「うおぉ、すげぇ……あちこちから蒸気が上がってる」
「ここが『雲仙地獄』かぁ……」
──────2024年11月20日、桜龍高校2年生の修学旅行は2日目を迎えた。
この日彼らはバスで雲仙市へと向かい、長崎名所の1つである温泉街へとやって来ていた。
雲仙温泉街、そして……雲仙地獄と呼ばれる地帯。至る所から高温の温水と蒸気が噴き出し、強い硫黄臭に包まれるこの場所に、過去の人々は死後の世界、地獄の光景を重ねたという。
「うひゃあ、凄い臭いがここまで漂ってくるぜ」
「よくゆで卵の臭いって言うけど、本当に同じ臭いのパワーアップ版って感じね」
今日も彼らの班はJack-Potの4人と行動を共にする事になりそうだった。
「あら、あちこちに猫ちゃんがいるわね?」
「あー、観光レビューとかで見たんですけど、地面が地熱で温まってるから猫にとって心地よい状態らしいですよ」
「なるほどね」
確かに、温泉街の入り口の時点から何匹か猫を見かける。そろそろ12月も近く、徐々に肌寒くなってくる時期。猫たちにとって暖かい雲仙地獄の地面は極楽のような居心地だろう。
「……んん?」
何やらゴロゴロとくつろいでいる猫達の中に、1匹変わった者がいる。白地に赤と青の三毛というカラーリングが良く目立ち──────。
「(ってここでも野良クリーチャーか!)」
《熱湯グレンニャー》、火と水の文明に属する猫型クリーチャーだ。カードでのフレーバーテキスト通り、温泉に縁があるクリーチャーと言える。
サキトは近寄ってみるが、逃げる様子はなく地面に転がり続けている。試しに顎の下をくすぐってみると、ゴロゴロと喉を鳴らして甘えるような仕草を見せて来た。
「んんー……ここまで人慣れしてるなら普段も無害なのか……?」
「あら可愛い!その子、なんだか変わった猫ちゃんね?」
「あー、こいつクリーチャーだから皆さんはあまり近付かない方が……」
『ゴロゴロ……んにゃ?』
心地よさそうにしていたグレンニャーが目を開けると、サキトの方を見て急に眼を見開く。
『んにゃぁぁっぁぁぁああぁぁぁぁあ!?』
「うぉわ!?」
絶叫しながら跳び上がり、一目散に逃げてしまった。何かに怯えていたような様子だったが……。
「あら、行っちゃった」
「……俺と一緒にいるドギラゴンでも見えたのかな……?」
攻撃行動には出なかった以上、一応放っておいても大丈夫……だろうか?サキトは後で一応長崎のDGAに連絡する事にしておいた。
「それじゃあ、まずはあちこち見て回るとしますか」
「おー!」
* * *
「じゃーん!ここが日帰り客も楽しめる『小地獄温泉館』!」
「こいつこういうの調べるのは熱心だなほんと……」
サキトの班の男子が行動予定の中に入れていた、温泉宿が管理する日帰り入浴施設に7人はやって来た。
温泉に入る事しか考えてなかったクラスメイトに代わり、サキトともう1人がここの温泉について事前に調べて来た事を解説し始める。
「えー、なんでも歴史は古く、江戸時代、享保一六年にまで遡るそうです。西暦で言えば1731年ですね」
「へぇ、湯治場としても有名なんだ」
「幕末の志士、吉田松陰も湯治に訪れたとか」
「……誰だっけそれ?」
「中等部ん時日本史で習っただろうがっ!」
「流石に松陰の名前覚えてねーのは問題だと思うぜ……」
修学旅行は校外学習という名目で行われているのだから、こういった歴史学習と関連付けて訪れる場所を決めるべきなのだが……このクラスメイトはそちらへの興味が欠片も無さそうだった。
「ここの効能は神経痛、関節痛、皮膚病ほか色々に効きますが……何と言っても『美肌の湯』ですよ!Jack-Potの皆さん!」
「へえ、それは良いわね!」
「………こいつ、最初から女子に良い顔するためにここ選んだんじゃねえだろうな?」
「うーん、あり得るのが嫌だ」
「ななな何を根拠にそんな」
「「どもるな」」
まあ、温泉街に来て温泉に入らないというのも勿体ない。時間の許す範囲で収まるよう、彼らはここの温泉に入る事にした。
「あちちちちっ、結構熱いな!」
「源泉から多少冷ましてるだろうけど結構熱めだな………っ、ぁ~……」
白い濁り湯は硫黄の香りに満ち、サキトも入ってみると身体の切り傷に染みわたってゆくような感覚がした。
「あー、これは効く感じが……」
「なあ、来て良かっただろ!?」
「はいはい」
下心は見え見えだったが、この湯自体は実際悪くなかった。日々の戦いの疲れが癒されて行くようだ。
「(ドギラゴンもどうかな?気持ちいいですよ)」
『いや……何か温泉に入るというのは嫌な予感がする……戦えなくなるような』
「(そっちの『温泉』とは無関係ですよ一応)」
デュエマ関連のスラングとして『温泉』という物がある。公式のデュエルにおける通常のレギュレーションにて、使用不可能とされる『プレミアム殿堂』に指定される事を『温泉送り』と言うのだ。
由来はかつてのデュエマのCMにて、プレミアム殿堂の代表であったカード《無双竜機ボルバルザーク》が隠居した老人の如く温泉でくつろいでいたら、リメイク版が誕生し表舞台に復帰する……という演出のCMが元である。
これ以降プレミアム殿堂を温泉、殿堂入りを足湯と表現するようになり、公式もそれに乗っかったフレーバーテキストやカードイラストを出して来るようになっているのだ。
「はー気持ちいい……」
「さすがにじっくり浸かってる時間は無いから、もうちょいしたら出ようぜー」
「え!?女湯のキャッキャウフフに聞き耳立てないのか!?」
「護守、こいつ温泉に沈めようぜ」
「いや流石に事件にすんのは……とっとと上がろう」
「ぬわーっ離せぇぇぇ!!」
じたばたと暴れるクラスメイトの両脇を抱え、サキト達は温泉から上がるのであった。
* * *
「肌もすべすべ、良い感じだな」
「やっぱり本場の温泉は違うなー!」
女性陣が女湯から上がるのを待った後、再び雲仙地獄の散策に戻る。途中で買った茶菓子で糖分を補給したり、温泉卵を味わいながら歩くのも中々楽しいものだ。
「んー、美味い!温泉卵はたまらん!」
「食べてばっかりだけど、勉強も大事よ?ほら、見えて来た」
彼らが歩く先に、十字架の碑が見えて来る。この雲仙地獄における歴史学習という目的の1つであり、他の生徒達もそこで写真を取っている。
「キリシタン殉教碑か……」
「島原もすぐそばだから、当然こういうものもあるわよね……」
雲仙市の隣は島原市、あの島原・天草の乱が起こった地だ。この雲仙でもキリシタン弾圧は起こっており、雲仙地獄の高温の蒸気と熱水が彼らへの拷問に使われていた歴史が存在する。
「……流石に島原・天草の乱と天草四郎くらいは知ってるよなぁお前……?」
「お、おう流石にな。アニメやゲームにもちょくちょく出て来るし」
「まあ知ってるだけ上出来……なのか?」
この地で教義に殉じ命を落とした人々に思いを馳せつつ、写真を撮影していく7人。一通り撮影を終えると、昼食に良い時間となって来た。
「さて、結構あちこち歩いて来たし、午後の陶芸体験前にぼちぼち昼飯でも食っていきますか」
「オススメの所とかあるのかしら?」
「駐車場のある観光協会の方に戻る事になりますけど、『雲仙グリーンテラス』が良い感じらしいですよ」
「まあ、いい運動になりそう。着く頃にはお腹も減ってそうだね」
遊歩道を歩き来た道を戻ってゆく一行。その道中……。
「うわぁ……周りはあまり気にしてないっぽいけど……うわぁ……」
また何体かのクリーチャーが熱水の中に浮かんでいるのを、サキトは見かけた。その面子と来たら、色々な意味で忘れられないクリーチャー達だ。
「あ、あの浮かんでる茄子……もしかして《ダンディ・ナスオ》じゃないかしら」
「あっちには豆……もとい《ベイB ジャック》もいました……」
顔の付いた茄子のようなクリーチャー「ダンディ・ナスオ」に、小さな駕籠に収まりおしゃぶりを咥えた丸いカエルのようなクリーチャー「ベイB ジャック」……どちらもプレミアム殿堂に指定され温泉送りとなっているクリーチャー。自身の戦闘力は低いが強力な効果が他のカードと噛み合い環境を荒らした、ある意味で凶悪なカード達である。
『やはりそういう温泉という事なのではないか?』
「……DGAの長崎支部に今連絡しときます」
「流石にあれは送り返して貰った方が良さそうね」
殿堂王来空間の中で永遠に過ごしていて欲しい面々を見ながら、ザーナとサキトはため息を吐くのであった。
その後も名物に舌鼓を打ち、雲仙焼きの陶芸体験に苦戦したりなどという体験をし……その間大きなトラブルも起こることなく、無事長崎市内のホテルへと戻る桜龍高校の生徒達。
修学旅行の2日目も無事終えることが出来て安堵するサキトであったが。
「何というか、そろそろ何か起こりそうな予感はするんだよな……」
夜空を見ながらひとりごちるサキト。その嫌な予感は、翌日に的中する事となる。
歴史ある温泉郷というのは良い物です、学びも食事も温泉も。
英気を養ったサキトですが、当然修学旅行も簡単には終わりません。
サービスシーン?そんなものウチにはないよ……。
茄子と豆は思い出の中でじっとしていてくれ……。