夜の新宿に、朱い影が躍る。
陽野テルタカの母が亡くなったのは、1年半ほど前の事だ。
当時彼の母は、最近マンション内を徘徊する猫と遊ぶのが楽しみだとよく言っていた。
父は企業重役で忙しく、家に帰って来るのが遅い事も多々ある。昼間の一人の時間と、一人息子のテルタカが眠りについた後、寂しい時間を癒してくれると彼女は息子に語っていた。
そんなある日──────彼女が自宅で倒れているのを、高校から帰宅したテルタカが発見した。
彼女は原因不明の昏睡状態に陥り、日々衰弱して行った。国内・海外のどんな医師も、彼女の病状を改善する事は出来ず……3ヶ月の後、一度も目を覚ますことなく息を引き取った。
──────あのマンションに猫を飼う家庭はあったものの、出入り自由の放し飼いにしていた家庭は無く。
母の首には、医師にも父にも見えない、小さな傷があった事を──────テルタカのみが知っていた。
* * *
目を閉じ、昔を思い出していたテルタカだったが、着信音が鳴った事に気付くとすぐさま通話を開始する。相手は当然、DGAのスタッフからだった。
『こちら、新宿区部隊情報統括です』
「……実働部隊の人間は何か不審な点を見つけましたか?」
『どうやら当たりのようです。陽野隊員の証言通り、実働部隊の者にしか視認できない
「やはりですか。それで、各ライブハウスの出演者は?」
『『V』から始まるバンドが出演する会場は2件。うち1件が、陽野隊員が現在いるライブハウスになります』
「了解です。もう片方の会場にも実働部隊員を派遣して張っておいてください、こちらは自分が担当します」
『残るスタッフは他の会場の監視を継続、クリーチャーが出現すればそこへ応援を派遣します』
「それでは」
通話を切ると、テルタカは頬を叩き気合を入れる。今回の事件は、彼にとって因縁ある戦いとなりそうだった。
『気負い過ぎるな、テルタカよ』
「分かっているよ。だが……あの時は母さんに何があったか知る由も無かった。君と出会い、DGAへと入り、デュエルマスターとなって……ようやく尻尾を掴めそうなんだ」
彼の持つデッキからの声に、テルタカは今にも噴き出しそうな激情を抑えながら応える。そう、DGAへとスカウトされてから、彼にとって待ちに待った瞬間が今夜来るかもしれないのだ。
「──────必ずや、俺達の炎で犯人を焼き尽くしてやる」
* * *
「凄い盛り上がりね……」
「私たち、この後で大丈夫かな……?」
庵野水晶は少々不安を覚えていた。今日このライブハウスで行われるイベントは、所謂インディーズバンドの集まりであるが、彼女達の前に曲を披露している『Vertigo』というバンドはかなりのクオリティを見せていた。
その上彼女達の出番はトリだ。プレッシャーは凄まじい物であろう。
「水晶は自信を持って。キミの歌なら彼らにも負けない」
「は、はい……!」
「にしてもなんか、あのバンド……やな感じがするんだよなあ。音を聞いてると、ゾワゾワするんだよ」
「ふぇるが他のバンドにそういう事を言うなんて珍しいわね……でも、ワタシも何か、デモニック・バイスを彼らの曲から感じるわ」
増樹とザーナの2人は、その優れた感性故にか、Vertigoの演奏から何か良からぬものを感じ取っているようであった。とはいえ、確信を持てる程の物ではなく、彼らに対して何か問い質すような行動は今は出来ない。
何より、もう少しで彼女達の出番が来る。まずはそちらへと集中すべきであるのは間違いない。
「ワタシたちはいつものように、ライブでワタシたちの世界を表現するだけよ。さあ、行きましょうか」
「「「「おー!」」」」
『次は、去年から話題となっている私立桜龍高校の学生バンドの登場だ!「Jack-Pot」!』
Vertigoの演奏が終わり、ライブイベントの司会がJack-Potの出番を告げる。ステージへと上がった彼女達が見たのは、どこか夢心地で先程の演奏を反芻しているような観客達の姿であった。
「皆さんこんにちは~、Jack-Potです!私たち5人のライブ、みんな楽しんでいってくださいっ!」
「メンバー紹介いってみよー!まずはベースでリーダーの世界!キーボードはわたし、VAN!ギター、X!ドラム、STAR!そしてボーカル、Go-Spell!5人揃って、Jack-Potです!」
彼女達の自己紹介が始まっても、どこか呆けたような表情を続ける観客達が多い。一瞬水晶はそれに怯みかけるが、皆と一緒に立ったこのステージで、弱気な姿は見せられない。
それに、以前には観客どころか敵ばかりのステージにも立ったのだから、この位で折れるほど今の彼女達は弱くは無い。
「新学期や、新年度のお仕事が始まって、ワクワクする人も不安な人も居ると思います!そんな皆さんのために、パワーをあげられるような曲を届けたいと思います!」
深呼吸を一度。空気が肺に満ちて、頭がすっきりと落ち着いて行く。
「──────それでは、聴いてください!」
* * *
「彼女達の出番が来たな。では俺も、会場の後ろから見ているとしよう。ボルシャック、警戒をよろしく頼む」
『承ろう。しかし、この位置で良いのか?』
観客席の後方から、テルタカはライブを見守りつつ、観客の動きに注意を払っていた。今の所会場を出て行くような観客の動きは見られず、クリーチャーの強い反応も無い。近くの観客達の表情は伺えないが、曲が始まってから暫くはどこか退屈そうな雰囲気を数人から感じ取る事が出来た。
「そりゃあ、プライベートなら最前列に陣取りたいところだったけれど、今は仕事だからなあ。ターゲットされているかもしれん観客を見分けるにはここが一番だ」
『ならば構わぬが……』
「それで、標的になっていそうな人間は分かるか?」
『……観客の中に数人、先程のグループが演奏を終えた後にマナが高まった状態の者はいるな』
ボルシャックがテルタカの傍に立ち、観客達のマナを感じ取り見極めて行く。このような時は相棒たるクリーチャーの感覚が非常に頼りになる。
『……だが、彼女達の歌が始まった事で、今度は全体のマナが高まりつつあるな』
「えっ?」
『これは悪い物ではない。彼女達の曲を聞く事で心が昂り、それが体内のマナを増幅させている。それだけ彼女らが人の心を揺さぶっているという事であり……最終的に、その増幅されたマナが放出される事で爽やかな気分となれるようだ』
「そんなリフレッシュ効果もあるのか」
『テルタカが彼女らの曲を聴いている時も、同じ現象が起こっているぞ』
「知らなかったそんなの……古いマナを身体から出すのも生き物の新陳代謝みたいに必要になるって事か」
『それで言えば、先程までのライブで高まったマナは、放出されずに飽きや退屈を感じさせるものだ。あまり良い傾向では無かったと言えよう』
見れば、最初はどこかざわつき集中していなかった観客達も、Jack-Potのライブに聞き入り歓声を上げている。彼女達の歌の力は、やはり本物だ。
「仕事の目的を考えたらあまり良くは無いかもだけれど、彼女達が多くの人を魅了し認められていく過程を見れるのは良い事かな」
『いや、これはこれで敵を炙り出せる可能性はある』
「は?……いや、そうか。さっき言っていたマナの高まりが『仕込み』だとしたら……」
テルタカには既に、敵の正体に関する目星は付いていた。そして、こちらの会場が“当たり”であるならば……必ず、行動に出て来るはずだ。
* * *
忌々しい、忌々しい忌々しい。
今日も極上の獲物を誘い、じっくりと調理してきたというのに。
あの若い娘達の曲が始まり、折角仕込んだものがすっかり消え失せてしまったではないか。
最早今夜狙った獲物達にはありつけそうにない。
ならばせめて、あの5人を排除しなくては……この空腹を紛らわす事は出来ない!
* * *
ワァァァアァァァッ!!
Jack-Potの演奏が終わると高らかに歓声が上がる。アンコールを求める声も上がり、新宿での彼女達のライブは大成功と言えた。
「ふあぁ……やったよ皆!」
「ん、何時もより更に良かったかも」
今日のライブのトリを無事務め、観客達も楽しませる事が出来た。水晶は心から安堵し、しゅうらは妹が自信を持てたであろう事を喜んでいる。
──────その時、急に会場の照明が切れた。
「きゃぁあ!?」
「何だ、なんだ!?」
「落ち着いて下さい!落ち着いて!」
暗闇の中、ライブハウスのスタッフが観客に落ち着いて動かないよう指示する。サイリウムとスマホ以外の光源が無い中、ステージ上のJack-Potへと、一つの影が近付く。
「皆大丈夫!?楽器やコードに躓かないよう気を付け──────」
『貴様がまとめ役か?』
しゅうらの背後から、底冷えするような声が聞こえた。振り返ろうとするが、そこに鋭く伸びた爪が振り下ろされ──────。
燃え盛る巨大な拳が、それを受け止め、払いのけた。
『っ!?』
「ひぃっ!?」「何だアレ!?」
「らぁっ!!」
しゅうらを左手で抱え、庇いながら対峙する腕の持ち主───右腕のみを変化させたテルタカが纏う炎が会場を照らし、犯人の姿を曝け出す。血の気の無い白い肌に、鋭い爪と牙を生やした男は……テルタカの予想通り、『Vertigo』のボーカル担当だ。
「こちらはDGA新宿区実働部隊の者だ!クリーチャー出現を確認、一般人は直ちに退避せよ!」
その言葉を聞くや否や、観客達が一斉に逃げて行く。そこに、天井から降りて来た者たちが牙を剥き襲い掛かろうとする。
「させるか、一網打尽だ!」
『Duel field expansion. Dueltector summoning.』
現れた敵を、テルタカはデュエルフィールドを展開し一気に引きずり込んだ。『Vertigo』のメンバー4人、全員が怪物の正体を現し赤い瞳で6人を睨みつける。
「お、お姉ちゃん大丈夫!?」
「だ、大丈夫よ……ありがとう陽野さん、助かったわ!」
「まだ油断しないでください、連中は貴女方を狙っていますからね」
「さっきの腕はどうやったのかしら!?」
「デュエルフィールド無しでも瞬時にクリーチャーに対応出来るよう試行錯誤した中で、成功したのが……腕部限定のコントラクトアーマー装着です。威力は落ちますが、これを編み出したお陰で、デュエルフィールド外でクリーチャーの攻撃から他人を守る事が出来るようになったんですよ」
この運用が可能になったお陰で、DGAでの彼の仕事はより成果が上がった。限定的ながらデュエルフィールド無しでもクリーチャーの力を具現化出来るという才が、彼のデュエルマスター任命を後押しした事は間違いないだろう。
『ク……忌々しい相手がもう1体……!』
「超獣世界ではどうか知らんが、お前ら相手には太陽の力と相場が決まっているからな……っ!」
「あいつら、一体何なの?」
「クリーチャーだって事は分かるけど、何でオレたちを狙うんだ!?」
「結果的に、奴らの食事を皆さんが邪魔したからですね。やつらの生態はまだよく分からんところも多いですが、確かなのは──────『退屈』を相手ごと喰らう事」
メキメキと音を立てて、4人の男達が姿を変えてゆく。黒い礼服に外套を纏う者、赤と黒の装甲にコウモリの翼を生やした者。そして、
「それって、あの新種のクリーチャー達かしら?」
「ご存じでしたか。ええ、奴らこそは変幻自在の怪物。それ故にこれまで存在が確認されて来なかった新たな種族──────『ヴァンパイア』」
『貴様を排除する!』
血を啜る吸血鬼たちが、戦闘態勢へと変わった。その姿は、現在確認されている中で最強のヴァンパイアの姿──────。
《
「1つ聞く──────この女性を襲ったのはお前達か?」
テルタカが、空中にホログラムで一人の女性の姿を映し出す。それを見ると、ブラッドゾーンは愉快そうに口の端を歪めた。
『ああ、何時だかは忘れたが、ご馳走になった覚えはあるな』
「そうか…………なら、遠慮はせん」
テルタカがシールドを展開し、激情のままにカードを引く。
「お前の全てを焼き尽くす──────デュエルだ!!」
コラボカードにて誕生した新種族、ヴァンパイア。本作では、その擬態能力によって長らく存在を知られていなかったクリーチャーとして、古くから超獣世界に存在していたという事にしております。
ヴァンパイアを滅ぼすのはやはり、太陽の力となるのか。