【完結】どうしてこうならなかったストラトス   作:家葉 テイク

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第二五話「当SSは健全な作品です」

 格好よく決めたからと言ってそれで事態が一気に急展開を迎えるかと言えば、世の中はそんなに物語のように劇的には進んでくれないものだ。

 幸いだったのは、今日――つまりイチカが戻れなくなった日がタッグトーナメントの翌日であり、生徒たちの疲労抜きの意味で休日だったという点だろう。翌日、翌々日は土日であり、三連休ということもあって他の生徒たちにイチカが戻れなくなったという、超絶ビッグイベントを悟られないような言い訳づくりに専念できる。

 それに――――、

 

「イチカさん、元気を出してくださいまし。たとえ戻れなくともわたくしがいますわ」

「それじゃダメなんだよ、それじゃ…………」

「そうだ。僕が肉襦袢を着たら男女が入れ替わってノーマルに戻るから完璧だよね!」

「何の意味もないんだよ、それじゃ…………」

 

 世界最強二人に匙を投げられて、いささか絶望気味なイチカのメンタルを修復するための猶予もあるということだった。

 ちなみに、一応の報告は終了したということで千冬と束、それから楯無は既に退室している。この三人は休日であっても色々と忙しいのであった。

 

「ったく、いつまで経ってもしょげてんじゃないわよ、イチカ!」

 

 バシン! と、ヘコみにヘコんでいるイチカの背中を、鈴音が勢いよく叩く。既に人外の領域に到達している鈴音の力はたとえ手加減しても暴力的らしく『げほ!』とイチカが思い切りむせたが、鈴音は細かいことなど気にしない。

 

「鈴、でも…………」

「起きちゃったことをいつまで経ってもくよくよしてたって仕方ないでしょうが。それに、これはチャンスじゃないの? 千冬さんができなかったことをアンタが成し遂げてみせたら、それって千冬さんを超えたってことじゃない」

 

 挑戦的な鈴音の物言いに、弱気だったイチカの目の色が変わる。姉では成し遂げられなかった偉業を成し遂げる。それは簪もやってみせたことだ(結局簪は自分一人で専用機を形にした)。なら、イチカだって千冬にできなかったことをして、姉超えを目指すべきじゃないか。そんな思いがイチカの中に芽生えたのだ。

 

「…………だけど、具体的にどうすれば良いんだ…………?」

 

 とはいえ、イチカはどうすれば戻れるか分からない。

 鈴音達はイチカが戻れなくなった理由が『無意識下で女のままを望んでいるから』だとあたりをつけているが、それをイチカに言えばその願望を自覚してしまいさらに状況が悪化するおそれがあるので言うに言えないのだ。

 よって、鈴音は口八丁でイチカを騙くらかすことにした。

 

「『戻る』と思ってるからいけないんじゃない?」

「…………どういうことだ?」

「考えてもみてよ。零落白夜が暴走してるっていうのに、アンタの『女体化』は打ち消されてない。つまり、『アンタ自身が起こしてる性別の変化』には零落白夜も通用しないのよ。なら今の状態から『男になる』変化を上書きすれば良いってことになるわ!」

「……どうやって?」

「そんなもん決まってるでしょ! アンタが男らしくしてればなんかこう、男っぽくなっていくのよ! たぶん!」

「……ホントかなぁ?」

「本当よ! あたしの次期代表としての経験がそう言ってるの! きっとほら、男性ホルモンが分泌されることによりISの操縦者適合機能が作動して染色体の変換を再開するとかそんな感じで! とにかく信じなさい!」

「………………うん、鈴がそこまで言うなら、信じてみるよ。ありがとな!」

 

 そして案の定チョロかった。

 よくよく考えてみれば結局どうすれば良いのかとかは具体的に理論立って説明されているわけではないのだが、『専門家がこう言っているのだから』に弱い日本人の特性がこれでもかというくらいに炸裂している。鈴音のごり押しにあっさり流されたイチカはけろっと回復していた。

 これはこれで、御しやすいやら将来が心配やらで不安になってくる鈴音なのだった。

 

「……鈴さん、あの積極性と度胸を普段から出せていれば、こんなことには…………」

「言うなセシリア、それができれば鈴も苦労しない」

 

 横で変態達が鈴音に対してある種の憐れみを向けていたが、もう本当にそう言いたくもなってくるレベルでさくっとイチカをノせてしまっているのだから仕方がない。恋する乙女というのはいろいろと複雑なのだろう。

 

「……じゃあ具体的にどうやって『男らしく』するか、だけど…………」

 

 そこで、鈴音の言葉を引き継ぐように簪が言う。鈴音がイチカを説得し、変態達が具体的な作戦を練る。それが今回の方針なのであった。

 そして、その変態達が編み出した結論とは――――、

 

「…………臨海学校に向けて……イチカさんの水着を、買いに行きましょう」

「ん? ちょっと待て、全然男らしくないぞ?」

 

 水着の、購入。

 もちろん、イチカに男としての人生を望んでもらうように努力すると真面目に決めた変態は、決して自分達の私欲()()でこの目的を設定した訳ではない。

 もちろんイチカに水着を着せたりしていろいろセクハラしたいという思いはある。当然ある。変態淑女である以上、その劣情を否定することは不可能だ。

 だが同時に、いかに変態とはいえ彼女達は『女』なのだ。それも、全員が全員世界レベルの美少女。…………いちいち描写しないとたまに忘れそうになるが、こんなのでも一応美少女なのである。

 そんな彼女達が、イチカに水着を着せるかたわらで水着の試着をしてその魅力的な肢体をイチカに見せつける。

 そうすれば…………イチカだって嫌でも『男として』興奮するはずだ。イチカは鈍感だが、決して性欲がない訳ではない――というのは、入学式当日に(当時作中一番の輝き(Hパワー)を見せていた時期の)箒が作中唯一のラッキースケベで以て確認している。

 なお、Hパワーとはヒロイン(Heroine)パワーと読む。変態(Hentai)パワーではない。

 

「何を言うイチカ。海と言えば海軍、海軍といえば海軍式トレーニング! せっかくだから軍属の私が海軍式のトレーニングをやってやると言っているのだ! 水着を着るのはそんな男らしいイベントの前準備に他ならない!」

「…………それにしたってわざわざ水着を買う必要性が感じられないんだけど……」

 

 そして立て続けに、ラウラがイチカに説得を試みる。

 ちなみに、確かにラウラは軍属だが別に海軍に所属していたわけではない。

 そもそもISというオールラウンドで絶対的な武力を陸海空のいずれかに所属させてしまうと、それだけでパワーバランスが冗談ではなくなるほど崩れてしまうということでその所属についてはかなり曖昧な扱いになっており、名目上は新設の軍隊という扱いになっているほどだ。

 そんなラウラの説得ではイチカもいまいち納得していないみたいだが、押しの弱いイチカのことである。ゴリ押しでいけば何とかなると判断したラウラはさらに押していく。

 

「いいやある。トレーニングにはその場所に適した格好というものがある。そこを取り違えてしまうとトレーニングの効率が著しく低下してしまうのだ」

「いや、ISスーツは全地形対応だから水着としての機能もあるって前に授業でやってたし」

「………………………………………………………………」

 

 ……が、完全論破されてしまった。

 

「(くそ……あのロリ巨乳眼鏡は本当に余計なことしかしねェな……!)」

 

 ただ授業をしていただけなのに罵られる不憫なロリ巨乳眼鏡はさておき、ラウラとしてもイチカの思わぬ正論にどう答えればいいか考えあぐねてしまう。初っ端から束の仕業だとあたりをつけて即座に布団を(あらた)めたところと言い、今日のイチカはいつもと一味違うのかもしれない。

 とはいえ、このまま反論に窮してしまっているとイチカが不審に思ってしまうかもしれない。そうなる前にどうにか言い訳を捻りだしたいところだったが……、

 

「フ……所詮は脳筋軍人、此処は私のインテリジェンス(?)な交渉術に任せて……」

 

 そんなラウラからバトンタッチするように、簪が前に出る。なお、インテリジェンスというのは名詞なのでここではインテリジェントが正解である。インテリジェンス(笑)な間違いであった。

 とにかく自信満々な簪は、全員の注目を一身に集めてこんなことを言う。

 

「イチカちゃん、そう言われてもなおISスーツを身に纏うということはつまり、自分が水着を着ていると認めることになるんじゃない?」

「…………? どういうことだ?」

「ISにおいて一番重要なのは肉体の効率なんかじゃなくて想いの力……つまり、イチカちゃんが水着だと思ってISスーツを着ているならトレーニングの効率は上がる。でも、もしイチカちゃんがISスーツを水着だと思っていないのなら! トレーニングの効率は著しく低下するってことになるんじゃないかな…………!?」

 

 つまり、『水着にもなるからISスーツを着るので水着は買わない』という理論だと、今度は『ISスーツは水着代わり』という認識ゆえにトレーニングの効率が下がるという意味である。

 そもそもイチカにとって至上命題は『男っぽくいること』なので、トレーニングの効率は最悪下がっても仕方がない……のだが、トレーニング好きのイチカとしては悩ましい部分でもある。

 我知らず、イチカの眉が垂れ下がる。呼応するように、変態の眉尻も緩んだ。

 

「やっぱり、やるなら徹底的じゃないと…………それとも、イチカちゃんは男に戻る為に効率を捨てちゃうのかな?」

 

 悪魔的な笑みを浮かべ、簪は問いかける。

 なんかゲーマーの簪が効率とか言い出すと効率厨っぽい響きがあるが、それはともかくとして、彼女は内心で自分の勝利を確信する。

 

(これは、もらった……! イチカちゃんはチョロ可愛いから、これで流されるはず――!)

 

 が。

 

「いやでも、そもそも今重要なのは男らしくなって男に戻ることであって、今は訓練の効率なんて二の次だろ」

 

 我に返ったイチカのド正論により、簪はノーバウンドで数メートルも吹っ飛ばされることになった。……物理的衝撃は皆無だったはずなのだが、多分想いの力が重要なISに長けた人間は心理的衝撃だけで吹っ飛ぶことができるのだろう。ほどよく意味不明だ。

 ともあれ、朝のくだりと言いやはり今日のイチカは一味違う。

 

「まあまあ二人とも」

 

 ラウラに続き簪までも打ち倒したイチカをよそに、今度はシャルロットが口を開く。ただし対象はイチカではなく、撃沈してしまった二人に声をかける。

 なお、イチカは声を掛けられていた訳でもないのに思わず身構えてしまっていた。なんというか、シャルロットが話に加わるというシチュエーション自体がイチカにとっては『なんかあるのかな?』と身構えてしまうのである。肉襦袢の傷は深い。

 まあ、その心配は間違いではないのだが。

 そして、シャルロットはにこりと笑ったまま、こんなことを言った。

 

「いくらイチカを水着店に連れて行きたいからって、無理にイチカを誘導するのはよくないよ」

 

 その瞬間。

 掛け値なしに、その場の空気が凍りつく。

 その行為は、裏切りに等しかった。イチカの水着姿が見たいから――なんて動機を知らされてしまえば、もうイチカは水着姿になんか絶対になってくれない。それは変態達にとって敗北を意味する。

 そのはずなのに、シャルロットはいとも簡単にそのカードを切ってしまう。そして、一度口から出た言葉は取り消すことなどできない。

 

「なっ…………っ!?!? バカなシャル、貴様いったい何を……!?」

「だからさ」

 

 突然の裏切りにラウラが動揺するが、それを遮るようにシャルロットは続ける。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――――――――!!!!!!」

 

 その瞬間、変態達はシャルロットの真意に気付いた。

 つまり、シャルロットは無理にこの場で言質を取るという発想を捨てたのだ。

 そんなことをしてイチカに不信感をおぼえさせ、最大目標である『イチカを女性陣の水着姿で興奮させる』ことまで頓挫してしまっては台無しである。それならば自分達の水着姿で誘惑して判断力を失わせた上で、『私達だって水着姿を披露したんだよ?』と迫った方が義理堅いイチカ的に押し切れる可能性が向上するというものだ。あとそういう展開になれば多分鈴音は恥ずかしさでオーバーヒートしてるから邪魔が入らない。

 そんなシャルロットの深謀遠慮を察した変態達は、彼女の権謀術数に恐れおののきながらも追従する。イチカの方も、

 

「…………まあそんなこったろうと思ったけど」

 

 と、すっかり警戒心を緩めてしまっていた。多少賢くなってもイチカはイチカである。

 話がまとまったと判断して、ラウラはすっくと立ち上がりこんなことを言った。

 

「というわけで、これから『レゾナンス』に行くぞ」

「え? 今から?」

 

 唐突な買い物展開に、イチカは思わず問い返す。断言したラウラの方はむしろ意外そうに、

 

「当たり前だろう? 一般生徒と顔合わせをするまで三日しか時間がないのだ。一刻たりとも時間は無駄にできない。今のうちに我々が臨海学校の準備を万端にすることは、結果的にイチカの身辺警護にもつながると思わないか?」

「……そうだな」

 

 そして『自分のため』と言われてしまっては無碍に扱えないのがイチカの悲しいサガだ。

 かくして丸め込まれたイチカは、さっさと『レゾナンス』に行く為の支度を整えるのであった。

 

「………………何だかんだ言ってチョロいですわねぇ、イチカさん」

 

 ()()()()()()()()を知る者からすれば『お前に言われちゃおしまいだよ』といったところだったが。 

 

***

 

 で、『レゾナンス』である。

 この『レゾナンス』、元は単なる駅ビル――駅に併設するように建てられた商業施設――だったのだが、栄えていくにつれてバス停ができ、海に近いのを良いことに船の停泊場ができ…………という感じで今のような『あらゆる交通手段を束ねたハブ』のような役割を備えてしまうようになった。数年後には小型空港の建設まで視野に入れているのだから恐れ入る。

 だからか、平日の真昼間だというのに『レゾナンス』はそれなりの賑わいを保っていた。一応トーナメントの振り替え休日なので平日休みという不思議な気分に陥っていたイチカだったが、『レゾナンス』にやってくるとそんな不思議な気分も吹っ飛んでしまうようだった。

 

「しかし便利なモンねぇ」

 

 イチカを先導しながら、鈴音は感心したように呟いた。彼女は中学時代イチカと一緒にすごしていたため、『レゾナンス』は慣れたものだ。だが、IS学園直通のモノレールから直接『レゾナンス』に来れるというのはまた違った感慨があるのかもしれない。

 

「流石にIS学園のお膝元だけあって栄えているな……! IS関連のグッズも多く見られる」

「まあ、ちょっとした観光収入みたいな部分もあるしねぇ。IS操縦者のブロマイドを紙媒体で限定発売したことで下り坂だった紙媒体の出版業界がちょっとだけ盛り返したっていう逸話もあるくらいだし」

「ゲーム業界も、ISってだけで売れてる……。おかげでクソゲーが蔓延して、私は良い迷惑…………」

 

 ISの登場で世界は変わった――というが、それは何も軍事に限った話ではない。

 たとえばIS学園に入学する為のIS塾など女性専用の教育環境が整備された結果、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が一〇年かけて大量に社会進出した。

 また、メディアによるIS操縦者の偶像化が進んだ結果、各種媒体の売り上げが向上し大半の娯楽にISが介在するようになった。IS女子、IS男子、サブカル方面ではISおじさんやISおばさんと呼ばれる愛好者集団(クラスタ)まで現れ、各種媒体にそれぞれ『ISモノ』と呼ばれるジャンルまで生まれる始末だ。

 これらの社会現象により女性の権利が少々過剰なまでに向上した『女尊男卑』社会が形成された――――というのは歴史の教科書の最後の数ページにでも載っていそうな話だが、そんなものは変態も言っている通りTSの前では些細な出来事である。

 それはともかく、ここが地元でない次期代表の面々としては、『レゾナンス』は新鮮に映るらしい。正直なところこのくらいの規模のショッピングモールは世界を探せばいくらでもあるのだが、それでも平日にこの賑わいは稀有なのだろう。

 

「……早めに目的を済ませましょう…………」

「……そうだな、それがいい…………」

 

 そんな中セシリアと箒だけが少し落ち込み気味なのは、以前ここでイチカの放尿シーンを盗撮しようとしてお叱りを受けたことでも思い出しているからなのかもしれない。あれは悲しい事件でしたね。

 

「えっと、水着売り場ってどこだったっけ?」

「この間行ったランジェリーショップの隣よ」

 

 一応イチカも何度となく『レゾナンス』には来ているのだが、女性用のランジェリーショップやら水着売り場まで足を運ぶことなどほとんどない。キョロキョロしながらの問いかけに鈴音が反応してくれたため、やっと足取りから迷いがなくなる。

 ほどなくして水着売り場に到着したイチカは、さっさと店内に入って行った。その様子を見て、『前回』の模様を知るセシリアと箒が眉を顰める。

 

「……イチカさん…………女性化が進んでいるようですわね」

「ど、どういうことよ?」

「覚えていないのか? 前回、イチカはランジェリーショップに入るなり女性用下着に赤面していたじゃないか。それが今では水着に無反応だ」

「なんであの場にいなかったアンタ達がそれを知ってるのよ」

「え、あ、その……」

「えと……デュフフ……」

 

 思わぬカウンターに思わず気持ち悪い笑みを浮かべることで回避を試みる馬鹿二人。

 しかし悲しいかなそんなことで誤魔化しきれるはずもなく、ガガガガン! と打撃音が連続し、余罪が判明した変態の頭に巨乳のように大きなたんこぶが二つずつできた。

 都合四つの大きな乳房をぶら下げた変態に呆れたような一瞥をくれ、鈴音は溜息を吐く。

 

「………………はぁ。第一、水着と下着じゃ話が別でしょ?」

「鈴にとってはな! だがイチカの初心(うぶ)力を嘗めるなよ! 白スク水だけで気絶するくらい恥ずかしがってたイチカだ! 普通なら素面で水着売り場に行けるはずないもんね!!」

 

 自信満々に箒が宣言する。

 そこまで言われると、鈴音も何も言い返せなかった。確かに一理ある。いや、公衆の面前で白スク水とプライベートな仲間で水着を買うのでは羞恥心のベクトルが少し違う気もするが、まあそれはそれだ。

 ともあれ、鈴音はイチカが女性化していると言われても特にそこに拘泥したりはしない。そんなことは分かっていたことだし、だからこそ彼女は此処にいるのだから。

 むしろ、鈴音はそれである種の踏ん切りがついたようだった。

 

「……なら、余計にイチカには『男』を自覚してもらわないといけないわね」

「具体的には?」

 

 鷹揚に頷く鈴音に、ラウラが問いかける。

 対する鈴音は覚悟を決めた女(ボケたんとう)の顔でこう返す。

 

「――――露出を、増やすわよ」

 

***

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あの」

 

 イチカは、目の前に広がっている光景に戸惑いを隠せなかった。

 何というか…………『これ』は、自分の役目ではないのではないか? という思いが先に来る。イチカにとって『色気』とは他者が自分に感じるものだったはずだ。(自覚の有無はともかくとして)いつもイチカが『誘惑する側』に立っていたし、イチカとしてはそれに対して忸怩たる思いを持っていた。

 …………だが、だからといって彼は別に『誘惑される側』に立ちたかった訳でもない。

 

「……何よ」

 

 彼女の目の前に立つ鈴音は既に水着姿になっていた。

 それも、ただの水着ではない――――真っ赤なマイクロビキニだ。ボトムに申し訳程度の前掛けがついて『一応チャイナドレスがモチーフですよ』って感じの微妙なアピールになっているのが過剰なまでのエロスを引き立てている。

 勿論、それだけではない。

 セシリアはメイドをモチーフにしたらしきモノキニ――要するに肉抜きされまくってビキニと大して変わらない露出度になっているワンピース水着のことだ――を身に纏っているし、箒はトップが包帯のサラシになっている。

 シャルロットは何で中身が見えていないのか不思議なスケスケ衣装(水着なのか?)だし、ラウラは全裸だし、簪は『これ絶対必要性ないだろ』って感じに露出の多いエロゲーの変身ヒロインみたいな水着を纏っていた。

 

「………………いや、いやいやいや! 待て待て待てツッコミどころ満載なのは間違いないんだけど一人だけその中でも群を抜いておかしかったヤツがいるぞ!!!!」

「……? それは誰だ、嫁よ」

「オメェェ――――だよ!!!!」

 

 びし! とイチカはラウラ(全裸)に指を突きつける。そう、なんとラウラは全裸になっていた。探せば軍服をモチーフにしたガーターベルトがエロい水着とかキャラに合うのはいくらでもあったはずなのに、彼女はそれらを投げ捨てあえて全裸を敢行したのだ(ガーターベルトが水着として適切かどうかはさておき)。

 なお、ここまでもこれからもアングルは全て奇跡的な偶然により危険なアレは映さないような塩梅になっている。このSSはあくまで全年齢対象の健全な作品なのでご安心ください。

 

「エロ水着を着るのは、まあ良い。俺が着てる訳じゃないから、見てるだけで恥ずかしいけど百歩譲ってOKだ。でも、全裸は駄目だろ! もうインフレ極まっちゃってるじゃん!! これ以上どう話を転がすって言うんだよ、もうオチついちゃったぞ!!」

「…………それはどうかな?」

 

 憤慨するイチカに、屈んでラウラの見られたらダメなアレを両手で覆い隠していた簪がカードゲームアニメの主人公みたいな台詞で切り返す。

 

「……世の中には、着エロという概念がある……。……時には、服を着ていた方がエロいこともあるのよ……。…………つまり、『脱ぐ』という方向性ではエロさはいずれ頭打ちになるということ…………」

「たとえば――――絆創膏」

 

 簪の言葉を引き継ぐように、セシリアがそんなことを言った。その自慢の胸を持ち上げるように腕を組んだ彼女の指先には、三枚の絆創膏が確かにあった。

 

「いや、水着じゃないだろそれは」

「何を言うイチカ! 絆創膏が三枚もあれば両乳首と股間、よい子には見せられない三大恥部を覆い隠すことができる! しかも水の抵抗が極端に少ないから遊泳速度は並の水着以上! これでどこが水着じゃないと言える!?」

「強いて言うなら水着じゃないところがだ!」

 

 何故か必死に言い募る箒に正論が通じない恐ろしさを感じつつも、イチカは必死にツッコミを入れる。

 っていうか絆創膏だけじゃサイズ的にどう考えても色々ハミ出てしまうのでは? と健全なる思考を持つイチカは思うのだが、そもそも変態的にはハミ出てナンボなのであった。

 

「そんなに言うならラウラさんにでも貼り付けてこれが水着であることを証明してみせましょう。大丈夫、乳輪がハミ出てもこれは影の部分ですと言えば大体誤魔化せますので」

「誤魔化せるか!!」

 

 現実とCGを混同するセシリアに、イチカは本能的に吼えた。イチカを想うせいか、あるいは変態同士で気兼ねなくやれるせいか、心なしかいつもよりも変態行動が過激な一同である。やっぱり何だかんだ言ってイチカに対しては遠慮による心のリミッターのようなものがあるのかもしれない。…………逆に言うと、あるのにあのザマなのだが。

 

「っつか、鈴は何やってるんだ!? こういうときには鈴がツッコミを入れるのが今までのパターンじゃあ…………」

「いや…………別に…………」

 

 バッ!! と鈴音の方を見るイチカ。

 そこには、プルプルと俯きがちになって震える鈴音の姿があった。完璧にツッコみたい感じだがそれを必死に抑えている雰囲気だった。

 何故我慢して…………と思い、イチカははっとする。

 これ自体が、イチカを男に戻す為の作戦なのだ。一見するとただの変態による変態的変態行動にしか見えないこの行動がそうとはイチカにはとうてい思えないのだが、鈴音が怒りを呑み込めているということはそうに違いない。具体的に何がどうなってイチカを男に戻すことに繋がるのかはいまいち不明だが、多分そういうことなのだろう。

 

(なのに……俺はよく考えもせず…………)

 

 殊勝にも自分の行いを反省するイチカは、気を落とした様子で肩を落とした。

 実際には変態達の行動は実益も兼ねているので遠慮する必要など毛頭ないのだがイチカにはそういった機微が分からないのだった。

 

「よし! 俺もお前らの水着選び、真面目に協力する!」

 

 カッ!! と目を見開き、イチカは決意の光を瞳に湛えて宣言する。

 瞬間、変態達の纏う空気が変化する。イチカが水着選びに前向きになった――今が、本来の目的である『イチカに「男」を自覚させる』最大のチャンス!

 

「ところで、イチカさん!」

 

 ずずい! と、セシリアはイチカに詰め寄る。イチカは早くも自分の浅慮を察し始めたが、もはや既定路線に入ってしまった変態の言動を今更止めることなどできない。

 

「何だかんだ言って我々も一五、一六の乙女ですわ!」

「乙女……?」

「あ?」

「いえ、何も」

 

 乙女らしからぬドスの利いた脅しに屈したイチカに、セシリアはさらに続ける。

 

「そして、乙女である以上水着選び一つとってもオシャレなデザインを追求したいと思うのはごくごく自然なこと! それは分かりますわね?」

「まあ、それは……」

 

 イチカは頷くが、

 

「…………でも、もうみんな好き勝手に水着を着てるじゃないか。これ以上何を選ぶって……?」

「かあーっ! だからイチカさんは駄目なのですわ! 女の子のショッピングが一度のチョイスで終了すると思っていまして!? 貴女は今までの人生で何を学んできましたの!?」

 

 乙女を自称するわりにはリアクションがオッサンくさいセシリアだったが、あまりの剣幕にイチカは圧倒されてしまう。なお、イチカがしているのはショッピングの話ではなく既にオチのついたコントの話であることは言うまでもない。

 

「じゃ、じゃあまた水着を選ぶのか……?」

「ええ。でも本番はこれから。イチカさんをこの場にお呼びした真の理由をお教えしましょう」

 

 セシリアがそう言うと、打てば響くような調子で箒がどこからともなく物々しい機材を取り出していく。椅子と、それに備え付けられたバンドや電極…………一見すると、尋問用の拷問椅子のような感じの機材だ。

 変態達はイチカをそれに座らせ、各種機材を取りつけていく。あまりにも滑らかな手際にイチカはしばし呆然としていたが、やがて我に返って半ばヒきながら問いかける。

 

「…………なにこれ?」

「『羞恥心計測チェアー』だ」

 

 答えたのは、ドイツ軍人のラウラだった。ひょっとするとドイツ軍の備品だったりするのかもしれない。だとすればかなりの問題だが、この世界で規律がどうとか気にするのは不毛だ。

 

「ここに備え付けられたバンドや電極からイチカの脈拍などバイタルサインを計測し、イチカの羞恥心を数値化することができるのだ」

「俺の羞恥心、ショッピングに一ミリも関係なくない!?」

 

 説明からしてイチカに使う気満々なラウラにイチカは殆ど悲鳴を上げるような調子でツッコミを入れるが、ラウラはやれやれとばかりに苦笑しながら肩を竦めるだけだった。

 

「甘いな、イチカ。我々は確かに乙女だ……だが、完璧な乙女とは限らない。私は軍属だからまともに男と関わったことがないし、他の連中にしてもIS教育を幼少の頃から受けて来た弊害で男と関わることが少ない。例外は…………中学二年生までは普通に過ごして来た鈴音くらいのものだ。つまり……我々は、男ウケというものをよく分かっていない」

「うん、まあな」

 

 でもなければ絆創膏三枚とかいう破滅的なスタイルがまかり通るはずがないのであった。そこまで行くと逆に男はエロすぎて引いてしまうのである。そういうのが許されるのはエロ漫画の世界だけなのだ。(※個人の感想です)

 

「そこで、『生粋の男』! であるイチカの前で水着ファッションショーを行うことでイチカの反応を確かめ、それによって真なる『男ウケ』を学ぼうという訳なのだ」

「でもそれ、この椅子なくてもよくない?」

「……イチカちゃんは恥ずかしがりやだから、本心とは違う感想を言う可能性がある……」

「うぐっ」

 

 わりと自覚はあるので、イチカもこれには言い返しづらい。しかも既に各種機材が取り付けられてしまっているので、もう今更後には退けないのだった(無理に取り外そうとしたら何かが壊れそうで怖い)。

 

「あーうー……でも……これは……」

 

 それでも、イチカは決断できずにいた。というか、今の時点でもうR-18ギリギリなのにここからさらに踏み込むとなればどうなるんだ? という恐怖でいっぱいだった。

 しかし、変態達はそんなイチカの姿を見てむしろボルテージを上げていく。

 頼みの綱の鈴音は何かを我慢するようにプルプル震えている…………つまり、此処は変態の独壇場ということだった。

 

「ひ、いや…………」

 

 イチカの目が、徐々に潤んでいく。

 そして。

 

「いやあああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 また一つ、この世に悲劇が生まれた。

 

***

 

「さて………………」

 

 疲れ果てたイチカを見下ろし、変態達の誰かが呟く。

 それは、悲劇だった。五人の変態のうち二人は何故か全裸だし、一人は全裸になった後簀巻きにされるという納豆みたいなスタイルになっているし、一人は全裸の上にコールタールを塗られているし、一人は肉襦袢装備だがその肉襦袢が全裸だし、つまり変態は全員全裸だった。

 鈴音にしても、何故か絆創膏装備だ。なんかもう出禁になっていないのが奇跡といってもいい光景だ。

 なお、当然のことだが全裸になったメンバーのアレなアレは奇跡的な偶然により全員隠れている。このSSはお子さんにも安心してご覧いただける健全な作品です。

 

「……ここからが、本番」

 

 変態達の誰かが、決定的な一言を呟く。

 鈴音への義理は通した。

 

 此処から先は――――お楽しみの時間だ。


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