【完結】どうしてこうならなかったストラトス   作:家葉 テイク

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連載化前のもの。一~二話を一つにまとめた内容で、大筋は同じです。


短編版

 ――その日は、織斑一夏にとって間違いなく最悪の一日だったと言えるだろう。

 そもそもが、場違いだ。

 織斑一夏は男、そして此処IS学園は女の園である。見渡す限り女、女、女。教壇に立っている副担任のロリ巨乳眼鏡という三倍役満も勿論女だ。そして、一夏は別に男の娘とかそういった人種でもない。つまり、完全無欠に浮きまくっていた。

 

 IS。

 正式名称をインフィニット・ストラトスと言い、もともとは大気圏外での作業を行う為に開発されたパワードスーツという話である。しかし、至近距離での核爆発にも耐え、一機で連合艦隊を壊滅させるという凶悪さから、現在は表向き『次世代のスポーツ』、実際は『核に変わるクリーンな抑止力』として各国が所有するに至っている。

 しかし、そんな無敵のISにも一つだけ弱点があった。それは、『女にしか反応しない』という点である。スケベオヤジもかくやというくらい、ISは女性にしか反応しない。女性ならばほぼ全てが起動させ操縦できるというのに、男性となると全く動かない。全世界が総力を挙げて『最も可愛い男の娘』を調べ上げて搭乗を試みたみたものの、結果は変わらなかった。もうこれで良いやってくらい可愛いニューハーフ(工事済み)でもダメだった。

 その為、ISの操縦技術を教えるIS学園は必然的に全生徒が女性であり、教師もそれに伴い男性比率はほぼゼロに等しいのであった。

 そんな女の園に、どこからどう見ても完璧に男でしかない織斑一夏がいる理由――――それは、非常にシンプルだ。

 

 世界で初めて、ISに乗ることが出来た男。

 

 それが、現在の織斑一夏に関する最もポピュラーな肩書である。入試の際、何の間違いか倉庫に仕舞われていたはずのISを起動させてしまった織斑一夏の存在は今や全世界中に知れ渡り、善人、凡人、悪人誰でも一定数は織斑一夏の身柄を狙っている、という非常にカオスな状況に追い込まれているのだった。

 それもあって、一夏はIS学園に入学することになってしまったのだが……、

 

(……帰りてえ…………)

 

 彼は周囲から突き刺さる好奇の視線に、早くも心が折れそうになっていた。ただでさえ()()()()()()()()があるというのに、この上この客寄せパンダっぷりである。これまでの人生で彼女いない歴=年齢であり、ロクに女への免疫もない一夏には明らかに荷が勝っている状況だった。

 

(そりゃ、IS業界って女性主流だからそこに浸かってたお前らにとって男が物珍しいってのは分かるけどさ! でも、俺だって好きで此処にいるわけじゃねえんだよ。少しくらいその事情ってモンを鑑みてくれてもいいんじゃないか……?)

 

 弱弱しくあたりを見渡すと、女生徒達は一斉に目をそらしてしまう。その向こうに見知った顔――数年前に別れた幼馴染・篠ノ之箒――を見つけたが、こちらもふいっと不機嫌そうに視線を逸らしてしまった。助け舟すら出してくれないというわけらしい。一夏は思わず溜息を吐いた。

 

「……織斑一夏、くん?」

「はっ、はい!」

 

 不意に名前を呼ばれ、一夏は思わず立ち上がった。一夏の席は真ん中の最前列、つまり、副担任のロリ巨乳眼鏡のすぐ目の前ということである。一夏はロリ巨乳眼鏡と目が合い、数瞬ほど気まずい沈黙を味わった。

 

「え、ええと……自己紹介、織斑くんの番、なんですけど……大丈夫……?」

「あっ、はっ、はい! え、ええと、織斑一夏です!」

 

 はっと我に返った一夏は、反射的にそう言った。

 そうだった――今は最初のホームルームで、自己紹介をしている最中なんだった。どうせ男だし孤立するだろうとは思うけど、自己紹介は――最も伝えたいことだけは、伝えておかなくては。

 

「えっと、世界初の男性操縦者なんて言われていますが――俺、在学中に一度でもISを操縦するつもりはありません」

 

 きっぱりと。

 一夏は言い切った。ISを操縦する資格と才能を持ち、その為の環境にいながら、それでもISには触れない、と。

 もちろん、教室は騒然となった。この発言はともすると国を揺るがすスキャンダル―ークラス中の生徒がそう認識する程度には、織斑一夏は『期待』されていた。世界で唯一ではなく()()()なんて言い方をするところからも分かるだろう。世界は、織斑一夏をテストケースにして他の男性操縦者を生み出そうとしているのだ。その為に一夏はIS学園へと放り込まれたのである。

 その当の本人が、操縦拒否。それまでの前提を知っている一般人なら驚愕して然るべきだ。事実、目の前にいた副担任のロリ巨乳眼鏡もまたあわあわと狼狽し、そのせいで騒がしくなった教室を鎮めることすらできていなかった。

 ゆえに、教室の喧騒を鎮めたのは新たな乱入者であった。

 スパァン‼ という音が鳴り響き、まるで猫だましでもされたみたいに教室は静まり返る。

 

「残念だが、お前のその望みは叶わない」

「……千冬姉」

「織斑先生、だ」

 

 一夏の頭に出席簿を振り下ろすという形ですべての喧騒に決着をつけたその女性は、抜身の刀のように鋭いまなざしで教室を一瞥すると、そのままロリ巨乳眼鏡を脇に移動させ、教壇に立った。それを受けて、一夏は頭を左手で抑えながら着席する。その表情は、やはり納得をしている人間の顔ではなかった。

 

「織斑千冬。これから一年間お前達の担任となる者の名だ。ブリュンヒルデだの元日本代表操縦者だのといったくだらない肩書はあるが、それは今は忘れろ。この一年間、私はお前達の教師として此処に立つ。お前達も、その私に相応しい生徒であれ。――以上だ」

 

 まるで首筋に刀を突きつけるかのような千冬の挨拶に、全ての生徒がごくりと喉を鳴らした。ともあれ、気を引き締めた生徒に次を促し、自己紹介はさらに続いた――。

 

***

 

 二つ目の授業が終わった中休み、一夏は早くもグロッキーになっていた。一つ目の授業が終わった後には幼馴染の篠ノ之箒と旧交を温めた。それは良かったのだが、二つ目の授業から始まったISの理論学習にいきなり圧倒されていたのである。一応最低限の予習はしたつもりだったが、その程度でどうにかなるならばIS学園なんて必要ないのである。授業には全くついていけなかった。

 

「――少し、よろしくて?」

「あ、ああ……?」

 

 不意にかけられた声に視線をあげると、そこには『いかにもお嬢様』といった風貌の少女が佇んでいた。金糸のように滑らかで高貴な輝きの金髪、海の様に深い色合いの碧眼。そして制服越しでも分かるほどのスタイルの良さ。胸はそこまで大きくはないようだが、それでも恵まれたスタイルと言えるだろう。

 

「何ですのその態度は……、ふふん、まあ良いでしょう。その分ではとてもではないですが授業に追いつくことすらできていないことでしょうし」

「君らと違って俺は急造だからな……、それで、名前を聞いても良いか?」

「…………貴方、自己紹介を聞いていなかったんですの?」

「この世の理不尽を心の中で嘆いていたら、いつの間にか」

 

 少女はあきれてものも言えないようだったが、それはさておくことにしたらしく――あるいはそれよりも気になることがあるのか――、溜息を吐いてから渋々ながら再度自己紹介をすることにした。

 

「わたくしは――セシリア=オルコット。イギリス貴族オルコット家の当主にして、イギリスの代表候補生ですわ。もちろん、代表候補生はご存知ですわよね? 流石に」

「お、おう……勿論だ」

「……、」

 

 嘘を吐くのが下手な正直男一夏に絶対零度の視線を向け、セシリアは何度目とも知れない溜息を吐いた。

 

「ISの世界大会『モンドグロッソ』に出るのが国家代表操縦者。その候補生だから代表候補生。――もっとも、わたくしの実力は全イギリス代表候補生の中でも最強な上に『BT適性』も最高ですので、殆ど『次期国家代表操縦者』と言ってもいいのですが」

「へ、へぇ……」

「何で知らないんですの?」

「し、知ってたって!」

 

 嘘を吐くのが超下手な馬鹿正直男一夏に、またも絶対零度の視線が向けられる。一夏は気まずそうに目を背け、

 

「ISに嫌な思い出があるんだよ……。だから見たくなかった。それだけだ。俺だってまさかこんなことになるなんて思ってなかったし……」

「……、……まあ、色々あるということですのね。でも、本当に分かっておりますの? 現代社会において『国家代表操縦者』とはその国の英雄。貴方のような木端役者がわたくしに話しかけられる栄誉を受けられるのは、本来ならそこらの田舎者が偶然エクスカリバーを引き抜くのに匹敵する奇跡ですのよ? もうちょっと感激しました的なリアクションがないと張り合いがありませんわ!」

「(……俺はエクスカリバーなんて抜きたくなかったけどな)」

「何か言いまして?」

「いや、なんでもない」

 

 死んだ魚のような目をしていた一夏だったが、セシリアの鋭い指摘にすっと居住まいを正した。このセシリアという少女は気位が高いらしいので、腑抜けた態度をしていたらいつまでも小言を言われそうだった。

 

「……まあ良いでしょう。わたくしもこんな小言を延々と垂れ流したくて貴方に話しかけたのではないですわ。用件を言いましょう」

「ああ」

「ずばり――先程の発言の真意を。『ISを使うつもりはない』というのは、一体どういうことですの?」

 

 問い掛けるセシリアの瞳の中には、燻る炎のようなものがあった。きっと、彼女にとって譲れない何かに基づいた行動なのだろう。周りの女生徒達も気になっていたことだからか、すうっと教室中が静まり返る感覚があった。それどころか、廊下にいた生徒達まで静まりかえっている始末である。

 

「どうもこうもない。……俺は、ISを動かしたく――いや、ISに()()()()()()()()んだ」

「どうしてですの? 現代においてISとは軍事の枠を超えて普遍的な権力の象徴にすらなりつつある。貴方は――貴方達男性は、それがないから肩身の狭い思いをしていることと聞いていますわ。では、その権利を拡大する為に男性を代表してISの操縦技術を学ぶのは当然の成り行きではありませんこと?」

「――俺は、『摂理』を捻じ曲げてまで幸せになりたいとは思わない」

「逃げるんですの⁉」

「逃げることの、何が悪い?」

 

 セシリアの瞳には怒りすら浮かんでいたが、その気勢は一夏の目を見た瞬間に消え失せた。……一夏の瞳には、セシリアのそれを遥かに凌駕する怒りと、そして悲しみが浮かんでいたからだ。

 

「話は終わりだ。悪いなセシリア、俺は――君の期待には応えられない」

「……ふん、拍子抜けですわ。世界初の男性操縦者と聞いてどんなものかと思えば、この程度だったなんて」

 

 吐き捨てるようにそう言って、セシリアは自分の席に戻って行く。一夏はその後姿を静かに見送り、そして机の上に突っ伏した。

 ――逃げるんですの⁉

 セシリアの言葉が、脳内を駆け巡る。何も分かっていない、そう、本当に何も分かっていない言葉だった。あそこまで無邪気になれたらどれほどよかっただろうと、一夏は思う。

 

「……逃げられるんだったら、とっくの昔に逃げてるよ……」

 

 逃げることすら許されない。それでも抗うしかないから、一夏はこんなことになっているのに。

 

***

 

「クラス代表を決める」

 

 三回目の授業、千冬は開口一番にそう言った。

 自己紹介、一回目の授業を経て、大体生徒のスペックも分かって来た。生徒同士でも何となく『誰それが優秀』というのが何となく分かって来た頃である。ちなみに、一夏は例外なく落ちこぼれの烙印を押されていた。

 

「自薦他薦は問わない。ただし、辞退は認めない」

 

 そう言って、千冬は静かに腕を組んだ。少しの間、互いが互いの様子を伺うような沈黙が教室を支配した。数秒ほどそうしていたが、流石にIS学園というべきか、沈黙はすぐに打ち破られた。

 

「……織斑くんが良いと思いますっ!」

「はぁ⁉」

 

 在学中ISに乗るつもりはないって言ったのに――一夏は驚愕して目を剥いたが、一度うねりだした流れは誰にも止められなかった。

 

「ちょっと待ってくれ、」

「私も賛成っ!」

「ちょっ、待って、」

「織斑君で良いと思います」

「ちょ、待っ、」

「いやむしろおりむーしかいないよね~」

「……、」

 

 などなど、女生徒達は次々に一夏を推薦していく。

 おそらく、世界初の男性操縦者の実力を見たい、というのが総意であろう。『ISを操縦するつもりはない』と一夏は言っていたが千冬はそれを認めないようだったし、むしろそこまで言う一夏の実力の程が見てみたい、という考えもあったはずだ。

 千冬はそんな生徒達を呆れたようなまなざしで見ていたが、結局それ以外の意見が出ることはなかった。首を動かして辺りを見渡し、異見がないことを確認した千冬は、

 

「異論はないな? では、クラス代表は、」

「そんな選出が認められるかァァぁあああああああああああああッッ‼‼」

 

 瞬間、怒号が轟いた。

 

客寄猫熊(オトコ)が選ばれるのも良い、極東の愚民が選ばれるのも良い、戦う気概もない腑抜けが選ばれるのもまあよしとしましょう。――ですが、納得がいかないのは! そんな三流が選ばれておいて何故! イギリス次期代表の! このセシリア=オルコットが誰からも推薦されないのかということですわ‼‼」

 

 怒号の主――セシリアは、憤怒と軽蔑の目線でクラス中を一瞥する。千冬は溜息こそ吐いたが、セシリアを止めるようなことはしなかった。肩を怒らせたセシリアは、血走った眼で一夏を視界に収めながら続ける。

 

「クラス代表ともなれば実力者が選ばれるのが当然。そしてこのクラスにおいての最強とは()()()()()()()()わたくしですわ。……ねえ、ミス山田?」

 

 セシリアの言葉に、視線を向けられたロリ巨乳眼鏡はおずおずと頷く。

 性能の不安定な専用機で、セシリアは試験官役だったロリ巨乳眼鏡に勝利している。代表候補生なので殆ど合格は決まっており、入学試験といっても軽いエキシビションマッチのような扱い――つまりそれなりに本気――であったにも拘わらず、だ。つまり、教師を含めてもNo2。それがセシリア=オルコットの実力である。

 

「まったく、事前情報を見れば『勝利合格』が私だけだなんて簡単に分かることですのに。そんなことも分からないほどに日本人というのはオツムがゆるいのかしら? ISの技術流出を指をくわえて見ているだけでなく、そんな簡単な計算もできないんですの?」

「で、でも……噂では、織斑くんも入試試験で勝ったって」

 

 おずおずと、怒り心頭な調子のセシリアに、女生徒の一人が言った。ギョロリ! とセシリアがそちらの方に視線を向け、言った少女がひっと短い悲鳴を上げる。セシリアはふっと目じりを和らげ、女生徒に目礼した。

 それから、ロリ巨乳眼鏡に視線を向ける。

 

「……ミス山田、それは事実ですの?」

「え、ええと、はい。確かに、見様によっては織斑君が勝った、って言えなくもない、の、かな……?」

「IS学園の公式情報では、『勝利合格』はわたくしだけという話でしたが……」

「あー、それは、なんというか、色々とあるんです」

 

 歯切れの悪い回答だったが、ロリ巨乳眼鏡の言質はとった。つまり、この場においてナンバー2は二人いる、ということになる。

 織斑一夏と、セシリア=オルコット。

 どちらも、クラス代表になる資格はあるということだ。

 

「――申し訳ありませんでしたわ。先程の暴言は訂正いたしましょう。そしてミス織斑。わたくしは自らを、セシリア=オルコットを自薦いたします」

「受理しよう。そして織斑先生と呼べ、オルコット。山田先生に対してもだ」

「感謝します。――そして織斑一夏! 貴方に決闘を挑みますわ‼」

 

 びしいっ! と人差し指を突きつけ、セシリアはそう言った。一夏はあまりの怒涛の展開に表情筋を引きつらせ――、

 

「ち、ちなみに、辞退は?」

「できんと言ったはずだぞ、馬鹿者」

 

***

 

「一夏、どこへ行くつもりだ」

 

 その日、割り当てられた自室に入るなりラッキースケベを働くという相変わらずっぷりを見せた一夏だったが、何とかラッキースケベの相手にして幼馴染――篠ノ之箒の機嫌を取り、ひと段落つけることができた。

 箒が、部屋を出ようとする一夏の背中に声をかけたのは、そんな折だった。

 

「どこって、ちょっと夜風に当たりに行くだけだよ。ほら……あんなことがあったしさ」

 

 一夏はそう言って言葉を濁す。『あんなこと』というのは、箒の全裸を見てしまったこと――に相違ない。同室の者が同性だと思い込んでいた箒は、すっかり油断して浴室に着替えを持って行き忘れ、そこから出て来たときにちょうど間が悪く一夏と遭遇してしまったという訳である。そのことを思い出して箒は思わず赤面したが、鉄の理性(錆びついている)で以て平常心を保つ。重要なのはそこではないからだ。

 

「夜風、か。――本当か?」

 

 鋭い視線。

 千冬のそれを思わせるような目で見つめられた一夏は、思わず言葉に詰まる。やはり、一夏は嘘を吐けない男だった。

 はぁ、と箒は溜息を吐く。つまり――一夏は、ISに乗りたくない一心でIS学園からの逃亡を企てているのだ。あまりにも馬鹿げている、と箒は思う。そんなこと成功する訳がない。なのに、一夏は一縷の望みに賭けて逃げ出そうとしている。どのみち、その先にあるのは破滅の二文字以外にはないというのに。

 

「……ああまで言われて、悔しくはないのか。私の知っている一夏は、あんな挑発を受ければどんな敵が相手でも立ち向かったぞ」

 

 そんなことを言う箒の言葉には、僅かに感情の熱が灯っていた。そしてその種火は、話していくうちにどんどんと燃え上がって行く。

 

「相手が代表候補生最強だからって、逃げるのか? 違うだろう? 勝てないからって最初から諦めるのはお前らしくない。一夏、思い出してくれ。あのとき、いじめられていた私を守ってくれたあの時のような勇気を――、」

「お前は、分かってない」

 

 一夏は血を吐くような表情でそう言い捨てた。それは、差し伸べた手を振りはらうような取り付く島もない否定だった。並の人間ならば、そこで怯んでしまい、一夏の心に踏み込むことも出来ずに見送ることになっていただろう。

 だが、箒もそこで留まるような器ではない。

 

「分かる訳が、ないだろう‼ あれから一体何年経っていると思ってる! 分からないから、こうして話しているんじゃないか! 悩みがあるなら教えてくれ、私に解決できることなら何でもする! IS学園から脱走なんて出来る訳がないだろう、そんな捨て鉢な態度はやめろ! ……お前は、一人じゃない!」

 

 そう言って、箒は一夏を後ろから抱きしめる。

 一夏は一瞬虚を突かれ、それから背中にあたる二つの柔らかい感触にたじろいだが、やがて箒の言葉の真意に気付き、かたく絡まっていた何かを解きほぐすかのようにゆっくりと、自らを抱きしめる箒の腕に自分の手を添えた。

 

 ――織斑一夏には、実姉である千冬以外には今まで誰にも言っていない過去があった。

 中学二年生の頃。一夏は誘拐されたことがある。千冬のモンドグロッソ二連覇のかかった決勝戦の直前だった。何者かに襲われた一夏は、何もできずに攫われ、倉庫に軟禁された。ドイツ軍からの情報提供によりやってきた千冬によって一夏は救い出されたが、その代償として千冬はモンドグロッソの決勝を棄権した。それだけでなく、情報提供の見返りとして千冬は一年間ドイツで教官をやることになった。それはつまり、彼女のIS選手としてのキャリアの終焉を意味し、事実千冬はそれを機にISの国家代表操縦者を引退した。

 一夏の誇りだった姉の覇道は、他でもない彼自身が潰してしまったのだ。この罪悪感が、『ISに嫌な思い出がある』と語った一夏の真意である。

 

 ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……本当に」

 

 ゆっくりと、一夏は箒の腕をほぐし、それから振り返ってその目を見る。黒曜石の様に真黒な、潤んだ瞳がただ一夏の顔を映していた。

 

「本当に、俺の悩みを聞いてくれるのか」

 

 一夏の表情には、感情がなかった。それほどのことがあったのか、と箒は思う。覚悟し、それでも一夏は自分の――と思い、頷く。解決できるかどうかは分からない。箒は彼女の姉である万能のデウス・エクス・マキナではない、ただの人間だ。だから、出来ることなんて限られている。だが、それでもやるだけのことはやってみるつもりだった。

 そんな箒の覚悟を見て取ったのか、一夏は小さく微笑み、話を切り出した。

 

「実は、俺は……ISを装着すると――――」

 

 そして。

 

 話された衝撃の事実に。

 

 

 

 箒は、不覚にも大爆笑した。

 

***

 

「くそっ、くそっ、笑いごとじゃねえってんだよ、こっちは本気なんだよ、死活問題なんだよ……」

 

 それから一か月後。

 一夏は半泣きでISの到着を待っていた。

 あれから、色々とあった。一夏専用のISが開発されていることを教えられたり、IS操縦練習用アリーナの予約がとれなかったから箒と剣道の練習を行ってバイト漬けですっかり錆びついていた剣道の腕を取り戻したり、あとメンタルのケアをしてもらったり。

 この一か月間、一夏が逃げ出さずにIS学園に留まることができたのは、何だかんだ言って箒のケアが大きかった。

 ちなみにその一環で中学二年生の時の事件の話をしたら、箒から『何でそっちのがトラウマになってないんだおかしいだろ⁉』という至極真っ当なツッコミを受けた一夏である。しかし、一夏的にそこは『自分の不手際は、こっから俺が挽回すれば良いんだ』という超絶ポジティブの範疇なのであった。

 

「く、くく……まあ落ち着け一夏。私は、ちょっと興味が出て来たぞ。千冬さん、一夏の――は、どんな感じだったんですか?」

「織斑先生と呼べ、篠ノ之。……そしてそれに関してはノーコメントだ」

 

 試合用アリーナのピットにて、一夏は箒、千冬と共にISの到着を待っている。のだが、どうにも箒は一向に一夏のことをからかうし、千冬も仏頂面をしているもののそれを全く咎めないしで遊ばれているのであった。

 ああもう一刻も早くここから消えたいセシリアに負けても全然良いからはよしろさっさとしろ頼むーと呻いていた一夏だったが、その祈りが天の通じたのか、焦った調子の巨乳ロリ眼鏡がピットにやってきた。

 

「お、お待たせしました一夏君! これが貴方のIS――――『白式』ですっ‼」

 

 あ、やっぱり前言撤回来てほしくないわ、と心の中で鮮やかな掌返しを決める一夏だったが、もう遅い。背後から感じる千冬の殺気に押し込まれ、じりじりとISの方に移動させられ、一夏はゆっくり、ゆっくりと手を伸ばし……、

 そして、触れる。

 

 瞬間、光が迸った。

 

 着用者と適合したISはその武装の一切を一旦量子化させ、そしてそれによって生まれた光の渦が一夏の身体に纏われていく。一夏の全身を量子の光が覆う。……そう、全身だ。顔を含めた全身が覆い隠される。

 異変は、そこから起こった。

 収縮していく量子の渦は、明らかに一夏の元の身体よりも小さく、そして華奢になって行った。そしてその分が胸部や臀部に、押しのけられるように移動していき――部分的に、光が解放される。

 

 手は大きくてごつごつした逞しい形から、白魚のようにほっそりとしていて白い繊細な形に。

 腕は全体的に丸みと細みを帯び、筋肉よりも柔らかな脂肪が豊富に。

 足は小さく、太腿も大腿筋が浮かび上がるような逞しさではなく、丸みを帯びつつもしなやかなシルエットに。

 臀部は平均よりも多少小さめだが明らかに丸みを帯びた形に。

 腰はうっすらと腹筋こそ浮かび上がっているが、やはりゴツゴツした印象のない、むしろ滑らかな形に。

 胸部も臀部と同じく平均を大きく下回っているものの全くないというほどではない、小ぶりな丘がしっかりとある。

 髪は肩甲骨くらいまで伸び、硬かった髪質も柔らかく艶やかな光を放つように。

 最後に顔から量子の光が散り、凛々しい眼差し、形の良い眉、小さい鼻、柔らかな唇、一〇人に聞けば一〇人が美しいと称するような――『女性の顔』があった。

 

 それらにISスーツが纏わりつき、影が浮かび上がるようにISアーマーが次々と生み出されていく。最終的に誕生したのは――『IS操縦者』だった。

 ただし、それが『世界初の男性操縦者』と分かる人間が、この場にどれほどいようか。それほどまでに、一夏は見事な『美少女』に生まれ変わっていた。

 

「…………う、うぅ」

 

 恥じらうように、一夏――イチカは呟いた。その声は男のものではなく、ハスキーではあるもののやはり少女そのものである。その少女が、恥ずかしさと心細さに身をよじっている。

 瞬間、箒のタガが外れた。

 

「かっ、可愛いっ‼」

 

 ISの絶対防御があることなど完全に無視して、箒はイチカを抱きしめる。そして絶対防御は致命的な攻撃でない限り貫通してしまうので普通にイチカは箒に抱きしめられてしまう。

 

「ちょっ⁉ 箒、や、やめ……」

「やめないぞ、イチカ! 何を恥じらう必要がある! お前のことを馬鹿にしようと思うようなヤツがいても、この姿を見れば考えが変わる! ぶっちゃけ私も今の今まで『一夏が女になるとか(笑)』って思ってたけど一八〇度考え方変わったしな! おそらく全世界がイチカの美少女っぷりに驚愕することだろう‼ これがあのダメ姉の差し金ならマジお姉さまGJ‼」

「箒、キャラがおかしくなってる‼」

 

 悲鳴をあげるイチカだが、箒は全く取り合わなかった。

 箒にとって、『一夏』は初恋の人だ。その思いは会えない間も蓄積され、思い出の中で美化された『一夏』は半ば箒の『憧れ』ですらあった。その『一夏』は、再開するなり傲岸不遜なセシリアに終始及び腰で、挙句の果てに破滅を覚悟してでもIS学園から逃げ出そうとする始末。以前の負けん気の強さなど見る影もなかった。

 それでも幻滅しないほど箒の『憧れ』は強烈だったが、どうしてこんな風になったんだと悲しみ、そして何か訳があるのであればそれを聞き、できれば解決してあげたいとすら箒は思っていた。

 その理由と言うのが――ISに乗ったら女になってしまうからだ、と説明された瞬間、ぶっちゃけ箒の長年抱いていたほのかな恋愛感情は一気に冷めた。といっても別に『一夏』に幻滅した訳ではなく、それまで『憧れ』であった『一夏』が、急速に身近に感じられるようになったのだ。そして、冷めた『憧れ』は、冷えた鉄が硬くなるように――『親愛』となった。

『一夏』だって、そんな『くだらない』ことで自分の命運を賭けてしまったりするほど、無鉄砲で向う見ずな男の子だったのだ、と。まったく馬鹿で、どうしようもない奴だ――と、新たな親しみと共に、笑ったのだ。

 で、そんな『親愛』の対象が、この変貌である。

 なるほど――男の時点でも人を惹きつける魅力にあふれていた(本人に自覚はなかったが、明らかにモテる)『一夏』が少女になったのだから、整った美貌になるのは当然として、元が男だからか、ガサツながらも凛とした振る舞い。そしてどこか自信なさげな所作、デフォルト装備なのかちょっぴり女々しい内股気味の格好、そして自分は今まで気にしていなかったが、ISスーツの微妙な色気――それら全てが化学反応を起こした結果、鉄の理性(生憎錆びついている)は砕け散り――箒は疾風(かぜ)になった。

 

「そこまでにしておけ」

 

 暴走を始めた箒の首根っこを掴んで離した救世主千冬は、イチカの姿をまじまじと見る。……入試の際の起動事件、そして試験の時にイチカは見ていたが、その時よりも体が鍛えられていることに千冬は気付いていた。一か月間、みっちりと箒に鍛えられたのだからある意味当然なのだが。これなら、イチカの潜在能力と勘案すれば『それなりにいい勝負になる』だろう。――単純な真剣勝負になれば。

 ……勝てる、とは思わない。イチカが入試の際に巨乳ロリ眼鏡を下し『勝利合格』したのは事実だが、アレはイチカが男性である、という事前情報を受けていた巨乳ロリ眼鏡が緊張していたところに絶世の美少女が現れてしまったため色々とパニックになり、その結果致命的なミスをおかして自滅した、というのが本当の所だからだ。

 イチカの雄姿が見られるいい機会だし、というのであえて訂正せずに決闘に持ち込ませた千冬も、大概良い性格をしている。

 

「……はぁ、ぐだぐだ言っていてもやるしかねえよな」

 

 イチカは、やはり華凛な声で気怠そうに呟き、肩を回す。グオングオン、と機械音がしてイチカは自分のことながらぎょっとしたが、しかしそれで却って感覚が掴めたらしい。

 

「――行ってくる。世界最強の人間の弟として、恥ずかしくない戦いをしてくるよ」

 

 そう言って、イチカはピットを出た。

 あー行っちゃったー、と寂しげな声をあげるダメ少女の横で、千冬は孝行者にフッとニヒルな笑みを浮かべ、誰にも聞こえないくらい小さく呟いた。

 

「――――そう言ってくれるだけで、お前は私にとって最高の妹だよ」

 

 …………なんかもう、色々と駄目だった。

 

***

 

 セシリア=オルコットは苛立っていた。

 既に予定の時刻になっているというのに、一夏は出てこない。何やら訳ありのようだったので、やって来ない可能性すらあるとは一応考えていたが、実際に来ないとなると、分かっていても失望を感じざるを得なくなる。彼の姉は織斑千冬だ。あの勇敢で、セシリアをも超える戦士を姉に持つというのに、一夏に血族としての誇りはないのか? とセシリアは思う。

 それは、自らの血に誇りを持つ貴族オルコット家の当主だからこそ考えられることだ。家を守るために戦い続けたからこそ持てる矜持だ。だが、それを当然の様に備えていたセシリアは、一夏にもそれを要求する。――それが、どれほど厳しい要求であるとも知らずに。

 だが。

 果たして、セシリアがもう待ちくたびれたと言おうと思っていたちょうどその時、向かいのピットのハッチが開き、そして一機のISが現れた。どっっっ‼ と一気に歓声が爆発した。初の男性IS操縦者を前に、全員が興奮しているのだ。オペラグラスのようなものをみなが持って、一夏を一斉に観察しだす。

 セシリアも『そうでなくては』と不敵な笑みを浮かべ直して皮肉を言う。

 

『遅かったですわね。ヒーローは遅れて現れる、とでもいうつもりだったのですか? 私はてっきり貴方が恐れをなして逃げたものと、』

 

 そこで、セシリアは異変に気付いた。

 一夏じゃ、ない。

 ハイパーセンサーから伝わる感覚によると、目の前にいるのは完全に『女性』だった。体型がそもそも女性だし、極め付けに小ぶりではあるものの胸もある。そのことに気付き始めたのか、段々と観客もざわつき始める。

 セシリアは、激昂した。

 

『織ッ、斑ッ、一夏ァァァァああああッッ‼‼ ここまで、ここまで私を愚弄するかッ‼ いいですわ、もう許しません。子供だましにもならない影武者は引き下がりなさい‼ あの見下げ果てた臆病者は、決闘に「代理」などを出すクズは、一度直接糾弾して、』

『おい、勘違いするんじゃねえぜ、セシリア=オルコット』

 

 怒り狂うセシリアを呼び止めたのは、影武者と目されていた少女だった。少女は、その可憐な容姿には似合わない粗暴な口調でセシリアを宥める。あまりに想定外の出来事に、セシリアは一瞬ぽかんとしてしまう。

 それを認めた少女――イチカは、さらに続ける。

 

『俺は影武者なんかじゃない。正真正銘織斑一夏だよ』

 

 その口調は、声色こそ違うものの明らかに一夏のそれで、ゆえにセシリアは怒りも忘れて動揺する。

 

『でッ、ですが、その姿は――』

『……これが、俺がISに乗りたくなかった理由だよ』

 

 一夏は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。しん、と静まり返った会場を一瞥し、深呼吸し、一夏は意を決して言う。

 

『俺は……ISに乗ると、女になっちまうんだ』

 

 瞬間。

 爆撃のような威力を持った歓声が、会場中を席巻した。

 

『うひゃあ⁉ な、何だいきなり‼ ど、どうなってんだ⁉ おい、セシリア!』

 

 いきなりの大音量にひっくり返りそうになりつつ、どこか怯えた仕草を見せてセシリアの方に懇願するような視線を向ける一夏。

 ――性転換、TS、女体化。

 それを表す言葉はいくつかあるが……往々にして、それらの『属性』は『非一般的』と形容できる。場合によっては『変態趣味』と揶揄され、認められないどころか迫害され、軽蔑されかねない。ゆえにそれを愛するものはひっそりと、誰にも見られないように自らの『属性』を愛でる。それが正しい『やり方』だ。

 一夏もまた、そうした『属性』に理解のない『一般人』の一人だった。だから、いきなり女になった人間を見たら、気持ち悪がるものだと決めつけていたのだ。

 一夏は、知らなかった。

 

 ――世界は、実はけっこう愉快にできているということを。

 

『セシ、リア……?』

 

 セシリアからの返答がないことを怪訝に思った一夏は、そう言って不安そうにセシリアの方を向く。

 そこには――、

 

『わたくしの、負けですわ……』

 

 両手で顔の下半分を覆って、涙を流しているセシリアの姿があった。

 

『えっ今なんて⁉』

『ええ。乾杯、いえ完敗ですわ。こんなものを見せられて、この上戦うなどと。そんなもの無粋でしかありませんわ。わたくし、そこまで話の分からない女ではありませんもの。だからちょっとこう、ISアーマーだけ解除して、こっちに来てくださりませんこと? 一撫で半、一撫で半で良いですから』

『セシリア⁉』

 

 セシリアの覆った両手の下からは、ぽたぽたと赤い滴が垂れていた。一夏はそれが何なのかあんまり理解したくなかった。

 何はともあれ――――、

 

 ――こうして、クラス代表決定戦は、一夏以外のすべての人間にとって納得の結果となったのだった。

 

***

 

「おめでとーう‼」

 

 その後、一夏のクラス――一年一組ではクラス代表決定記念パーティが開催された。パーティといってもみんなで一緒にご飯を食べるだけの簡単な会だが、クラスが一つにまとまった記念としてきゃあきゃあと各々楽しんでいるようだった。

 当然、男の一夏はそんな輪に入ることも出来ず、一人でちびちびとオレンジジュースを飲んでいた。

 

「一夏、そんなところで何をしている?」

「そうですわ織斑。貴方は主役なのですから、中心でもてなされるべきですわ」

「……いやね……向こうに行くと、女の子たちが土下座してくるんだよ」

 

 一夏は、微妙な表情のまま箒とセシリアに答えた。

 土下座、という言葉の異常さに、箒とセシリアは一瞬首をかしげるが――ほどなく、『ああなるほど』と納得した表情になった。こんなにすぐ納得できるこの二人もなんかやだ、と一夏は頭を抱えそうになった。

 

「なるほど。つまり、()()()()()が見たい、と」

「気持ちは分からんでもないな。私などは抱き付いてしまったし、あの喜びを味わえないのは流石に不平等だ」

「抱き付いたですってそれは本当ですか箒さん‼」

 

 ぐりん‼ とセシリアが首を箒の方に回転させる。眼光が軌跡を残す程のスピードを叩きだしたセシリアはなんかもうホラー映画のバケモノのような様相を呈していたが、同レベルの変態になりつつある箒は鷹揚に頷くだけだった。一夏は泣きたくなった。

 

「出撃前のピットで、抱きしめた。照れてたのが可愛かった」

「こーなーみーかーんーでーすーわー‼‼」

「日本語を話せよお前ら……」

 

 げんなりとする一夏だったが、女生徒達はそんな騒ぎを聞きつけたらしかった。『え? 篠ノ之さんイチカちゃんを抱きしめたの?』『ガチ? 抜け駆けとかマジファッキン』『なら平等にクラス全員ハグの権利があるよね』『一夏は良い! イチカを出せぇ‼』などなど、好き勝手言いながら迫って行く。

 一夏は怯えながら一歩ずつ下がって行くが、やがて何かにぶつかったように足を止めた。振り向くとそこには、

 

「げえっ千冬姉!」

「織斑先生だ、愚弟」

「義姉さん!」

「お義姉さま!」

「織斑先生だ、色ボケ二匹」

 

 世界最強の姉、織斑千冬が仁王立ちしていた。

 

「ちょっとハグしてやるくらい別に良いだろう。むしろ役得だぞ」

「や、役得て……。っていうか、ISの無断展開は違法でしょ、織斑先生」

「安心しろ、許可ならとってある」

「クソったれこの国の司法制度はどうかしてやがる‼」

 

 一夏は血の涙を流しながら頭を抱えた。

 

「何で、何でこんなことに……」

「せっかくのパーティだからな。教師として、生徒のガス抜きの場を設けてやるのも悪くなかろう」

「……実際の所は?」

「今回のことで味を占めさせ、今後のコントローラにする。このクラスはじゃじゃ馬が多すぎるからな」

 

 あまりに酷すぎる台詞に、一夏はもうツッコむ気力すら起きなかった。というか、そういう狙いがある時点で逃げるのは不可能である。きっとISを展開して逃げようとしても生身のままISアーマーをバラバラに打ち砕かれてシールドエネルギーも全部削られた上で放り込まれるのである。

 一夏は、自分の貞操がこの夜が終わっても残っていることを祈ってISを装着した。

 

「きゃー‼ 可愛い! 可愛いわ‼ ちょっとロリなのが良い‼」

「鼻血が……至近距離はレベルが高すぎる……」

「おりむー……脱ぐと凄かったんだね……」

「イチカ様ー‼ ぺろぺろするー‼」

「これが……世界か……!」

「イチカさん! 撫でさせてくださいまし! 三擦り半、三擦り半で良いですので‼‼」

「イチカぁぁああああ私はもうハグしたし我慢しようと思ってたがやっぱり無理だったぞぉぉおおおおお」

 

 ――当然、その瞬間人の津波が発生した。

 もみくちゃにされながら、その少女……イチカは、夢想する。

 男のままISを装着していた自分の姿を。

 そうしたら、きっとイチカは男として人気を博していた、と思う。多分。居心地は悪かったかもしれないが、自分のことを想ってくれる女の子に、もうちょっと自分を尊重した接し方をしてもらって、それなりに楽しい学園生活が送れていただろうに。

 

「どうして」

 

 爽やかな笑みを浮かべ、多くの女の子とよろしくやっている自分を夢想し、イチカは涙を流して叫ぶ。

 

 

「どうしてこうならなかった‼」

 

 

 

 おしまい。


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