【完結】どうしてこうならなかったストラトス   作:家葉 テイク

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第二二話「チキンレース」

 それは――――『堕ちた天使(ヒロイン)』だった。

 

 鋼鉄製のISアーマーは何故だか輝きを放つ漆黒の革へと材質を変え、服装は露出の多いボンテージ(インナースーツはなくなっていた)。武装は信じられないことに鞭一本という有様……普通に考えれば、弱体化も良い所だ。そのままでは旧式……第一世代のISにすら勝てないだろう。

 だが、その変化に確かに変態はどよめいた。

 

***

 

「あ、あれは……‼」

 

 観客席にて、問題の試合を観戦していた少女――簪が呻くように呟く。

 

「ん~? 何か知ってるの~かんちゃん~」

「あれは……悪の女幹部コス‼‼‼」

「あ~ダメな方の知識だったか~」

「ダメな方って何よ! 正義のIS使いが邪心に呑みこまれて悪の女幹部に堕ちちゃったんだよ! これって凄いことよ!」

「そうなんだ~かんちゃん物知り~」

 

 鼻息荒く語る簪に、本音は肩を竦めるばかりでまともに対応しない。この手のオタク会話はハイハイと適当に頷いて流すに限る。

 ……多分、この場にイチカがいたら『正義……?』とか『いや、元々邪心の塊みたいなヤツだったろ』とかツッコんでくれていたのだろうが、残念なことにこの場にツッコミ要員となるものはいない。いるのは変態オタクと天然ボケだけである。

 

「…………なるほど、流石は簪ちゃん――お目が高い」

 

 そんな簪の言葉に同調したのは、簪と同じライトブルーの髪を持つ少女――楯無だ。どうやら変態オタクと天然ボケの他にダメ姉がいたらしい。

 楯無の声が聞こえたのは、簪の座る座席の真下。……つまり、椅子の下にあるスペースだ。弾かれたように二人が下を見ると、楯無はアリーナの席の下の空間に突っ伏して試合と金属類の反射で見える簪のスカートの中身を交互に見ながら、真剣な表情を浮かべて鼻から血を流していた。

 何かに殴られたわけではない。いや、精神的にはガツンと殴られるくらいイイのをもらっているのだろうが。

 

「…………」

 

 簪は全くの無表情のままに足を閉じて、

 

「お目が高いって? お姉ちゃんも分かるの?」

「まあね。今の状態がラウラちゃんだけのものではない、っていうのは少なくとも間違いないし」

 

 楯無は鼻から一筋の赤色を描きつつも飄々と頷いた。鼻から上だけみれば真面目なのだが、その下とか体勢とかが絶望的なまでにコメディであった。

 

「それに、あの感じ…………。私の予測が正しければ、あれは……」

 

 まるで、獲物に狙いを定める猛禽のように。

 目を細めた楯無は、席に使われている金属類の方に視線をやり、それから簪の両足を掴んで無理やり開こうとする。

 

「…………っ」

「…………っ‼‼」

 

 当然ながら、簪は抵抗するわけで……もう試合とか関係のない争いが勃発していた。

 

「(おりむーって呼んじゃいけないんだよね~)……ちかりん、大丈夫かなあ~」

 

 そんな醜い争いは無視して、本音はポップコーンを貪るのであった。

 なお、醜い争いは数分後に楯無を捜してやってきた虚によって終結した。

 

***

 

「な、なんだこれ……VTシステムはラウラが潰したんじゃなかったのか⁉ これは一体⁉」

 

 突然の変化に、イチカは動揺する。

 そんなイチカをさらに責め立てるように、オーロラヴィジョンの束が調子に乗りながら言った。

 

『ふっふっふーん‼ どうだねどうだね皆の衆! なんかドイツのお馬鹿さん達がちーちゃんのスペックをトレースするとかいう馬鹿なことしてたから粛清とかしちゃったんだけど、せっかくだからその時レーゲンちゃんのシステムにちょっとした細工を入れてみました☆』

『お前の差し金か』

『あだ、いだだだだ! ちーちゃんせめて暴力(ツッコミ)は動いてやって! バグ技で不可視の攻撃をするのは絵的にも地味すぎる‼』

 

 何故か虚空で締め上げられる束は、これまた何故かその拘束からにゅるりと軟体動物めいた動きで脱出しつつ解説を続ける。

 

『名付けて――――束さんトレース(TT)システム! ぬっふっふ……果たして君達は束さんの変態パワーをトレースした変態的な変態となったドイツガールを止めることができるかな……? くしかっ!』

 

 絶望的な宣告だった。

 過日の戦闘でも、イチカは束の変態力になす術もなかった。千冬がいたというのに見事に服装を思い切りへんなものにされてしまい、そして公衆の面前で辱められた。だというのに、今この場には千冬はいない。自分達だけで、あの束の変態パワーをトレースしたラウラを相手にしないといけないというのか――――。

 

「チカ! 逃げなさい! いくらISでもあたしが援護しつつの逃走なら逃げ切れるはずよ!」

「そうはいかないよ鈴ちゃん! 今回は僕もラウラ側に着かせてもらう!」

「なっ……⁉ 血迷ったのシャル!」

「僕はいつでも、正気だよ!」

 

 已むなく鈴音はシャルロットへの対応を余儀なくされる。そして残るはイチカとラウラのみ。イチカは顔を青褪めさせ、震えてしまう。

 

「……フフフ、安心するが良いぞチカ。私は篠ノ之博士のように服装を変化させ衆人環視に晒してお前を辱めるつもりはない」

「…………そ、それは、」

 

 顔を明るくさせかけたイチカに、ラウラは畳みかけるようにこう続けた。

 

「この手でッ‼ 直接お前を辱めるのだッ‼‼」

 

 瞬間、ラウラの手に持った黒い鞭が爆発した。

 否、爆発したのではない……『爆発的に巨大化した』のだ。鞭の先は幾重にも分かれ、それ自体が生物的な自律機動を見せ始める。それはつまり。

 

「この『鞭捕触腕(テンタケル・ガーテン)』でなァ‼」

「クッソ……第三世代兵装はどうしたってんだよ⁉」

 

 そういうのはこの『触手モード』になった時点で一時的に失われている。しかし、もともとイチカの作戦のせいで『AIC』は機能不全に陥っていたので何も問題はない。むしろ、イチカにとってはよりやりづらくなったと言えるだろう。

 

「だけど、そっちには鞭以外の武装もなくなってる……! むしろ弱体化してるんじゃないか、ラウラ!」

 

 そう言って、イチカは高速で小刻みに機動することでラウラの触手を回避しつつ、徐々に徐々に距離を詰めていく。

 

「どうかなァ……? 縦横無尽に駆け巡る触手。遠距離攻撃の手段を持たないお前には辛いだろう!」

「く……!」

 

 強がってはみたものの、完璧に図星だった。近づくにつれて触手が多くなりさばききれなくなったイチカは、たまらず後ろ方向に瞬時加速(イグニッションブースト)して距離を取る。これで、仕切り直しになってしまった。

 

「チッ……面倒臭いわね‼」

「鈴ちゃん、まあ此処は僕とゆっくり遊んでいようよ! ずっと前から、鈴ちゃんも良いなぁって僕思ってたんだ!」

「それってどういう意味⁉ あたしの胸がないから男みたいって言いたいの⁉⁉」

 

 シュゴッッッ‼‼‼ と余計なことを言ってしまったがばかりにシャルが『衝撃砲』の直撃を食らって吹っ飛ぶが、これはギリギリのところでパイルバンカーの灰色の鱗殻(グレー・スケール)を盾にしていたらしいが、それでも巨大な機体がくの字に折れ曲がっていた。

 

「チカ‼」

 

 敵を遠ざけた鈴音はすぐさまイチカのもとへと駆けつける。

 二対一の構図となったラウラは軽く舌打ちした。このままではイチカへの攻撃は全て鈴音が防ぎ、その間にイチカがラウラの懐に入り込む――という作戦をたてられてしまう。そして、今のラウラにそれを防ぐ手立てはない。

 未知の力相手だったが……盤面はイチカ達に傾きつつあった。

 少なくとも、表面上は。

 

***

 

「セシリア、お前はこの対戦をどう見る」

 

 簪たちと試合場を挟んで向かい側にて、箒とセシリアは腕を組んで試合を観戦していた。

 なお、一応シュヴァルツェア・レーゲンの突然の変形は立派な異常事態なのだが、二人を含めアリーナにいる全員の観客は特に逃げ出そうとしたりはしなかった。ラウラのことを危険と思っていないとかではなく、そんなことでイチカの晴れ舞台を途中退席することは許されないのであった。

 

「――悪魔に魂を売り渡しましたわね」

 

 セシリアは、眼下で荒ぶるラウラに対してそう評価を与えた。

 

「ゆえにこの勝負、チカさんの勝ちですわ。ドイツ軍人がいかなる手を使おうとも、チカさんには勝てないでしょう」

「…………」

「わたくし達が死ぬのは、中国次期代表に嬲られる時ではありません。セクハラに己が信念以外の何かを混ぜてしまった時、己が身以外の何かにセクハラをゆだねてしまった時――変態(わたくし)達は死ぬのですわ」

「………………然り、だな」

 

 TTシステムにより、強力なセクハラ力を得たラウラ。その脅威は確かに恐ろしいだろう。だが、ISは想いの力で動かすものだ。いかに束が凄かろうと、ISに自分以外の想いの力を混ぜ、あまつさえそれに身を委ねているようでは…………まだまだ甘いと言わざるを得ない。

 

「……っづァああッ!」

 

 と、そこで真っ黒い触手と格闘していたイチカが触手の痛打を受けて悲鳴を上げる。

 

「…………」

 

 たらり、とセシリアの鼻から想いの力(暗喩)が溢れ出た。

 

「……ただ、心情で言わせてもらえばこの勝負…………もうちょっとドイツ軍人、いえ、ラウラさんに粘っていただきたいですわね」

「ああ、全く同感だ」

 

 変態は、やはり変態なのだった。

 

***

 

「良い? あたしと距離を離さないこと。あたしが『龍砲』で群がる触手をブッ飛ばすからアンタはその間に本体に『零落白夜』を叩き込んで倒す。良いわね?」

「分かった」

「なら行くわよ! そろそろシャルが復帰してくる頃だから!」

 

 鈴音がそう言ったのを皮切りに、全てが動き出した。

 瞬時加速(イグニッションブースト)で間合いを詰めるイチカに追従するように、鈴音もまた寄り添うように瞬時加速(イグニッションブースト)を行う。次期代表レベルなら基本中の基本ともいえるものだったが、それでも高等技能に分類される技能だ。当然ながら、寄り添うようになんて曲芸めいた動作は、それも迫りくる触手を躱し、弾きながらとなれば、それはもう神業と言っても過言ではないだろう。

 

「……ッ⁉ この軌道…………」

「俺と鈴は、気が合うんでなッ‼」

「ぐぬう……訓練の成果とでも言うのか……⁉」

 

 元々はシャルの集中砲火やラウラの『AIC』によって移動できるルートを制限された時に最小のスペースで回避行動をとれるように――という目的で行っていたコンビネーションだったが、少々違う状況であろうと効果は発揮されていた。

 イチカと鈴音、幼馴染だからこその以心伝心と二人の技術の高さによって初めてなせる業だ。

 

「妬けるッ! だがイチカ、お前が女を愛すことはなくなる‼ 我が触手の虜となれィ‼」

「ナメんじゃないわよ…………アンタみたいなポッと出に譲れるほど安い席じゃないのよ、此処はッッ‼‼」

 

 鞭のようにしなる触手が二人を襲う……が、それは『龍砲』の見えざる打撃によって弾かれる。それだけでなく、弾かれた触手は周囲の触手を巻き込んで大きく弾き飛ばされてイチカとラウラの間にポッカリと大きく空いた空間を生み出す。

 それを見たイチカは即座に判断した。

 

「……好機‼」

「待ちなさいチカ、何かおかし、」

 

 慌てて鈴音がイチカを制止するが、既にイチカは止まれなかった。ドッ‼ とエンジンを吹かしてラウラへと肉薄していく。

 本来であれば、此処からイチカが単独行動をしたとしても特に問題はない。ラウラの触手は既に弾かれた直後であり、此処からならどう考えてもイチカの攻撃が当たる方が早い。

 だが、鈴音の勘が、彼女を一年で次期代表にまで押し上げた野生の感覚が『ここで突撃するのはマズイ』と呼びかけていた。

 

 そして。

 

「――――悪いけど、ラブコメにおいて幼馴染は当て馬でしかないんだよね」

 

 ドッ‼‼ と真上から放たれた集中砲火によって、イチカは思い切り地面に叩きつけられた。

 

「……シャル‼‼」

「この触手、便利だよねぇ。内部にISエネルギーを内包してるから、ISのハイパーセンサーも遮断してくれるし。お蔭で中で好きなだけ不意打ちのチャンスを狙えたよ。……射線を開く必要はあるから、イチカちゃんには一瞬早く気付かれちゃってたみたいだけどね」

 

 触手の束に腰掛けたシャルロットは、そう言って鈴音に不敵な笑みを向ける。

 

「鈴ちゃん、君の相手は僕だよ」

 

***

 

「がうっ! あっ、ぐあ!」

 

 集中砲火を寸でのところでガードしたイチカだったが、それで衝撃が殺せるわけではない。盛大に吹っ飛ばされたイチカは下にあった触手と何度も激突しながらも、辛うじて勢いを殺す。

 鈴音に訓練中『衝撃を受けたらすぐにブースターを吹かしてその場に留まれ』って言われたっけ――と思い出しながら、イチカはガードに使った左腕をチラリと確認する。

 案の定、籠手型のアーマーは完全に破壊されておりイチカ本来の細い腕が覗いていた。

 

「チッ!」

 

 エネルギーは先程の攻撃で既に六〇%だ。これでもあの不意打ち相手によく防いだ方だとイチカは思う。

 ともあれ、舌打ちを一つしたイチカは戦線に戻る為に飛び上がろうとし……自らの右足に巻きついた触手に気付いた。

 

「――――‼」

 

 すぐさま切断するが、その間にも触手は舞い飛び、イチカを拘束しようと動いてくる。瞬時加速(イグニッションブースト)三次元躍動旋回(クロスグリッドターン)特殊無反動旋回(アブソリュートターン)……イチカもあらゆる回避方法を試みるが振り切ることはできず……気付けば籠手を破壊された左腕を除くすべての四肢が拘束されていた。

 鈴音の悲痛な叫びが聞こえる。

 

「チカぁ!」

「おっと、鈴ちゃんの相手は僕だってば」

 

 それをシャルロットがしっかりと押さえているのを確認したラウラは、満足げな笑みを浮かべてイチカを見下ろす。左腕を除けばX字に拘束されているイチカの姿は、変態が見ればそれだけで艶めかしい印象を与えて来る。左腕を自由にしているのはせめてもの情けだ。ISアーマーのない左腕では、何をどうやっても拘束から逃れることはできない。

 

「クク……良い格好だな、チカ」

「……俺は、全然嬉しくないけどな……ッ!」

 

 イチカはこの期に及んで勝気な瞳の光を捨てていなかった。ラウラにとっては、それこそが最も気に食わない。TS少女は庇護者であり、女の子であり、ヒロインでなくてはならないのだ。こんな風に立ち向かう存在であっては、ならない。

 

「今、お前を完全体にしてやる…………」

 

 それに対し、イチカはこう吐き捨てた。

 

「余計なお世話だよ、バーカ」

 

 その手にある雪片弐型(ゆきひらのにがた)に、淡い光が蓄積されてきた。

 

「! チカ、お前それは」

「さっきシャルルは言ってたよな。その触手はISエネルギーを内包してるって。考えてみりゃ当然だったんだ。普通に考えて伸びたり動き回ったりする触手なんて物理的にあり得ないしな。お前の武器は、伸縮操作にISのエネルギーを使っている」

 

 そして、それがISのエネルギーなのであればイチカの『零落白夜』は平等に打ち消すことができる。変形にISエネルギーを使っているラウラの鞭は、『零落白夜』の攻撃を食らえばただの鞭に戻ってしまうはず。そうなれば、現状レールカノンなどの武装も失われているラウラは一時的にではあるが丸腰になり、イチカにとっては絶好のチャンスとなる。

 それに、幸いラウラの方は触手を思うさま伸ばしまくってくれているので、的だけならこの上なく巨大になっていた。

 

「…………だがッ! お前の四肢は完全に拘束されている! いまさら『零落白夜』を使ったところでどうにかなるわけではない!」

「忘れたのかよラウラ? 俺しかやってなかったけど……ISアーマーは、消せるんだぜッ! そしてこれで!」

 

 瞬間、イチカのISアーマーがきれいさっぱり消失する。

 スク水めいたISスーツのみになったイチカだが……しかしその状態でも、ISの機能は死んでいない。ブースターを利用した加速はできないが、ISの武装を通常通りのスピードで振るうことくらいは……、

 アーマーの分、余裕ができた空間をすり抜け、触手に『零落白夜』を叩き込むくらいのことは、できる‼

 

「万事予定通り! お前の触手を斬ることができる!」

 

 イチカはそのまま触手の一本に『雪片』を突き立て――――そして直後、背後から襲い掛かって来た触手の打撃をモロに食らった。

 

「ぐ、うううッ⁉ 馬鹿な、確かに攻撃は当たったハズ……なあ⁉」

 

 衝撃で明滅する視界で斬ったはずの触手を見てみると、触手は切った箇所よりも根本で切断されていた。イチカに切断された触手は、空中で存在を維持しきれなくなって量子化し、雪のように溶けて消えてなくなった。

 それを横目で見ていたラウラが、まるで介錯でもするみたいにイチカに告げる。

 

「……『自切』というヤツだ。ある種の爬虫類や甲殻類は、各々の尾や肢を自分で切断し天敵から逃れるという。……『零落白夜』を相手にするのにエネルギー相殺対策を用意していないはずがないだろう……そしてェッ‼」

 

 明滅する意識の中で必死に回避行動をとろうとするイチカだったが、その甲斐なく両手足に触手が巻きついていく。今度はISアーマーの発現消失によって回避されたりしないよう、四肢全てをその付け根まで覆う程の念の入れようだった。

 

「うわっ⁉」

「くくくく……‼ また捕まえたぞチカぁ……この触手の力はそれぞれがIS一機分に相当する! もはや拘束から逃れることは不可能よ! 悪くない……悪くないぞこの展開はァ……これからお前の身体に【ピー】を刻み込んで【ピ――――】なしでは生きられない身体にしてやる‼」

「この、野郎ッ‼ シャル、どきなさい! あそこの変態をなぶり殺しにしてやらなくちゃ気が済まない‼」

「待って待って今良い所だから!」

 

 あまりにも一線を越えすぎたラウラの言動に、鈴音は怒り狂うが……シャルロットを突破することができない。彼女達の実力は五分五分なのである。

 

「くく、くく……さあてここからどうしてやるか……まずはその頼りないISスーツを剥いて、この触手を使った触手スーツに着せ替えてやろうか…………‼」

 

 その間にも、無事にイチカを拘束したラウラはにたにたと不気味な笑みを浮かべて近づいて行く。あまりにも地上波で放送できるレベルを超えた蛮行に、さしもの変態達も色んな意味で固唾をのんで見守るしかない。

 

「……いや、違う」

 

 そんなどこか異様な雰囲気の中で、近づいて来たラウラを真正面から見据えたイチカは、そう呟く。

 イチカが生み出した土煙は既に風や触手の大群によって流され、ラウラの姿を肉眼で確認できるようになっていた。

 そのラウラの瞳。

 

「ラウラの瞳は、そんなに濁っていなかった! お前は……お前は何者だ!」

「くく、クククク‼ まさか私の変化に気付くとはな……朴念仁に見えて意外とラウラ=ボーデヴィッヒのことを見ているらしい……変態冥利に尽きるぞ!」

 

 突発的に出た鼻血を拭うようにして、ラウラ――の姿をした者は言う。

 

「私はラウラ=ボーデヴィッヒ! だが本来の私そのものではない……差し詰め『ラウラ()α()』といったところか」

「+αだと⁉」

「おかしいと思わなかったのか? TTシステムを起動する前の私が、急に時間停止AVとか言い出していたことを……。今私が触手スーツがどうのと言ったことを。そもそもあれらの知識がどこから来たのかということを!」

「……いや、まあ変態は変態だし……」

 

 まるで入念に張られていた伏線を満を持して回収しましたみたいな感じで放たれたラウラ+αの言だが、イチカ的にはいつもと同じノリなんだろうなぁと思っていたのであった。

 だがまぁ、言われてみればこれまで変態達はいくらイチカにセクハラしようともR-15の域に入ることはなかった。いきなりR-18の領域に飛び出すのは千冬や束の仕事だったはずだ。

 ラウラ+αがそこを飛び出したということは、つまり……束のR-18な知識を無意識のうちに蓄えているということでもある。ついでにさっきからそこはかとなく台詞がハイテンション悪役っぽくなっているのもそのへんの影響なのだろう。

 

「そう! 私は通常のラウラ=ボーデヴィッヒの思考回路に、篠ノ之博士の変態知識を部分的に搭載したハイブリッド戦士なのだ‼」

「最悪の存在だ……」

 

 誇らしげに笑うラウラに、イチカは久方ぶりに泣きたくなった。

 

「さあイチカ! 触手ということは当然次にやることも分かっているな⁉」

「うぐ……この、腕さえ動かせれば……!」

「無駄だァ! お前はこれから私に女の子の素晴らしさを教えられるのだ! やったねチカちゃんメス堕ちフラグ来たよ‼‼‼」

 

 何も『やったね』なところがないが、イチカは身動きを取ることができない。

 そして、そんなイチカに触手が触れようとした時――――、

 

「お姉っ‼ 負けないで‼ そんな奴にやられちゃダメ――――っ‼‼」

 

 固唾を呑んでその様子を見守っていた観客席から、一人の少女の声が聞こえた。

 

「……っ‼ 蘭……⁉」

 

 そこには、息せき切って駆け付けたばかりですと言わんばかりの蘭の姿があった。

 息を切らして肩を上下させている蘭は、キッと意思の強い眼差しでイチカを――チカを見据える。そして、アリーナを見渡して一人ハラハラしながらイチカを見守っていた弾を見つけると、ずかずかと歩み寄ってその頭を殴りつけた。

 

「この馬鹿お兄! なんでお姉がピンチの時に応援しないの‼ 彼氏でしょ!」

 

 まるで状況を理解していない発言だ。

 イチカは四肢を拘束され、触手の数は無数。もはやここからイチカが挽回する方法など鈴音が助けてくれる可能性に賭けるしかない。しかし肝心の鈴音はシャルロットにかかりきりでイチカを助ける余裕なんかない。だから、イチカはもう負けるしかないというのに。

 でも、蘭はこんな『姉』を信じてくれている。何も相談せずに約束を反故にしようとしたイチカ……いや、チカをあんな無邪気に信じてくれている。

『黙っていることが一番みんなにとって幸せだから』とか、『本当のことを話せば幻滅されてしまう』とか思っていた自分が恥ずかしい……とイチカは思った。蘭が、そんなことを考えるはずがないじゃないか。気を遣っているように見えて、蘭のことを考えていないのはイチカの方だった。……やはり、かつての千冬や会長のことは言えなかったようだ。

 

「……ってなわけだ。負けるなチカ‼ 頑張れ‼‼」

 

 そして、そんな蘭に乗せられて弾まで大きな声を出して応援する。

 そんな風に応援されては、イチカも頑張らない訳にはいかなかった。

 

「そういう訳だ。悪いなラウラ+α。彼氏とその妹の前で、カッコ悪いとこ見せらんねえぜ……ッ‼」

「ぐ、ゥおおおお⁉ 馬鹿な、この私が力負けしている⁉ こいつ土壇場でそれほどのパワーを……」

 

 徐々に押し負けて白式に引きずられつつある触手を前に戦慄くラウラ+α。だが、ポタリ、ポタリと自分のすぐ近くから聞こえて来る()()()()()()()、すぐに『そうではない』ことに気付いた。

 それは、涙だった。

 

「ラウラさんが……泣いてる……?」

 

 観客席のセシリアが、なんか意味深っぽく呟いた。

 そう。

 悪の女幹部(おに)の目にも涙――というべきか、ラウラ+αは何故だか涙をこぼしていた。いや、違う。泣いているのはラウラ自身だ。ラウラ自身が涙しているから……目の前に広がる魂の桃源郷に精神を浄化されているから、ラウラ+αの力が弱まっているのだ!

 

「馬鹿な……まさか、TSっ娘とその親友の男とのイチャつきを間近で見ただけでなくその妹も恋路を応援しているという外堀埋めまくりの展開に、ラウラ=ボーデヴィッヒ自身が満足してしまっているというのか⁉」

「トドメだラウラ+α! 人の恋路を邪魔する奴は俺が斬って捨ててやる!」

 

 そして、弱体化した触手の拘束を振り切ったイチカはそのままラウラを袈裟切りにした。

 機体から紫電をほとばしらせたラウラの身体が、ぐらりと傾ぐ。

 

「ぐふっ…………‼‼ 見せてもらったぞチカ……お前の覚悟を……」

 

 ふっと、ラウラの表情から険がとれた。

 憑き物が落ちたかのように穏やかな笑みを浮かべたラウラは、最期にこう言った。

 

「ただ男らしい女の子というだけでなく、恥じらう時にも『男』を連想させるからこそ…………TSっ娘は、魅力的なのだな」

 

 直後。

 ドッゴォォオオオオオオン‼‼‼ とラウラを中心として謎爆発が起こった。

 なんだか今日は全体的に特撮っぽい雰囲気だ。

 

「……ふぅ。そういえば、鈴の方はどうなったんだろう……?」

 

 もはやツッコミは放棄して(気力がないともいう)、イチカは鈴音とシャルロットの戦いの方へ目を向ける。

 

「オラァ!」

「んほぉ!」

「まだまだぁ!」

「ひぎぃ!」

「アンタが死ぬまで続けるわよぉ!」

「らめぇ!」

 

 …………そこには、シャルロットで空中四〇連コンボにチャレンジしている鈴音の姿があった。

 この後、鈴音によるシャルロットのリンチは呆けていたイチカが我に返るまで続けられた。


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