【完結】どうしてこうならなかったストラトス 作:家葉 テイク
あと、活動報告の方に三四話までのボツ台詞を掲載しているので、興味があればご覧ください。
――――想像してみて欲しい。
朝起きたら、自分の身体が男から女になっていた。そんな珍事が発生していたら、あなたはどうするだろうか?
夢だと思い目の前の女体を思うさま味わう?
すぐさま現実を理解してどうしようかと悩む?
これから訪れるであろう災難の数々に思いを馳せ絶望する?
色々とあるだろう。ひとくちに『朝おん』と言っても『展開』は千差万別あり、反応は当人の人格によるところが大きい。どれが正解だとか、どれが一番現実的だとか、そういった答えは存在しない。
では、
「…………束さんだ。そうとしか考えられない。そういえば前に箒が『朝おん』がどうとか言ってたし、束さんなら動機・技術両方の面でやりかねない……………………!!」
即座に思考を回転させ、原因に当たりをつけていた。
何だかんだで、セクハラ攻撃を食らいまくったことでこの手の事態に耐性が出来ていた、というのもあるのだろう。思考が停止したのはほんの数秒。原因が束にあると判断したイチカは、コンマ一秒でISを武装なしで展開し、ベッドの方へ駆ける。起きた時には既にTSが完了していたのであれば、その原因はベッドにある可能性が高い。今まで束の凶行については半ば黙認していた(というか黙らされていた)感が強かったイチカだが、流石にこういうイタズラはいただけない。早急に原因を破壊して、千冬にでも突き出してオシオキをしてもらうべきだ。
「…………やっぱりか……!」
ベッドに戻ってみると、掛布団の下に明らかに不自然な膨らみができていた。起きた時は寝ぼけていたせいで気付かなかったが、あれがイチカをTSさせた装置ということなのだろう。イチカは珍しく自力で束の策を看破できた達成感から表情に得意げな笑みを浮かべさせながら、勢いよく掛布団をめくった。
「束さん、こういうイタズラはいい加減にしてくれっ…………!」
……………………この時点で、イチカには気付くべき点がいくつかあった。
まず、寝ぼけていたとはいえ自分の横に機械のような重いものが転がっていたならそのベッドの凹みに気付けなかったのは何故か。
次に、掛布団の膨らみが人間大なのは何故か。
そして、あの束が企んでいたとしたなら、簡単にイチカが気付けたのは何故か。
つまり。
イチカの横に転がっていたのは機械よりももっと軽いもので、
掛布団の下に潜り込んでいるものは人間のような大きさで、
そして束のたくらみとは関係ない別の何かである。
「…………んにゃ? おはようイチカ……朝から素敵な笑顔だ。流石は私の嫁だな」
「…………………………あれ?」
ベッドの下にいたのは、
「……………………、」
掛布団をめくったことで、無防備な体勢になっているラウラの幼い白肌を図らずも目撃してしまったイチカは、
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!?!?!?!?」
女の子みたい(女の子だ)な悲鳴を上げたのであった。
***
――――――というわけで、第一発見者はラウラ=ボーデヴィッヒだった。
で、そのラウラは現在、第一発見者が一番アヤシイの法則に則って全裸のまま両手を後ろ手に縛られ正座させられるというエロゲもびっくりな状態に陥っていた。
「くっ……殺せ!」
彼女の目の前にいるのは、
これまで、多くのラウラの同志を屠り、辱めてきた野蛮な鬼。その鬼が、今にもラウラの身体を蹂躙しようとその魔の手を伸ばしている。
だが、ラウラはそれでも恐怖に屈せず、なおも気丈に鬼を見据えた。
「私は…………私は
「アンタだって
「いや少なくともお前よあきゃああああああいたいいたいいたいいたいいたいいたいたたたたたごめんなさいごめんなさいごめんごめんごめん乳首捻っちゃらめええええええええちぎれちゃうううううううううううう」
即堕ちをキメた姫騎士ラウラの(性的な要素はないマジの)絶叫に、目の前でその様子を見ていたイチカは思わず目を背けた。
今まで乳を捻られてきた変態を見て、おっぱいがあるのも良いことばかりじゃないんだなぁとか思ってきたイチカだったが……とんでもない。おっぱいがあってもなくても、蛮族の前では無意味なのだ。僅かでもでっぱりがあれば、ヤツはそれを捻ってしまうのだ。捻っちゃう蛮族なのだ。
なお、ここまでの絵は全部アングルの関係で危険な部分は映っていないのでご安心くださいなのであった。あくまでこのSSは全年齢対象の健全な物語です。
「……フン。このへんで勘弁してやるわ」
「ひぃ、ひぃ、新たな快楽に目覚めるぅ…………」
第一発見者ラウラを発見した被害者イチカの悲鳴に駆けつけた鈴音が即座にラウラを捕縛し、そこにセシリアをはじめとした変態一同が集合したのが、今から大体二〇分前。
そこから鈴音がラウラから(ちょっと手荒な)事情聴取をしていたのだが、情報は少しも得られないどころか、ラウラがドMに開花しかける始末である。
さらに悪いことに、他の変態達もイチカの身に起きたことを知りもはや暴走寸前だった。
「もう犯人捜しなんてどうでも良い! とりあえず祭りだ!」
どこから引っ張り出したのか、一人で神輿を担ぎあげた箒が叫び出す。神輿の右前側しか掴んでいないのに完璧なバランスを見せる箒。小型でも一〇〇キロはくだらないだろうに、地味に人間のレベルを超えていた。
ちなみに神輿の上にはなんか豪奢な椅子っぽい飾りがつけられており、そこになんかしょんぼりした様子のイチカが無理やりおさめられている。ちょこんとしているのがそこはかとなく可愛い。
…………訂正しよう。既に変態達は暴走し始めていた。
「ああ、おいたわしやイチカさん……まさか女の子から戻れなくなってしまうなんて……」
次の瞬間、神輿の上ではセシリアがイチカにしなだれかかっていた。彼女はイチカの顔の両脇をまるで耳を塞ぐみたいにして両手で押さえる。
「しかしイチカさんの内面は女性が好きな男。こうなっては女の子でもイケるわたくし以外に伴侶となれる人類はいなくなってしまいましたね。さあ、誓いのキスを…………」
「馬鹿やめなさい! 大体中身が一夏ならあたしだって女だろうと全然オーケーよ!!!!」
「お――――っほっほっほっほ! 勢いに任せて告白したようですが無駄ですわ! 何故ならイチカさんの耳はわたくしが塞いでいますので!! いざファーストキスゲット! むちゅううううううう!!!!」
いかにもお嬢様らしい高笑いと共に、ちょっとアレな感じのキス顔でヘッドバットもかくやという勢いのキスを敢行するセシリア。イチカはあまりの形相に顔を青褪めさせ、ただ目を固く瞑り運命を待ち受けるしかなかったが――――、
「………………させない………………」
「セシリア、抜け駆けは良くないよ?」
ガッシィィィン! とまるで刃同士のぶつかり合いのような音を立てて、セシリアの
絶体絶命の危機を回避したのは――――同じく暴走中の変態だった。
「簪、シャル……!」
「何故なら、私は
「イチカのファーストキスは、イチカがしっかり男としての自覚を取り戻してから僕が肉襦袢を身に纏った状態でいただくからね」
「テメ――――らも同じかよ!!!!!!」
まあ、暴走中の変態というのは同じなのだが。
ドカッ! バキッ! と鈴音は一瞬前まで味方だと思っていた変態を容赦なく蹴り飛ばす。昨日の敵は今日の友という格言があるが、実際には一瞬前の友だって次の瞬間には敵になりえるのかもしれない。世の無常を感じるイチカであった。
「ったく、アンタらいい加減正気に戻りなさい! イチカが男に戻れなくなったってことは、男要素がなくなっちゃったってことでしょ!? それって変態的にはよろしくないことなんでしょ!」
暴力で訴えることに限界を感じた(限界とは……?)のか、鈴音は変態淑女たちに言葉で呼びかける。一般人とはいえ鈴音は次期代表と呼ばれるほどのプロだ。普段の言動から変態達の思考パターンを読み、そこに働きかける話術を弄することなど容易……、
「…………? 何を言ってるんだ鈴は??」
「別に不可逆でもTSはTSですわよ?」
「むしろ『我々』の主流派はこっちだぞ?」
「まあ、エロ同人とかで行ったり来たりできるのはあんまり見ないねぇ」
「……私的には、ここからが本番よ…………」
……ではなかった。如何に次期代表とはいえ、一般人が変態の思考を読むことはできないのかもしれない。まあ、読めたらそれは即ち同類の思考を獲得しているということになるので鈴音的には読めない方が幸せなのかもしれないが。
「…………なん…………ですって…………!?」
「そもそもだな、TSFの中でも男と女を行き来するのは比較的『初心者向け』……いや、『一般向け』なんだよ。男の成分を強く押し出せるし、何より『変身することによるドタバタ』をメインに据えることでフェティシズムを極力抑えてコメディっぽく見せることができるからな」
「尤も、そうした『一般向け』によって我々のように特殊性癖を開眼する者も生み出していたりするがな。つまり
底知れぬ変態達に戦く鈴音に、箒は何も知らない子供に一つ一つ世の道理を説くようにして話していく。横で自信満々に言うラウラはスルーだ。
「一方で、今回のように『女になった後男に戻れなくなる』タイプはそうした私達にとってはむしろメジャーだ。此処から自分の身体の変化を確認し女の子の服を着て徐々に感性が女になっていきほどほどのところで生理を迎えちゃったりなんだりするのが王道だな」
「いや、そうじゃなくて無駄に男前な親友に助けを求めてイチャイチャして徐々にメスの顔になっていきなんだかんだあって結ばれるのがだな……」
「貴女はいつもそれですわね! なんでTSっ娘×親友男が幅を利かせてるのか……親友女でも良いじゃありませんの……それもこれも女の子と結ばれるGL系TSが少ないせいですわ……!」
「あ゛ァ!?
「こンの貧乳姫騎士崩れが…………!!!!」
逆鱗に触れてしまったラウラに、セシリアの美貌がいよいよ女の子としてダメな感じへと舵を切り始めてしまう。
GL系TS派に対してマイナーは禁句だ。あと『少ないと言いつつTSした主人公がヒロイン作ってる作品なら俺ツイとかなろうのネトゲ転生系とか探せばいっぱいあるじゃん』も禁句だ。ああいう類はTSFではなくTS主人公作品なのである。欲しいのは現代系の世界観でTSっ娘が女の子とイチャコラ恋愛する話なのである。
「なら今、ここで! 供給してみせますわ! 行きますわよイチカさん白昼堂々らぶらぶちゅっちゅですわ!!」
「くだらない争いにイチカを巻き込むな妖怪乳デカ変態レズ女!!!! そもそもアンタら全員
セシリアがイチカにとびかかろうとしたまさにその瞬間――身内で話しているうちに『あれ? TSFって意外とメジャーなんじゃね?』という驕りを抱いてしまった変態達に悲しい現実を突きつける鈴音の拳がセシリアの顔面に突き刺さり、まるで鉄板に叩き込まれた拳銃弾のようにその顔面を一〇センチもめり込ませる。
顔面を
「な、なんてことしますのこのラブコメかませ犬!」
「誰のかませ犬よ、誰の!!」
(セシリア、あの状態でどこから声出してるんだろう…………)
もはや本格的に世界の法則に喧嘩を売り始めた変態達の戦いに、神輿に担がれた状態のイチカはぼんやりと思うしかなかった。あとセシリアの発言はわりと語るに落ちていたが、顔面ブラックホール(キン肉マン)状態のインパクトのせいでイチカの耳には全然届いていない。難聴すごいですね。
「しかし、ラウラが犯人でないとしたら一体誰が犯人なんだ?」
そんなこんなで顔面の復旧に忙しいセシリアの横で、箒が不思議そうに首を傾げる。やっと本筋に戻った――とイチカは思った。此処まで色々と脱線しすぎなのである。
「というか、ラウラはあの一件で改心して、イチカを無理に女の子にしようとはしなくなったしね」
「……………………ラウラが改心したって、その割には襲撃することで変身を誘発させようとしてたりしてるけど………………」
「っつか、犯人なんかあの変態兎以外有り得ないでしょ。IS起動してないのに女の状態のままなんてそんなトンデモ状態、アイツでもなければ作れるはずないんだし」
「いや……それがそうでもない」
めいめいに好き勝手なことを言い合っていると、扉が開いて新たな乱入者が現れた。
ズリズリ、ジャリジャリと鎖の音を響かせて現れたのは――――、
「…………千冬姉?」
「織斑先生、だ」
遅れて来た世界最強、この人が出てきたら物語が終わっちゃう要員筆頭――――織斑千冬その人だった。
「…………っていうかその鎖につないで引っ張ってるのは…………」
「篠ノ之(姉)だ。お前の異常を察知した時点で捕縛し、尋問した」
そんなことを言う千冬の足元には、鎖でグルグル巻きにされた束の姿があった。顔面は美女にあるまじきボコボコ具合で、ギャグ系の作品でよくありそうな有様である。仮にも美少女アニメ作品でこの顔はOKなのかどうかは、定かではない。いや、多分ギリギリアウトな顔だ。
この世界のツッコミ役の基本方針が『疑わしきはまず叩きのめせ』なのは、もはやツッコむべきところではないのかもしれない。日ごろの行いって大事だなぁとイチカはぼんやり思った。
「それで、束さんは何て?」
気を取り直して、イチカは改めて千冬に問いかける。
しかし、普通であれば居場所を探すのにも文庫本二冊分くらいのいざこざが起こりそうな束を行間で捕捉し捕縛し尋問して引っ立てるのだから、織斑千冬というのは全く以てシナリオブレイカーだとイチカは思う。お蔭でイチカはこんなクソったれな世界でも安心して生きていけるのだから有難いといえば有難いのだけれど、今回ばかりはとんでもない展開だったので多少の悶着は覚悟していただけに拍子抜けな気持ちもある。
「ああ、それがな」
千冬はそんなイチカの真意を知ってか知らずか、なんだかちょっとだけ嬉しそうな表情をしつつ、
「実は今回、束は一ミリも関わっていないそうだ」
「はいはいそうだよね、そうだと思っ――――へ?」
「だから、今回はノータッチだと言ったのだ」
「…………じゃあ、何で今もグルグル巻き?」
「便乗して色々やろうとしていたのを発見したからな」
疑いが晴れても束は束なのだった。
「…………じゃなくて!! 束さんがノータッチなら俺はいったいどうしてこの有様なんだよ!?」
「私にも分からん」
「二人とも分からないんじゃ俺はいったいどうすれば良いんだよ!?」
「分からんと言ったら分からん」
「うわあああああああああああ~~~~~~~~~ん!!!!」
あんまりにもな展開に、イチカは目をバッテンにして泣き喚いた。この分では束が出てきたのも『今回コイツは後ろ暗いところないから登場引っ張ったりはしないよ』という天の意志なのかもしれない。
ともあれ、泣き喚きながらふとイチカは気付く。
「…………あれ? そういえばいつもの得体のしれない力で俺を元に戻せたりは…………」
「……しないな」
が、そんなイチカの最後の望みも千冬によって一瞬で切り捨てられてしまう。
ふだん威風堂々という言葉を一〇〇〇倍くらいに濃縮して擬人化したような存在を地で行く千冬にしては珍しく、少しだけ弱弱しい語調だった。姉の弱気というのを今まで片手で数えるほどしか見たことがなかったイチカは、思わず目を丸くする。
というか千冬でも出来ないことがあるのかと思わざるを得ないイチカであった。
「正確には、出来ないこともないが」
「やっぱりできるのかよ!」
やはり姉に不可能はなかった。
「話を最後まで聞け。…………以前、束が最初のトーナメントの時に自爆攻撃を敢行したのを覚えているか?」
「ん? ああ……あの千冬姉が守ってくれた奴……」
「織斑先生、だ。……その時、お前は『零落白夜』で私が張ったバリアーを解除しただろう」
千冬は肩を竦め、
「私がやっているのはあくまで『定規であるISを使ってできることを生身でやっているだけ』……つまり、ISの力であることに変わりはないんだ」
「いや千冬姉、大したことないみたいに言ってるけどそれがヤバいんだからな?」
「織斑先生、だ」
控えめにツッコむイチカの言葉をいまいち弁解になってない台詞で一刀両断して、千冬はさらに続ける。
「つまり。私がISの力を使いイチカを男に戻す…………それ自体は理論的には可能だ。しかし……零落白夜を発動した瞬間に相殺される」
「別に良いじゃんかけ直せば! っつか、それがマズイなら俺は零落白夜を封印する覚悟だぞ! マジで!!」
「その零落白夜が、今なお継続されていても、か?」
「……………………え?」
千冬の台詞に、イチカは咄嗟に何を言っているのか理解できなかった。
「た、多分暴走してるんだよ~……」
次に口を開いたのは、鎖でグルグル巻き状態になっている束だった。ちょっと目を離した隙に美少女アニメ作品に出ても大丈夫なくらいの美貌を取り戻した束が説明する気になったのを見て取った千冬は、あっさりと束の拘束を解く。
鎖でグルグル巻きという劣悪極まりない環境にいた束だったが、微塵も弱った様子を見せずに起き上がり、千冬の横に並んだ。
「ま、科学のお勉強なんていっちゃんの求めてるところじゃないから、
そこはむしろ置いといてはいけない世界最高レベルの謎なのだが、生憎この場にいる者に『イチカの女体化よりそっちの秘密の方が重要だろうが!』なんてまともなツッコミを入れられるまともな人はいなかった。変態どもはもちろん、鈴音はイチカのことが一番大事だし、イチカも自分の身体のことだったのでこれは仕方がない。
「今のいっちゃんは、零落白夜のエネルギーを全身に帯びてる状態だからあらゆるISの干渉を無効化しちゃうんだよ~。つまりちーちゃんのトンデモ技術で男になっても瞬時に戻るのだ!」
「…………いや待て。それって燃費悪すぎないか? 零落白夜って基本的に一対一のエネルギー相殺能力だぞ!? そんなことしたらすぐにエネルギー切れになっちゃうだろ!」
「だからそれを説明するにはさっき言ったようなことを解説しないといけないんだよ~…………でもぶっちゃけめんどくさいでしょ?」
「それが分からなきゃ元に戻れないじゃないか! 説明してくれよ!」
「説明しても、元に戻る方法は分からないんだな~これが。何故なら全部理解してる束さんが現在進行形でお手上げだから」
「………………」
確かに、束と千冬がお手上げと言っている以上イチカが原理を理解できたところでどうしようもない。二人に出来ないということは『実質的には不可能』というのと同義だからだ。
要するに、イチカを男に戻すことは千冬と束であっても不可能で、その原因も全く以て不明。科学的見地から調べるのは絶望的…………ということらしい。
イチカは肩を落として呟く。
「…………どうしてこうなった…………」
その肩は、まさしく女の子らしい小ささだった。
***
で、この間まったく話に絡んでこなかった変態達が何をしていたかと言うと――――、
「さて、一通り楽しんだしイチカを元に戻す方法を探すか」
そんな箒の号令で、みんなして気持ちを切り替えていた。彼女達は何だかんだで鈴音の恋路を応援すると決めたのだ。たとえこのままいけば自らの変態性癖が思う存分満たされるとしても…………それでも友情を選ぶ。それが彼女達の矜持である。
「…………本当は、このままでいてほしいが…………ッ」
そんな箒の表情は、耐え難い苦痛に歪んでいたが。
「……でも、なんか直す方法ないっていうか、原因すら分からないって感じになってるわよ?」
「
イチカ達の方を見遣りながら心配そうに言う鈴音に、セシリアはあっさりと答えた。真意を掴めない鈴音に、サブカル方面に強いマンガ脳の簪が続けるようにして説明する。
「つまり、お約束で考えれば良いのよ……。……こういう『男になったり女になったり』な作品で男に戻れなくなるのは…………その人自身が、女の身体のままでいることを望んでいるからという場合が多い……」
「何よ!? それってイチカが自分から女になるのを求めてるってこと!?」
「ひ、ひえぇ……許して下さい……お命だけはぁ…………」
ぐわし! と鈴音は簪の胸倉を掴み上げる。ラウラの乳首すら捻り上げる悪魔の怒りに触れた簪は、ただこれ以上の怒りを買わないように目を瞑って顔を青褪めさせガクガク震えるしかない。
「感じる…………簪ちゃんの恐怖失禁の匂い!!」
「楯無会長!?」
「まだしてない……!」
と、どこから現れたのか、鈴音の手から簪を救出した状態で楯無が現れる。
確かイチカの部屋はセキュリティも厳重に設定されているらしかったが、なんかもうそういうのは有名無実って感じになってしまっていた。
まあそれはともかく、会長は変態的な登場とは裏腹にわりと真面目なトーンで続ける。
「……それで、イチカちゃんのことだけどね」
「お姉ちゃんも情報は把握してるの?」
「まあ、これでも会長だから。こちらでも打てる手は打っています。……他の生徒に対する情報封鎖もね」
「ああ…………」
情報封鎖、という物々しい発言に、鈴音は納得してしまった。比較的鈴音側にいる専用機持ちのメンバーだけでもあれほどのカオスだったのだ。もし普通のTS変態淑女であるいち生徒がその事実を知ってしまえば………………学園の崩壊すら視野に入れなくてはならなくなる。
「原因は、科学的には不明……でも、想いが強く関係するISのトラブルだもの、きっとイチカちゃんの想いが関わってるんじゃないかと思うの。多分、織斑先生達がイチカちゃんにそれを伝えないのは……『無意識』をイチカちゃんに意識させない為でしょうね」
「それは…………今、私も言ってた……」
「簪ちゃんと…………以心伝心ですって…………!?」
「とすると、考えられる原因は…………」
妹ラヴモードに入ってしまった楯無はさておき、鈴音は腕を組んで考え始める。イチカが女になるのを求めているかどうかはともかくとして、イチカの心に強い影響を与えかねない存在…………。
「…………やっぱアンタ達変態じゃない! アンタ達がイチカイチカって持て囃すからあの馬鹿勘違いして『女の方が何かと得かも』って思っちゃったのよ!!」
「多分持て囃し度なら貴女の方が上だと思うんですけれど…………」
思いっきり怒ってみせる鈴音だったが、直後セシリアからクロスカウンター気味にツッコミを入れられる。
勘違いしていた時の『親友』っぷりは伊達ではない。最近はツッコミに忙しいので鳴りを潜めているが、基本的に鈴音はイチカにはダダ甘だ。それこそ、変態達の猫可愛がりなどよりもよっぽどイチカを『女』に傾けさせかねないほどに。
それに、鈴音の考察が当たりとも限らない。ラウラが疑問点を指摘する。
「何だかんだ言ってイチカは我々のセクハラにも一定の拒否感を持っている。というか、我々のセクハラのせいで女形態を嫌がってる節もあるんじゃないか?」
「となると、原因はやっぱり」
ラウラの指摘を受けてシャルロットは慎重に言葉を選びながら、
「…………原因はイチカの親友…………弾君にあるんじゃないかな?」
「弾? 何で弾がそのタイミングで…………まさか」
「そう。この間のタッグマッチ、弾君とイチカの間で何か様子がおかしかったでしょ。その影響でイチカが弾君を意識しちゃったとか」
そう言った後、シャルロットは少しだけ鈴音の反応を待ったが、鈴音は何も言わなかった。
当惑していたり、怒りの余り言葉を失っているのではない。
眉間にしわを寄せ、少しばかり視線を下に向けて何事かを考え込んでいるようだった。
そんな鈴音をよそに、シャルロットの言葉にラウラは若干目を輝かせながら言う。
「つ、つまりだ。イチカは弾とやらと結ばれたくて無意識に女の子になりたいって思っ」
「なんでちょっと嬉しそうにしてんのよこのド変態ッ!!」
「ブゲェ!?」
そんな感じでラウラが本日二度目の殺人ツッコミの餌食になってしまった。この期に及んで喜びを隠しきれないというどうしようもない変態ラウラに天誅を下した鈴音は、(何故か)煙をあげている拳を一振りする。
「…………、」
正直なところ、シャルロットを初めとした専用機持ち達はイチカが女になった――という事態になって、イチカそのものの心配よりも鈴音のメンタルの心配をしていた。
何せ普段はアホほど精神力の強い鈴音だが、ことイチカの――一夏のことになるとそれはもう年頃の乙女相応の対応しかできなくなるのだから。その彼女が、『イチカが弾に無意識にせよ惹かれ、女として生きる道を選びつつある』なんて言われた日には色々と大暴走しかねない……と思っていた。
だからこそ、シャルロットはその鈴音を刺激しないように慎重に言葉を選んでいた。しかし、全てを知った鈴音の表情に迷いのようなものは存在しない。
「ともかく、何であれ原因にあたりをつけられればこっちのモンよ。無意識だろうが何だろうが、『女』に傾いたイチカを振り向かせる。これは『恋の綱引き』よ。想いの強さで、あたしが負けるもんですか。…………それに、あんた達も協力してくれるんでしょ?」
『頼りにしてんだからね、これでも』と鈴音は笑いかける。
そして、彼女が頼りにしている――と言った変態達は気付く。鈴音に迷いがないのは、彼女が想定より強かったからではない。彼女の傍に、頼れる仲間がいるからなのだと。
…………………………いや、頼れるかどうかで言えばわりと油断ならないと言った方が良いのかもしれないが、それはそれとして。
「ぶっちゃけわたくしは永久にイチカさんのままでも問題ないのですが、イチカさんの心が男に奪われるような事態は考えたくありませんわ。協力しましょう」
そう言って、セシリアは鈴音の方へと一歩踏み出した。
彼女に続いて、いつもの面々も鈴音の方へ一歩踏み出していく。
「私は最終的なイチカの判断を尊重する――が、その判断へ働きかける努力を否定するつもりはない。友人の願いなら、力になるぞ」
「僕も。イチカちゃんが永久に女の子のままっていうのは嫌だし――鈴、本気みたいだしね」
「私の趣向的には現状は万々歳なのだが…………流石に前言を翻すのは、プロとしての信用問題に関わる。今はただ、鈴の恋路を助けよう」
「…………私は、イチカちゃんには『両方』を知った上で悩んでほしい。……鈴ちゃんの気持ちを知らないままイチカちゃんが男に靡くのは、よくない」
「私も、あなた達に協力するわ。…………何せ簪ちゃんの願いだもの、ね!」
――――目標は定まった。
イチカに『男』を取り戻させる為の、鈴音+変態達の奮闘が今始まる…………!