___カイルが学校に通い始めてから、数週間後。
シャルマン牧場には、慌ただしく駆け回るメアリの姿があった。
何があったかというと、王都ミットラスの主要なレストランでの評判を聞きつけた王室が、満を持してシャルマン牧場に発注をかけたのだ。
知らせを聞いたメアリは、またとない大チャンスを絶対ものにしまいと躍起になっている。
しかし、それと並行してこれまでの太客も逃さぬようにするには、牧場の規模を一段と拡大しなければならない。
そのため、シャルマン牧場では新たに従業員を雇うことにしたのだ。
だが、従業員を雇おうにも牧場の仕事は朝が早い。
そこで、従業員には住み込みで働いてもらえるよう、牧場の敷地に従業員用の借家まで建設したのだ。
とにかくメアリは、事業拡大のための投資を惜しまなかった。
その甲斐あって、事業が軌道に乗ったシャルマン牧場の株は見違えるほどに上昇したのだった。
こうして、シャルマン牧場は一気に賑やかになった。
従業員たちはまだ7つの子どもが懸命に働く姿に感銘を受け、自分たちも負けていられまいと活気づいていた。
カイルはメアリの目が光っている以上、従業員たちへの態度にも気を抜けなかったが、自分を慕って気さくに話しかけてくれる仕事仲間ができたことが純粋に嬉しかった。
もう一つ、カイルにとって有益だったことがある。
それは、仕事中にメアリから罵られたり暴力を振るわれることがなくなったことだ。
これまでは動物たちと接する癒しの時間をメアリに邪魔されることに心底うんざりしていたが、それが一切なくなったのだ。
それはまさしく、従業員という
そこで発散されなかったメアリのストレスは、従業員たちのいない家の中で撒き散らされることになったが、それでもカイルはそれが気にならないほどに仕事も学校生活も楽しかった。
しかし、そんな平穏な日々は長くは続かない。
数ヶ月経ったある日のこと…
「本日から数日間、水練の授業を行います。各自着替えなどの用意を持ち、私ども教師の後ろに整列してついてくるように」
担任のマンチェスがいつもの鼻にかかった声で、生徒たちに移動を促した。
水練の授業は、学校の近くに流れる川で行われるのだ。
背筋をしゃんと伸ばしながら歩くマンチェスの後ろに綺麗に整列した生徒たちが続く。
川の近くまで行くと、学校が所有している建物が見えた。そこに更衣室があるのだ。
その建物が目に入った時、カイルの隣を歩くブランカが気だるそうにつぶやいた。
「はぁ……水練なんて気乗りしないわ」
「ブランカは水が苦手なの?」
「いや、そういうわけじゃ……せっかく毎朝整えている髪を濡らしたくないだけよ」
そう言ってブランカは自分の髪を大事そうに撫でる。
「確かにブランカの髪はいつも綺麗だ」
「ふふーん、そりゃそうよ。こだわりを持って少しお高い整髪料を使っているもの。それなのに……濡らしてしまったら、せっかくの努力が台無しだわ!!……はぁ…」
「ははっ、大丈夫だよ。きっと、水に濡れた髪も素敵だと思うよ?……だってほら、ブランカの赤毛は太陽の下だとより輝いて見える」
あまりにも褒め上手なカイルの口ぶりに、ブランカは唖然とした。
「…あんたってほんと紳士よね。男どもがみんなそんな感じならいいのに…」
「あ、もう着くみたいだ。それじゃあ、また後で!」
更衣室の前に到着した生徒たちは、男子と女子で分かれてそれぞれの更衣室に入ると、水練用の着衣に着替え始めた。
そして、この時“事件”は起こる……
突然、
「お、おい!お前!……なんで
「…無いって何が?」
すると、今度は別の男子生徒が疑問を呈した。
「な、何って……
「そう言われても、生まれつきこうだけど…?」
2人の男子生徒に問い詰められていたその人物は、何故かきょとんとしている。
「何なんだよ、お前……頭おかしいのか!?おい、ウッド!行こうぜ……マンチェス先生に知らせよう!」
「ま、待ってよ!エルリク!……き、君はそこにいてね。あと…服を着て!」
「……」
2人の男子生徒は慌てて更衣室を出ると、担任教師の元へと駆け足で向かった。
「マンチェス先生!大変です!あいつ……頭がおかしいんです!!」
「何事ですか?フラデール。そんなに慌てて……品性の欠片もありませんよ。何か問題でもあったのですか?」
「そ、それが……その……とにかく、今すぐ男子更衣室に来てください!お、
「はい?チップマン、それはどういうことです?……その女の子とは、一体誰のことですか?」
その時、男子更衣室から水着姿の生徒が一人、こちらに向かって歩いてきた。
すると、報告に来た2人の男子生徒は、息ぴったりにその生徒を指差したのだ。
ようやく状況を察したマンチェスは、慌ててその生徒に駆け寄ると、体にタオルを巻き付けながら声を荒げた。
「な、何ということですか!?どういう訳かちゃんと説明していただきますよ、
「…はい、先生」
なんと、男子生徒たちが騒いでいた”女の子”の正体は、カイルだったのだ。
___数時間後。
水練の授業が終わり、生徒一同はまた学校に戻った。
教室に入ると、そこには水練の授業が終わるのを1人で待っていたカイルの姿があった。
幼い生徒たちにも異常な状況を察知できるのか、罰が悪そうな顔で各々の席についていく。
誰一人としてカイルに事情を聞こうとしなかったが、そんな気まずい空気を切り裂くように口を開いたのはブランカだった。
「聞いたわ……あなたの
「振りをしていたつもりはない。物心ついた時から俺は、男の子だった……と、思う」
「思うって、何よ。女なのに男だと勘違いしてたってこと?」
「それは
「そう……」
2人はしばらく口を閉じた。
カイルは俯きながら机のしみ模様を目で追い、ブランカは濡れた髪が傷まないようにそっと櫛を通している。
カイルがいつまでも口を開かないため、ブランカはまた自分の方から話しかけることにした。
「まぁ、家庭の事情とかは知らないけど……これからも、あなたがしたいようにすればいいんじゃない?」
「ありがとう。他のみんなは、そうは思って無さそうだけど…」
そう言ってカイルは教室を見渡したが、誰とも目が合わなかった。
「…気にする必要はないわ」
「ブランカは今まで通り接してくれるの?」
「当たり前でしょ?ただ『男友達』だったのが『女友達』になるだけよ……
「…君は、ちょっと変わってるね」
「なっ!?あんたねぇ!人がせっかく…」
「ははっ、ごめんごめん。……でも、本当にありがとう」
「まったく……調子狂うじゃない」
ブランカの反応に安堵しつつも、カイルにはもう一つ”気がかり”なことがあった。
そして、その不安は現実となってカイルの身に降りかかることになる。
バーーン!
突然、教室の前扉が勢いよく開かれ、険しい顔をしたマンチェスが教室に入ってきた。
生徒たちは目を丸くして驚いた。
いつもは如何に行儀良く、かつ、丁寧に扉を開け閉めするかに執着している
生徒たちは教師の只ならぬ様子に身の毛がよだつ思いをした。
マンチェスはカイルを見つけると、いつもの鼻にかかった甲高い声ではなく、喉の奥をゴロゴロと響かせるような低い声でカイルを呼び出したのだ。
「シャルマン……貴方の
カイルはごくりと唾を飲み込むと、声を震わせながら返事をする。
「は、はい……先生」
カイルがマンチェスと共に教室を出て行くと、生徒たちはまるで緊張の糸が切れたかのように一斉に喋り出した。
その内容の大半は、カイルの"正体"について議論を交わすものだった。
しかし、ブランカだけは怯えた様子のカイルに違和感を覚え、不安を募らせていたのだ。
その頃。
マンチェスの後ろをとぼとぼと歩くカイルは、これから待ち受けるであろう
〜後書き〜
『思い込みや無頓着は周りの反応によって初めて認識する』
…どうも、著者です(´-ω-`)
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
カイルが実は"女の子"だということが判明しました!
この物語は女主人公だったんですね…
物心つく頃から男の子として扱われたカイルは、性別の違いというものを差ほど気にしたことがありませんでした。
それどころか、"無知"に近かったと思います。
カイルが他人の裸を見るのもこの日が初めてで、性別の違いで体の構造が変わることも初めて知りました。
それって無理があるんじゃない?と思われるかもしれませんが、一応辻褄が合う理由はあります。
その理由については、今後の話で回収して行けたらと考えてますので、今しばらくはご都合話にお付き合い下さい。
カイルの正体がバレてメアリが呼び出された…これは波乱の予感しかしませんね。
次回の話もお楽しみ下さい!
〜おまけ〜
※下ネタ注意※
【エルリクがカイルの裸に驚くシーン if ver.】
「お、おい!…お前…なんで無いんだよ!?」
「…無いって何が?」
「…何って…ナニだろ」
作品が違いますが、銀魂ファンならわかるセリフですよね?(´-ω-`)