【完結】どうしてこうならなかったストラトス   作:家葉 テイク

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第三三話「本編(2)」

「いや、お食事もいいんだけどさー、その前にちょっとイベント挟ませてね?」

 

 相変わらずのメタ発言を交えながら、束(浴衣姿)がそんなことを言ったのは、ちょうど夕食前のことだった。

 

「なんでもいいですが、さっさとしてくださいます? わたくしはイチカさんにお刺身をあーんするというスーパー大イベントを前にお預けを喰らっているのですから」

「へいへいそいつは野暮だぜイギリスガールA! っていうか一大イベントならこっちも超ウルトラハイパー一大イベントなんだからね!!」

「頭悪いイベントの予感がする…………」

「だまらっしゃいっちゃん!」

 

 不機嫌そうなセシリア(浴衣姿)の横で、ごくごく常識的な見解を言ったイチカ(浴衣姿)。束はそんなイチカをその一言で黙らせ、パチン、と指を鳴らす。

 すると、そこらで各々好き勝手遊んでいた学生達(浴衣姿)が一斉に集まり、イチカの向かいで食事をしていた箒(浴衣姿)を取り囲む。それだけでなく、どこからともなくじゃじゃじゃじゃーん、じゃじゃじゃーんというBGMが流れてきた。

 イチカは、困惑を多分に含んだ表情で首を傾げる。

 

「なんで結婚式のBGMが……」

「いやぁ、こういうときどんなBGMを流せばいいのか分からなくって。まぁ、ある意味箒ちゃんと私の結婚みたいなところあるし?」

「それはないぞ、姉さん」

 

 きっぱり断言する箒をよそに、まるでモーセの伝説のように人の波が横に割れていく。

 人の波の向こうにあったのは、一機のISだった。

 深紅のカラーリングの、先鋭的なデザイン。エンジン音だけ聞いてブルドーザーだと分かるように、ISの機構についてまだそこまで詳しくない一年生でもそれが凄まじい技術によるものだと分かった。

 

「――――はいっ! というわけで、束さん謹製の箒ちゃん専用第四世代IS、その名も『紅椿』だよ! 箒ちゃん、お誕生日おめでとうっ!!」

「え、」

 

 それに対し、困惑を示したのは箒だった。

 ()()()()()()()()では箒専用ISの開発は箒の要望だった節があるが、この世界の箒はイチカのセクハラに大忙しだったのでそういうことを考える余裕がなかったのである。

 

「いや、姉さん、いくら身内でもその、コアを一つ増やしたりしちゃうのは条約的にマズイのでは……?」

 

 わりに常識人なところもある箒は、顔色をうかがうように千冬の方を見てみるが、呆れこそしているものの特に止めようとしている様子はない。OKということらしかった。まぁイチカの存在からして色々フレキシブルなので、ここのところを気にするだけ無駄なのかもしれない。

 そして、それを目の当たりにしていた一般生徒はというと――――

 

「おめでとう、篠ノ之さん!」

「イチカちゃんの白と箒ちゃんの赤で紅白だね、めでたいね」

「おっ一箒CP復活か?」

「もうルート固定されてるよ」

「弾ルートで?」

「鈴ルートに決まってんじゃん」

「もうハーレムルートでよくない?」

「あ?」「お?」「は?」

 

 そんな感じで、概ね歓迎なのだった。

 そこかしこでCP論争に発展しているのはいつものことなので気にしてはいけない。

 

「……みんな、いいのか? 卑怯とかずるいとか、そのへんのくだりやらなくても」

「いや~、というかね」

 

 一部始終をみんなと一緒にわいわいしていた本音は笑いながら、

 

「いい加減、次期代表とか専用機持ちとかでレギュラーメンバーを一言で言い表せないのが面倒でね~。モッピーが専用機ゲットしたら、晴れてレギュラーメンバーを『専用機持ち』でひとくくりにできるから」

「ああ……それで…………」

 

 大歓迎の理由が果てしなくメタいのだった。

 

「でも、ありがとう姉さん。大切にするよ」

「いやー束さんとしては秒でブッ壊すくらい乱暴に扱ってほしいんだけどもね。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 なんか良く分からないことを嘯く束はさておき、それを受けて素知らぬ振りをしていたイチカはじめその他の面々も動き出す。

 

「――――やれやれ、束さんが新型ISなんてモン出したから霞んじゃったけどな」

「お誕生日、おめでとうございます、箒さん」

 

 そう言ってセシリアは、虚空から一つの箱を取り出す。

 そこに載っていたのは、真っ赤なリボンだった。

 

 直後、急に旅館の照明が消される。

 

「…………ライトアップの準備は、完璧……」

「フン、この程度軍事作戦に比べればなんてことない」

 

 いつの間にか宴会場の隅に移動して照明を操作していた二人の活躍なんかもありつつ。

 

「そして、やっぱり誕生日にはこれがないとね!」

 

 ボッと、呆然としている箒の目の前に、一六個の明かりが現れる。いや、それはただ独立した明かりではなかった。

 正確には、ケーキに灯された一六本の蝋燭。

 

「お前達…………」

「あたし達なりに、一生懸命選んだから、きっちり喜ばないと許さないんだからね」

 

 そう、鈴音は照れくさそうに付け加える。なんてことなさそうに言っている鈴音だが、隣でリボンを差し出しているセシリアは知っている。彼女こそ、最後の最後までどんなものを贈ろうかでずっと悩んでいた張本人だと言うことを。

 ちなみに、送るものはリボンにしよう、というのはイチカの発案だった。曰く、よく使うからたくさんあっても困らないだろうし、気持ちが伝わりやすいだろうから――とのこと。こういうところで無駄に最適解を叩き出すからお前は天然ジゴロなんだ、と鈴音に詰られるハメになっていたのはちょっと可哀想だったが。

 

「せっかくの誕生日に、怒られるのは御免だ、なっ……!」

 

 箒は、目に涙すら浮かべながら、渡されたリボンを受け取り、早速新しいものに付け替える。

 

「…………どうだ、……似合う、か?」

 

 少し背中を逸らして、ポニーテールを周囲に見せる箒に対し、イチカは迷わずこう返した。

 

「――ああ、めちゃくちゃ似合ってる」

 

 

「……だーかーらーよ――――おぉ…………」(注・鈴音です)

「ひいっ!?」

「そぉぉぉやって無意識にイケメンかますから誰彼かまわず引っ掛ける天然ジゴロが出来上がるんだろうがよぉぉぉ」(注・鈴音です)

「えっ、えっ!? 今俺何か悪いことしたか!? 普通のやりとりだったよな!?」

「う、うむ…………正直、一瞬かなりきゅんときてしまった……」

「おぉぉぉらぁぁぁああああああああ!!!!」(注・鈴音です)

「り、理不尽だあ――っ!!」

 

 ………………ちょっと前の辺りで終わっておけば、良い話で済んだのだが。

 しかしまぁ、そこで終われないのが、彼女達のいいところなのかもしれない。

 

***

 

 そんな感じで、わちゃわちゃとした食事前のイベントなどがありつつ。

 大宴会場では、束が箒に紅椿の仕様を説明している真っ最中であった。……まぁ、外野のイチカは聞く気など皆無なのだが。

 なんか『世界の壁をブチ破って』とか聞こえてはいけないワードが聞こえたような気がしたが、イチカは気にしないことにした。世界の壁くらい、千冬ならその気になればいくらでも破れる。

 

「やー、改めて見ても壮観だなぁ、この風景」

 

 そう言いながら、イチカは胡坐をかいて辺りを見渡す。流石に大宴会場というだけあり、総勢で二〇〇人近いIS学園一年生がまるまる入っていても息苦しさは一切感じられない。これだけの大人数の料理を作る旅館の方に、イチカは素直に感謝と『どうやって大人数の料理を作る工夫をしてるんだろう?』という主婦的好奇心を抑えられなかった。

 

「…………ってイチカ、あんたなんてカッコしてんのよ」

 

 と、そんなイチカの姿を見咎めたのは、セシリアの隣に座っている鈴音だった。

 そう、イチカは現在絶賛胡坐中である。浴衣姿で。流石にラノベ的お約束に則って和服の時はノーブラノーパンという感じにはなっていないので、下着はちゃんと着ているのだが、胡坐をかくということは足回りが肌蹴やすくなるということでかなり危険な状態なのだった。あと、単純に見栄えが悪い。

 

「別に公式な場でもないから足を崩すなとは言わないけど、胡坐はないでしょ、胡坐は」

「そういう鈴はどうやって座って……、……って」

 

 そう言ってイチカは少し身を逸らして鈴音の座り方を確認する。

 鈴音は、いわゆる女の子座りだった。確かに足を崩してはいるが、浴衣は崩れていない。翻ってイチカの座り方だと、浴衣はぐちゃぐちゃになっていた。

 

「あーもー、乱れちゃってるじゃん。ちょっと立って。直したげるから。……ったく、せっかくあたしが着付けしてやったのに…………」

「いや、でも俺男だし」

「それとこれとは話が別よ! こういうのにはお作法ってもんがあるの!」

「うー…………」

 

 見かねた鈴音がイチカを立たせ、着物を整えてやる。

 

「座るときには、膝を立てて座るのではなく全身を曲げるようにして座るとお着物がずれたりしませんわよ」

 

 横に座るセシリアが助言を与えてくれる。というか、欧米人のセシリアはじめ他変態集団まで浴衣の扱いが完璧なのは一体どういうことだろうか、とイチカは思った。

 イチカは知らない。イチカのへっぽこ具合を楽しむのに自分がへっぽこだったら意味がないということで、彼女達が本気で着物の着付けを勉強していたのを。

 

「はい、これでよし」

「ありがと」

「いいのよ、こんくらい」

 

 適当に言い合って、鈴音はあっさりと自分の席に戻って行った。

 イチカも、他の面々を見習って着物が崩れないように座る。……なんだか女の子みたいな座り方で、どことなくむずがゆい気分だった。

 

「さてイチカさん。これで前準備は完了、これからはお夕飯の時間(ショータイム)ですわよ!」

「いやあの、セシリアさん……」

「はい! あーんしてくださいまし!! あーん!! あーん!!!!」

「セシリアさん、後ろ…………」

 

 よほど楽しみにしていたのだろうか、執拗なまでに刺身をイチカに食わせようとしているセシリアの背後を指差すイチカ。その表情は、明らかに強張りまくっていた。気になったセシリアは、何の気なしに振り向いてみる。

 

「は……? 後ろがどうかしたのですか? このポジションはきちんとじゃんけんで勝ち取ったものですので鈴さんにボコボコにされる謂れはありませんが、」

「ほう、では今の貴様の行動が何の問題もないというのか? オルコット」

 

 そこには、織斑先生(浴衣姿)が佇んでいた。

 

「箸の扱いの上達は認めるが、『いただきます』の前に箸を掴んだ者は始末するのが決まりなんだ」

「なっ、そんな決まりがどこに……、」

「さっき私が決めた」

「でっ、ですわ――――っ!?!?!?」

 

 そしてツッコミは、未知の領域に突入する。

 …………ツッコミというか、八割がた教育的指導(しつけ)のような気がしないでもないが。

 

 そんなわけで、お座敷の大宴会場でお夕飯なのであった。

 

 どうも花月荘では館内浴衣着用が推奨されている(着用しないと旅館の人が悲しい顔をする。あとウサ耳お姉さん型UAVがどこからともなく表れて全裸に剥かれてしまう)らしい。楯無や虚だけでなく、千冬も浴衣を着ているのだからほぼ強制のようなものだが。

 ちなみに座る場所については、戦争が起きないようにという配慮でイチカが一番隅に配置され、仁義なきじゃんけん大会を制したセシリアがその隣に座る栄誉を獲得していた。

 そのさらに隣には鈴音がいるので、セシリアが何かしようとした瞬間、走行車両をくの字にひしゃげさせる肘鉄が炸裂するのだが。

 

 なお、弾については身元が分かっているとか千冬じきじきに安全を確認したとか変態達の熱い推薦があったとかで結局旅館に留まることが許されたりなんだりなのであった。それでいいのか、IS学園。

 流石にこの大宴会場にやってきたりはしていないが、夕飯が終わったらイチカは弾と合流するつもりでいた。弾と一緒に遊べる機会は少ないので、会える時に遊んでおこうという考えだ。

 …………変態達から見たら遠距離恋愛中のカップルみたいな雰囲気なのだが、当人にその自覚は全くなかった。それでこそ鈍感の権化である。

 

「うう……酷い目に遭いましたわ……」

 

 横で座るセシリアは、頭を抑えながらそんなことを呟く。

 流石に千冬も、普段束にやっているようなトンデモ攻撃を生徒にしかけることはないらしく、やったことは出席簿で軽く頭を叩く程度で、軽い注意に留めたようだ。

 それでも、出席簿アタックはそれなりに痛かったが。

 

「しかし、千冬姉も言ってたけど、セシリア、箸の扱い上手いなぁ」

「まぁ、このくらいは」

 

 イチカの言葉に、セシリアは少し照れくさそうに微笑んだ。

 

「箸で豆をつまむ訓練をしておりましたが、もともと豆をつまむのはそれなりに得意でしたので」

「は? へぇ……良く分かんないけど」

「セシリア。そっち方向のネタは私達以外には通じないと思うよ?」

「え? ああ、ボケてたの? ごめん」

「ツッコミが雑ですわごぶぅ!?」

 

 ぞんざいに吹っ飛ばされたセシリアは、起き上がると憤慨して、

 

「ちょっとお待ちくださいまし! どういうことですの今のは! ボケに気付いたならツッコむ、気付かないならツッコまない、どちらかにしてくださらない!? そういう風に扱われるのは悲しいのですわ!!」

「面倒臭いわねこの変態…………」

 

 変態というより構ってもらいたいだけなのかもしれない。

 

「はぁ……。まぁいいですわ。せっかくイチカさんの隣に座れたのですもの。あまりギャースカ喚くのも淑女としてみっともないというもの」

「既にみっともないんじゃないか……?」

「今までのは淑女の嗜みというヤツですわ」

 

 呆れるイチカに、セシリアは澄ました顔で言う。イギリスの淑女というのは随分アグレッシブらしいな、と思うイチカである。

 

「では、あーんいたしますわよ」

「待てセシリア」

「…………なんですの? ラウラさん。早くしないとせっかくのお刺身が酸化して味が落ちてしまいますわ」

 

 刺身を箸で器用につまんだまま、セシリアはラウラの方に視線を向ける。

 ラウラは真剣な表情で、セシリアにこう言った。

 

「…………それ、なんかもう普通の学園ラブコメでやるようなことになってないか? 別にここでやらなくてもよくないか?」

「かぁ――ッ!! これだからテンプレばかり与えられてきた甘ちゃんは!!」

 

 エレガントで淑女に相応しいリアクションをとったセシリアは、真剣な表情のラウラに向かって、

 

「いいですかラウラさん。イベントが同じでも、そこに介在している属性がTSならそれは立派なTSFイベントなのです。TSっ娘に女の子があーんする。男の時ならカップルでないとやらないようなやりとりなのに、女同士だから友達のスキンシップで片付く。しかし自分の意識の中では男女…………そんなモヤモヤが良いのではありませんか!! 貴女はもっと別のTSFも勉強なさい!!」

「……そういうセシリアも、TSっ娘が男に靡きだした途端タブごと消すタイプだけどね…………」

「わたくしはもうTSの酸いも甘いも知った上での取捨選択ですから問題ないのですわ!」

 

 セシリアはあらゆるラブコメを経由した上で『もうラブコメに男なんか必要ないんだよ』と言っちゃうタイプのオタクなのであった。どっちにしろ面倒臭いオタクである。

 そんな風にギャースカ喚いているセシリアの横で、イチカは彼女の持つ箸と彼女自身の顔を交互に見て、

 

「…………えっと、別に俺、今更あーんくらい恥ずかしくないけど」

「なん………………ですって………………!?!?!?」

「うんうん、それもまたTSFだね」

 

 戦慄するセシリアの真向いで、シャルロットはうんうんと頷いていた。

 

「ま、まぁいいですわ! 恥ずかしくなくともそこにイチカさんがいればその時点で世界はT・S・F! さぁあーんいたしますわよ! あーん! あーん!!」

「必死だなー……」

 

 言いながらも、特に実害がある訳ではないので、イチカも素直にあーんと口を開ける。

 目いっぱい大きく開けているはずなのに、その口はやはり男のそれよりも小さい。

 小さく白い歯に、その外側に見える、桜色に色づいた唇――思わず、あらゆるものを投げ捨ててむしゃぶりつきたくなる衝動に駆られるセシリアだったが、鋼の精神力でそれをねじ伏せ、そして手に持った刺身をイチカの口の中に運んでいく。

 英国人で箸の扱いがそこまで上手くなかったセシリアがここまで上等な箸使いをモノにしたのも、全てはこの時の為だった。

 ちなみに、()()()()()()()()では正座も無理だし箸も使えないし魚は匂いからしてダメなのであった。文化の違いとはかくも恐ろしい。

 

 そして――、

 

「あむっ」

 

 刺身を運ばれたイチカの唇が、無事に閉じられる。

 直後、イチカの顔が、分かりやすくほころんだ。

 

「んぐ、んぐ……んっ。これ、カワハギか!?」

 

 ゆっくりと、味わうように咀嚼したイチカは、目を丸くして刺身の種類に気付く。

 

「しかも肝つき! いやぁ凄いなあ! 噛んだ瞬間に現れる独特な歯ごたえ、クセのない味だからいくらでも何度でも食べられるぞ、これは! 肝も臭みや苦みは全くしないし……それでいて、うまみとコクがある! ちなみにこれ、肝をといた醤油で食べるとさらに美味いらしいんだけど……お、ちゃんと用意されてる!」

 

 イチカは目を輝かせながら、自分の皿の刺身をとり、肝醤油――セシリアにはそれが何か分からないが――にさっとつけ、自分で食べてしまう。

 

「むう~~っ……! んまい! 肝のうまみが刺身のクセのない味と上手く絡み合って、味の相乗作用(シナジー)が計り知れないことになってるぞ! 日本人に生まれてよかった……!」

「なんかここだけ料理小説みたいですわねぇ」

 

 とんでもなく雑な解説だったが、セシリアはニコニコしながらそんなイチカの横顔を見ていた。彼女的にはイチカが舌つづみを打っている部分もまたオカズなのかもしれない。

 

「…………そういえば……部屋割り、イチカちゃんは千冬さんと同室って、本当……?」

 

 そんなイチカの斜向かいに座る簪は、ほどほどのところで話題を切り替える。

 イチカはそんな簪に頷き、

 

「まぁ……千冬姉の言うことだしな」

「(チッ…………あの人、イチカちゃんを独占したいだけなんじゃないの……?)」

「何か言ったか、更識(妹)」

「ヒィッなんでも…………、……ってあれ、どこから聞こえてきたの……?」

 

 濃密な殺気に思わずあたりの様子を伺う簪だったが、あたりに千冬らしい姿はない。というか、千冬ははるか向こうで楯無と同じ卓を囲って食事をしていた。まぁ、またぞろ意味の分からないチート技で座標情報を誤魔化したりしていたのだろう。

 

(私は、何も聞かなかった…………)

 

 でも、織斑先生の悪口は言わないようにしよう、と優等生簪ちゃんは思ったのであった。

 

「しかし、今回ばかりは千冬さんも英断だったんじゃないか? 正直、私はイチカが泊まっている部屋なんて聞いたら自制できる気がしないぞ」

「そうですわね。…………それに、時間もないことですし、ミス千冬の力を借りざるを得ないという部分もありますでしょう」

 

 セシリアの言葉に、専用機持ちの面々は沈鬱な面持ちとなる。

 結局、ここまでやって、残り一日というところまで来たが、イチカが男に戻る兆しは全く見られなかった。方法論が間違っていたのか、そもそもイチカが男らしくなっていないのか――どちらかは分からないが、タイムリミットはもうすぐそこまで迫って来ている。

 こうなれば、千冬に一晩預けて、最後の望みを託す――というくらいしか手は残されていない。

 

「…………気にするなよ。まだ望みがゼロってわけじゃないだろ? それに、みんなが必死になって頑張ってくれたってことは、俺が一番よく分かってる。…………もしもダメだったら、それは俺の責任でもある。だから、気負わないでくれ」

 

 そう言って笑うイチカの表情には、悲壮感はない。だが、彼女だって当然、内心では不安に思っているはずだ。いくら無意識のうちに女性のままでいたいと思っていたとしても、それはあくまで無意識の願望であって、彼女の表層意識では、もちろん男に戻りたいと思っているはずなのだから。

 それに、そうした願望を抜きにしても、今までの自分の人生が大幅に変わってしまうという事態になって、全く不安に思わないことなどありえない。

 そんなイチカを見て、鈴音はイチカには聞こえないくらいの声で呟く。

 

「…………ったく、あんたはこんな時まで、他人の心配ばっかり…………」

「ん? 何か言ったか?」

「あんたの方が気負ってんじゃないかって、そう言ったのよ」

 

 いつも通り首を傾げたイチカに、鈴音はそう言って肩を竦める。

 肝心なところで難聴なのも、どんな逆境でも折れないところも、やはりイチカは、根元の部分では変わっていない――鈴音はそう思う。確かにところどころ女の子っぽい嗜好があるのは否定できないだろう。弾との恋人ごっこを経て、無意識にしても何か思うところがあった――という可能性は確かにある。だが、それにしたって『イチカが男に戻れない』という部分から原因を類推しただけで、確たる証拠が転がっている訳ではない。

 だが、それよりもっと重要な部分で、織斑イチカは織斑一夏のままだ。

 では、何故イチカは男に戻れないのか。

 いや。

 そもそもの問題として。

 

 …………何故、女のままになってしまったのか?

 

「…………………………………………」

 

 鈴音は、刺身を食べてほころんだ可愛らしい表情を見せるイチカに視線を向ける。

 

 ――イチカ、なんであんた女のままなの?

 

 一番聞きたい言葉は、絶対に喉から出ようとはしなかった。

 これじゃあイチカの難聴を責められないな――と、鈴は一人苦笑した。

 

***

 

「よーす」

「おう、おまたせ」

「こうしてちゃんと会うの、久しぶりなんじゃない?」

 

 食後。

 イチカと弾、それに鈴音の三人は、旅館の遊興室で合流していた。

 何気に、弾と鈴音が会うのはかなり久しぶりである。例のタッグトーナメントの時も、鈴音はいつも弾と入れ違いになっていたし。

 

「おう、そうだな。久しぶり」

「この三人で集まると、中学時代のことを思い出すなぁ」

「主にお前ら二人の暴走の尻拭いを俺がしてたって関係だけどな」

「何言ってんのよ。男二人の無茶をあたしがどうにか制御してた関係でしょ」

「いやいや、何だかんだ言って俺がお前らの無謀に振り回されていただけのような……」

「お前が言うなトラブルメーカー!!」

 

 控えめに言ったイチカだったが、直後に両脇から鋭いツッコミを入れられてしまう。あまりの剣幕に、イチカも思わずたじたじだった。(たじたじなのはいつものことだが)

 

「んで、集まったのはいいけど何するん?」

「んー……卓球とかか? 三人しかいないけど」

「あたし一人対あんた達二人でも別に良いわよ」

「俺がよくねーよ! 女相手に二人がかりなんて男が廃る!」

「今はお前も女だけどな…………」

 

 ナメくさった鈴音に憤慨するイチカだが、その横で弾は徐に歩き、

 

「特に良い案がないなら、これやろうぜ」

 

 ばん、とゲームセンターにありそうな筐体を叩く。

 

「IS/VS。アーケード版だよ」

 

 ――IS/VSといえば、今でこそコンシューマに移植されているが、その前はアーケード版のゲームとして売り出されていた。イチカがアーケードスティック(ゲーセンによくある方向スティックとボタンで構成されたコントローラだ)でプレイしていたりもしたのは、そういった由来からである。

 そしてこのIS/VS、基本は世界大会(モンドグロッソ)のルールを踏襲している為1vs1が基本だが、タッグトーナメントなど変則ルールにも対応しているので設定によっては四人対戦もできるのである。

 

「…………って、やっぱり一人足りないじゃない」

「CPUを設定できるんだよ。俺がそいつと組めばちょうどいいハンデになるだろ?」

「なに? ってことは、このゲームのCPUって超強いの? 面白いわね」

「や、そんなに強くなかったと思うけど……」

 

 不安そうに言うイチカに、弾は首を振って、

 

「違う違う。そんなに強くねーよ。ハンデってのは、()()()()()()だ」

「………………は?」

 

 その言葉に、鈴音のこめかみが、ひくりと震えた。

 

「実際のISじゃそっちの方が段違いだろうけど、一応俺だってこのゲームやり込んでるんだぜ? そっちはゲームの中じゃ素人同然だし、このくらいのハンデがねーとな」

「………………へーそう…………ふーん………………」

 

 と、得意げに言う弾だったが、その言動は完全に鈴音の負けん気を刺激しまくっていた。イチカは『やれやれ……』と思いながら頭を振ったが、弾の方もそれは承知済みらしい。いかにも天狗っぽい角度に顎を上げたまま、イチカの方に小憎らしいウインクをしてきたからだ。

 とりあえず、うげーと吐く真似をして返すイチカ。散々な対応だった。

 

「面白いじゃない。やりましょうイチカ。この釈迦に説法天狗童貞を叩きのめしてやるわよ」

「ひどくないかそれ!? あと童貞とか関係ねえし!」

「黙りなさい童貞!」

「ついに童貞だけになった!?」

 

 それを言ったら鈴音だって処女じゃんみたいな部分はあるのだが、男が童貞って罵られるのはまぁOKとしても、女子に処女って言ったらそれはセクハラなのであった。多分、捨てようと思えばいつでも捨てられるものと、いずれ捧げる為に大事にとっておいてあるものの差なのだろう。

 

「まぁまぁ、始めようぜ。俺はラファール・リヴァイヴ選ぶから」

「んじゃー俺は打鉄にしようかね」

「じゃああたしは甲龍で――――ってこれ、グラフィックもあたしになってるじゃん!」

「そりゃそうだろ、量産機以外基本的に操縦者のグラフィックも一つ一つ個別になってるのがウリの一つなんだからな」

「しかも凄いリアルだわ……鏡見てるみたい」

 

 手が凝っている、といえばそれまでだが、逆に言えばそれをウリにできてしまうほど、消費者が()()()()()()に実在の人物の再現性を求めている、ということでもある。それはもう、ただのゲームではなく、ゲームの販売自体がISのアイドル産業的側面の一部に組み込まれていると言っても過言ではないのだ。

 

「……なんつーか、IS産業の歪みってやつね…………」

「そうか? ゲームがよくできてんならこんなの関係ねーと思うけど」

 

 が、ヘヴィユーザーでもある弾はそんなこと気にせずにぽんぽんと設定を進めていく。

『精巧に再現されている』張本人である鈴音としてはまた別の想いがあるのかもしれないが、やがて気にしても仕方ないと思ったのか、はたまた割り切ることにしたのか、持ち前の切り替えの早さでパッパとキャラクター選択を進めはじめた。もちろん選ぶのは甲龍である。

 

「んじゃ、始めるぞー」

 

 日本製の量産機、打鉄を選択した弾がそう言うと同時に、戦闘が開始した。

 

***

 

「ちょっと何これ!! 操作範囲狭すぎでしょ!! 前後左右上下+斜めの一四方向にしか動かせないのよ!? もうちょっと微妙な方向転換とか上体逸らしとかできないわけ!? あんな見え見えの射撃も躱せないとかポンコツ以前の問題よ!?」

「いや鈴、それこのゲームの仕様だから……」

「大体、何よこの甲龍の性能は!! 不可視の弾丸がウリなのに半透明レベルに落とされてるからいちいち打つのに周りのオブジェクト利用して目つぶし併用しないといけないし、エネルギー消費も実物の一〇倍近くデカいわよ!? こんなの詐欺よ詐欺!!」

「いや、国威発揚も兼ねてるから国によって強さが調整されてるんだよ……」

 

 …………とまぁ、こんな感じでゲームは散々なのであった。弾は日本製の打鉄でイチカはフランス製のラファール、鈴音は中国製の甲龍なのもあり、勝負はここまで弾優勢で進んでいた。

 CPUが明らかにイチカより弱いのに、だ。勝負事、ことISの絡むものに関しては人一倍プライドの高い鈴音としては、もう忸怩たる思いすぎた。

 

「まぁまぁ……そろそろ時間も時間だし、戻ろうぜ」

「えー……。……うう、負けっぱなしは性に合わないけど、仕方ないわね」

「へっへっへ、次に会う時までに少しは強くなっておけよ、次期代表さん」

「一週間後にまた会いましょう。ボッコボコのズッタズタにしてやるから」

 

 今にも中指を立てそうな勢いの鈴音を宥めながら、イチカは思いっきり天狗っ鼻を伸ばしている弾に振り返って、

 

「あ、そうそう。千冬姉が言ってたけど、この後俺の部屋に弾も集合だって。何か話があるって言ってたぞ」

「え? 千冬さんが? …………うおお、俺あの人苦手なんだよな……嫌いじゃないし人間的にはむしろ尊敬する部類なんだけど、重圧みたいなのがあってさー……」

「あー、ね。千冬さん、基本身内にはキツイところ隠さない人だし」

 

 あたしも未だに肩に力が入っちゃうわー、と笑う鈴音に、弾は本気で首を傾げた。

 

「え? 俺身内に含まれてたの?」

「そりゃそうでしょ、イチカの親友やってんだし」

「千冬姉、今でもたまに弾のこと話題にするぞ。五反田の兄の方とは最近どうだ、とか」

「うわー……初めて知った。そう言や俺、何だかんだであの人とももう四年の付き合いになるのか…………」

「あとイチカ、その話については後でもうちょっと詳しくね?」

 

 なんてことを言い合いながら、三人は遊興場を出て、一路イチカの部屋に向かっていく。

 その途中で、弾はふと気付いた。

 

「……あれ? そういえばこの後って、お前ら消灯だよな? 一応臨海学校って話だし」

「ああ、そうだな。それがどうかしたか?」

「………………だったら、なんで鈴もお前の部屋に行くのについて来てるの?」

「そりゃ、あたしもイチカの部屋に呼ばれてるからね」

 

 弾の問いかけに、鈴音はさらりと答えた。

 は、と口から不意に呼吸の音ともつかない何かが漏れた弾に、鈴音はさらに言う。

 

「あと、あたし以外の代表候補生もね。…………弾、あんたも知ってるんでしょ、イチカのこと」

 

 先程までの、穏やかな空気は全て投げ捨て、鈴音は弾に、こう切り出した。

 

「今夜が正念場なの。…………あんたにも、付き合ってもらうからね」

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