【完結】どうしてこうならなかったストラトス   作:家葉 テイク

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第二〇話「織斑一夏(イチカ)の新しい日常」

 織斑一夏の朝は、相変わらず早い。

 朝、夏になって早くなった日ノ出の頃に目を覚ました一夏は顔を洗い歯を磨き髪を整えなど身支度を整える。今までは正直そのあたりは適当だったのだがIS学園に入学してより早二か月、女子に囲まれて生活していく中で一夏も少しずつ身だしなみに気を遣う意識が芽生え始めて来たのであった。

 

「ふああ……」

 

 あくびしながらジャージに着替えた一夏は、そのまま朝のランニングに出る。グラウンドの周りを二、三周ほどした後に通り一遍の筋肉トレーニングをしてからシャワーを浴びる。朝とはいえ夏の足音がすぐ近くまで聞こえる今日この頃は外も暑いが、一夏としてはそこはあまり気にならない。何故なら、一夏は部屋であまりクーラーをつけないからだ。毎日夜に乗り込んでくる変態淑女達からはクーラーつけろと言われているのだが、一夏としては冷房をつけてばかりいるのは健康に良くないと固く信じているのである。

 

 男の朝シャワーとかいう誰も得しない絵面を提供してくれやがった一夏はその後改めて身だしなみを整える。学園に来たころの一夏であれば二度手間じゃんとか思っていたが、今はそんなことも言わなくなった。ちょっとした成長である。

 そこまでやったら、ちょうど食堂が開く頃だ。食堂に足を運ぶと、その途中か食堂に入った後で大体見知った面々と顔を合わせることになる。

 

「おはよ~おりむー」

「……おはよ……」

「おはようのほほんさん、簪」

 

 その中でも簪を見つけたなら要注意だ。

 何故かと言うと、

 

「あ――らっ! お! は! よ! う! 一夏君‼」

 

 凄い速さで間に楯無が割って入って来る。

 それほどの高速であるにも関わらず食堂の誰にも迷惑をかけずに行動できるその技量を別の所に生かしてほしい一夏だが、ここのところの楯無は一夏の妨害に心血を注いでいた。尤も一夏は別にそこまでして簪とお近づきになりたいわけでもないので、簪が一夏に接触しようとするのを邪魔している、と言った方が正しいかもしれないが……。

 

「おはようございます、先輩……」

「そしておはよう簪ちゃん~~っ!」

 

 相変わらずな楯無に呆れる一夏をよそに、楯無は座っている簪の首に後ろから腕を回して抱き付きつつ言う。バ! と自分の口元を隠すように広げられた扇子には『簪ちゃんは渡しません』と書かれていた。

 今さらだがあの扇子どういう仕組みなんだろう? とか考えてみる一夏だが、多分考えても無駄だろうという結論に落ち着いた。世の中には分からないことも、分からなくて良いことも、分からない方が良いこともたくさんある。

 

「……お姉ちゃん、もう今日に入ってから一五回くらい挨拶してるよね……」

 

 おそらく、衛星のように簪の周りをグルグルと回っているのだろう。

 

「っていうか、一応先輩も品行方正で性格も高潔で通ってるんだよな……? こんな他の変態と同じようなことをしていて大丈夫なのか……?」

 

 と、当然と言えば当然の疑問を感じて辺りを見渡す一夏は見た。

 

「ああ、今日も楯無会長は素敵ね……」

「なんだかよく分からないけど楯無先輩が高潔なお言葉を話している気がするわ~」

「私達も会長を見習わなくっちゃ!」

 

「だ、駄目だ⁉ 連中、思考停止して先輩の事を崇めてやがる‼」

「……お姉ちゃんは凄い人だから、多少おかしくてもこの学校の一般生徒は目を瞑って正当化してしまう……」

 

 こうやって楯無の奇行を受け入れているから全校生徒が変態になっているのか、それとも全校生徒が変態だから楯無の奇行が受け入れられているのか、それは人類史に残る哲学的命題なのかもしれない。

 そんな深遠さを感じていると、絶賛簪分補給中の楯無がニヤァとしまりのない笑みを浮かべ始める。

 

「おやおやおやぁ! 簪ちゃん、今お姉ちゃんのことを凄いって……⁉ これは……もしやデレ期⁉ ついにデレ期が到来したというの⁉」

「……デレてないわ。その後の台詞もちゃんと聞いて」

「多少って言葉には目に余るほど多いわけではないってニュアンスも入ってると考えていいのよね~っ!」

 

 グイグイ頬を押しつける楯無にそれを押しのけようとする簪。これもまた朝の日常と化していた。これまではそんなに目につく光景ではなかったはずなのだが……多分簪と一夏が接近したことで、楯無の変態欲が暴走した結果だろう。変態欲って何だ。

 そして、こうやってあらゆる事象をポジティブに解釈して楯無の収集が付けられなくなった頃になると、

 

「……会長。此処にいたのですか」

 

 まるで虚空から沁みだすような自然さで、虚が楯無の背後に現れる。そして次の瞬間には楯無はグルグル巻きにされて拘束されていた。この間一秒未満。まさしく仕事人という風格の早業であった。なお、この一幕も一般生徒からは『まあ、副会長だわ』『いつもクールで素敵ね』というような感想しか出てこなかった。フルボッコにされていても楯無のカリスマが衰えないというのは、ある意味凄い。

 

「朝のうちに片付けなくてはいけない書類が残っているのです。こんなところで油を売っている暇はありませんよ。……それと本音。貴女も簪お嬢様の専属メイドならこの馬鹿から簪お嬢様をお守りするくらいのことはしなさい」

「ええ~、でも、私面倒なの嫌いだし~」

「それは専属メイドとして大丈夫なのか……?」

 

 多分大丈夫ではないのだが、虚も言っても無駄だと分かっているのだろう。そのまま楯無を引きずって食堂から去って行った。色々と嵐のような連中である。

 そんな一部始終を見た一夏は二人に別れを告げて食堂を進んで行く。流石に簪たちはいつも一緒に食事というわけではないのであった。

 食券を買い、食堂のおばちゃんから朝食を受け取る。ちょっと歩いた先に、セシリアと箒と鈴音が既に席に着いて待っていた。

 

「おっす」

「おはよ、一夏。遅かったわね。また会長にでも絡まれてたの?」

「おはようございます織斑」

「おはよう。あまりに来るのが遅いからもう食べ始めてしまったぞ」

 

 箒の言葉通り、三人は既に朝食をとっていた。やはり量は少なめだ。今日も今日とて実戦訓練なのである。ここのところ、全員の練度が高まって来たからか授業の内容もハードさを増してきた。当然のようにこの三人の変態はケロっとしているのだが、一夏としては鈴音との修行もあるのでだいぶ内心音を上げている。健康な男子的には朝はもっと食べたいのだが……それをやると吐くことになってしまう為、結果昼食をたくさん食べるという形に調整しているのであった。

 まあな――と鈴音に返しつつ、一夏もテーブルにつく。

 

「おはよう、諸君」

「皆、おはよう~」

 

 一夏がテーブルに着くのとほぼ同時に、シャルロットとラウラもやって来てテーブルにつく。

 

「ラウラがなかなか起きれなくてさ~、危うく遅れるところだったよ」

「……うう、だからと言って男装して『起きないと悪戯しちゃうよ』などと言いながら男装させようとするのはやめろ」

 

 ラウラは顔を青褪めさせながらそう呟く。どんなことがあったのか想像し、一夏は心の中でラウラに同情した。

 シャルロットの変態行為は、地味にえげつない。見境もない。

 

「シャルル怖い……」

「それなんだけど一夏、何でいつまでもシャルルって呼ぶの? 僕、シャルロットって言うんだけど」

「え、ああ……なんか、色々とインパクトが強くて」

 

 今も一夏は目を瞑るだけで瞼の裏にシャルロットのシャルル(隠語)を明確に思い浮かべることができる。ある意味他の変態のセクハラよりも大ダメージであった。

 これから朝食なのにこれでは食欲が失せる、と思った一夏は頭を振って今浮かんだ考えを打消し、そして目の前にある定食に視線を移す。なんとなく食欲が戻って来た。

 

「……朝はちゃんと食べないと調子が出ないんだけどなぁ」

「燃費をよくしなさい。わたくし達のように」

 

 そう言うセシリアは楚々とオートミールを口に運んでいる。こうして見ているだけなら深窓の令嬢と言っても過言ではない可憐さなのだが、如何せんその口を突いて出る言葉がことごとく辛辣なのであった。ついでに、言ってることも無茶苦茶だった。

 

「燃費なんて意識して変えられるモンなのか? そういう風に長期的な肉体改造をするとかなら分かるけど」

「割と気合で何とかできるものだよ。多分、セシリアちゃん達もそうしてるんじゃないかな?」

「私は試験管ベイビーだから、遺伝子レベルで新陳代謝には調整が加えられているけどな」

「なっ……」

 

 サラリと言ったラウラの言葉に、一夏は思わず絶句した。

 試験管ベイビー……つまり、母親の身体から生まれるのではなく人工的に大人たちにとって都合の良い身体に成長するよう調整した上で生み出された子供、ということだ。

 

「な、なんだよそれ。遺伝子操作とかって、漫画や映画の中だけの話じゃねえのかよ? そんなの……ハッ、まさかあの眼帯も……」

 

 そういえば、ラウラは眼帯をつけていた――と一夏は思い出す。軍人キャラを印象付ける為に行った涙ぐましい努力の跡だとばかり思っていたが、そういったものも人体改造の副作用だとすれば頷ける。

 

「…………残念ながら、これが世界の裏側ですわ」

 

 セシリアもそれを良しとしている訳ではないらしく、苦々しい表情を浮かべて肩を竦めていた。

 軍の道具にする為だけに子供を作り育てるなんて、そんなことあって良いはずがない。そして、そんな邪悪が今も罷り通っていて、ラウラがそれに苦しめられていると言うのなら、一夏はそれを黙って見ている訳にはいかない。

 

「ISにVTシステムを組み込まれていたこともあった」

「なんっ……それ、VTシステムって条約違反じゃないか⁉」

 

 VTシステムとは、『ヴァルキリートレースシステム』の略だ。その名の通り、ヴァルキリー……ISの世界大会『モンドグロッソ』において部門別優勝したIS操縦者の動作データを基に操縦者のスキルを無理やり向上させるシステムのことを言うのだが、総合部門優勝を果たした千冬もまた、ヴァルキリーの一人である。……尤も総合部門優勝を果たした彼女については『ブリュンヒルデ』という異名の方がポピュラーだが。

 そして、ラウラに搭載されていた『VTシステム』は……千冬がドイツで教官をしていた時代にサンプリングされていたものだ。つまり、二年前のデータとはいえ千冬のデータを基にしたもの。当然ながらそんなことしたら『どの国が一番千冬に近いシステムを作れるか』の勝負になってスポーツもクソもなくなってしまう為、条約で禁止されているのだ。

 一夏の激昂など気にせず、ラウラはあっさりと言う。

 

「まあ、そうなるな」

「そうなるなって……何でそんなあっけらかんとしていられるんだよ! そんなことされて、ラウラだってただじゃ済まないんだぞ!」

「ああ、分かっている。だが憤っても仕方ないことだってあるんだ」

 

 ラウラにしては珍しく、諦めたような表情だった。起きてしまった過去はどうにもならないと、そういう表情だった。それに対して一夏が何事か言い返そうとした時、ラウラは被せるようにしてこう続けた。

 

「それに、該当部署は結構前に私がこの手で粛清したからな」

「もう解決してたのかよ‼」

 

 ラウラがサラリと言ってのけた。

 粛清……という言葉の恐ろしさもさることながら、この世界のヒロイン達はみんなして揃いも揃って強すぎである。箒は知らない間に束と和解してるし、セシリアは最初からなんか強いし、鈴音は中国で驚異的な成長を遂げたし、シャルロットはご立派なシャルル(意味深)だし、簪も姉妹仲を除けば平常だし、ラウラもご覧のとおり粛清済みである。唯一問題が残っているらしいのは楯無だけだが、アレは多分放っておいても覚醒するタイプだ。

 ……なお眼帯の方も人体改造だというのは正しいのだが、あれは越界の瞳(ヴォーダンオージェ)と言ってむしろ人体改造の本番であり、ラウラにとっては『副作用』という『弱み』というよりは『強み』に近かったりする。

 

「まあ、途中に教官と篠ノ之博士の力を借りたりもしたがな。あの時は色々と世話を見てもらったものだ」

「というか、姉さんと千冬さんの目を欺くことなど不可能だ。もう誰もISで悪さをしようとする輩なんていないだろうし」

「そう言われてみれば、確かにそうだけど……」

 

 かといって、この世に『完璧』という言葉はない。千冬や束を以てしても何かしらのとりこぼしがある可能性は十分ある訳だ。前回のリーグマッチだって、結局千冬がいたのに一夏は公衆の面前で大恥をかいたわけだし。そして、この頃の一夏は大体の悪巧みが自分を狙っていることを何となく悟っていた。

 そこで、話には参加せずただ黙々と食事をとっていた鈴音が言う。

 

「でもどうせ、あの変態科学者と千冬さんがどうにもできないならあたし達にどうにか出来るはずないわよね?」

「…………それ、この前千冬姉にも言われたよ……」

 

***

 

「さて…………今日は一組だけの授業ですわ」

 

 ISスーツ姿のセシリアはそう言ってぐひひと低く笑う。朝食後の実習授業。今日の実習授業はISを使わずISスーツの基本的な操縦者補助機能を使っての訓練ということで、一組だけで行っているのであった。そしてそれは二組の鈴音がいないということを意味しており、つまりお邪魔虫がいないから目いっぱいイチカにセクハラできるということである‼

 

「…………うう、悪寒が」

 

 そんなセシリアの背後で、イチカが身震いをする。

 本来ならISを起動させる必要のない授業なのでイチカになる必要はないのだが、今回の授業では女生徒と肉体を触れ合わせる機会も多くなるため、イチカの精神衛生上変身しておいた方が良いという判断なのであった。

 どのみちもうイチカはIS起動による操縦者保護機能は完璧に切ることができる為、入学当初のように特殊なハンディキャップを新設する必要もない。

 

「安心しろイチカ。お前はこの私が守ってやる」

 

 そんなイチカの横に立ったのは、入学初日にイチカに『女の素晴らしさを教えてやる』と豪語したラウラであった。

 

「そして、守られる側(ヒロイン)の素晴らしさを知るが良い。そうすれば、お前も女の良さというものが分かるはずだ」

「……女尊男卑の風潮で『女は守られるもの』っていう固定観念は崩れてきているから、むしろそれって『男の良さ』を教えるものになっているんじゃあ……?」

「女尊男卑の風潮なんてけっきょくファッションだから気にしなくていいんだよ‼」

 

 ドイツ軍人の口からとんでもない暴論が飛び出したためイチカは思わず呆然としてしまったが、それも千冬の到着によってうやむやになった。

 綺麗に整列した全員を睥睨した千冬は、相変わらずラスボス級のプレッシャーを惜しげもなく生徒達に叩き付けながら言う。

 

「さて、ISの基本操縦を学んだ貴様らだが、そこで私が感じたのはもっと基本的な立ち回りの未熟さだ。貴様らには『攻撃を受ける』ということに対する慣れが足りなさすぎる。だから、攻撃を受ける段になると立ち回りの脆さが露呈する。ISとは想いの力で動くものであり極論を言ってしまえば肉体の鍛錬などあまり意味をなさないが、その域に達するまでに肉体の鍛錬は必要不可欠だ。今日はISの保護のない、最低限の補助機能だけでIS流の『受け身』の練習を行う! 良いな‼」

 

 裂帛の気合いで以て叩きつけられた千冬の檄に、生徒一同は声を張り上げて応える。

 当然ながらイチカも同じように答えていたのだが…………内心の方では、わりとげんなりしていた。

 

(『受け身』かあ……。まあ授業予定(シラバス)見てたからどんな内容かは把握してるんだけど、大丈夫かなぁ……。流石に授業中にセクハラしたりはしないよなぁ……胸とか、揉まれたり……)

 

 イチカは少しだけ顔を赤らめた。過日の弾とのやりとりが思い出されたからだ。あの時は、ちょっと気が動転していて自分から受け入れるような言動をとってしまっていたが、冷静になった今は違う。誰かに胸を揉まれたりするのは、御免だ。

 そんな風にして警戒するイチカの前に、セシリアが立ち塞がる。

 彼女の表情は、イチカの予想にたがわず色欲に塗れていた。だが、イチカは逆に不敵な笑みを浮かべてセシリアを挑発する。

 

「……悪いけどセシリア、俺だって強くなってるんだ。半端な気持ちで挑んだら無様に倒れ伏すことになるぜ!」

 

 言うが早いか、イチカは突撃を敢行する。セシリアを次期代表にまで押し上げたのは、あくまで遠距離から戦場という盤面全体を支配する才能あってのもの。接近戦においても、緊急回避などの『距離を取るスキル』は超一流だが、回避性能そのものがズバ抜けて凄いという訳ではない。つまり、この条件下においては両者はほぼ対等。

 

「ええ、分かっていますわ」

 

 対するセシリアは、それでも尚余裕の表情を崩さない。

 振りかぶったイチカの掌底(拳で攻撃するのは今回のルールでは禁止だ)を最小限の動きで回避する……が、それだけでは回避しきれず、セシリアのたわわに実った豊かな胸を軽く掠る。

 

「あんっ」

「おわ、ご、ごめっ」

「……でゅふふ」

 

 セシリアから上がった艶やかな声に思わず謝罪してしまったイチカだが……次に聞こえて来たくぐもった笑みを聞いてすべてを悟った。

 そう……この変態が、いつまでも一辺倒な押せ押せだけで終わるはずがなかったのだ。セシリアが好きなのは『TS少女が女の子とくんずほぐれつする展開』。であれば、『女の子がTS少女にちょっかいをかける』のではなくその逆だって好んで然るべきはずだ。

 つまり……セシリア=オルコットは、『受け身』と称してボディタッチを仕掛けさせ()ることでイチカにセクハラを仕掛けているのだ。

 

「う、ううッ……!」

 

 こうなればイチカは手を出しあぐねるが……それはセシリアに直接的なセクハラを行う隙を与えるということに他ならない。進退窮まったこの状況、鈴音がいてくれればどれほど心強いか……そう現実逃避を始めたイチカだったが、

 

 ドゴオ! と。

 セシリアの頭が強烈な跳び蹴りによって吹っ飛ばされたことで、状況は激変した。思わず息を呑むイチカに、突然の乱入者は乱れた髪を払ってこう言った。

 

「な……ッ!」

「悪いな、セシリア=オルコット。単なるセクハラであれば許容できたが、イチカに『責める側』という属性を与えるのは『女の素晴らしさ』を教える私としては許容できないんだよ」

 

 乱入者の名は、ラウラ=ボーデヴィッヒ。

 彼女は軍隊仕込みのマーシャルアーツでセシリアに痛烈な打撃を食らわせると、そのまま油断なく拳を構える。対するセシリアも間違いなくダメージはあっただろうに、プッと横合いに口の中に溜まった血を吐き立ち上がる。

 

「不意打ちとはやはりゲルマン民族は騎士道精神の欠片も持ち合わせていないようですわね。良いでしょう、相手になって差し上げますわ」

「抜かせ、古さだけが取り柄の『島国』が。いつまでも大国を気取っていられると思うなよ」

 

 互いに不敵な笑みを浮かべ、拳を構えるセシリアとラウラ。

 それだけなら非常にスポ根めいていたのだが……彼女たちはさらにこう続ける。

 

「イチカさんは、渡しませんわよッ‼」

「それはこちらの台詞だ! アレを女にするのは、私なのだからなッ‼」

 

 二人の変態が、互いに全力を以てぶつかり合う。

 一方、ペアが勝手に戦い始めてしまったイチカはそんな二人を放置して同じくあぶれてしまったのほほんさんと実習を再開した。

 セシリアとラウラはこのあとめちゃくちゃ怒られた。

 

***

 

「いよいよ明日ね」

 

 その日の夜。

 いつものように一夏の部屋に転がり込んできた鈴音は、何故か一夏の部屋に追加されたキングサイズの『来客用ベッド』に寝転がりながらそんなことを言った。一夏は自分のベッドに寝転がりながら携帯機器を操作しつつ頷く。

 

「もうやれることは全部やったし、あとは明日に備えてゆっくり身体を休めるだけだ」

 

 ただでさえ変態達の襲撃で一夏の疲労度は高かったので、何気にゆっくり休めるかどうかは死活問題だったりするのであった。

 

「流石に弁えているようですわね。貴方はわたくし達に比べて圧倒的に足りていないのですから、少しでも自分を高める努力をなさいな」

「ちなみに男性の身体に比べると女性の身体の方が疲労の回復が早いと私の中で評判だぞ?」

 

 が……やはり何故か変態達も来客用ベッドの上に転がり込んでいた。消灯時間まではまだまだ時間があるという判断だろうが、一夏からすれば迷惑極まりないのだった。いや、そのわりに追い出したりしていないから、何だかんだ言って一夏も心の中では認めているのだろうが。

 

「だから休もうとしてんのに何でお前らまで上がり込んでるんだよ! あと箒は嘘にしてももう少しまともなものを吐け!」

「久々にツッコみましたわね……イチカさんだったら完璧でしたのに」

「なあ、男女差はともかくとしてISを起動すれば操縦者保護機能の力で疲労とかも完全回復するんじゃないか?」

 

 ISの機能を盾にとられた一夏は思わずよろめくほど意志が揺らいだ。そういえばその通りである。万全を期すというのであれば変身した方がむしろ良いのかもしれない。本来なら反則だが一夏は国連のなんか良く分からない条約で自由に変身することが許されているし、この場には鈴音もいるし。

 本来一夏はあまり女の姿にはなりたがらないが、明日は大事なタッグトーナメント。その主義を曲げてでも、完璧な体調で臨むべきだと思ったのだ。(真面目なのが災いした)

 ……まあ、そんなことするくらいなら大人しく寝ておけばいいし、そもそも此処に変態達がいることを考えればむしろ変身しない方が最終的にはスタミナにも優しいのだが、一夏はそこまで頭が回らなかった。鈴音の方も、ベッドの上の変態(調子に乗りすぎて鈴音に関節技をかけられている)にかかりきりだったため一夏の思考にツッコミができず……、

 結果、一夏は変身した。

 キャメルクラッチされている変態達が歓喜するのと同じタイミングで、台所の方から声が聞こえて来る。

 

「ねえ一夏、台所使っちゃって良い? っていうかラウラちゃんが何か料理作るって張り切っちゃってるんだけど……」

「『ちゃん』はやめろシャル。あと私軍人キャラがスベっちゃったからメシマズでも何でも新しいキャラを取得しないと埋没しちゃう……! ただでさえ強力なシスコンキャラが出て来たのに……!」

「……お姉ちゃんは所詮、サブキャラだから平気……」

 

 何やらキャラ獲得に涙ぐましい努力を見せているドイツ軍人がいたが、もはやそれこそ『没個性キャラ』という新しいキャラづけになっていることに当人は気付いていない。

 ところで何気にラウラとシャルロットの仲が良くなっているのであった。

 

「まったく……何でみんなして俺の部屋に入り浸っているんだ……」

 

 イチカは思わず嘆くが、世間的に見れば六人の女の子を自室に侍らす男なんて嫉妬の対象にしかなり得ない。そこに目がいかないあたり、イチカはやはりド級の朴念仁なのかもしれない。

 …………いや、女の時に変態の限りを尽くされてしまっては、そういう気分になれないのも仕方ないというものかもしれないが。

 

「中身は男なのですから、イチカさん的にはこの状況はかなり喜ばしいのではなくって? ほら、なんならおっぱいぱふぱふとかしますわよ。そこに転がっているまな板とは出来が違いますわ」

「いや、ぱふぱふとか良いから……」

「代わりにあたしにぱふぱふしてね?」

 

 目の前でこれ見よがしに乳を突きつけられた鈴音が、セシリアのおっぱいを徐に揉みしだく。ぱふぱふというよりバフ! バフ! とサンドバッグを殴るような音が響いてくるが、もはやイチカにとってそのくらいは日常になっていた。

 

「っていうかこんな感じでドツキ漫才みたいなことしてるとさ、なんか異性って風に見れなくなってくるんだよ。お前らは男の時の俺と女の時の俺で分けて考えてるのかもしれないけど、俺からしたら同じだからな。どこの世界に、自分から素っ裸になって『これは責任を取ってもらうほかないですわね』とか言いながら肉体関係を迫って来るヤツに欲情できるヤツがいるんだ」

「イチカ、それなら私は無関係じゃないか?」

「お前もあの時『ああ~手が滑った~』とか言って盛大にスライディングしながら俺のパンツ脱がそうとしてただろ‼」

「私が寸でのところでヘッドロックかまして動きを抑えたけどね」

 

 なお、その際箒が『あがががが‼‼ 首が折れる! あとおっぱいが床を擦れて削れるうううううう‼‼‼』などと断末魔の叫び声を上げながら床に『乳ドリフト痕』を作っていたりした為、イチカがさらにドン引きしたことは言うまでもない。

 

「二人ともセクハラが古典的かつ直接的すぎるんだよ。僕達みたいにインテリジェンスなセクハラを磨かないと」

 

 と、そこで夜食のピザトーストとコーヒーを作って来たシャルロットがラウラと簪を引き連れて戻って来る。結局料理はラウラではなくシャルがやったらしかった。見てみると、ラウラの指は血まみれだ。どうやればピザトーストでこんな負傷が生まれるのかは不明だが……。

 

「って、あれ⁉ イチカちゃんになってる!」

「道理でコーヒーの匂いに混じってTSっ娘の匂いがすると……残り香だと思っていたが……」

「なあ、TSっ娘の匂いって何だ? 俺におうのか?」

 

 不安そうに自分の腕の匂いを嗅ぐイチカだったが、そんなものは逆に変態達を興奮させる要素にしかすぎない。匂いなんてしないわよあの変態の戯言だから、と唯一の常識人鈴音がイチカを宥める。

 

「シャルはともかく、ラウラと簪のどこがインテリジェンスなんだ?」

 

 きょとんとした表情で、シャルロットの言に返す箒。

 なお、二人ともこれまでにイチカにアプローチを仕掛けようとして鈴音に粛清されること既に三桁くらいなのであった。

 シャルロットの方は、未だにたまに『男装用肉襦袢』を着て一夏のことをからかったりしている程度だ。『裸じゃないから恥ずかしくない』とはシャルロットの言だがあまりにも精巧な為に実質裸みたいなもんであり、多分シャルロットも恥ずかしくないと言いつつ半ば裸を見せびらかしている節があるので彼女には露出狂のケがあるのかもしれない。

 

「失敬な。私だってインテリジェンスな部分を見せているぞ。そもそも私がイチカにセクハラするのは自分の欲求を満たす為ではなく、それによってイチカに『女の素晴らしさ』を教える為であって、その点でただセクハラするだけの貴様らとは一線を画している」

「俺はむしろそれでお前ら変態に対する不信感を募らせてるんだけど……」

 

 呆れたようにイチカが言うと、ラウラは『マジでっっ⁉⁉』って顔で涙目になってしまわれた。さらに畳みかけるように簪も続ける。

 

「私は行間でイチカちゃんと一緒にIS作ったりしているもの……。むしろセクハラはノルマを達成しているにすぎない……」

「そういえば、簪はもうIS完成したんだっけ?」

 

 もはやボケをスルーし始めたイチカに簪は一抹の寂しさを感じながら(こうして少女は姉の悲しみを理解していくのだ)頷く。

 

「ええ。イチカちゃんのお蔭でしっかり完成したわ……。何だかんだ言って一線級のモノが……」

「じゃあ、簪の目標でもある『姉の偉業を越える』っていうのは、達成できたんだな」

「うん……これも、イチカちゃんのお蔭……」

 

 そう言って、簪はイチカのことを抱きしめる。

 突然の抜け駆けに六人が湧き立つが、簪はそれでも止まらない。そのまま対応できていないイチカの唇に自らの唇を、

 

「簪ちゃんどえらッッッしゃァああああああああああああああああああああいィィッ‼‼‼」

「くたばれ変態、ここがアンタの墓場よッッッ‼‼‼」

 

 接触させる直前、二人の猛者がクロスカウンター気味にイチカと簪を引き離す。

 いや、正確に言うと『鈴音がブン殴ろうとした直前に楯無がイチカの部屋の扉をブチ破って乱入し、簪を引っ張って回避させた』のだが。対変態では束を除いて必殺を誇っていたはずの鈴音の拳が虚しくも空を切る。

 ズザザザザザザ‼‼ と乱入の勢いを猛獣の如く四つん這いになって殺した(簪は背負っている)楯無は、そのまま油断なく鈴音を睨む。

 

「アンタ、会長ね……!」

「てんめェェええええええ…………簪ちゃんを殴ろうたあ良い度胸じゃないの……先輩として一つ、教育してくれる……‼」

「やってみなさいよ。あたしだって、アンタ達変態の暴挙にはいい加減我慢の限界だってのよ……‼‼」

 

 一触即発。

 片や愛する者を守る為に拳を振るう人外。

 片や愛する者を守る為に理を捨てた変態。

 もはや常のセオリーなど通用しない状況にて、最初に動いたのは楯無だった。

 ただし、動いたのは彼女の意思によるものではない。

 

「……何をやっているの、刀奈」

 

 扉の方から聞こえて来た、絶対零度の声。それによって楯無の身体が自分の意思とは無関係に震えてしまったのだ。

 いかな変態と言えど、お目付け役からの制裁(ツッコミ)に勝つことはできない。

 

「ほら、部屋に戻るわよ。下級生に混じって遊ぶような歳でもないでしょうに……」

「うぅぅ……だってだって虚、あのチャイナ娘が簪ちゃんをぉぉ……」

「駄々を捏ねるんじゃない」

「がっ⁉」

 

 ベシ! と頭に刺突を食らわせられた楯無は、そのまま全身から力を抜いて虚に引きずられるがままになる。そんな生徒会長を引っ張りつつ、虚は瀟洒にお辞儀をして言った。

 

「イチカさんの部屋の扉まで破壊して…………ウチの馬鹿がご迷惑をおかけしました。貴女達も、消灯時間はもうすぐですからね。明日は学年別タッグトーナメントなんですから、こんなことで消耗するのは馬鹿らしいですよ」

 

 虚は簪も拾い上げた上でイチカの部屋から立ち去って行く。

 あとに残されたのは、臨戦態勢のまま振り上げた拳の行き先を失った鈴音と、イチカと、変態のみ。

 

「…………とりあえず、この拳はどこに振り下ろせば良い訳?」

「その()()はどうですか? ゴリラのドラミングみたいで意外と絵になりそうですわよ」

「ありがとう、でもたった今最適な場所が見つかったわ」

 

 ですわー‼ と懲りない悲鳴が響き渡る。

 イチカは、全てを諦めてただベッドに身を投げた。

 

***

 

 そんなこんなで、変態達が自室に戻って言った後。

 

「……静かになったなぁ」

 

 イチカはそんなことを呟いて、携帯を取り出した。扉はいつの間にか修復されていて、彼女達がさっきまで此処にいた痕跡はもはや客用ベッドの乱れくらいだ。

 何だかんだ言って別に部屋にいられることが苦痛というわけでもないし、馬鹿騒ぎに付き合わされるのももう慣れたので最近はむしろ変態達が立ち去ると寂しさすら感じるようになっていた。

 だからと言って、一晩中居座られても困ってしまうのだが。

 

「……ん? メール来てるな」

 

 ふと、取り出した携帯にメールの着信が入っていることに気付いた一夏は、何の気なしに開いてみる。着信があったのは今から大体十数分前。ちょうど鈴音がセシリアのおっぱいを使って七色の音色を奏でていた頃だ。

 

「えーと……弾からか。どうしたんだ?」

 

 そうしてメールの内容を確認したイチカは、さあっと顔を青褪めさせる。

 

 そこに書いてあった内容は――――。


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