人も喜びますわ。良質な牛を育てるには、なんと言っても
「素晴らしいお心掛けですな」
メアリの熱意を称賛したブラッツァー氏は、今度はカイルに向かって優しく話しかける。
「将来は、君が牧場を継ぐのかな?立派なご両親だ。きっと良い牛飼いになれるよ」
それを聞いたカイルは、右の掌をそっと左胸に当て、体を少し前に傾けながら落ち着いた声色で答えた。
「お褒めに預かり、光栄にございます。牧場の仕事はどれも重労働ですので、1日でも早く一人前になって両親を支えていく所存です」
「……」
テーブル座っていた全員があんぐりと口を開けた。
まだ自分たちの腰にも及ばない背丈のない小さな子どもが、大人顔負けの饒舌さを披露したからだ。
そうやって誰もが言葉を失っていると、マイスター伯爵が物珍しそうな顔でカイルの年齢を尋ねた。
「君……カイル君と言ったかな?歳はいくつだね?」
「今年で4つの歳になります」
「…こりゃ、たまげた」
すると、続け様にブラッツァー氏も驚きを露わにした。
「4つか……いやはや、驚いたよ。ちょうど私の息子も同じ歳なんだ。よかったら友達になってやってくれないか?」
「もちろんですとも」
「ほら、アデル。挨拶なさい」
そう言ってブラッツァー氏が左横に座っていた息子に挨拶を促すと、その子どもは不愛想に口を開いた。
「…アデル・ブラッツァーです。……よろしく」
「アデルさん、こちらこそよろしくお願いいたします!」
「……」
カイルはあどけなく笑って見せたが、ブラッツァー氏の息子はカイルのことをどこか気味悪がっている様子だった。
そこで、場の空気を和ませようとメアリが口を挟む。
「よかったわね、カイル」
「はい、お母さん」
「ホッホッホ……立派な後継ぎがおられて羨ましい限りですぞ、シャルマン夫人。それにしても、息子さんはえらく綺麗な瞳をお持ちですな?鮮やかな深緑……まるで
「まぁ!マイスター伯爵ったらお口が達者ですこと。えぇ、そうなんです。生まれつきこの色で……この子はどこをとっても自慢の息子ですわ。私どもにとってこの子は、
「ホッホ!シャルマン夫人、あなたこそよく頭が回る!……して、カイル君。君は先ほど『一人前に』と言っておったが、まさかもう仕事を手伝っておるのかね?」
「はい。少しずつですが、できる限りの仕事を手伝っております」
「ほ~~偉いなぁ……誠によくできた子よ!」
マイスター伯爵の反応の良さにメアリが安心していると、同じテーブルにいたラング氏がいきなり野次を飛ばしてきた。
「それは感心しませんなぁ……確かお子さんは、つい最近まで
「えぇ、確かに。でも、今はすっかり元気になってくれて……あちらにいらっしゃるサ―リマン医師のおかげですわ。この子を懸命に看病してくださって…」
そう言ってメアリは切ない表情でカイルを見つめると、そっと頭を撫で始めた。
だが、初めて頭を撫でられたカイルは、思わず少し驚いた表情でメアリを見上げてしまったのだ。
カイルはすぐにまた外向けの表情に戻ったが、その
「ほ〜ぅ?実際のところはどうなんでしょうな……なぁ、坊主?」
「よさんか、ラング!人様の家庭の事情にそこまで横槍を入れるもんではない!……気を悪くせんとってくださいな、シャルマン夫人。如何せん、こやつは商売のことしか目がない石頭なもんで」
「いえ。お心遣い痛み入りますわ、マイスター伯爵」
その時、カイルの頭を撫でていたメアリの手に力が入った。
カイルはそれが『お前も何か言え』というメアリからの合図なのだと察した。
「ぼ…僕が牧場を手伝いたいとわがままを言ったんです。両親にはこれまでたくさん迷惑をかけてきたので、少しずつ恩を返していきたいと…」
「おぉぉ、なんと健気な親子だ……聞いたか、ラング!お前も多少は見習え!」
「はいはい、マイスターの旦那には敵いませんよ」
ここで、挨拶の制限時間に達してしまった。
ウェイトレスに促されたメアリは、テーブルの一同に向かって締めの挨拶を述べた。
「それでは、私どもはこの辺で一度失礼いたします。……ブラッツァーシェフ。また後ほどで構いませんので、我が牧場の肉を堪能していただく機会について、お話しさせていただけませんか?」
「えぇ、もちろんです。それでは後ほど」
メアリとカイルは丁寧にお辞儀をすると、自分たちの席へと戻って行った。
ラング氏はそんな2人の後ろ姿を怪訝そうな目で追いながらぼそっと愚痴をこぼした。
「チェッ……白々しい親子だ」
「何か言ったかね?ラング…」
「い、いえ!何でもありませんよ、マイスターの旦那。……それより、ブラッツァーさん!あなたの息子さんも今年4歳になる仰ってましたね?」
「えぇ、そうですね」
「それはちょうどよかった!実はですね、私の
その後、メアリは無事にブラッツァーシェフとの約束をこじつけることに成功した。
一方で、メアリに疑惑の目を向けていたラング氏はというと、どうやら別件で商会として美味い話にありつけたようで、パーティーが終わる頃にはメアリたちのことなど気にも留めていない様子だった。
___パーティー終了時刻。
お腹と商売欲求を満たした参加者たちはそれぞれの帰路につく。
ほんの数時間という短い時間ではあったが、初めて会った大人たちを相手に"誠実"で"有望"な孝行息子を演じ続けたカイルは、気疲れによって激しい頭痛に見舞われていた。
馬車の揺れでその痛みは悪化し、家に辿り着く頃には吐き気を伴うほどだった。
メアリは一番の標的であったブラッツァー氏へのアプローチが大成功したことを大いに喜び、鼻歌を歌いながら風呂に入った。
その歌声が妙に癇に障ったカイルは、ズキズキと痛む頭を押さえながら自分の部屋へと向かう。
だが、その鼻歌が頭に残ってしまったのか、部屋に入ってもメアリの歌声がまだ聞こえているような気がした。
布団を頭から被ってベッドに突っ伏してみたが、その歌声が頭から消えることはなかった。
その日、またいつもと同様に気絶するように眠りについたカイルは、酷い悪夢にうなされたのだった。
〜後書き〜
『社交辞令のことをちょっと格好つけて「リップサービス」と表現すると、時折勘違いされてしまうのが玉に瑕…』
…どうも、著者です(´-ω-`)
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
「〇〇ハラスメント」が多様化・過敏化しているこの令和の時代、何気ない日常でもTPOをわきまえて慎重に言葉を選ぶようになりましたよね。
今回の話では、媚びへつらって社交辞令を振り撒く上流階級のいやらしさを表現したかったのですが…
著者的にあまり面白く書けなかったのと、進撃の世界観から外れすぎる気がしたので、やりすぎないよう心がけたつもりです!
さて、今回から登場した『ラング商会』ですが、
…どこかで耳にした気がしませんか?
原作のどこで出てきた商会なのか、是非探してみてください!
※ヒント:『一矢』