「んー……夏祭りか」
──────2024年8月15日。
今年のお盆休みもいよいよ終わりが近付く頃、近所の神社では夏祭りが開かれる事になっていた。
花火の打ち上げも2晩続けてあるらしく、近場に住む桜龍高校の生徒達も休み前から楽しみにしていた者が多かった。
「父さんたちは家でゆっくりしているつもりだが、サキトはどうするんだ?」
「うーむ一緒に行くような友達も……」
「あら、しのぶさんはお誘いしないの?」
「あー……お盆明けたらすぐインターハイの競泳部門あるらしいから、部活が忙しそうで誘うの忘れてて」
今年は17日から20日まで、全国高等学校総合体育大会……インターハイの競泳部門が佐賀県で行われる予定となっていた。
しのぶは出場はしないが、先輩方の応援のため他の部員と共に佐賀まで行くことになっている。
「折角だもの、誘ってみたらどうかしら?きっと喜んでくださるわ」
「そうそう、俺も母さんとの初デートは夏祭りでなあ」
「懐かしいわねえ大河さん」
「はいはい親の惚気は勘弁してくれ。今12時か……部活が朝からあっても昼休憩してる頃かな?電話してみて出なければメールするか」
しのぶの番号へと電話をかける。数回のコール音の後、応答がある。
『もしもし、先輩?どげんしたと?』
「あー、急ですまないんだけど、今夜近所で夏祭りあるの知ってるよね?」
『うん、知っとーばい』
「今夜部活で疲れてなければで良いんだけど、もし良ければ一緒」
『行く!じぇったい行きたかけん!一緒に行こう!』
「わ、わかった!わかったから!」
食い気味に返事を返されタジタジになりながら、夕方から2人で夏祭りへ行くことを決めたのであった。
「いやー若いなぁ、素晴らしい」
「本当ねえ、将来楽しみだわ~」
「2人ともこの間からテンションおかしいんだが?」
一人息子に彼女が出来た事が嬉しいのだろうが、度々テンションがおかしくなる両親に少しばかり辟易するのであった。
* * *
「……こういうのは家の前じゃ無く現地で待ち合わせるのが良いとか言ってたけどほんとなんかねえ?」
夕暮れ時、神社の石段の前にて甚平姿のサキトがしのぶを待っていた。待つ時間も楽しみの一つとは言うが、速攻を得意とする気質の彼には微妙に理解しづらい所であった。
「先輩、お待たせー!」
「お、来たかしの、ぶ………」
「どげんしたん先輩?」
青を基調とし、臙脂色の帯を身に着けた浴衣姿の彼女を見て、思わず見惚れてしまう。
「………いや、凄く綺麗で似合ってるな、って」
「ほ、ほんと?良かった……先輩も似合うとーばい」
「父さんからのお下がりだけどね。合ってるなら良かったよ。んじゃ行こうか」
「うん!慣れとらん下駄やけん、足元に気ば付けなね」
2人手を繋いで、石段を登っていく。石段の先からは既に祭囃子が聞こえ始めていた。
* * *
神社の参道の左右に、様々な屋台が軒を連ねている。様々な食べ物の匂いに、楽しげな遊びの数々と、ついつい目移りしてしまいそうだった。
「まずはどうする?」
「うーん、少しお腹が空いとーけん、食べ物が欲しかな」
「んじゃ最初は、歩きながら食べれるのにしようか。焼きそばとかだと箸使うから腰を落ち着けて食った方が良いし……と」
入り口近くの屋台を見ていると、香ばしい醤油の焼ける匂いが鼻をくすぐってきた。
「お、この香りは……」
「あ、焼きとうもろこしやね!」
醤油を表面に塗り、焼き色が付くまで焼いた焼きとうもろこし。材料費などの諸経費が高騰して値上げしたり、焼き立て提供のために待たされる事もあってか祭りの定番からは消えつつあるが、ここでは生き残っているらしい。
「おじちゃん、これ2本くださいな」
「あいよぉ!1本500円だから、1000円ね!焼けるまでちょっと待ってな!」
「んー、よか匂いがするね」
焼き上がりを待つ間も、音と香りが食欲をそそって来る。焼き色が付いて行くとうもろこしを見続けるというのもなかなか楽しいものだった。
「へいお待ち!熱いから気を付けなよ!」
「っし、お代はこれで。ありがとー」
「あっ先輩、お代くらいはうちも……」
「良いよ良いよ。今日は色々奢らせてくれ」
「そうと?それじゃあ、お言葉に甘えて……」
2人で1本ずつ持ち、茶色く焼き色の付いたとうもろこしに噛り付く。
「あふ、はふ……んんー!やっぱ良いなこういうのは」
「焼きたてアツアツで、うまか~!」
多少割高でも、こういった場で食べる物はその場の雰囲気も含めて美味しく感じるもの。サキトとしのぶも、楽しそうに笑いながら食していった。
* * *
焼きとうもろこしを食べながら歩いていると、しのぶが1つの屋台に目を付ける。どうやら、射的をやっているようだ。
「あ、先輩、あれやりたか!」
「お、射的か。いいね、何か欲しいもんでもあった?」
「えっとね、あれが欲しかね!」
しのぶが目を奪われたのは、人気のあるコウテイペンギンのキャラのぬいぐるみ……なのだが、通常の物とは大きく異なる点がある。着ぐるみのような物を被った、特別仕様と言った感じの物だ。
というか、サキトには見覚えがあり過ぎる代物だった。
「金トレのペンギンゲンムエンペラー……!?」
そう、有名クリエイターに特別なイラストのカードを描いて貰う「金トレジャー」の一つとして7月の特殊弾で登場した、ゲンムエンペラーのイラスト違いカード……そこに描かれた物にそっくりなぬいぐるみだ!
「あのペンギン、どことなく∞ちゃんに似とー感じがしてあいらしかて思うったい」
「あーまあ、それは確かに……というか、どこであんなもん仕入れたのか店主に聞きたいわ俺は」
サキトとしては、公式グッズとして売ってるなら正直自分でも欲しいレベルである。果たしてどこで手に入れたのやら。
「はいお嬢ちゃん、弾は3発ね。棚から落とせばその景品が貰えるよぉ」
「それじゃ、いくばい!」
狙いを定めてコルク銃を撃つが、1発目は軌道が逸れてギリギリ外れてしまう。
「あう、もう1回……!」
「出来る限り近付けて撃つと良いってさ」
「こうかな………っ、えい!」
2発目は顔の下部分に当たる。少しばかり揺れ動いた、が………。
「ほい残念。あと1発ね!」
「あうう………っ惜しかったとにぃ!」
「当たり所は良かったけど……もう一歩か……?」
再度狙いを定めるしのぶだが、最後の弾ときて緊張しているのか肩の力が抜けず銃口が震えているようにサキトからは見える。
「落ち着けしのぶ、落ち着いて狙えば──────」
「……先輩、うちん代わりにやってくれると?」
「俺ぇ!?ま、まあ店主さんが良いならいいけど……」
「彼女さんの代わりにかい、いいぜあんちゃん、やってみな!」
了承されてしまった、これはもう、後には退けない!
「さっきのコルク銃の弾道はこう、勢いは……そんで、あの個所に当たった時の揺れ具合は……よし」
「あんちゃん随分慎重に狙うねえ?」
「まあ最後の1発だからな。………んんー、うん、ちょいと試しに言ってみるか。オホン──────」
咳ばらいをしたサキトが、鋭く標的のぬいぐるみを睨んで引き金に指をかける。
「──────引き金は二度引かねえ、一発が全てだ!」
その言葉と共に放たれたコルク銃の弾丸はぬいぐるみの頭に当たり……大きくバランスを崩して転がり、棚から落ちた。
「ぬわぁー!?ええい、大当たりだ!もってけーい!」
「やったぁ!先輩、すごかね!」
「ふぃぃい……あー緊張した、あのセリフ言って落とし損なったらめっちゃ恥ずかしかった……!」
「もしかして、自分ば追い込むためにあげん台詞言うたと?」
「その方が集中力上がる気がしなくもなかったからな……ほい、どうぞしのぶ」
「ありがとう先輩、大切にするけんね!」
彼女の嬉しそうな顔を見れれば、こうして挑戦してみた甲斐はあったと言えるだろう。
* * *
「虹色の……わたあめ……?」
「わたくまさんだって。クマん形しとーね」
「形整えるのは上手いけど売れるんかねこれ……?」
屋台で売られているわたあめを見て、微妙な表情になるサキト。一体どうやってこの色を付けているのか、見当もつかない。
「あー!ウィン、ここでもにじのわたくまさん売ってるみたいだよ!」
「いや、だからオレはいらないって。買うならニイカの分だけでいいよ」
「……ん?」
何やら聞き覚えのある名と、聞き覚えがあるがトーンが異なる声を耳が捉える。そちらを見ると、赤髪の少女と青髪の少年が2人で喋っていた。
少年の方は、知っている姿とは違うが……やはり、サキトには見覚えがある。
「あーあ、激レアわたくまさんをこんな所で見つけるなんて、すぐSNSに上げたいのに……なんで圏外なのよー!周りの人は普通に使えてるのにー!」
「ていうか、ここに来るまでの電柱見ただろ?『栗茶市』も『日神町』も聞いたことないし」
「あのー……ちょっといいかな」
「へ?」
「急に失礼なんだけど……青髪の君、名前聞かせて貰っていいかな?知り合いに似てて」
サキトは2人を呼び止めて、少年の名前を問うてみる。もし予想が正しければ、とんでもない事だが……。
「え、なに?変なヒト」
「こら失礼だろニイカ。えっと、俺は──────」
「斬札ウィン、ですけど」
「──────はぁあ!?」
そう、
それは、異邦人との遭遇。