【完結】どうしてこうならなかったストラトス 作:家葉 テイク
「本日は転校生を紹介します」
「おおっ!」
「しかも二人です!」
「おおっ⁉」
あくる日。
IS学園のホームルームにて、副担任のロリ巨乳眼鏡がそんなことを言ってクラスを賑わせていた。
(……セシリアの機嫌が悪い……ってことは、代表候補生関連かな?)
最前列に座る一夏は、最後列の方から何か恐ろしいオーラを感じ取ってそう思う。
普段はおちゃらけているセシリアだが、やはり次期代表だけあってこういった国際的な話についてはわりと厳格な態度をとったりする。それならば将来的に国家間で取り合いに発展することが想像に難くない自分の取り扱いについてももうちょっと厳格になって欲しいと思う一夏だが、そこは例によって例外なのであった。
「転校生だって」
「どんな人かな? やっぱりこの時期に編入ってことは代表候補生とか?」
「編入できるってことはけっこう凄い人だよね」
「セシリアさんよりも?」
「んーどうだろう…………」
「今不敬なことをのたまったヤツは死刑ですわ」
とはいえ、何であろうと転校生。さしもの変態連中も、今日ばかりは年相応の少女らしいざわめきに支配されていた。ごく一部圧倒的強者による恐怖に支配されていたりもしたが。
「失礼します!」
「………………」
しかし、そんなざわめきも転校生が入って来た瞬間に止まった。
何故なら、二人の転校生のうち一人が――――男だったのだから。
***
「お、男……?」
一夏が、小さく呟く。
それはつまり、一夏にとっては『仲間』に他ならない。男でありながら、ISを動かせる人材。今まで一夏がたった一人で担っていた、その重圧。それを分かち合える仲間が、できたということだ。
そんな一夏の背後で、ガタッッッ‼‼‼ と勢いよく立ち上がる音が聞こえた。
「笑止ィィッッ‼‼ そのような児戯で我らが騙されると思フベアッ⁉」
相川清香、という名前の少女だったはずだが、彼女の台詞は途中で級友に顔面を殴り飛ばされたことで中断した。
「(ぐぬおお……馬鹿な、TSを騙る愚か者に鉄槌を下そうと言うのに、何故……)」
「(愚か者はお前だ清香。ラブコメにおいて男を装って編入してきた女の子の性別を開始数秒でバラすなどありえないだろう)」
「(癒子の言う通りだ。此処はあの少女の雄姿をもう少し見ているとしよう。学園もそういう意図のはずだ)」
「(皆全体的にキャラおかしいよ~)」
水面下では変態が色々と察して気を利かせてくれていたので、わりと
「シャルル=デュノアです。フランスから来ました。まだ日本に来て日が浅いので、おかしなことをしてしまうかもしれませんがよろしくお願いします」
転校生の一人、シャルルはそう言って、にこやかな笑みを浮かべ一礼した。
その如才ない態度は、まさしく微笑みの貴公子と呼んだ方が良いかもしれない。顔は少し童顔気味だが、骨格は明らかに男だし、事実一夏も男だと思っている(じゃあ何故変態たちがそれに気付けたのか? それは考えるだけ無駄だ)。
まあともかく、綺麗な黄金色の髪を首の後ろで束ねているその姿は、昔の少年漫画の『イケメン枠』と言うのが最適な風貌だった。
「……男、なのか?」
一夏が、ポツリと呟く。
「はい。こちらに僕と同じ境遇の方がいると――あ、君が織斑君だね? お互い男同士、一緒に頑張ろう」
それで、シャルルの自己紹介は終わった。
一夏は『あれ? 念願の男なのにどうして他の奴らから反応がないんだろう?』と首を傾げていたが、TS愛好家変態淑女のボルテージ的に『男装女子』はラブコメ的に面白いから黙認することはあっても、それで特に昂ぶるというようなことはないのであった。
そして、続いて二人目の自己紹介。
「……はぁ」
溜息を吐いたのは、シャルルの隣にいる銀髪の少女だ。片目に黒い眼帯をつけており、制服は軍服のような改造を施されている。
「ラウラ=ボーデヴィッヒだ。元軍属。諸君からしてみれば現役軍人が軍隊を退役し『代表候補生』の設定条件に『兵役の有無』がないのを良いことにルールの抜け穴を通って此処に来ている事実は良い迷惑だろうが、そこについては目を瞑ってもらいたい」
ラウラ=ボーデヴィッヒは非常に理知的な語り口で、全員にそう呼びかける。
「……率直に言って、私の方も軍人が民間人に混じって活動するという状況に非常にストレスを感じているんだ。何が最適解か、そもそも集団のルールすらも掴めていない手探り状態だし、軍人としての私のプライドも大いに傷ついている。変に当たり散らすほどガキであるつもりはないが、そこは考慮してくれると嬉しい」
ラウラはそう言ってクラス全員を睥睨する。他の生徒を見下しているとか、自分の実力に胡坐をかいているとか、そういうことではない。単純な事実として、軍人と民間人では『鍛え方が違う』。その事実を認識した上で、それを当然のこととして突きつけている。
つまり、自分の方がこの学園のあらゆる人員より遥かに優れていて当然。
彼女が心配しているのは、その優秀すぎる能力ゆえに発生する集団との軋轢だ。
――今の自己紹介で一夏は背後から感じるセシリアの怒りゲージがまた上昇したのを感じ取ったが、そこに言及するような余裕もないほど、目の前の少女との『意識の差』に打ちのめされていた。
「もっとも、私の目的は此処で学生相手に大人げなくプロの殺しの技を見せつけることではない」
そして、ラウラは一夏の方を指差し、言う。
「織斑一夏。
その瞬間。
ドッッッッッ‼‼‼‼‼ と。
シャルル=デュノアの登場でもピクリともしなかったオーディエンスから、迅速に黄色い津波が生じた。
「静かに、静かにっ!」
それを遮るように、ロリ巨乳眼鏡が手を振って生徒を鎮静化させる。
さりげなくクラス全員を(無意識に)超絶上から目線でディスっていたラウラだったが、そこについては『いやー軍人さんと張り合ってもね……』という生徒が大半であり、あまり気にされていなかった。というか、その後の爆弾発言がそれらの印象を塗り潰していた。
「えーと……つかぬことをお伺いしたいんだけど、『女にしてやろう』というのは?」
「何を当たり前のことを……。お前は男だが、女にもなれるのだろう?」
そう言って、ラウラは腕を組んで自信満々に言う。
「だが、今こうして男として生活している。それは何故か。『女の素晴らしさ』を知っていないからだ。だから、私が『女の素晴らしさ』を教えて、お前を女にしてやると言っているのだ!」
「笑止! ドイツ軍人は押しつけがましくていけませんわ! それはイチカさんが自ら気付くべきこと! 我々が必要以上に押し付けるべきものではありません!」
「それにお前の物言いでは一夏そのものを否定しているじゃないか! TS少女の良さは男としてのアイデンティティあってのもの! 男の状態を否定してはただのボーイッシュ少女に成り下がるぞ!」
「戯け! 肉体面だけでなく精神面での女性化を経てこそのTS! 親友の少年との恋愛模様を経て身も心も女になっていく様こそ王道だと何故わからない‼」
「馬鹿! GL系TSだって需要はありますわ!」
「『ら●ま1/2』という名作を知らないのか‼」
「『ら●ま1/2』だって男とちょっと良い雰囲気なる回が一番好きだったんだよ‼‼」
「あわ、あわわ……」
宗教戦争が始まってしまった教室で、三人の『次期代表』レベルの猛者がぶつかり合う。ただの代表候補生だったロリ巨乳眼鏡としてはひたすらに心臓に悪い展開であり、止めることなどもってのほかだった。
ゆえに、この状況を止められる者がいるとすれば、一人しかいない。
スパァン‼ と。
時空を超えた出席簿の一閃が、一万分の一秒ほどの狂いもなく同時に三人の頭に直撃する。
「ホームルーム中だ。弁えろ」
遅れて、ガララ、と扉が開く音と同時に千冬の声が聞こえて来た。
相変わらず、物理法則どころか因果律の一切を無視した女だった。
圧倒的強者に諌められた三人は、渋々その場での矛を収める。
「……で、では、ホームルームはこれで終わりですっ! 各自すぐに着替えて、第二グラウンドに集合してくださいね~。今日は全クラス合同でIS模擬戦闘を行いますから。では、解散!」
追い立てるように手を叩きながら教室を出て行ったロリ巨乳眼鏡を見送った一夏は、すぐに立ち上がってシャルルの近くへ行く。
「織斑君、改めてはじめまして、僕は、」
「挨拶は後。今はとにかく、移動が先だ!」
「えっ、え⁉」
一夏はそう言うなり、シャルルの手を掴む。
と同時に。
「織斑君、今日こそコンビを組もう‼ そしてお着替えしよう‼」
「大丈夫だって平気平気女の子同士ならセーフだから! 何なら変身したら目を瞑ってるだけで良いから!」
「思春期の男子が女子校で寮生活って色々溜まってるだろ~女の子になれば合法的に発散できるぞ~?」
変態淑女たちが、毎度おなじみの軍隊めいた動きで行動を開始する。
「な、んだ……この練度は……⁉」
どこぞの軍人がシリアスに慄いているが、それはあんまり関係ない。
「お待ちなさい織斑! 今日と言う今日は逃がしませんわよ!」
「いい加減に観念しろ、一夏ぁ!」
変態淑女の一団を掻い潜ると、今度は明らかに壁に対して垂直になりながら走るセシリアと、それを回避した先に的確に陣取って一夏を捕えようと天井に設置されたわずかな照明の凹凸に指をかけて待機している箒の姿があった。
無論、作戦会議などしている様子はない。全てアドリブの賜物だった。
「こ、ここまでになると、私のキャラ付けの存在意義が……あれ、もしかして私、まさかの没個性キャラ…………⁉」
わりとシリアスに慄いているどこぞの軍人は、あまり気にしてはいけない。
「お、織斑君⁉ これって……」
「見ての通りだ! タッグトーナメントのタッグ登録日まで一週間を切ってから、連中ついに見境なくなって、男の時の俺にまで襲撃を仕掛けるようになったんだ!」
「『男の時の俺にまで』? いつもじゃなくて??」
「もしそうなら俺が男の姿でお前と顔を合わせることはなかっただろうな!」
飛びかかるセシリアと箒がどこからともなく現れた鈴音に勢いよく殴り飛ばされるのを横目で見ながら、一夏はシャルルの手を引っ張って走って行く。
「…………あの、一夏。さっきのあの子は一体……?」
「ああ、アイツか。アイツは俺の親友だよ」
シャルルは何が何だか分からなくなった。
***
ちなみに。
ラウラ=ボーデヴィッヒが此処まで(色々とツッコミどころ満載なのは脇に置いておいて)理知的に一夏と接することができているのには、きちんとした理由が存在している。
…………その一夏が、『女になる』と知るまでは。
もちろん、最初はラウラだって『いくら女のときの姿が……ちょ、ちょっと可愛いからって、教官の未来を奪ったことに変わりはないんだから!』と思っていたのだが(この時点で既に半堕ちであった)、同じ部隊に所属している副官のクラリッサ以下オタク隊員たちが四六時中イチカちゃんイチカちゃんと喚きたて、挙句の果てに『この子、なんか目元とか教官に似てると思いませんか隊長?』『昔やってた「もしも教官が気弱な乙女だったら的IF妄想」が現実になってませんか隊長?』とか言われてしまっては、さしもの鉄の女ラウラでも理性がくらっと来てしまうのも仕方のないことだった。
ただ、いくらイチカの時が可愛くとも、男になればそこにいるのは教官の未来を奪った憎き男。しかも、肝心の本人は『男が基本』と言ってはばからない。その上変態への警戒で滅多に変態しないと来た。これは、ラウラからしてみればよろしくない。ラウラとしては、『イチカが一夏であるのは気に食わない』のだ。
ゆえに、IS学園入学の際には『頼れる軍人お姉様』ポジションに立ち、そして『女の素晴らしさ』を教える――ついでに親友の男と恋愛して身も心も女の子になっていくというラウラの愛する『王道』を広める――という宣言をするに至ったのであった。
まあ、『頼れる軍人お姉様』ポジション狙いは自己紹介の時点からして軽くスベっていた上、変態たちのスペックがあまりにも変態じみていた為裏目に出てしまっているのだが。
ラウラの明日はどっちだ。
***
バタバタバタ! と足音が遠ざかって行くのを、一夏とシャルルは物陰に潜みながら聞いていた。
「……撒いたか……」
「……あの、織斑くん?」
「一夏でいいよ」
「じゃ、じゃあ一夏。いつもこんなことしてるの? さっきの人達の動き、明らかに民間人のそれじゃなかったけど……」
「あいつら変態だからな」
一夏はさらっと言ってのけたが、それが説明になるのは同じ変態相手だけである。だが、一夏の方も現状を甘く見ているわけではない。物陰に潜む一夏の表情は、むしろ焦っていると言ってもよかった。
一夏が一夏のまま生活していた此処二週間近くは、変態たちに新たな成長を与えていた。端的に言うと、変態たちは一夏を『付き合いのない同級生』で終わらせるのではなく、普通に話をする同級生として扱うようになったのだ。
だが、それが逆にあだとなった。
行動範囲を拡張させた変態淑女は、登録日が近くなったことに焦りを覚えてコミュニケーションがとれるようになった一夏に対してもダイレクトに勧誘行動を仕掛けるようになったのである。結果として、一夏にとっての安住の地は失われた。(『排斥』が起こらなかったのが幸いだが……)
「……しかし、正直なところ助かったよ」
そう言いながら、一夏は物陰から身体を出さないよう、なるべく多くの視点から死角になるルートを自然と選んで通って行く。
これもまた、変態たちとの日々の切磋琢磨によって培われてきた技能だった。あまり嬉しくはないが。
「どういうこと?」
「いやあ、皆あんな感じだろ? 色々と気を遣うんだよ。まあ親友がいるからそれほど苦じゃないんだけど、やっぱり男がいてくれると、違うんだよな」
「ああ……。うん、そうだよね。
「うん? ……まあ、別に女の子だからダメって訳じゃないけど……」
何か微妙なニュアンスのシャルルに怪訝な表情を浮かべつつも、一夏は先に進んで行く。群衆に掴まることなく校舎を出た一夏は、そのまま第二アリーナの更衣室へと突貫する。
更衣室の前で赤外線センサー(一度、赤外線トラップに引っかかってあわや確保というところまで行ったことがある)の有無を確認した一夏は、迅速に扉を開けて中へと進む。シャルルもそれに続いて行った。
「うう……毎度の事ながら時間がヤバい。ともかく、さっさと着替えよう」
「う、うん。そ、そうだね……うふ……」
「シャルル?」
「ううん! 何でもないよ!」
何か慣れ親しんだ質の視線を感じつつ、一夏は制服を脱いでいく。女子と違って隠れる面積の多い男子制服を普段着ている一夏は、下着の代わりにツーピース型のISスーツを身に纏っていることが多い。その方が格段に早く着替えられるからだ。だから着替えと言っても、殆ど制服を脱いで汗をぬぐう程度のものしかない、のだが……。
「…………シャルルは何で全裸になってるの?」
「え? だって着替えでしょう?」
シャルルの方は、下にISスーツを着込むとかそういうことはなく、普通に全裸なのだった。お蔭でシャルルのシャルル(隠語)が丸見えになっていたが、シャルルは恥ずかしがったりしない。むしろ一夏に見せつけるように、その童顔からは似ても似つかないシャルル(隠語)を惜しげもなく晒していた。
かえって見せられている一夏の方が恥ずかしくなって頬を赤らめるというこの世の誰も得しない光景を提供する始末だった。読者諸氏に置かれては是非ともイチカに脳内補完していただきたい。
なお、それを見たシャルルは何故か恍惚としていた。
「このISスーツ、着る時
「……引っかかる?」
「うん」
何か
「……最初から着ておけばいいんじゃないか?」
「ええー、蒸れるでしょ?」
「ISスーツは通気性抜群だから蒸れないぞ……」
「そっかあ、じゃあ今度からはそうしようかなあ。残念だけど」
何故残念なんだ……という一夏の魂の呟きは、当然ながらシャルルには届かなかった。
***
そんなこんなで、何とかギリギリ間に合った。
「遅いぞ織斑、デュノア。間に合ったから許すが、五分前行動を心がけろ」
「それなら学園の変態をどうにかしてください、お願いします……」
「それも計算に入れろ、と言っているのだ」
織斑教諭からの有難い
一応千冬へのお願いをした後数日は変態の活動も沈静化していた為、約束は果たしたことになっているのであった。再発しても止めろとまでは言われていないのである。
「遅かったですわね、織斑」
すると、隣から『綺麗な花には棘がある』どころか『綺麗な花は棘で出来ている』といった感じの声色で声を掛けられた。
どうやら、整列は何の因果かセシリアが一夏の隣になっていたらしい。
「お前らがハッスルしてくれたおかげでな……っていうかセシリアの方は何で間に合ってるわけ? あの後も俺のこと探し回ってたんだろ?」
「貴方と一緒にしないでくださいまし。わたくしを初めとした学生陣は自分でやることをやった上でアレをやっているんでしてよ」
「なら俺のペースとかも考えてくれたっていいと思うんだ……」
「あら。考えていますわよ。貴方ならあのくらいでも大丈夫だと思ってやっているのです。それとも貴方の実力はあの程度とでも?」
「ぐぬ……」
そう言われると、一夏お得意の負けん気が盛り上がって来てしまい、NOとは言えなくなってくる。セシリアの挑戦的な笑みがさらに憎たらしく見えて来た一夏であった。
「しかし、今日は災難でしたわね」
「ああ……いきなり女にするとか、訳が分からないよ。ほんとに……」
「まったくですわ。内面が男で百合百合するから良いというものですのに……」
「ん゛っ?」
唐突に雲行きが怪しくなり、一夏は思わず変な声を出してしまう。
此処から先は専門用語が飛び交うので注意してください。
「それは違うぞセシリア。他の誰かとかけ合わせたりせずとも、TS娘の胸が大きくなったり生理が来たりするのを外野が持て囃し、TS娘が自身の性を自覚する。それだけで、世界は素晴らしくなる。他のすべては雑味――――」
「ほう……どうやら箒さんは『フェチ系TS派』のようですわね……わたくしのような『
「何を言っているかと思いきや……フン、どうやらイギリスも日本もTS後進国という点では団栗の背比べのようだな。TS娘が親友の男と恋愛することこそ至高にして究極だと何度も言っているだろう」
「『
「TS娘×親友男は恋愛の過程で内面まで女性化するんだから
「それを言ったらGL系TSだってTS娘の内面は男のままだからNLですわ! 変態じゃありませんわ!」
「でもお前TS娘を女として見ているだろうが! ならやはりGLだ! 変態だ‼」
「ちょっと待てNLが成立するほど内面が完璧に女の子になったらそれもうTS娘じゃなくてただの女の子じゃないか! 男が女になっていく過程が良いのは分かるが『完全になった後』を主眼に置くのはズレてるぞ! 殆ど
「見識が狭いぞ女体化フェチ! 内面の完全女性化は何もMCだけじゃない! 相手の男と添い遂げる為に女であることを選んだりするだろ! それに生理とかに萌える方が変態だろ‼‼‼」
「NL系のTSモノだって生理が物語のターニングポイントになったりするから一概に人の事言えないだろ変態‼‼‼‼」
「さっきから黙って聞いてりゃやかましいわよ変態ども‼‼ はたから見たらどっちも変態だっての‼‼‼ 一夏は男なの‼‼‼‼ 元の状態のまま恋愛するに決まってんでしょバーカバーカ‼‼‼‼‼」
『フェチ系TS派』『GL系TS派』『NL系TS派』『男戻り派』の四派によって全く求められていない戦争が勃発するかに思われた、その時だった。グゴシャア! と前後の流れを無視して、戦争に参加していた四人の少女が叩き伏せられる。
「馬鹿者が。TSに貴賤はない。くだらん争いをするな」
――織斑千冬。
一人一人が数万の軍勢をも超越するIS操縦者をたった一人で四人叩き伏せたその化け物は、威風堂々という言葉が人の形をとったようなたたずまいでそう言い切った。
これほどまでに主張が分かれる分野をして、『貴賤がない』とはっきり言い切れる彼女は、いったいどれほどの悲劇を見て、そして学んできたのだろうか。変態淑女たちはしばし、そこに思いをはせる。
そして、その中で一人、一夏だけは聞き逃していなかった。
シャルルが『……BL系TS、上等じゃない……?』と呟いていたのを。
***
「で、では、本日から格闘および射撃を含む実戦訓練を開始しますよー……」
生徒の目の前に立ったロリ巨乳眼鏡がそう言うなり、変態淑女たちは優等生の仮面をかぶって一斉に大きな返事を返す。
全クラス――つまり四組合同の実習である為、人数はいつもの倍である。当然ながら、熱気も、一夏を狙う視線も四倍であった。
その熱気を見渡し、満足そうにうなずいた千冬は、一夏とシャルルに声をかける。
「デュノア、織斑、今のうちに変身しておけ」
「…………げ、限界まで待っては駄目ですか……?」
「今がその限界だと言っている。これから、四組の中の専用機持ちで合同模擬戦を行うからな」
「合同模擬戦?」
首を傾げる一夏に、千冬は軽く頷いて声を張り上げた。
「みな、聞いていたな! 今日の授業の前に、貴様らが目指す『頂き』を見せてやる。貴様らの中の頂点が集って、私に挑むのだ。その高みを見ろ。すぐにそこに到達できるとは期待していない。三年かかっても無理だと思っている。だから、目に焼き付けろ。これからの一生、その残像を乗り越える為に使え。その残像に押しつぶされる腑抜けは此処にはいないと私は信じている。以上だ‼」
その号令を受けて、専用機持ち達が前に出て来る。
一組からは、押しも押されぬイギリス次期代表『セシリア=オルコット』、軍隊仕込みのドイツ次期代表『ラウラ=ボーデヴィッヒ』、彗星のごとく現れたフランス次期代表『シャルル=デュノア』、そして世界初の男性操縦者『織斑一夏』。
二組からは、たった一年で代表まで上り詰めた中国次期代表『凰鈴音』。
そして四組からは、IS学園生徒会長を姉に持つ日本次期代表『更識簪』。
見事に次期代表級が勢ぞろいしていた。
そしてその中で、一夏の身体が眩い光に包まれ、そして奇跡の具現化と言わんばかりに美しい少女へと変貌する。それを至近距離で目の当たりにした変態淑女から、どよめきとも歓声ともとれるざわめきが響き渡る。
シャルルも一緒に変身し、先程の線の細い美少年から、柔らかくそして巨乳な美少女へと変貌していたのだが、そこに対するリアクションはあまりなかった。この変態ども、ことごとく徹底している。
「あ、あー……その、はじめまして。俺、織斑イチカ……よろしく」
「………………」
全員がそれぞれのISを展開した後、六人は作戦会議を始めていた。ちなみに、簪の方はまだ専用機が完成していないため、既存の打鉄に改造を施しただけのカスタム機である。
これから集団戦闘ということもあり、イチカは気まずげにしながらも簪に挨拶する――が、ライトブルーの髪の少女は、眼鏡の下の不愛想な眼差しを隠そうともせずイチカを一瞥した後、そっぽを向いた。
「ちょっと貴女……イチカさんが挨拶しているのに失礼ではなくって?」
「………………」
「聞いていまして? これから協力するというのにそれでは……、」
「待ちなさいイギリス次期代表」
さらに詰め寄ろうとするセシリアを、鈴音が抑える。
「何ですの中国次期代表」
「あの子…………照れてるわ」
「⁉」
「わ、私は…………TS娘が、男と女の間で揺れ動いてる『両性系TS』が好きかな、って……えへへ」
あ、こいつも変態だったわ。
イチカは『自分のせいで専用機の開発が遅れ遅れになっちゃって申し訳ないな』とかといった殊勝な考えが一瞬で消し飛んだのを理解した。っていうか、なんかもう既に打鉄の方も完成しつつある感じである。この先の展開とか吹っ飛んじゃうけど良いの? と誰ともなく思ったり思わなかったりだったのだが、そこは多分どうせ端折られるので問題ないのであった。
ともあれ、模擬戦。模擬戦である。まず役割分担から決めなくてはいけない。
「で、皆は何ができるんだ?」
「BTシステムによる超遠距離自在精密砲撃ですわ」
「近距離戦も出来るけど本職は龍砲で中距離戦。アンタも見たでしょ?」
「僕は……特別な兵装はないけど、多彩な装備を自在に切り替えて全距離に対応できるよ。一番得意なのは中距離戦かな」
「……フン。手の内を晒すのは癪だが……第三世代兵装で相手の動きを止めてから、レールガンを当てる遠距離タイプだ」
「私は、接近して……ゼロ距離から荷電粒子砲ブッパ…………浪漫……」
ちょっと見るだけでも、遠近多彩な面子が揃っていた。
「俺は近距離専門型だ。この『雪片弐型』っていう、ISエネルギーを相殺する剣でな」
当然だが、みんなして知っているって顔をしていた。
イチカはちょっと恥ずかしそうな顔をしていたが、このまとまりのない面子を纏めるのは自分しかいないという義務感からめげずに続けていく。
「それじゃ、今回は自分の得意な距離感で行こう。俺と簪さんが接近戦で戦うから、」
「簪で…………良い……」
「あ、ああそう……。俺と簪が接近戦で戦うから、鈴とシャルルは俺達のサポートと援護。セシリアとラウラは、後ろから全体の援護と指揮をお願いできるか? ……喧嘩とかしないよな?」
「当たり前ですわ。公私の区別くらいつきましてよ」
「私もプロだ。自分の仕事はしっかりと全うする」
こういうところでは頼りになるのであった。
そして、全体的な流れを確認しおえたイチカは改めて今回の敵――――千冬の方を見る。
『次期代表』級が五人。イチカ自身も、そこらの代表候補生くらいなら凌駕する技量を持っている。これまでイチカが戦ってきた戦闘の中では、おそらく一番の戦力だと言って良いだろう。コンビネーションも、この五人は趣味の違いとかでくだらない仲違いをするタイプではない。むしろ『やるときだけは凄くカッコよくなる』タイプの連中なのだ。心配要素は皆無と言って良い。
なのに……どうしてだろう? とイチカは思う。
これだけの戦力を掻き集めているのに。
どうして、織斑千冬に傷一つでもつけられるヴィジョンが思い浮かばないのだろう?