___830年。
この年、シャルマン牧場では環境の変化が2つあった。
まず1つ目は、カイルが学校に入学したことである。
メアリは上流階級の者たちに引けを取らないためにも、ガルド街の名門校の一つであるモンテガルド校にカイルを通わせることにしたのだ。
そして2つ目は、王都ミットラスの一角にあるレストランと契約を締結したことである。
これはまさしく、王室お抱えシェフであるブラッツァー氏の働きによるものだった。
モンテガルド校の敷居は高い。
親の稼ぎはもちろん、生徒となる子どもたちの人柄や知的能力なども問われる。
この学校へ入学するには、学校の最高責任者も交えた担任教師との面談を通過しなければならないのだ。
だが、立ち振る舞いから所作さらには物言いに至るまで知的で品性溢れるカイルにとって、それは造作もないことだった。
___入学式当日。
講堂での式典が終わり、教室に移動したカイルたち新入生は、担任教師のオットー・マンチェスから学校生活に関する説明を受けていた。
「……というわけですから、貴方たちには、格式高い我が校の生徒の一員となる自覚を持っていただかなければなりません。どんな時でも身なりを正し、気品溢れる立ち振る舞いを心がけること。わかりましたね?返事は『はい、先生』です。よろしいですか?」
「「 はい、先生 」」
「よろしい。では、しばらくこちらでお待ちなさい。準備ができましたら、校内の案内に回り、それから食堂にて昼食を取ります。騒ぎ立てるのは厳禁ですよ。よろしいですね?」
「「 はい、先生 」」
生徒たちの揃った返事に満足げのマンチェスは、教室の扉をそっと丁寧に開け閉めすると、足早にどこかへ行ってしまった。
教室は一気に静まり返ったが、しばらくするとそこかしこで生徒同士の雑談が始まった。
新生活の始まりに浮足立つ生徒たち……そんな中、カイルは大人しく座ったまま黒板をぼーっと眺めている。
すると、隣の席の女子生徒がいきなり話しかけてきた。
「ねぇ……あなたもしかして、シャルマン牧場の子じゃない?」
カイルは家を言い当てられたことに少し驚きつつも、すぐに外向けの笑顔に切り替えて返事をする。
「はい、そうですが」
「やっぱり!叔父から聞いてた通りね!ストレートな栗毛に緑色の瞳……あ、私の叔父がこの街を取り仕切る
「あぁ、ラングさんのご親戚でしたか。こちらこそ、いつもお世話になっています」
「言葉遣いまで聞いてた通りなのね……私たち同い年なんだし、こうして隣り合わせになったのも何かの縁だわ。敬語なんて使わなくていいわよ!私はブランカ・メシュレヒト。よろしくね!」
「では……俺はカイル・シャルマン。こちらこそ、よろしく」
「へぇ、カイルっていうの……まるで物語の主人公ね!名前は
「…絵本って?」
「あら、知らないの?【あくまのささやき】っていう有名な絵本。その物語の主人公は悪魔の子どもなんだけど、その名前が“カイル”っていうのよ」
「あ、おじいさんのところにあった…」
「え?おじいさん?」
「いや、何でもない……その絵本は知ってるけど、読んだことがないんだ」
「そうだったのね。私は小さい頃に何度も読み聞かせられたものよ……それで、母はよくこう言うの。『困ってる人がいたら、この悪魔のように手を差し伸べなさい』だとか『人を見かけで決めつけてはダメよ』ってね……
そこまで話したところでハッと我に返ったブランカは、急にカイルから目を逸らした。
自分語りしていたことが恥ずかしくなったのだろうか……そっぽを向いたままのブランカは、赤く染まった頬を隠そうと必死に人差し指で髪をいじっている。
その様子にカイルは優しく微笑みかける。
「ブランカにとって、その絵本はとても大事なものなんだね」
「そ、そうね…」
ブランカは尚も恥ずかしそうにしていたが、またカイルの方に顔を向けると、少し声を張って話題を変えた。
「とにかく!この学校はしきたりが多くてマナーに厳しいと聞いていたから、正直期待はしてなかったんだけど……なんだか楽しめそうな気がしてきたわ。改めてよろしくね、カイル!」
そう言ってブランカはカイルに手を差し出した。
「うん、こちらこそ!」
カイルは差し出された手を快く握り返しすと、少しだけ自然な笑顔を見せたのだった。
___下校時間。
学校で平穏な一日を過ごしたカイルは、家に帰るのを惜しみながらも、渋々帰路についた。
牧場の仕事が待っているため、ぐずぐずはしていられない。
だが、初めて友達ができたことが嬉しくて仕方のなかったカイルは、いつもは駆け足で走り抜ける街中を今日だけはスキップで通り過ぎたのだった。
その頃、すでに帰宅していたブランカは、珍しく家にいた母親に『良い友達ができた』と自慢げに話していた。
日中に母親と話せることは滅多にないため、ブランカはいつになく嬉しそうな顔で母との会話を楽しんだのだった。
だが、この時の2人は
数年後、2人の運命を分かつ“嵐”のような大事件が巻き起こることを……
〜後書き〜
『小さい頃、よく押入れに入って秘密基地ごっこしてたっけなぁ…』
…どうも、著者です(´-ω-`)
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
唐突ですが、
みなさんは思い出の絵本ってありますか?
自分は『おしいれのぼうけん』です。
この絵本知ってる方はわかるかと思いますが…
めちゃくちゃ怖くないですか!?
ストーリーもさながら、絵のタッチにおいてもトンネルの不気味さを増幅させてますよね…おかげでトンネルを通る度にねずみ婆さんがいないかとつい探してしまいます。
さて、今回の話は新キャラの登場回ということで短めでした!
ブランカ・メシュレヒト、彼女の存在はカイル・シャルマンという人物像の形成に欠かせない要素の一つです。
ブランカがカイルの"運命"にどう関わってくるのか、今後の展開をお楽しみください!
~おまけ~
この物語で何度か登場している絵本『あくまのささやき』ですが、簡単なあらすじをまとめたものをXにて投稿しております。
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◎著者Xアカウント:@Satory_070815
◎投稿内容:【現在公開可能な情報】4.あくまのささやき(投稿日:2025/01/25)
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