【完結】どうしてこうならなかったストラトス   作:家葉 テイク

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第一三話「涙のお疲れ様会」

 料理対決(のようなもの)より数日後、朝。

 イチカは正面ゲート前で独り他の面子を待っていた。

 

 イチカの現在の格好は、一か月前に買った白いオフショルダーTシャツ、黒のタンクトップ、紺のフレアスカートにパンプスというコーディネートだ。他にも色々と買ってもらったイチカであるが、買ってもらった服をどう組み合わせれば良いのか分からないという致命的問題が当日になってから発覚した為、覚えている唯一の組み合わせで出陣せざるを得なかったわけである。

 身支度を整える段になって実に二〇分ほど鏡の前であーでもないこーでもないと試行錯誤していたので、箒が見ていたら種々のセクハラの餌食になっていたことだろう。

 

(箒がいなくて良かった……)

 

 その箒とは、つい最近、部屋が別れた。

 何か問題があったわけではなく、もともと箒との相部屋は期間限定で、普段は男であるイチカはそのうち一人部屋に移動するという話だったのだ。何でもイチカの為にセキュリティ強度の高い部屋を新設したとかで、学園がどれほどイチカの存在を重要視しているか(そしてどれほどIS学園の変態淑女たちを危険視しているか)が分かるというものだ。

 一人部屋は少し寂しいと思ったイチカだが、それでもやっと訪れた平穏に胸をなでおろさざるを得なかった。

 まあ、今でもほぼ毎日のペースで変態淑女が部屋に乗り込んでくるのだが。

 

「おっはよーイチカ。早いわね」

「おう鈴。おはよ」

 

 鈴音の格好は変わり映えしないイチカと違い、ピンクのキャミソールのような服に薄いオレンジのパーカー、緑色のホットパンツという出で立ちだった。キャミソール(かどうかはイチカには詳しく判別できないが)というと下着一直線なのでイチカは絶対見えないようにしか着られないが、イチカと違いオシャレレベルの高い鈴音は着こなせるのであろう。

 

「あら、お二人とももう到着でしたのね」

「おはよう、二人とも」

「おー、お前らも来たか」

「おはよー」

 

 そこに、セシリアと箒も合流する。

 セシリアの格好は白のワンピースに薄いピンクのカーディガン。

 箒の格好は薄水色のTシャツに黒のパーカー、赤いミニスカートに黒のサイハイソックス。

 どちらも、きれい系にカジュアル系……イチカでは無理だとボツを食らった格好を、これでもかというほど完璧に着こなしていた。

 

(いつもは変態なのに……)

 

 それでも、やはり女の子は女の子らしい、ということを垣間見て、イチカは若干気おくれする。

 

「はぁぁ~~……イチカさんとお出かけできると思っただけで、わたくし夜も寝られないほど興奮していましたわ」

「ちなみに私は寝ずにイメージトレーニングをしていたから、今日は盤石だ。安心してくれ、イチカ」

「いや、一体何の安心なんだ……っていうかお前ら途中でバテるなよ?」

 

 ……気遅れしたが、やはり変態は変態であるということも分かったのでちょっと気分が楽になったイチカなのであった。

 

「んん? 何ですのイチカさん。そんなにわたくし達のことをじっと見つめたりして」

「ははぁ、なるほど。イチカはおっぱいが小さいのを気にしてるわけだな? 安心しろ、私が揉んで大きくしてやるから」

「違うっつーの‼ 何で男の俺が胸の大きさなんか気にしなくちゃいけないんだよ」

 

 あらぬ疑いにイチカは反論するが、二人の変態はニヤニヤ笑いをやめない。真実がどうかなど二人には関係なく、ようはイチカをいじれればいいのである。そしてあわよくば貧乳にコンプレックスを抱いてくれればいいと思っていた。

 

「まあ? わたくしはもちろんとして、箒さんの胸もかなり大きいですし? 身近に大きな方がいれば、自分の色んな所の小ささを気にするのは至極当然ですわねぇ」

 

 そう言って、セシリアは両手で自分の乳房を下から持ち上げる。イギリス人にしては控えめだが、しかしそれでも平均以上はある乳が、ずしりと掌の上で存在感を示す。

 内面は健康な男子高校生であるイチカは、思わず顔を赤らめて顔をそむけた。それに気分を良くして、変態のセクハラはエスカレートする。

 

「イチカ、そう恥ずかしがるものではない。今の我々は同性の友人なのだから。そうだこういうのはどうだろう? 私が持ってきたパッドとブラジャーを差し込むんだ。この間姉さんに聞いたんだが、ISの機能を応用すれば量子化を介して装備することで、変身ヒロインみたいな早着替えを再現できるらしいぞ」

「いや、白式は第四世代兵装を無理やり搭載したせいで他の装備を使う為の格納領域(バススロット)がないから……」

「服くらいなら数着くらい収納できるよって姉さんが」

「何その無駄な新事実⁉」

 

 どうでも良いところで魔改造される白式なのだった。

 

「ともかく、このパッドをそのちっぱいに挟んで大きなおっぱいというのを体験してみるのも悪くないだろう。もしかするとその状態を記録した白式の影響で巨乳モードとかできるかもしれないしそうなったら思う存分揉みたいし……」

「いやだ‼ っていうか、お前最初からそれが目的だろ⁉ いいよ胸なんていらないよ‼」

 

 そう言って、イチカは断固拒否の構えをとる。内面が男のイチカからしたら、胸の大きさなんかどうでも良いものだ。むしろ身近に大きい胸の肉親がいる分、そう言った方面での悪影響はたくさん耳に入っているので是非とも避けたいところだ。

 ……そんな風に、くだらない漫才をしていたからであろうか。

 三人は――気付けなかった。

 変態淑女二人の、()()()()()イチカをいじる言葉の数々が。

 

 その隣で不気味な沈黙を保っていた『彼女』にも、しっかり刺さっていたということに。

 

「そう言わずにほら、私たちが普段どんな気持ちをしているのか知れるチャンスだか、」

「どんな気持ちか知れるチャンス、ねぇ」

 

 ガッ、と。

 前後の話の脈絡を無視して、鈴音が箒とセシリアの胸を片方ずつ掴む。

 その形の良い胸が、マシュマロのように柔らかく歪むが――――そこに扇情的な色合いはなく、むしろ猛獣が獲物に牙を突き立てた瞬間がスローモーションになっているような、そんな衝撃的光景の前触れを感じさせる有様だった。

 

「ひっ⁉」

「凰、一体何を……、」

「じゃあ、アンタらもあたしが普段どんな気持ちをしているのか知ってみたらどうかしらァァああああああああああああああああああああ⁉⁉⁉」

「ひぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい‼‼‼‼‼」

 

 ドアノブを捻るようなノリで、掴んだ乳房を一思いにぐりん! と捻る。その暴虐は、もはやツッコミの領域を超えていた。

 

「も、もげる、もげますわ! わたくしの熟れた仙桃が馬鹿ザルに収穫されてしまいますわ‼」

「やめるんだ凰! 私達はアマゾネスではない! 弓は使わないから胸を削る必要なんかないんだ‼」

 

 哀れな被害者二人の懇願も、鈴音の心には響かない。それはもはや、二人に持たざるものの悲しみを教えるというよりも、自分にはない幸せを奪い取ろうという行為に近かった。

 

「やめてくれ鈴! こぶとり爺さんの鬼じゃあるまいし、乳はもいでも自分のものにはできないぞ!」

「ならあたしは、鬼にだってなってみせる‼」

「……ごめんツッコみ方を間違えた‼ 痛そうだからもう放してあげて‼」

 

 必死になって、イチカは鈴音を羽交い絞めにしようとする。

 四人の外出は、開始早々混乱の様相を呈していた。

 

***

 

 幸いにも、馬鹿二人のおっぱいは健在のままだった。

 未だに二人は乳を気遣わし気にさすっているが、そのことに触れようとはしない。下手に鈴音を責めようものなら、逆ギレされて今度こそ乳をもがれかねないからだ。箒とセシリアは完全に委縮してしまっていた。

 休日の昼間だからか人通りの多い街中を歩きながら、イチカが問いかける。

 

「それで、今日行く喫茶店ってどんなの?」

「この間行ったデパート、覚えてる? あそこの三階に、新しくオープンしたらしいのよ。なんかアイスとかケーキとか色々あるって」

 

 総合ショッピングモール『レゾナンス』。

 イチカとしては初めて鈴音と二人で遊びに行ったという意味で思い出深い場所だ。このあたりはイチカが元々住んでいた地元にもほど近く、何となく雰囲気が懐かしいのも高ポイントだった。

 

「アイスとケーキ、ねぇ……。そういうのは女子供が食べるものだと思うけど」

「アンタも今は女じゃない」

 

 乗り気ではないイチカだったが、鈴音にあっさりと切り返されて口を噤む。

 実は、鈴音は既に知っていた。女性状態のイチカの味覚に、若干の変化が生まれていることを。じじむさい趣味の為に過度に脂っこいものが食べられないのは元々だが、それ以前に増して肉類を避けることが多くなり、また甘味にも多少興味を示し始めているのだ。本人は『俺は男だから』と断固否定しているが、同性の親友と(勘違い)して一か月間一緒にいた鈴音の目はごまかすことが出来なかった。(当時は役作りの為に無理に好きな物を避けているものと思っていた)

 

「イチカさん、認めてしまった方が身のためですわよ」

「というか、仮に女じゃないとしたら、今のイチカは女装している変態になるぞ」

「なァッ…………⁉⁉⁉」

 

 驚愕の真実を告げられたイチカは、顔面を蒼白にさせて絶望した。……確かに、その通りだ。イチカが男だとしたら、格好も男のものでなければおかしい。誰かに強制されたわけでもないのに自然に女物の服を着るということはつまり、当たり前のように女装をしている変態ということではないだろうか? だが、一夏は自分が変態とは認めたくない。変態でないとしたら、今のイチカは女ということではないだろうか?

 

「うぐ、うぐぐぐぐ……俺は女だった……?」

「おら変態二人。イチカをあんまりいじめるんじゃないわよ」

 

 頭を抱えるイチカを守るように、鈴音がセシリアと箒の頭を叩く。

 

「仮にイチカが男の格好でやって来たとしても、その状態で外出するのはあたしが許さないわ。一緒に歩くときに恥かかないくらいのファッションはちゃんとしてもらわないと」

 

 どのみち、イチカに逃げ道はないようだった。

 

「ところで、このあたりはイチカさんの地元なんですわよね?」

 

 懊悩するイチカの意識を逸らすかのように、あっという間にノリを切り替えたセシリアが問いかけてくる。

 

「そうだけど、何だ? いきなり」

 

 若干警戒しつつ、イチカは頷く。『レゾナンス』の最寄り駅は、イチカの地元から電車で二駅という近所なのであった。顔見知りもちょっと足を延ばせば来れる範囲――とそこまで考えて、イチカは顔を青褪めさせた。

 そういえば、この間のクラス対抗戦(リーグマッチ)は全世界同時生放送だった。

 つまり、『女になる男織斑一夏』の女の時の素顔は全世界に知れ渡ってしまっている、というわけである。ちなみに男の時の素顔もどこから漏れたのかも分からない中学時代の卒業アルバムの写真が流出してしまっている為、ネットで検索すればすぐに分かってしまう有様だった。

 

「やばい……バレるかも……どうしよう……」

 

 そしてもし、イチカであるということがバレたら……どうなってしまうだろうか? IS学園だけであの変態っぷりである。まかり間違って変態にロックオンでもされようものなら…………外出どころではなくなってしまうだろう。

 と、思っていたのだが。

 

 意外なことに――道行く通行人たちがイチカに反応するようなことはない。

 

「あー、中継で流れてた映像は『ISを着たイチカ』だから、私服のイチカとはイメージが一致しないんじゃないかしら。ほら、水泳選手が私服着てるインタビュー記事とか見ても、なんからしくないなって思うじゃない」

「そ、そういうもんか……」

 

 言われてみれば、その通りかもしれない。その方が有難くはあるのだが、襲われるかも――なんて思っていたイチカは、自分が自意識過剰になっているように思えて恥ずかしかった。すっかり縮こまって俯いてしまう。

 ちなみに。

 

「な、なあ……あれ……もしかしてイチカちゃんじゃないか……?」

「やだ……可愛い…………」

「あ、握手、頼んじゃおっかな! してもらったら、手とかホルマリン漬けにして永久保存しようかなっ!」

「背中にサインをもらってそれを元に刺青彫ろ」

「ぬううッ! しかし待てい! あれに見えるは中国次期代表凰鈴音ではないかッ⁉」

「何ィッ! それは真実(まこと)かッ!」

「あの鬼気迫る殺気――近づこうものなら八つ裂きにされかねんッ!」

「う、動けぬ……この儂が、畏れで動けぬ……!」

 

 イチカの見ていないところではこんな一幕があったため、イチカの認識はこれ以上ないほどに正しいのであった。イチカの知名度は間違いなく全世界レベルになっていたが、同時に鈴音の脅威も全世界レベルになっていたのである。

 

「(チョロいですわね)」

 

 イチカは朴念神と呼ばれるほどの鈍感である。周りからの好意に気付かないのは割と当然だった。……いや、最近は変態たちにセクハラされるので、改善傾向にはあるのだが。

 

「それで、話を戻しますけれど、このあたりがイチカさんの地元なら、せっかくですし今度、イチカさんの生家の近所にも遊びに行きたいのですわ」

「え? 別に良いけど……」

「駄目よイチカ! 考え直しなさい! コイツらがアンタの家の近くに行ったりしたら()えぇぇ――――っ対に変なことするに決まってるんだから!」

 

 思わずうなずきそうになったイチカを遮るように、鈴音がビシイ! とセシリアを指差す。対するセシリアはというと、指を突きつけられても飄々とした風に髪を靡かせて応える。

 

「失敬ですわね中国次期代表。わたくしだって変態目的以外で行動することはありますわ。単純にイチカさんの生まれ育った場所に立ち、同じ空気を吸って幼き日のイチカさんに思いを馳せたいだけですわ」

「やっぱり変態目的じゃない‼‼」

「あと、俺の子供の頃って普通に男だったんだけど……」

 

 おずおずと言うイチカだったが、

 

「いや? イチカは小さい頃からイチカだったぞ?」

「アンタは自分の記憶を捏造してんじゃないわよ‼」

「捏造なものか。いいか、姉さんが言っていたがこの世には並行世界というものが無数に存在しているんだ。その中の一つや二つや三つくらい、最初から一夏が女の子だった体で話が進む世界だって……、」

「急にメタネタをブチ込むんじゃないわよ‼ 話の趣旨が変わって来ちゃうでしょうが‼‼‼」

「……取り込み中のとこ悪いけど、もうモールに着いたぞ」

 

 そうこうしている間に、四人の目の前に巨大なモールが聳え立っていた。休日ゆえに人は多いが、鈴音の殺気もあって周りに人は少ない。そして結局イチカの自宅周辺に行くかどうかについてはうやむやになってしまったのだった。多分行くことになってしまうだろう。

 

「……しかし、ナンパとか本当に来ませんわね」

 

 盛況のハズなのに空いているという奇妙な状況で、セシリアはきょろきょろとあたりを見渡しつつ呟いた。

 セシリアの希望としてはこうやって四人でうろついていたら五、六人のゴロツキに絡まれてイチカをおたおたさせつつ、速攻で不届き者を始末しようとする鈴音を宥めつつ箒と共にイチカを巧妙にセクハラする流れが欲しかったのだが、残念なことに周囲にいるのは変態紳士ばかりらしく、明らかにガラの悪い不良でさえ『あっイチカちゃんだ……』→『ぬうッあの殺気は凰鈴音ッ』の流れに入ってしまっているのであった。

 

「そりゃあ、このへんそんなに治安が悪いわけじゃないしなあ」

「っつか、仮に来てもあたしが許さないしね」

「凰がそんな調子だから男が寄って来ないんだぞ。お前はイチカを百合の道に引きずり込みたいのか?」

「アンタみたいな変態からコイツを守ろうとしてんのよ、この馬鹿‼」

「やめろ鈴! 箒は束さんと違ってまだ人間だ!」

 

 メギィ‼ と余計なことを言った箒の頭蓋骨が軋む音が響く。人の波がさらに引いた気がしたイチカだった。

 鈴音を抑えたイチカだが、しかし箒の言動に問題がなかったわけではない。友達として、鈴音のフォローをすることも必要だ。ということで、真顔で箒の方に振り返って言う。

 

「でも、箒も失礼だぞ。鈴はちゃんと中国に好きな人がいるんだから、そういうことは言うもんじゃない」

「うわああんアンタも馬鹿よ馬鹿ぁぁぁぁぁ‼‼」

 

***

 

「やっと着いた……」

「まったくよ……ぐす。あ、四人です、はい」

 

 明らかに疲弊したイチカの横で、まだ涙ぐんでいる鈴音が店員に何事かを話していく。

 無事にボックス席に案内された四人は、まるで長旅の後のような様相を呈していた。ちなみに席順は鈴音とイチカ、対面に箒とセシリアだ。

 

「なんでちょっと出かけるだけでこんなに疲れるんだ……」

「中国次期代表がいちいち暴れるからですわ」

「凰はちょっと肩に力を抜くべきだと思うぞ」

「なるほど、こんな感じ?」

 

 シパァンッ! と極限の脱力から放たれた鞭打が音速の壁を越えつつ二人の変態に極限の激痛を味わわせる。

 二人の要望に応えているが限りなく背いているという矛盾したサービス精神を会得した鈴音は、暴力者(ツッコミスト)としてまた一つ高みに上ったようだった。顔面に大きな紅葉を一つずつ作って悶えている変態二人を横目に、イチカは『いや、誰がどうって話じゃないんだけどな……』と思っていた。

 

「あ、見ろよ三人とも、これ」

 

 と、メニューを見ていたイチカが指を差す。

 

「『タワーパフェ』ぇ? 大食いチャレンジってこと? ……なんで女向けの店にこんなのあるのよ?」

 

 鈴音が怪訝な声を発する。

 イチカが指差したメニューには、特大の器に塔のように盛られたパフェの写真があった。

 パフェの注意書きには、『一人で食べきれたら代金は無料』と書かれている。しかし値段は四分の一で割ればちょうど良いものになっているので、おそらく『友達同士で分けて食べる』ことも視野に入れたメニューなのだろう。

 しかし、女であればまず最初に思いついても、男であるイチカに『分けて食べる』という発想はない。

 

「よし決めた。俺はこれにする。俺は男だからな」

「今アンタ女でしょ……やめときなさいよ。絶対食べきれないって」

 

 無謀な挑戦をしようとするイチカを制止する鈴音だが、イチカはもう決意を固めてしまっているようだった。反面、変態淑女二人は沈黙を保っている。

 鈴音はイチカに気付かれないようにアイコンタクトを交わす。

 

(……アンタらも何とか言ってやりなさいよ。イチカがへばるのをみすみす見てるっての?)

(いや、イチカが食べきれなくなったタイミングで処理を申し出て、合法的に間接キスをと思ってな)

(ついでに食べきれなかったイチカさんをいじって楽しむのですわ)

「イチカっっ‼‼ コイツら大食いチャレンジに失敗したアンタのパフェを食べて間接キスとかして楽しもうとしてるわよっっ‼‼」

 

 うっかり目的をポロリしてしまった変態たちの思惑を、鈴音は速攻でイチカにリークする。情報戦はいつの世も戦争の要なのだった。

 

「中国次期代表っ⁉ 貴女何をっ⁉」

「ち、違うぞイチカ! それは真っ赤な嘘だ! アイコンタクトでぽろっと答えちゃったとかそういうことじゃないぞ‼」

「…………俺、この抹茶ケーキにする……」

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 意気消沈した様子で抹茶ケーキを指差すイチカに、絶望の叫び声を上げる変態二人。ちなみに、ちゃっかり鈴音もメニューは選んでいるのであった。

 

「ほら、アンタらもさっさと選びなさいよ」

「こうなればイチカさんと食べっこして間接キスを狙っていくしかありませんわ! イチカさん、他に食べたいものはないんですの⁉」

「俺、お前のそういうあけっぴろげなところは凄いと思うよ……」

 

 当然ながら、そんな劣情丸出しの行動が成功するはずもなかった。

 

「フン……甘いなセシリア。此処は同じものを頼んでイチカの味覚に思いを馳せるくらいでなくては」

「……実害はないのにさらに業が深くなっている気がするのはなんでだろう……」

「目を覚ましなさいイチカ! アンタの前で言ってる時点で『気持ち悪い』っていう実害が出てるわよ!」

 

 ノータッチならセクハラにならないのであれば、この世はもう少し変態にとって生きやすい世の中になっている。

 そうでない理由は、明らかだ。

 

「大体、イチカさんにセクハラをするのはわたくしたちの心の充足なのですわ! 中国次期代表が来てからというもの、それも満足にできず……このままではわたくしたちの心は不毛の大地になってしまいますわ!」

「そうだそうだ! 変態にも人権はあるぞ! 凰は変態の人権を尊重しろー!」

「アンタらねぇ……」

 

 人権団体みたいなことを言いだした変態二匹に、鈴音はいよいよ呆れ返る。そもそも鈴音が来てからもセクハラしまくっていたじゃないかとか、それどころか鈴音をダシにしてめちゃくちゃ楽しんでいたじゃないかとか、そういうことは言ってはいけないお約束である。

 イチカは、不当な人権を主張しだしたお馬鹿二人の人中(鼻と口の間のくぼんでいる部分)に中国四〇〇〇年の歴史が詰まった突きを食らわせている鈴音をぼんやりと眺めながら、

 

「……お前ら、そんなに仲良いのに呼び方は他人行儀だよなぁ」

 

 と呟いた。

 二人して顔面を抑えつつ呼吸困難に陥っていた変態二人と、そこにさらなる追撃を繰り出そうとしていた鈴音が、ポカンとしてイチカの方を振り返る。

 

「仲がいい? どこらへんが?」

「じょっ、冗談も休み休み言ってくださいまし! 誰がこんな貧乳とあおおおおおおおっ⁉ そこはダメ! 女としてダメですわ!」

「そうだぞ! 我々は断固として変態の人権を蔑ろにする貧乳と戦い続けあいだだだだだだ‼ ギブ! ギブ!」

「ストップ! ストップ! 悪かった! 手を止めて!」

 

 片方もがれそうになっている変態ともごうとしている貧乳に、イチカは慌てて制止せざるを得ない。

 

「ったく……で、呼び方が何だって?」

「ひい、ひい……」

「そろそろおっぱいがとぐろを巻き始めるぞ……」

(こうやってすぐに流していけるあたり、やっぱり仲良いと思うんだけどなあ……)

 

 話をこれ以上こじれさせても悪いので、イチカはもう言わないことにした。

 

「ああ、せっかくこうやって出かけてるわけじゃん。それなのにやれ『中国次期代表』だの『イギリス次期代表』だのって呼び合うのはちょっと他人行儀かなって思うんだよ。俺はみんな名前で呼んでるし、みんな名前で呼んでくれてるし」

「それは当然ですわ。イチカさんと一緒でなければ誰がこんなちんちくりんと……」

「誰がちんちくりんよ変態!」

「ええ! 変態ですわ! それが何か⁉」

「いやセシリア、それ、威張って言うことじゃないからな……」

 

 いがみ合う二人をよそに、腕を組んでイチカの話を聞いていた箒は素直に頷く。

 

「確かに。私もイチカのことは名前で呼んでいるが、凰のことは名字で呼んでいるな。そして、凰に至っては多分私のことを変態とか馬鹿とか以外で呼んだことすらない」

「えっ、そ、そんなことないわよ!」

「じゃあ普段何て呼んでいるか言えるか?」

「そ、それは……し、篠ノ之さん……?」

「他人行儀だ!」

 

 急にしどろもどろになる鈴音なのであった。そのあまりのらしくなさに、イチカは思わずツッコんでしまう。

 が、鈴音は開き直ったようにダン! とテーブルに両手を置いて、宣言した。

 

「わ、分かったわよ! 呼べばいいんでしょ呼べば!」

「わたくしは絶対に呼びませんよ! 乳をもがれても貧乳には屈しまあいだだだだだだだ⁉ この、いい加減ツッコミがワンパターンですわよ‼」

「アンタのワンパターンなボケにはこの程度で十分ってことよ‼」

(早くもツッコミとボケの応酬にクオリティを求めはじめてる……。二人ともコメディアンの鑑だな……)

 

 ともかく、この様子では、意地っ張りの鈴音が変態二人のことを名前で呼ぶことなど夢のまた夢だろう。箒は全く関係ないのだが、なまじ鈴音が箒とセシリアを同様に扱っているせいで、『セシリアを名前で呼ばないのに箒を名前で呼ぶのはなんかちょっとアレ』という意識が働いているのだ。変なところで義理堅い。

 ますます犬猿の仲を演じる二人を見て、イチカは溜息を吐いた。

 

「はぁ……結局ダメか……」

「私はこの件に関して一切落ち度はないんだがな」

「いや、変態とか馬鹿とかしか呼ばれないあたりはお前に問題があると思うぞ?」

 

***

 

「お待たせしました。抹茶ケーキ、ミルフィーユ、フルーツタルト、ベリーアイスです」

 

 そう言って、店員さんが俺達の目の前にケーキを並べて行く。

 ちなみに飲み物は既に並んでいて、イチカは緑茶、他は全員紅茶だ。緑茶美味いのに、とイチカは不満げにしているが、こういった店に来て緑茶を頼む人はあまりいないだろう。というか、緑茶が置いてあること自体稀有だ。

 

「ん~~っ」

 

 フォークで器用に切り分けた抹茶ケーキを一口加えたイチカの表情が、一気に綻ぶ。

 それを見ている変態淑女二人の表情も、それ以上に緩む。

 

「どうです? おいしいですか、イチカさん」

「ん、まあ、悪くはない……かな」

 

 イチカは照れくさそうに視線を逸らしたが、否定はしなかった。つまり、そういうことだろう。必死にごまかしているが、はた目から見たら完堕ちと言って差し支えない状態だった。

 問いかけたセシリアが先程からペーパーナプキンを大量に使用しているのは、口元を拭う為ではないはずだ。

 何故なら、使用済みのペーパーナプキンが原因不明の赤みを帯びているから。

 口に着いたフルーツタルトの破片を拭ったりするだけでああはなるまい。というか、あそこまで使うまい。

 

「これ、どうやって作ってるのかな……」

「……もしかしてイチカ、ケーキも作れるの?」

「ん? ああ、千冬姉の誕生日の時とか、ホワイトデーの時とか、自分で焼いたりしてたしな」

「ぶばっっ‼‼」

「落ち着けセシリア、まだその時点では男だ‼」

 

 誕生日にエプロン姿でケーキを焼いているイチカの姿を幻視してしまい、血を噴いて倒れ込むセシリアを、ソウルメイト箒が助け起こす。いちいち台詞が一夏に対して失礼なのは仕様であった。

 

「わ、わたくしも……誕生日にお菓子を作ってほしいですわ……ケーキでなくても良いので……」

「別に良いけど……誕生日いつ?」

「ちなみに私の誕生日が七月七日なのは当然覚えているよなイチカっ‼ 私へのお菓子も忘れずにお願いするぞイチカっ‼ むしろ一緒に作ろう‼‼」

「お、おう……分かった」

「ちょっと箒さん割り込まないでくださる⁉ 大体プレゼントとしてもらうのに一緒に作ったら意味がないじゃないですか‼ 欲望が透けて見えますわよ‼」

「お前に言われたくはないっ‼」

 

 そんなこんなで、変態二人は取っ組み合いの喧嘩を始める。

 イチカ的にはそんなことで争わなくてもいいのに……という感じだった。ちなみに、普通にイチカが男状態のまま作って男状態のまま手渡されれば何の意味もないというリスクについては、二人の馬鹿は思い至っていないらしい。

 そして、そんな風に変態たちが自滅への道を歩んでいる、その最中。

 鈴音は何をしていたかというと……、

 

「け、ケーキ……女子力…………こんなのに…………負けた……?」

 

 イチカのあまりの良妻力に、ほぼ真っ白に煤けていた。

 

「……そういえば、もうすぐ学年別トーナメントだったな」

 

 そこで喧嘩から復帰したのか、ただ一人アイス系を選んだ箒がアイスを一掬いしながら言う。

 

「ああ、そういえばそうだったな……束さんが襲撃したのによくやるよ」

「それを言ったら、あの後普通にリーグマッチ続行したんだからね……ホントどういう神経してんだか……」

 

 呆れながら言うイチカに、さらに被せるように鈴音が呟く。

 鈴音の言う通り、()()()()()()()()とは違ってリーグマッチは最後まで続行された。おそらく、下手人があっさり束だと判明したこと、それからその束が千冬じきじきに粛清されたことなどが関係しているのだろうが、それにしてもIS学園の安全保障とかそういうのを疑いたくなる一幕であった。

 ちなみに、結果は鈴音の優勝である。四組にいるという日本次期代表が現在絶賛いじけ中で不戦敗となった為、三組の『一般的な代表候補生レベル』と決勝戦をするハメになったからである。勝負の模様は、もはや言うまでもないだろう。イチカの方がまだ善戦した、というあたりに、鈴音の容赦のなさとイチカの成長ぶりが見て取れる。

 

「だが、今回はその償いをする為に、姉さんが企画運営に携わるらしいぞ。昨日連絡が来た」

「箒さん、実はさらっと国家機密を遥かに超えるレベルの情報を得ていたりするのではなくて?」

「た、束さんが企画運営に携わるのか……」

 

 前回、酷い目に遭ったため、束が関わるというのはイチカにとっては恐ろしい話なのだが……もはや決定されているというのであれば、イチカに覆すことなどできるはずもない。

 そんなイチカに、鈴音がミルフィーユをフォークで切り分けながら言う。

 

「まあ、今回は大丈夫じゃないかしら。それよりも、腑に落ちないわね……あの変態兎が来るなら、ペアにする意味ないじゃない」

「ああ…………そういえばそんな話があったなぁ」

 

 イチカはぼんやりと頷いた。

 前回のゴーレム乱入事件を受けて、今回の学年別トーナメントは乱入者が出たとしても有利に立ち回れるよう、二対二のタッグマッチにすることが決定されていた。しかし、束が大会運営に関わると言うのであれば、そもそも乱入者など出ようはずがない。それなのにタッグにするというのは、何の意味があるというのだろうか。

 

「……束さんのことだし、何かろくでもないことになりそうな気がする」

「同感ね。あたしもそう思うわ」

 

 常識人二人は互いに警戒を高めてみるが、変態淑女の方はと言うとのんびりしたもので、

 

「それより、誰とペアを組みますか? わたくしはイチカさん一択ですが」

「無論、私もイチカ一筋だ。ペアなんてタッグ練習し放題ではないか。このチャンスを逃す手はない」

 

 そんな話題になっていた。

 勿論ながら、イチカの方もセクハラされると分かっていてわざわざ飛び込みに行くほど馬鹿ではない。

 

「いや、俺は鈴と……」

「何を言っているんですのイチカさんっ‼ 中国次期代表は二組、イチカさんは一組ですわっ‼」

「そうだぞ‼ 大体、クラス代表がコンビを組むなど戦力格差があまりにも拡大しすぎている‼ そんなの不公平だ‼」

 

 専用機持ちタッグトーナメントにて一組に所属しているイギリスの代表候補生でありながら二組に所属している中国の代表候補生とコンビを組んでみたり、実の姉から超強力な第四世代機を渡された上で二年の学園最強とコンビを組んでみたりした()()()()()()()()の少女達に特大ブーメランが突き刺さったが、変態たちは全く気にしない。

 が、一応正論と言えば正論である為、常識人代表イチカと鈴音は反論に窮してしまう。別にルールで禁止されているわけでもないので、実際にはイチャモンも良い所なのだが……。

 

「じゃ、じゃあのほほんさんと……」

「此処に! いるでは! ありませんの‼ わたくしという最高のコンビが‼」

「いや待て! そこの変態は甘いことを囁いておいてお前の貞操を狙っているぞ! 此処は私が‼」

「ちょっと箒さん黙っていてくださいまし‼」

「お前こそ黙っていろセシリア! 姉さん呼ぶぞ‼‼」

「そっちがそう出るならわたくしは国家権力を使いますわよ‼‼」

 

 仲間割れを始めた上、ついには姉や国の七光りすら行使し始めた変態たちの醜い争いを目にし、イチカは『どうしよう』と思う。

 確かに、鈴音とコンビを組むことはルール違反ではない。それに、鈴音とならコンビを組んで練習するのも楽しいだろう。今回の見返りである修行に付き合ってもらうという良い口実にもなる。だが……変態たち二人の糾弾は欲望こそ透けて見えるが、論理は正しい。

 イチカは既に代表候補生並の力量を持っている。それに加えて次期代表レベルの力を持つ鈴音とコンビを組むというのは流石に『大人げない』し、他クラスとコンビを組むというのも、クラス単位で競い合うという風潮が強いIS学園では、あまり歓迎されない姿勢だろう。

 ……実際にはそんなこと誰も気にしないのだが、根が真面目なイチカはついついそういうところまで気を巡らせてしまうのだった。

 

「どうしようかなぁ……」

「変態たちの言ってることなんて無視すれば良いでしょ。誰もそんなこと気にしないわよ」

「そうか? でも、セシリアたちの言っていることも別に的外れってわけでは……」

「そうですわよ中国代表‼ っていうか貴女だってイチカさんとコンビを組みたいだけでしょう‼ 欲望が透けて見えますわよ変態予備軍‼」

「へ、変態予備軍っ⁉」

「そうだそうだ‼ 何だかんだ言ってイチカとコンビを組めるいいチャンスだからそうしているだけなんだろう! 自分がコンビになれなさそうだったらそれはもう暴れ回るくせに‼」

「こ、この変態ども……言わせておけば……‼‼」

 

 喧嘩がヒートアップした変態二人の煽りに巻き込まれ、鈴音の拳がまた暴虐を振るう。

 その様子を見て、イチカはふと気が付いた。

 ……この三人だけでこの有様なのだとしたら、今頃IS学園では、これ以上の騒乱が巻き起こっているのでは?

 そして、篠ノ之束は、この展開を狙って『タッグ』という形式を推し進めたのでは?

 

 最終的に、全ての変態がイチカを狙う状況を作り上げる為に。

 

「………………抹茶ケーキ、おいしいなあ」

 

 何故か、顔が綻んだ拍子に涙が零れ落ちた。


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