まずは6月に突入!カードしっとり警報が出る時期でございます。
──────2024年6月18日。
連日25℃以上、30度を超える日もある日々だったが、この日は雨が降り最高気温22℃ほどまで下がっていた。
「6月後半になってようやく梅雨か?」
「年々暑くなってくな、大丈夫かよ地球」
そんな風に一般生徒達が駄弁る桜龍高校は、すっかり全員が夏服に衣替えを済ませている。
「……あ、水泳部この雨の中でも練習やってるよ」
「うええ、流石に冷えそー。上級生が根性論振りかざしてるのかな」
「あり得るわー、うちらは陸上でよかったー」
水泳部の上級生はスポ根精神がやたら強い事で有名だった。気温と水温が低く水泳に適さない日でも、構わず泳がせることがあるらしい。
「……」
そんな会話を聞いていたサキトは、校舎の窓から降りしきる雨と屋外プールの様子を見つめていた。
* * *
「はぁ……」
「また副部長が憂鬱になってんよ」
「1年の時もこんなんだったなぁ」
用を足してゲーム部の部室へ戻って来たサキトは椅子に座るとため息を吐く。この時期はどうしても彼は憂鬱になりがちだった。
『先輩は何故あんな風に?』
「いやぁ、湿気が苦手なんだって……あ、本人じゃ無くてカードの話ね」
「デュエマのカード、特にキラカードはねー」
ゲーム部の2年生たちがスマホで画像を検索し、∞に見せる。
そこには、大きく反り返ったデュエマのカードがいくつも表示されていた。
『こんな風になるんだ』
「ホイル加工が悪さするらしくてねえ」
「反り返ってるとカード判別のイカサマに使えちゃうから、大会とかに使えなくなるんだって」
「乾燥剤を一緒に入れて保管したり、普段使いするカードは3重にスリーブに入れて、固めのもので反らないようにしてるらしいよ」
『それは大変だね』
ゲーム部の部室はこの時期除湿器を欠かさずかけている。ゲーム機やPCにとっても湿気は大敵であるためだ。
そういう意味ではゲーム部員達はサキトと共通の思いを大なり小なり抱えてはいる。
「はぁ……あ、もうこんな時間か……すみません部長、ちょっと今日は先に上がります」
「ん?ああ良いよ。おつかれー」
他の部員達が見送る中、荷物を纏めてサキトが部室を出ていく。
「何しに行くんだろ?」
「用事かねえ?」
その理由について、思い当たる者はいなかった。
* * *
「よし、これで良いな。後は……給湯室を借りるか。貸して貰えるかな」
雨が降る中、駅前で買い物をしていたサキトは学校へ戻ろうとしていた。
その眼前に、バイク……のような物が急停車する。
「うわっちゃ!?危ねえな……っ!」
『そこのオマエ!ちょいと付き合って貰うぞ!』
「こっちはお前にかかずらってる暇は無いんだがな……!イニシャルズ!」
『Duel field expansion. Dueltector summoning』
通学路のど真ん中でデュエルフィールドが展開される。赤い光の幕が雨を遮り、サキトを装甲が包み込む……が。
『そら、ついてこい!』
「あ、野郎っ!!」
フィールド内へと閉じ込められる寸前に、バイク型クリーチャー……《D2W ワイルド・スピード》がフルスピードで走り出し領域を離脱する。
放っておくわけには行かない、はっきり言ってほぼ確定で悪さをする類のクリーチャーを逃がしてしまえば大事になる。追わなければ!
「ドギラゴン、俺に力を!」
『Contract armor awakening.』
コントラクトアーマーが起動し、ドギラゴン閃の鎧を身に纏う。そのままフィールドを最小範囲に縮め維持しながら、バイクを追い抜くほどのスピードで走り出した。
「3分以内に仕留める……っ見つけたァ!」
『数を増やしているな。あれは、ワンダーワープか……!』
十数秒で道路を疾走するワイルド・スピードを視認できる距離まで追いつく。隣には車両のジャンク品が人型に集まったようなクリーチャー、《D2W ワンダーワープ》が出現している……どこかから合流したのだろうか。
「追いついたっ!フィールド拡大!!」
間近まで追いすがった所で、フィールドを広げて2体のクリーチャーを取り込む。そして、七支刀で一閃!
『ギギギギギィィイィィ!!』
「まずは1体……っぶねえ!!」
『食らえ、ドギラゴンッ!!』
ワンダーワープを斬り捨てたサキトへと、バイク状のボディ先端に付いたドリルを使い、ワイルド・スピードが突撃して来る。光盾でそれを防ぎ、サキトが斬り返す。
「時間がねえっつってんだ、ろぉっ!!」
『ガッ!?』
ターンしようとするワイルド・スピードの顔面に盾を投げつける。怯んで転倒したところに、七支刀が突き刺さった。
「はぁ……っ、残り1分、校門前まで行くか」
ワイルド・スピードの消滅を確認すると、サキトは再びフィールドを縮めて駆け出してゆく。
* * *
「うう、寒か……っ」
水泳部の練習終わり。雨で気温が下がり水温も低くなっていたプールで水中練習をしていた彼らは、すっかり身体が冷えてしまっていた。
しのぶも唇が紫色になり、寒さに震えている。
「∞ちゃん、もう帰っとーよね……?うう、早よ温まりたか……」
屋外プールの更衣室から、校舎の連絡口へ入った所で彼女に声が掛けられる。
「お疲れ、蒼斬さん」
「先輩?どげんしたと?」
「今日は水泳部寒そうだったから、ちょっとな」
そう言うとサキトは、鞄からスープジャーを取り出した。蓋を開ければ温かな湯気と良い香りが漂う。
「インスタントのスープだけど、身体は温まるよ」
「あ、ありがとうごじゃいます、先輩……はぁ~、ぬくか~」
「温まれたなら何より。さてゲーム部は……この時間じゃ皆もう流石に帰ってるな」
「……先輩、一緒に帰らんか?」
「ん、良いのか?」
「色々と物騒やし、送ってくれると安心できるけん」
「分かった。んじゃ行こうか」
時刻は既に7時過ぎ、ゾーンの出現もあり得る時刻だ。そうでなくても、女子高生が夜一人歩きは危ない時期だろう。サキトは快くそれに応じた。
* * *
「先輩、こんスープ入れたとどっかで買うて来たと?」
「あ、分かっちゃったか」
「貼ってあるラベルが新しすぎるけんね……なしてそこまでしてくれたと?」
「ん?んー……」
帰り道の途中、そう言われると、サキトは顎に手を当てて黙り込んでしまう。
「先輩?」
「ああいや、改めて言われると……なんとなく俺がやりたいからやったけど、明確な理由を上手く言語化出来ないというか。理屈がよく分からんなぁ」
「そうなん?先輩は誰にでもこげな事すると?」
「それはない……だからこそモヤモヤするというか」
首をひねりああでもないこうでもないと自問するサキト。それを見てしのぶは少し笑ってしまう。
「先輩、そんなに理屈にこだわらんでもよかて思うばい」
「そうかな?」
「うちは先輩と一緒におおると、楽しかよ。そんくらいでよかやなかと?」
「あー、そんなもんなのかな……」
そうして色々と考えているうちに、彼女の家に着く。
「それじゃあ、ありがとう先輩。気ば付けて帰りんしゃい」
「ああ。それじゃあまた」
「ならね~」
別れの挨拶を済ませ、弱まって来た雨の中を歩くサキト。その頭の中で、不意に浮かぶ思い。
「………あ」
“それ”が理由なら、今日の自分の行動にも1本の芯が通った理屈が見えてくる。成程、こんな風に思うのは初めての事だ。
しかし、確固たる言語化が出来たのはいいものの、それはそれで新たな悩みを産む事になりそうだった。
「あー……どうしたもんかな、これは……そういう方面には俺は自信持てんぞ……!」
頭を抱えながら家路に就くサキト。クリーチャー退治よりもある意味厄介な問題が、暫くの間彼を悩ませることとなる。