【完結】どうしてこうならなかったストラトス   作:家葉 テイク

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第三一話「仁義なきビーチバレー」

 そうして、その週の土曜日、臨海学校は開幕した。

 本来は金曜日からの開始だったらしいが、イチカ関係で何かあったらしく、その準備の為に一日日程を遅らせてからのスタートとなった。ちなみに、その為一日目に箒の誕生日がブッキングである。

 

『え~、右手に見えるのがこれから私達がお世話になる「花月荘」だよ~。今追い越しちゃったけど、一旦下る道に入ってからUターンする感じだから気にしないでね~。ややこしいね~』

 

 バスに乗り込むのはクラスごと、ということなので鈴音がこの場にいないのはいいとして――何故か、本音がバスガイドの真似ごとをしていた。それがしっかり(?)様になっているあたりは、流石に更識に仕えるメイドの家系ということなのだろうか。

 

「イチカさん、海が見えましたわよ」

「はしゃぐなセシリア。貴様、島国の出身だろうが」

「だまらっしゃいドイツ人! 貴女こそさきほどからそわそわしっぱなしじゃありませんの!」

「まぁまぁ、喧嘩しないで……」

 

 イチカは、前の席でぎゃあぎゃあ騒ぐ二人を宥めながら苦笑していた。

 とはいえ、今日のイチカはそれ以上の被害を受けてはいなかった。鈴音もいないので、いざとなれば腹をくくる――と思っていたのだが、それはどうやら杞憂らしい。……もっとも、

 

「……………………」

 

 その理由は、彼女達の自制心というよりは一〇〇%織斑先生のプレッシャーによるものだろうが。なんというか、『動かば殺す』みたいなオーラがバスの最後尾座席まで届いて来ているのである。

 ただ、どんな理由であろうとも変態達が大人しいのはいいことだ。ただでさえ――――

 

「簪ちゃんと同じバスがよかったよぉ……しくしく……」

「はいはい、静かにしていてください。下級生がしっかりしているのに生徒会長がその有様でどうしますか」

「ねぇねぇちーちゃんちーちゃん、ちょっと良いこと思いついちゃったんだけどさ、これって――――」

「織斑先生だ。それと、その発明は人類史の存続の為にもあと二〇世紀は寝かせておけ」

 

 このバスには、騒がしい珍客(イレギュラー)が紛れ込んでいるのだから。

 

「…………っていうか何でだよ! 何で一年生の臨海学校に生徒会の役員だの完全部外者の科学者が混じってるんだよ!! っていうか束さんは何をさらっと世界がひっくり返るような発明を思いついちゃってんの!?」

「いやぁ、天井知らずの天井だからねぇ、束さんは」

「説明になってない上に結局自分を知らないだけの天井になってる!!」

「乗る前に言ったでしょう?」

 

 楯無が『忘れんぼさん(はぁと)』と書かれた扇子で口元を隠しながらにっこりと微笑む。

 

「この楯無さんが色々したとはいえ、色々と――不安定なわけだし。やっぱり、学園生徒の最高戦力を投入せざるを得ないのよ。学園側としても」

 

 そんな事情が、IS学園にもあるのだった。イチカとしては、千冬がいるだけでセキュリティについては完璧ではないかとも思うのだが――それでも楯無を出さなくてはならない事情というのがあるのだろう。

 政治的判断については疎いイチカなので、そういう話になると納得できずとも矛を収めるしかない。……正直なところ、イチカとしては未だにかなりの割合で『簪と離ればなれになるのが嫌だっただけ』というのがあると睨んでいるのだが。

 

「更識(姉)。最初に説明したが、それは建前だ」

 

 そんなイチカの予想を後押しするように――というわけではないが、束を天井の染みに変えていた千冬が注釈する。きっとまたぞろ何かやらかそうとしたのだろう。

 

「危険な事には私達教師が対処する。生徒はただ守られていればいい。お前も、今回の事は羽を伸ばしに来たと思え」

「肝に銘じておきますわ、織斑先生」

 

 千冬の言葉に、楯無はちっとも承服していなさそうな笑みを浮かべて答える。

 どうやら、本当に警備の為に楯無を起用したということらしい。もっとも、そのあたりの『子どもと大人』の役割に厳しい千冬は楯無にそういった役割を与えるつもりは毛頭ないらしい。

 子どもはのびのびと、面倒で危険なことは全て大人が。全く教育者の鑑だと思うイチカだが、その姿勢に自分が反発してちょっとした諍いが起きたことを考えると、なんとなく手放しで称賛は出来ないのだった。

 

「諸君、そろそろ花月荘だ。すぐに降りられるように手持ちの荷物はまとめておけ」

 

 そんなイチカの思考を打ち切るように、千冬の号令がバス中に響き、直後に全員が一斉に返事をした。

 

***

 

 旅館についた後は、仲居さんに挨拶したり部屋割りの確認をしたり――イチカは千冬と同室という処理だった。変態防止とのことで、イチカも大いに同意した――して、一日自由時間ということになった。

 臨海学校の日程は、一日目が自由時間、二日目がISの集団試験運用という形になっている。これは本来のカリキュラム通りの進行だが、今回に関してはイチカを男に戻す為のイベントを一日目に集中させようという思惑も少なからずあるはずだ。

 ちなみに、イチカ達専用機持ちの面々は荷物を自室に置き次第、旅館の隣にあるプライベートビーチに集合、ということになっていた。何故か楯無や虚、千冬、束までやってくることになっていたのが、イチカにとってはそこはかとなく不安だが…………。

 

「あっつ…………」

 

 イチカは、この日の為に買った黒地に白く縁取りされたビキニ――の上に、太腿までを覆う丈の長い白のパーカーを身に纏って砂浜にやって来ていた。肩に背負ったナップザックの中には水着とタオル、替えの下着が入っている。

 なお、ナップザックには千冬の謎エネルギーがエンチャントされている為、下着に干渉しようものなら束でさえ五秒でサイコロサイズに圧縮されてしまうのが実証()()だった。

 …………尊い犠牲だった。

 

「あれ、イチカ早いわね」

 

 そこにやってきたのは、バスが違った為この日は朝食の時に顔を合わせて以来な鈴音だった。

 そんな彼女は、先日の水着相撲とはまた違った装いでやって来ていた。

 

「鈴こそ。……っていうか、水着変えたんだな」

「まーね。なんか変態どもがエンタメ的に既出の水着を出すのはありえないとかなんとかって……あたしは知らないんだけど、まぁ連中の中であたしだけビキニ着ないのも、なんか癪だしね」

 

 恥ずかしそうに視線を逸らす鈴音は、クリームとオレンジのチェック模様が施されたビキニを着ていた。扇情的――というよりは、随所にあしらわれたピンクのフリルのせいで少女趣味を連想するデザインである。

 ただ、ボトムスの方はちょっと大丈夫かと思う程のローライズ(股上の布地がない水着のこと)っぷりだったが。

 

(アイツらに圧されて、つい着ちゃったけど…………)

 

 恥ずかしそうにしながら――しかし鈴音は内心、わりと冷静に状況を見ていた。イチカを先頭にし、次に鈴音を単体で合流させるという流れも、実は計算通りである。鈴音の珍しく扇情的な姿をイチカに一対一で鑑賞させることで、イチカの反応を引き出そうという作戦だ。

 

(ここまでしたんだから、アイツも何かしらのリアクションがあるでしょ――――!!)

 

 そんな、恥じらいとも期待ともつかない感情を載せ、鈴音は意を決してイチカの方へ顔を向ける。

 

「うわー、鈴、かわいいじゃんその水着!」

「………………」

 

 …………が、イチカは鈴音の服装に対し恥じらうどころか、普通に近づいて肩に手をポンと置いたりする始末だった。

 そうだった。イチカはそういうヤツだった。『水着? 千冬姉の下着姿で慣れたよ。水着も下着も変わらないだろ?』とか真顔で言うのが『織斑いちか』なのだ。男だろうと女だろうとそこは変わらないのだ。

 

「……諦めなさい、鈴さん。今回のフェイズではもう無理ですわ」

 

 鈴音の失敗を察したからだろうか、次から次へと、物陰から後続の生徒達が合流していく。

 セシリアは青のビキニに、パレオを纏っている。原色の青一色というのはなかなか難しいコーディネートなんじゃないかなーとオシャレ一年生のイチカはぼんやり思ったりしたが、見た感じセシリアの高貴さを引き立たせているようにしか見えない。流石に美少女は違う、といったところだろうか。

 あと、おっぱいがデカい。

 

「まぁ一日は長いよ。気を落とさないでね、鈴」

 

 次に現れたのはシャルロットだった。

 彼女が身に纏っているのは、オレンジと黒を基調としたモノキニだ。トップはビキニだが、ボトムはスカートのようになっている。それだけでなく、上下を黒いヒモのようなパーツで繋いでいる――という形状をしている。全体的に、虎か蜂のような印象を抱く格好だ。

 あと、待機状態の『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』(ネックレス)が挟まっている谷間が凄い。

 

「…………イチカちゃん、あっちのビーチパラソルの下で私と遊ばない……?」

 

 三番目にやって来たのは簪だ。

 彼女の水着は正統派なゴスロリ風で、黒地にフリルの意匠が目を引くデザインとなっている。ボトムはフリルのスカートになっており、ところどころに入った白のリボンがアクセントになっている。……どこからともなく楯無の雄叫びが聞こえて来るのは、気にしてはいけない。

 あと、彼女も前二人と比べれば小ぶりながらも、しっかりとした谷間がゴスロリ水着からしっかりと覗いている。

 

「おい、抜け駆けしようとするなよ、簪」

 

 そんな簪を諌めるようにして、ラウラが現れる。

 ラウラの服装は、やはり他の面子と同じように過日の水着相撲大会とは異なり、白地にフリルという少女らしさ溢れるものになっていた。…………ただし、その布面積がほとんど乳首と局所しか隠していない超絶モノクロツーピース水着でなければ、だが。端的に言って、自分に包装用のリボンを巻いたのと殆ど大差ない感じだった。それでも右太ももにアーミーナイフをつけることを忘れないキャラづけの徹底っぷりにはある意味感服するが。

 あと、こちらは流石に全体的にちんまりとしたおっぱいなのだった。これには鈴音もにっこりアルカイックスマイルだ。

 

「お前ら、今日という日の主役が誰だか分かっているんだろうな?」

 

 そして、最後に拗ね気味の箒が到着した。

 赤いビキニには余計な飾り気などなく、随所に白のラインが施されている程度だ。ボトムのローライズ具合と併せて、彼女の『女』としての自信のほどが伺えそうな、シンプルだがセクシーな格好だった。

 あと、胸はやっぱりデカい。すごいデカい。日本人離れしてデカい。

 

「えー、イチカちゃんなんでパーカー着てるの? 脱ごうよー海だよー泳ごうよー」

「ちょとsYレにならんしょこれは……? パーカー着るなら本人に断ってやれよ」

「むしろ一周回ってえっちじゃないですかね……」

 

 箒がやってきた後は待機していたのだろうか、生徒達がぞろぞろやってきてはイチカにボディタッチをしたりして鈴音に吹っ飛ばされていたりした。

 そうして、イチカを間近で護衛していたからだろうか。

 その白い太腿を見た鈴音は一瞬ぎょっとして、ついうっかりこう言ってしまった。

 

「…………イチカあんた、もしかして日焼け止め塗ってないの?」

 

 ――――――それはまさしく、戦争の始まりだった。

 箒の誕生日は完全に忘れ去られていた。

 

***

 

「ちょっと待ちなさいよ。イチカにオイルを塗るって? オイルくらいイチカ一人で濡れるでしょ」

「でも背中は塗れないでしょう? だからわたくしがお手伝いするのですわ」

「いや、セシリアがではなく、私がだ。こればかりは譲らんぞ」

「はぁ…………頭が痛いなこの色ボケども。ここは一番絵的に幼くてエロさ控えめな私が行くべきだろう」

「いや、ラウラは水着が一歩間違えばR指定な代物だからダメだよ。っていうかどうやってそんなエロゲみたいな水着取り寄せたんだか……」

「この間、ラウラちゃんの部下の人が持って来たのを見たわ……。それはさておき、ここは私が…………」

「それなら、あたしがやるからあんたらは引っ込んでなさいよっ!!」

 

 ドガシ! と群がる変態どもを蹴り飛ばす鈴音。まぁ、イチカにオイルを塗る役と言えば変態達が群がるのも当然といえば当然であった。

 ()()()()()()()()ではセシリアの方から『塗ってくださいまし』って感じだったのに、立場がまるで逆転しているのは多分この世界の仕様なのだろう。

 

「横暴ですわよ鈴さん! こういうときは平等にじゃんけんというのがこの国の文化ではなくて!?」

「誰がセクハラ魔にみすみす平等な条件を渡すもんですか! 素行を治して来世に出直して来なさい!」

「何を……! ベニヤ板みたいな胸をしているくせに、貴女はイチカさんの日焼け止めオイルよりも自分の滑り止めワックスを気に掛けるべきではなくて!?」

「…………あんた、おっぱいの谷間のオイルが汗で流れてるわよ。あたしが、ちょっと、塗ってあげる!!!!」

 

 ドゴォ!! と不用意な発言をしてしまったセシリアが、少し早目のビーチバレー(ボール役)に興じ始める。

 …………当然ながら鈴音もセシリア・ビーチバレーにかかりきりになってしまう訳で、その間イチカの守りは失われることになる。

 そして、それこそがセシリアのわが身を犠牲にした策であった。

 

「正攻法であの蛮族に勝つことはできない…………だからこそ、自ら敗北することで、ヤツを盤上から降ろした……そういうわけか」

 

 悲しげに目を伏せた箒が呟く横で、シャルロットが無言のまま十字を切る。

 ともあれ、これで邪魔者はいなくなったわけである。セシリアという尊い犠牲は出たが。

 

「さあイチカ。サンオイルを塗ろう。それはもう全身に塗りたくろう。パラソルとビニールシートは既に用意してあるから」

 

 と、箒は一部始終を黙って見守っていたイチカに、にっこりと優し気に笑いかけて言う。

 それに対し、今まで沈黙を保っていたイチカは、

 

「え? いや、塗らないけど?」

 

 ――――と、あっさりそんなことを言った。

 変態にちょっかいをかけられるのが嫌とか、そういう雰囲気は一切感じさせず、普通に、面倒臭いことを断るようなノリで、だ。

 

「ん? 待て待てイチカ…………今はサンオイルを『誰が塗るか』が問題であって、『塗るか塗らないか』は問題じゃない。っていうか、イチカも塗り忘れただけなんだろう?」

「違うけど。っていうか、海に来たら日焼けしてナンボじゃないか。なんでわざわざ日焼け止めなんて塗るんだよ。不健康だぞ、お前ら」

「えっ、あっ、鈴っ…………しまったアイツはセシリア・ビーチバレー中だ!」

「……セシリア・ビーチバレー…………?」

 

 なんか特有の競技名みたいになってしまっているが、それはともかく。

 女の子にとって、紫外線は大敵である。それこそUVは女の子にとって致命的なダメージになりうるのだが、ISの操縦者保護機能は文字通り致命的なダメージにしか効いてくれない為、肌はしっかり傷んでしまうのだった。

 ここにきてイチカの『女の子音痴』が発動してしまったが、そういう時にイチカを諌めるポジションにいる鈴音は変態達自身が追いやってしまっている。

 

(私達の言葉に、イチカが耳を傾けてくれるか…………!?)

 

 箒は内心考えてみるが、それは難しいだろう。イチカも彼女達の女子力がそれなりに高いことは理解しているだろうが、彼女の場合『変態の言っていることは一見まともに見えても何か裏があると思え』みたいに思っているに違いない。実際サンオイルにかこつけてセクハラする気満々だったので間違いではない。

 だが、こうなってしまってはもはやセクハラとか以前にイチカにオイルを塗らないことには然る後の日焼け&イチカのひりひり地獄は免れない。あと、その監督責任とかで絶対鈴音が変態一同に折檻を始める。セクハラのおしおきならともかく、そういう不手際で折檻を喰らうのは避けたいのであった。

 

「イチカ! この間の髪を洗った時の話は覚えているよね……?」

 

 そこで出たのがシャルロットだった。彼女はまだ変態達の中では比較的弁が立つ方である。

 

「髪にはなるべくダメージを与えないこと。そしてそれは肌も同じなんだよ。UVを直接浴びると、肌にダメージがきちゃってね…………」

「だから、日焼けはそれが醍醐味なんじゃないのかよ?」

「ううううう、価値基準が違いすぎるよう…………!」

 

 シャルロット、撃沈。

 お前本当に内面の女性化が進んで女体化が解除できなくなってんの? って感じのイチカだったが、別に『女の子のままでいたい』のと『細かいところの感性が男のまま』なのは相反しない。むしろそこがTSっ娘(中期~後期)の醍醐味だったりするので、変態淑女的にも痛し痒しなのだった。

 

「おー、なんだか面白そうなことになってるねー」

 

 そこで、能天気そうな田村ゆかりボイスが聞こえてきた。

 

「束、余計なことはするなよ。前に砂浜を泳ぐ怪物サメを放流したことはまだ忘れていないからな」

「まーまーちーちゃんそう言わずに。あの時はちーちゃんが速攻で片付けてくれたから被害者ゼロだったじゃない。あと、篠ノ之(姉)じゃなくて良いの?」

「今日一日は自由時間だからな。今の私は織斑先生ではなくただの千冬だ」

 

 声の主は、遅れてやってきた千冬と束だった。束はいつもと同じ不思議の国のアリスの服をカジュアルにした感じの格好だが、千冬の方はトップの中央のヒモ部分にサングラスをひっかけているだけのスタンダードな黒ビキニ――なのだが、やたらとボトムがローライズだったり、下腹の部分が微妙に肉抜きされてたりで『これちょっとギリギリじゃないの?』って感じの露出度を攻めていたりしている。

 ともすると痴女一直線なのだが、それでも平然としているあたりは大人の余裕なのだろうか。さしもの変態達も、一人の女として一瞬気圧されざるを得なかった。

 

「それと、イチカ――――」

 

 全員を一瞥した千冬は、そこでイチカの姿を目に留める。太腿までを白のパーカーで覆った姿に千冬は眉を顰め、

 

「…………そのパーカー、脱がないのか?」

 

 ちょっと残念そうに言った。

 なんかもう威厳とかそういうのは全部どこかに置いて来たようなセリフだった。

 

「あ、あれ……? 織斑先生、いつもとちょっと雰囲気違うような」

「教官から…………『死』のイメージが感じられない、だと……?」

「ラウラは一体、千冬さんにどんなイメージを抱いているんだ?」

「なっはっはー! IS学園に来てからの子達は知らないかもしれないけどね」

 

 そんな千冬に動揺する変態達を見て、束はどこか誇らしげに笑いながら、

 

「ちーちゃんはこう見えて意外とお茶目なんだよ。学園じゃ私がいつもボコボコにされてるけど、プライベートじゃわりと私がやりこめたりすることもぐりんっ!?」

「生徒の前で余計なことを言うな、篠ノ之(姉)」

「ぐ、ぶぶう……今日はただのちーちゃんなんじゃ…………」

 

 若干理不尽だった。

 さておきもうすっかり慣れっこなのか、首を半回転捻りさせた束には一瞥もくれずイチカが答える。

 

「脱がないも何も、水着恥ずかしいしな」

「だが泳いだりしないと、海に来た意味がないだろう。どうだ、少しでいいから泳いで来い。夢中になって遊べば恥ずかしさなど忘れるぞ」

「う、うーん…………」

 

 姉の言葉ともなると、流石に変態といえど無下にできないのがイチカである。あと、この千冬の言葉には劣情というより本当に姉として弟を気遣う気持ちがあったりするのも大きいだろう。

 

「それに、せっかく海に出たというのに浜辺で一日過ごすというのももったいないだろう。行って来い」

「そうだな…………うん、分かった」

「あと、オイルなら私が塗ってやる」

「ちょっ!?」

 

 さらっと重要ポジションに自分を捻じ込ませる千冬なのだった。変態達も思わず目を剥くが……、

 

「なんだ? 何か問題でもあるか? 姉が弟のサンオイルを塗ってやるというだけの話だ。むしろそこに家族以外の誰かが入り込む余地があるか?」

「くっ、諦めるしかないというのか…………」

「教官…………教官がイチカときゃっきゃうふふ………………」

「あぁ! ラウラがなんか凄い至福っぽい顔でトリップしてる!」

「…………ラウラちゃんって、TS百合もいけるタイプだったっけ…………?」

 

 そんなこんなで、サンオイルは千冬担当になったのだった。

 

***

 

 サンオイルのくだりは、意外にも千冬が特にセクハラをしなかったためカットされました。

 

***

 

「ビーチバレーをしますわよ!」

 

 きっかけは、生傷の絶えない貴族令嬢ことセシリア=オルコットのそんな宣言だったか。

『いや、俺遠泳したい』『イチカ、そこで横になってよ。砂で埋めるから』『ジャパニーズ・砂風呂か……』『……ラウラちゃん、色々ごっちゃにしてない……?』などなど、好き勝手に騒ぐ一同を抑えての、セシリア魂の決定であった。

 多分、よほど自分を犠牲にした作戦がこたえたのだろう。

 

 なお、チーム分けは、

 

 イチカ・鈴音・セシリア・簪。

 箒・ラウラ・シャルロット・束。

 

 というラインナップになっていた。

 なお、ルールの方は人数が多いのでコートの広さ含めて通常の室内バレーと同じ、三回までボールに触って良い、という感じになっている。

 

「いや、待て待て! なんで束さんが加わってるんだ!?」

 

 さらっと束が入っていることに、イチカは思わずツッコミを入れる。

 なお、現在のイチカは白パーカーを脱ぎ去ってその下にある白地に黒い縁取りのビキニを着ていた。変態的にはイチカがビキニ(しかもけっこうエロめ)とかすぐさまフィーバーに入りたいところだったが、それやっちゃうとイチカが恥ずかしがってパーカーを着てしまうので心の中でフィーバーに留めているのであった。

 

「え? だって人数足りないじゃん」

 

 けろっと当然のような顔をして言う束だったが、千冬が抑えに入っていないところを見ると大丈夫…………なのかもしれない。いや、本当にそうか?

 

「まぁ人数は少ないのは確かだし、あたしは別にいいわよ。っていうか、自陣にいる二人の方があたしとしては心配なんだけど」

「それはわたくしの台詞ですわ。鈴さんなんか引っかかる部分がないからスライディングの拍子にビキニがズレそうですし」

「あんたの方がスライディングしたときズレそうじゃないちょっと試してみなさいよホラ!!」

 

 ズザザザザ!! と余計なことを言ったお馬鹿が砂を巻き上げながら砂上を滑走していく。

 

「さて、始めるか」

「…………いや、セシリアが戻って来るの待たなくていいのか?」

「始めたら適当に戻って来てるよ」

「それもそうか…………」

 

 なんか信頼感のようなものが生まれていた。

 

「さて、じゃあまずはこっち側からだね。いっちゃん、サーブよろしく~」

「おっけ」

 

 束に放り投げられたビーチボールを手に取ったイチカは、そのままぱこーんと相手コートにボールを打つ。ボールは緩やかな放物線を描き、コートの隅の方へと吸い込まれて行った。

 これを、箒が転がりながら拾い上げる。

 

「くっ、イチカのヤツめ。最初からエグいコースを攻めてくるな……!」

「はいはい、ラウラ行くよー」

フォイアー(Feuer)!」

 

 そして上がったボールを、ラウラが打つ。一応ラウラは茶道部に、他の面子も箒は剣道部、セシリアはテニス部、鈴音はラクロス部、シャルロットは料理部、簪はパソコン部に所属していて、ビーチバレーひいてはバレーボールも初心者のはずなのだが、彼女達は基本的に完璧超人のケがあるのでそこのところはあまり気にしてはいけない。

 

「思い出したようにドイツ人要素ツッコむのやめてくださるかしら!?」

 

 唐突なドイツ語にツッコミを入れたセシリアを筆頭として、全員がスパイクに備える――――ボールが向かった先は、イチカだった。

 

「俺だったら落とせるとでも思ったかよっ!!」

 

 が、イチカもさるもの。時速一〇〇キロ以上は出ているのではないかというくらいの剛速球を前に少しも臆さず、レシーブの構えをとる。なお、イチカは帰宅部だがバレーもしっかりできるようだ。この面子の中ではおそらく唯一まともに中学校の授業を受けているのでバレーの経験値はある意味一番高いのかもしれないが。

 しかし――――、

 

「――!! ダメ! イチカ躱して!」

「はぁ? 躱したらボールが地面に、」

 

 と、イチカが言いかけたその瞬間だった。

 ぱん、と。

 ビーチボールが、空中で突如破裂した。否――――そのあまりの速度に、ビニール質のボールが空気抵抗で熱され、強度の限界を超えて爆発四散したのだ。

 だが、だからといってビーチボールがそのまま消滅する訳ではない。むしろ、内部にたまっていた空気はそのままの勢いで、虚を突かれたイチカに殺到し――、

 

「――チィ!!」

 

 運び込まれた暴風によりイチカの水着がまくれなかったのは、それを予期した鈴音が一瞬早くイチカの水着を抑えていたからに他ならない。でなければイチカの黒ビキニは今頃べりんとめくれて、その下にある桜色の小さな突起(婉曲表現)を晒していたことだろう。

 その横で、割れたビーチボールを律儀に相手コースに弾き飛ばしていた簪がドヤ顔していたが、全員が全員総スルーだった。……いや、遠いところから誰かさんの黄色い声援が響いてはいるが。

 

「くっ、流石に鈴か。一筋縄ではいかんな」

「ドンマイラウラ、次があるよ」

「ちょっと待ちなさいよ!!!!」

 

 何事もなかったかのようにボールを調達して続きを始めようとするラウラチームに、鈴音は声を荒げて待ったをかける。

 

「今の何!? 風圧でイチカの水着を吹っ飛ばそうとしたの!?」

「何を言う。偶然だ偶然。我々の全力でボールを叩けばそれは破裂するだろうし、その際加速した内部の空気が暴風となってイチカの水着を吹っ飛ばしてもそれは不幸な事故というものだ」

「事故じゃないでしょ! 明らかにわざとでしょ!」

 

 鈴音が問い詰めるが、決定的な証拠がないのでラウラチームはぴゅうぴゅうと口笛を吹いて追及を誤魔化す。

 

「………………気に入りませんわね」

「……そうだね……私も、気に入らないわ……」

 

 これに対し、意外にも批判的なのがセシリアと簪だった。

 やっと真人間的側面の発露か、と期待した鈴音に対し――――、

 

「水着があるからエロいんですわ! わざわざ脱がすなど愚の骨頂!」

「日本にはこういう格言があるわ…………『脱がすエロより着る非エロ』。時として、脱がないエロスは下手な一八禁より威力が高いの…………」

「主義主張の問題かよ!」

 

 変態は所詮変態だった。

 

「ふん、純情気取りめ! 脱がせてこそのラブコメ、脱いでこそのエロスよ! こう、水着を抑えて恥ずかしがる姿が良いんだろうが!」

「やっぱり、裸になって初めて真の付き合いが生まれると思うんだよね」

「というかビーチバレーの流れになった時点でなんかやらなきゃって思ってたし……」

「今日は箒ちゃんの誕生日なんだよ! 少しくらい良い思いさせてあげてもいいじゃん! ぷんぷごはぁっ!? すみません大人しくしてます……」

 

 ぶりっ子全開にしていた次の瞬間、突如虚空から発生した拳型のエネルギーにブン殴られた束はともかくとして、脱衣エロ派と着衣エロ派に分かれたことで、ビーチバレーは混沌の様相を呈した。

 

「喰らえイチカ! スイングの風圧で水着をめくるアタック!」

「させない……! 偶然通りすがったお姉ちゃんが風圧に対する盾になってくれたガード!」

「それならこれでどうだい!? スライディングした砂で下から水着を押し流すレシーブ!」

「残念それは私の水着ですわ!」

「着なさい! あんたが脱げても色々アレなのよ!!」

 

 仁義なき攻防はその後も続いていき、ビーチバレーは白熱したままマッチポイントを迎えていた。

 …………ラウラチームの方が。

 そう、意外と彼女達もセクハラの傍らガチでプレーしているのであった。セシリアや簪達『着衣エロ派』も脱がせないというだけで折に触れてボディタッチしていたので、そこの隙を突かれていたともいう。

 

「チッ、どうせなら負けた方が勝った方の言うことを聞くとかそういうルールを設定しておけばよかったな……」

 

 ぼやきながら、ラウラがボールを構える。これを落とせばイチカチームの敗北なので、イチカ達もここばかりは真面目な面持ちだ。

 …………だからだろうか。その横で、束がにんまりと笑みを浮かべたのに気付けなかったのは。

 

「! 待てラウラ、()()()()()!! 束が何か企んで――、」

「……と思わせてゲームを中断させるのが目的かも?」

「っ!」

「なんちゃってはいスイッチオぐぶぶぅ!?」

 

 束は不可視の攻撃で叩き潰されたが、コンマ数秒早くスイッチが入ったのか、砂浜の砂が不気味に流動し、そして隆起していく。それだけでなく、イチカもそれに巻き込まれて行ってしまう。

 

「う、うわああ!?」

「ふははははー!! 流石のちーちゃんも砂の中に放流どころか砂全体を支配する能力までは読めなかったでしょー! 束さん謹製のナノマシン操作だよ!」

「こ、この能力…………お姉ちゃんと同じタイプの……?」

「そ、そういうノリいいから! 早く助けて! ってうわあああ中の砂が思いっきり俺の水着を持って行こうとしてる! ヤバいヤバい!」

 

 既に半泣きのイチカが悲鳴を上げるが、頼みの綱の鈴音もまた砂に足を取られて動けない状態だった。ちなみに変態達は『うんうん、それもまた丸呑みだね』とか言って日和っていた。

 

「くっくっく! ちーちゃんもこういうときは役得とか考えてけっこうスルーしてくれるし! これは勝った! いっちゃんの全裸写真いただいたよ! その子は武装を全排除して単一仕様能力(ワンオフアビリティ)によって機体アーマーを構成するタイプだからねぇ! いくら破壊されてもすぐに修復されていくから、コアを機能停止させない限り止まらないんだよ!!」

 

 勝ち誇る束。

 もはや、勝機はないのか…………そう思われたその時だった。

 

 というか、賢明な読者諸氏なら今頃こう思っていることだろう。『でもイチカって常に「零落白夜」が暴走している状態だから、ISの力を使って襲ってもすぐ無効化されるんじゃね?』と。

 その点に関しては解除されてもすぐまた別の砂が押し寄せてきているということで決着がつくのだが、それはそれとして、ISのアーマーがコアを中心に構成されるという関係上、当然その中にイチカを巻き込めば、コアとイチカの距離は近づく訳で…………。

 

「え? コアってこれのこと?」

 

 そんな感じで勝ち誇った瞬間、イチカの足がコアに触れ、隆起していた砂が一気に崩れてしまった。まさしく砂上の楼閣のようなはかなさである。

 

「………………あー…………」

「……イチカ。いい機会だから、ちょっとそこの万年発情兎を抑えててくれない? 今のあんたが抑えてれば、得体のしれない科学力とか全部無効できるでしょ」

「えっあっちょっと待って!? 束さんってばちーちゃんと違ってタネのある超人さんだからそういうことされるとわりとガチに洒落にならないことになりそうなんだけど!?」

 

 慌てふためく束だったが、イチカはにっこり笑って束を羽交い絞めにすることで答えた。

 

「待って待っていっちゃん束さんが悪かったよ反省してるよちょっとした出来心だったんだよ箒ちゃんに対するプレゼントだったんだよ!」

「悪いけど、執行猶予は初犯じゃないとつかないのよ!!!!」

 

 ゴッ!!!!!!!! と。

 強烈な音が響き、鈴音はツッコミストとして一段上の位階に到達したとかなんとか。


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