【完結】どうしてこうならなかったストラトス   作:家葉 テイク

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第四話「ファッキン国連(byイチカ)」

「……はぁ」

 

 四月下旬、昼前の教室。

 机に頬杖を突いてぼうっと前を眺めている少女がいた。艶やかな黒髪を肩甲骨のあたりまで伸ばした、『超』のつく――と表現して良い美少女である。ただし、形の良い眉は今は不満げに顰められ、意思の強さを感じさせる潤んだ黒曜石のような瞳も今はぼんやりと虚空を眺めるにとどまっていた。

 

「イチカさん」

 

 ワンピース型の純白の制服に、同色のニーソックスと革のブーツ……IS学園の女子制服を身に着けたその少女に、ふわりと涼しげな風のような声色の呼び声がかかる。胡乱げな眼差しでそちらを見ると、金髪碧眼のお嬢様然とした美少女がそこに立っていた。

 

「……セシリアか」

「不満そうですわね?」

「当然だろ」

 

 少女――イチカはそう言って、溜息を吐くように俯いた。

 イチカの法律的な性別は、男だ。

 といってもこれは彼女が女装しているとかそういうわけではなく、()()()男である、という意味になる。彼女――あるいは彼――はどういうわけか、ISを装着すると女になってしまうのであった。男でISを起動させられるのはそもそもイチカただ一人なのでそれが彼の体質なのかどうかは定かではない。ただ、イチカがそんな自分の身の上を疎ましく思っていることは確かだった。

 話は戻るが、そんな彼女が女の姿をしているということは、既にISを展開しているという意味である。しかし、彼女の周囲にISを世界最強の兵器にまで押し上げた兵装たちは存在していない。

 

「股がすーすーする……」

「女の子はみんなそうですわ」

「俺は男なんだって……」

 

 加えて言うと、初めての女子制服に戸惑いまくりだった。ISスーツは、確かに違和感があるといえばあるのだが、水着という意識があるからか、自分のヴィジュアルさえ想像しなければ問題はない。ただ、女子制服はスカートのひらひら感や空気の流れがダイレクトに直撃するので、なんかこう落ち着かないのである。

 

「そういえばイチカさん、下着は?」

「え? つけてないけど?」

「ノォォおおおおおおおおおおおおおおウッッッ⁉⁉⁉」

「ひえっ⁉」

「いや待てセシリア! つまり今イチカはノーパンノーブラ! そう考えればこの状況は我々にとってチャンス……っ‼」

「いや、あの……」

 

 一気に二人のボルテージが急上昇したほか、クラスで何気なく談笑していたフリをして三人の会話を窺っていた全生徒の眼差しが野獣の眼光に変貌した。特に黒板付近にいた生徒の目つきがヤバい。現在イチカのスカートの中身は教壇によって隠されているのだが、あの目は気合で教壇を透視しかねない眼力だった。イチカは自分がオオカミの群れに放り投げられた一匹のヒツジであることを否応なしに自覚せざるを得なくなる。

 

「そうじゃなくて、ISスーツを下に着てるから……な?」

「……けっ」

「……興醒めだ」

 

 イチカがそう言うと、セシリアと箒のテンションは急降下した。ガタガタっと立ち上がっていたクラスメイト一同も、すぐに席についていた。しかも今度は談笑しているのではなく無言である。イチカは原因不明の罪悪感に襲われた。理不尽である。

 なお、ある種の属性――『制服の中にスク水を着て、あたしってば天才! って思っていたけどプールの後ノーパンノーブラになってしまい涙目になってるお馬鹿な少女って可愛いよね』という信念を持っている派閥は、ここぞとばかりにその良さを周りに説いていたのだが、ISスーツはスク水っぽいが実質的にはスク水でない為あまり効果を成していないようだった。

 

「…………」

 

 イチカにはばっちりと聞こえており、そのせいで彼女の精神力をガリゴリ削る要因になっていたが。

 

「ともあれ、イチカさん。これから一日中過ごすというのに、下着がISスーツなんてよろしくありませんわ」

「でも、山田先生はISスーツはおっぱいの形を整えてくれるし下着としても利用できたりするって言ってたぞ、……セシリア?」

「おっぱ、イチカさんが、おっぱ…………」

「……箒」

 

 セシリアは鼻から興奮の証を迸らせたまま何かイケない世界にトリップしてしまったようなので、イチカは箒に話を向けてみることにした。セシリアに比べればまだ箒の方が良心的である。が、

 

「イチカのおっぱいは形が崩れるほど大きくないから大丈夫だぞぉー」

「ひぃぃぃっ⁉⁉ もっもっ、揉むなぁ⁉」

 

 なんかもう既にセクハラにかかっていたので、イチカは顔面蒼白になりつつ飛び退いた。武装がないとはいえISを展開しているからか、座った姿勢から一歩で二メートルは引き下がる。驚きの回避速度だった。

 胸を揉まれたから恥ずかしい、で顔が赤くなる段階ではなかった。恐怖、恐怖である。胸を揉まれても甘酸っぱいカイカンなんて走らなかったしむしろ怖気をおぼえる。痴漢された女の子ってこんな気分になるのか、とイチカは自分の身を心もとなく思った。

 ……普通、こういう女の子の身体ってか弱いんだねという実感は見知らぬオッサンに電車で痴漢されたり街で不良にナンパされたりして発生するイベントなのだが、何故幼馴染でそんなイベントやってんだ? とクラスの変態淑女たちは思ったが、眼福な光景であることに変わりはないので拝みつつ観察することにした。

 かくして、幼馴染に胸を揉まれて顔面蒼白になりつつ飛び退く性転換少女をクラス全員で拝む、という奇妙な絵面が生まれたのだった。新手の新興宗教である。

 

「……こほん。復活しましたわ」

 

 ティッシュで色々と後処理をしつつ、セシリアが再び顔を上げる。

 

「セシリアの方が良心的だって、俺やっと分かったよ……」

「当然ですわ。YESロリータ、NOタッチ。英国淑女の嗜みですもの」

 

 お前は撫でまくってるけどな、とは、話がこじれそうなので言わないでおいた。目前にツッコミどころがあった為、自分がロリだと認定されていることに気付けていないのは、幸運なのか、不運なのか。

 

「ともかく。あのロリ巨乳眼鏡のトリプル役満女の言うことなんて真に受けてはダメです。アレは教職に就くような年齢になっても男に免疫のない、言ってしまえば彼氏いない歴=年齢のこじらせ女子なのですわ! あんなのに彼氏が出来るなんて今日び少女漫画の世界だけですわ!」

「ああ。山田先生はIS教育が整備されてからの人だから、ずっと女子校で過ごして来た人なんだ。私は様々な学校を転々としてきたから知っているが……女子校の女子は、女子ではない。バイオゴリラだ」

「お、おう……」

 

 ジャングル メス オスト カワラナイ。ミンナ ビョウドウニ ゴリラ!

 今の箒の発言で女子高出身の変態淑女――全体の八割が薙ぎ倒されていたが、事実だし女子校の女子も半ばそれを自虐ネタとして使っている節があるので何も言い返せないのだった。女子校の女の子はお嬢様言葉で薔薇や百合の花が舞い散るような生活なんだろうなぁと純粋無垢なイメージを浮かべていたイチカは夢が壊されるような気持ちがした。

 

「だからな、イチカ。お前もそんなバイオゴリラ系女子になりたくなければ、ちゃんと下着は身に着けよう」

「身に着けようも何も、俺男だからパンツもブラも持ってないよ」

「…………っっっっ‼‼‼‼」

「…………っっっっ‼‼‼‼」

「なんで想定外でしたみたいな顔してるんだよ…………」

 

 大きく目を見開いて絶句している変態淑女二匹を前に、イチカはやれやれといった感じで額に手をやった。

 

「では、買いに行きましょう!」

「そうだそうだ、私達も一緒について行くから下着選びも安心だぞ!」

「え、いやだよ」

 

 イチカは素で断る。

 性転換イベントにありがちな下着&婦人服購入イベントのフラグが叩き折られた瞬間だった。クラスのメンバーも、この展開には落胆が隠せないようである。雰囲気が質量を持ったかのように重苦しい空気が流れて来る。

 しかしイチカはそんなことには気付かずに、さらに言葉をつづける。

 

「だってお前ら、絶対着せ替え人形にするもん。ISスーツの替えは何着かあるから、それを使い回せば別に良いだろ」

「ぐぬぬ……」

 

 実際その通りなので、セシリアも箒も何も言えなかった。

 

「それに俺、今はこんなんだけど、一応男だからな……? 練習期間中だからこうやって女として過ごしてるけど、それもクラスマッチまでだからな……?」

「それは違いますわイチカさん。今はそうかもしれませんが、今後そういうことが必要になる可能性はいくらでもあると思います。たとえば将来、よき男性との出会いに恵まれたイチカさんが男としての性を捨て、女性として生きる決意をしたときにISスーツを着てるずぼらな女って……みたいな感じに」

「ならねえよ‼ そもそも男のことを好きになったりもしねえ‼‼」

 

 男としては最悪な部類に含まれるであろう妄想に、イチカは思わず吼えた。想像するだに鳥肌の立つ光景だった。恐ろしい、と言わざるを得ない。そんな未来になるくらいなら舌を噛んで死ぬ、とイチカは思った。

 ……そんな風に必死に否定するとフラグになるぞ? とそんな一部始終を見ていた変態淑女一同は思う。世界は今日も平和だった。

 

「だいたい、何でわざわざ女子の制服に着替えてまで女の姿で過ごさなくちゃならないんだ……」

「……もう一度説明しなくてはいけませんか?」

 

 むすっとした調子で言うと、セシリアは若干必死な様子で腰を曲げて、座っているイチカに目線を合わせる。子ども扱いされていると思ったイチカはさらに苦々しい表情を浮かべるが、セシリアは気にせずに頬を片手ですりすりと撫でた。

 何だかんだ言って、セシリアは今朝から機嫌がいい。おそらくイチカがずっと女の姿をしているからだろう。

 どうにも納得のいかない気分を味わいつつ、イチカは自分がこうなった経緯を思い返していた――――。

 

***

 

「はっきりと言いますわ、織斑。貴方はこのままだとクラスマッチで確実に敗北します」

「んなこたあ俺が一番分かってんだよ何で辞退しやがった‼」

 

 ――前日の夜。いつものように一夏(というより普段は箒目的なのだが)の部屋に乗り込んできたセシリアは、開口一番人差し指を立ててそんなことを言った。一夏はすぐさま反駁したが、女子というのは都合の悪いものごとはシャットアウトできる高性能な聴覚を持っているものだ。まさしく聞く耳なかった。

 ちなみに、彼の同居人である箒はと言うと、ベッドに寝転がってイチカのあんな姿やこんな姿を納めた写メの数々を眺めてしまりのない笑顔を浮かべていた。既に削除させようと試みた一夏であったが、それは無謀な挑戦だった。むしろ消そうとするたびに写真が倍になっていくという悪夢を目の当たりにした一夏は『見て見ぬふり』を覚えて一歩大人になった。

 

「いつまでも終わった過去に拘泥しても仕方ないとは思いませんこと? であれば、わたくしは貴方を短時間でクラスマッチに通用するレベルの操縦者する為の努力を惜しみません」

「お、おう……」

「――勘違いしないでくださいまし、織斑。貴方の為ではなく、イチカさんの為に動くのですわ」

「(どっちも俺なんだけどなぁ……)」

 

 しみじみと呟いた一夏だったが、多分そんなことを言ってもセシリアの態度は変わらないのだろう。チョロいくせにチョロくない、と一夏は残念な気分に陥った。

 

「でもさ。いっくら俺が努力したって、他のクラスでクラス代表に選ばれるような連中だぜ。一か月やそこらのトレーニングでどうにかなるもんかよ? セシリアみたいな実力者がわんさかいるんだぜ……」

「人を甘く見ないでくださるかしら? わたくしほどの操縦者など、IS学園全体を探しても片手で数えられる程度にしかいません。このクラスが特別なのですわ。他のクラスに散らばっている代表候補生は、四組の日本代表候補生ただ一人。他は、企業のテストなどでISを精々二〇〇時間程度動かしているだけのひよっこばかりです」

「……つまり、二〇〇時間程度のアドバンテージならひっくりかえせる、と?」

「凡人では不可能でしょうね。ただし、イチカさんの才能とわたくしという名コーチがいれば可能ですわ」

 

 胸を張って、セシリアはそんなことを言った。あまりにも驕り高ぶった発言だが、しかし彼女にはそれを可能とするだけの技術と能力が備わっている。そのセシリアに言われたのだから、一夏も何となく気圧されて頷くしかない。

 しかし、そこで待ったをかける人物がいた。それは、先程までベッドでごろごろしながらイチカコレクションを整理していた箒その人だった。

 箒は、先程までのにやついたしまりのない表情などどこかに(ほう)り捨て、真面目な表情で語る。

 

「セシリア。イチカの戦闘スタイルは明らかに近接戦だ。遠距離型のお前では適切なコーチができるとは思えん。分業を提案したい」

「では、そういたしましょう、箒さん。貴女では手の届かない基本操縦技術はわたくしが。近接戦については貴女が教えればよろしい」

「俺の目の前で俺をよそに俺の強化プランが組み上がっていく……」

 

 一夏は呆然と呟いたが、それで話が止まるわけでもなかった。それに一夏も満更、心強い気持ちがある。敵に回ると厄介この上ない変態淑女だが、こういうときには言うことに従っておくべきだろう。何だかんだ言って、彼女達はISのプロフェッショナルでもあるのである。……箒に関しては、専用機を持たない一般生徒だが、多分実姉から何らかの手ほどきは受けているのだろう。多分。

 

「では、織斑。クラスマッチに向けて貴方に一つ、基本的な訓練メニューをお教えいたします」

「お、おう!」

 

 ついに来たか――と思い、一夏は思わず身構える。そんな彼をよそに、セシリアはまるで女教師の様に朗々と言葉を並べ立てていく。

 

「現状、貴方にとって最大のネックは『起動時間』です。まず何よりも経験が足りない。技術などわたくしから言わせてみれば五十歩百歩ですわ。こんなものはすぐにでも塗り替えられる。ただし、機動時間、経験はとにかく動かすことが第一。こればかりはわたくしの力を以てしても如何ともしがたいです」

「そ、それで、その経験を埋める為には……?」

「ええ、それはですね」

 

 セシリアは勿体つけて言葉を区切り、

 

「織斑。貴方は明日からクラスマッチの日まで、一日中ISを展開して過ごすのです」

 

 …………………………………………………………………………。

 

「……ぐふ。一日中イチカさん。ぐふふ」

 

 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

「はァァあああああああ⁉⁉」

 

 口端から欲望が垂れ流れるのを抑えきれないセシリアに、一夏は絶叫という形でツッコミを入れた。

 

「うるさいですわよ織斑ミス織斑が騒ぎを聞きつけてこっちに来ますわ」

「でっ、でもっ、女のまま過ごすなんて……」

 

 声を小さくして再度抗議する一夏。セシリアは口端から流れる欲望を軽く拭い、自信満々で言う。

 

「それが最短ルートですわ」

「いや、そもそもISアーマーを使ってないと何の意味もないだろ? 日常的に展開する以上、武装を出すわけにはいかないから、結局無意味じゃないか?」

「そうでもないですわよ? アーマーを展開していなくともPICは機能していますし、何よりISが貴方のデータを取り込んで動きを最適化してくれますから。とにかく、IS上達の近道は長く機体を起動させ続けることなのですわ」

「ううっ」

 

 はっきり言って一夏は専門外なので、こうも立て板に水を流すようにまくし立てられると、それが正しいのかどうか分からなくなってくる。ただ、セシリアは変態だが誇り高い。自分の得意分野のことで嘘をついて一夏を騙すようなことはしないだろうと思うことにした。

 ただ、だからと言って女の子として過ごすのを認められるわけではない。

 

「っていうか、たとえ武装を出してなくてもISを学園で展開するのってヤバいんじゃないか。色々と法律に抵触するだろ?」

「その点は問題ありません。先ほど国連で特例条約が可決されましたので」

「国連んんんんんんんんんんん‼‼‼」

 

 そういえばこういうノリだった、と一夏は血涙を流して頭を抱えた。ISの無断展開は罪になるんだったよね? あれー? と思うが、考えても仕方が無い問題というのもある。一夏は気にしないことにした。

 だがやはり女の子になるというのは一夏にとっては受け入れがたい。先日ゲロの危機の為に仕方がなく授業時間中に使用したが、あの時も散々な目に遭った。なるべくならもう二度とISには乗りたくない一夏である。

 

「っていうか、そもそも俺はわざわざそんなお膳立てなんかしなくたってちゃんと動けるぜ。山田先生の突進も回避したし」

「……では、試してみますか?」

 

 なのでそもそもの前提から突き崩しにかかった一夏に、セシリアは挑戦的な笑みを浮かべる。むしろ、その方向に持って行こうとしていたとでもいうかのように。望むところだ――と考えた一夏だったが、生憎この時間にはもうアリーナは閉まっていたし、それに専用機持ちといえどアポなしでアリーナを使うのは難しい。……既に負けん気を刺激されて思考を誘導されていることには、単純な彼は気付けない。ついでに言うとこうして言動のパターンを記録していくことで女の子の時に円滑にセクハラを進める方法論を構築するという策略にも、純粋な彼は気付けない。

 

「ご安心を。アリーナをわざわざ使わずともやりようはいくらでもありますわ。たとえば、ISのコアネットワークを用いた複数コア演算による仮想模擬戦とか」

「え、ええっと、よく分からないけど、それをやれば良いんだな?」

 

 そう言って、一夏は右腕を突き出す。その手首に嵌められた待機状態の白式がきらりと輝く。

 

「設定はわたくしが行うので、貴方は指示に従ってください」

「ああ、分かった……、」

 

 言いながら眼前に現れたウィンドウを操作すると、一夏は一瞬目眩を感じた。

 頭を揺さぶって再度あたりを見渡すと、そこはすでにアリーナになっていた。

 

『これより、仮想模擬戦(ヴァーチャルトレーニング)を開始いたします。双方準備を行ってください』

 

 電子音声によって我に返ったイチカは、そこでやっと声を発した。

 

『……白昼夢?』

『正確にはその原理を利用した仮想模擬戦(ヴァーチャルトレーニング)ですわ、イチカさん』

『セシリア? ……ってうお! 女になってる⁉』

『ISを展開するのですから当然ですわね。それより、模擬戦ですわ。準備はよろしくて?』

『……、おうっ!』

 

 イチカは威勢良く構える。それを認めたセシリアは柔らかく微笑み、

 

『わたくしの兵装はこのビット。第三世代機ブルーティアーズのキモですが……今日はおためしですので、こちらのライフルだけでお相手しましょう』

『……油断して、あとで吠え面かくなよっ……!』

『――油断ではありません。「自負」ですわ」

 

 そのやりとりを合図に、二機は動き出した。イチカも言うだけはあり、高等技能である瞬時加速(イグニッションブースト)をいとも簡単に使用し、手に持ったビームサーベル――情報によると雪片・弍型と言うらしい――を振るおうとセシリアに肉薄してくる。

 並の操縦者であれば、虚を突かれて一撃もらっていたかもしれない。しかし生憎、セシリアは並の操縦者ではなかった。

 

『「それ」は貴女だけの特権ではなくってよ?』

 

 瞬時加速(イグニッションブースト)

 右への回避によって一瞬にしてイチカの眼前から姿を消したセシリアは、加速の止め方が分からずあたふたとするイチカの背中に照準を合わせ、

 

『撫でてさしあげますわ』

『そうくるだろうってのは、分かってんだよっ‼』

 

 咄嗟に、イチカは雪片を背中に回して防御を図る。雪片にはISの放つエネルギーを相殺する『零落白夜』というシステムが搭載されている。ゆえに、ただ後ろに回すだけのおざなりな防御でも相殺されてくれるはずだ。

 しかし、それすらセシリアにとっては予測通りだった。

 

『直撃なんて真似はいたしませんわ。言ったはずですわよ、()()()()()()()()()()、と』

 

 瞬間――イチカに殺到していたBTレーザーの軌道が激変する。

 BT偏光制御射撃(フレキシブル)。操縦者の思考によって軌道を自在に変更できるBTレーザーの性質を利用した攻撃だ。照射後のBTエネルギーの思考操作はかなりの難度と言われているのだが、世界最高のBT適性を持つセシリアはそれを難なくこなすどころか、同時に最大四八発のBTレーザーを自在操作することが可能だった。

 彼女の大言壮語は、決して自信過剰ではない。傲岸不遜な物言いを以て、尚分相応。それがセシリア=オルコットの実力である。

 しかし、BTレーザーはイチカの防御を突き抜けて直撃する――といったありきたりな攻撃はしない。まるでイチカを取り囲む繭のように、ただ薄皮一枚のところをグルグルと回っているだけだ。怪訝に思ってしばらく動きを見ていたイチカだったが、次の瞬間に聞いたアラームに目を丸くすることになる。

 

『エネルギー残量残り二〇%』

『はぁ⁉︎ まだろくに食らっても……、っ! このレーザーか‼』

『ご名答。ただしもう遅いですわ』

 

 ISの『当たり判定』は、必ずしも見た目通りとは限らない。シールドエネルギーが膜の様にISの周囲を覆っているので、実際には見た目よりもわずかに外側までエネルギーが広がっているのだ。そしてセシリアは、そのシールドエネルギーの膜のみに干渉するようにしてBTレーザーを屈折させていた。単品では大したダメージを生まないBTレーザーだが、こうしてシールドエネルギーぎりぎりを狙えば減衰することなく連続攻撃することができるし、たとえ微々たるものでもダメージになりうる。実戦ではあまり意味のない攻撃だが――『スポーツ』という建前としてのISにおいては、強力な武器と言えるだろう。

 慌てて退避しようとするが、ギリギリのラインで循環しているBTレーザーの繭の中で少しでも動けば、待っているのは直撃の未来。エネルギー残量に余裕があればそれでよかったが、残り二〇パーセントの状態でそんなことをすれば待っているのは速やかな敗北だけだ。

 つまり、詰みだった。

 

『エネルギー残量残り〇%。仮想模擬戦を終了します』

 

 無機質な電子音を聞いた瞬間、イチカはまた眩暈を覚える。かく、と首が意思によらず傾いたと思った瞬間には、自室に戻っていた。あたりを見渡すと、模擬戦中は常に微笑みを浮かべていたのに今となってはにこりとも笑わないセシリアと、スマホの画面から顔を上げ、一夏の様子を見ていた箒と目が合った。

 

「理解できまして? 貴方はまだISの動かし方を完璧に理解できてすらいない。わたくしがあまりに圧倒的過ぎたので分かりづらかったですが、織斑の動きはあまりに未熟です。瞬時加速(イグニッションブースト)を独力で成功させた技量は確かに驚きでしたが……その後の制御もままならないようでは片手落ちですし」

「……ああ」

「そのあたりの制御も、ISをずっと身に着けていけば自ずとできるようになってきます。まさしく『習うより慣れよ』なのですよ、ISの上達というのは」

 

 一夏は憮然としていたが、言い返しはしなかった。というより、できなかったと言うべきか。振り返ってみれば、まだまだやりようはあったはずだ。多少の被弾を覚悟で最初に突っ切ればまだチャンスはあったし、何より瞬時加速(イグニッションブースト)後の隙が致命的だった。それらがなければまだまだいい勝負ができていただろう。それができなかったのは、一夏に――イチカに経験が足りなかったからだ。

 

「……分かったよ、明日はとりあえず変身して登校する」

「それでこそですわ。ちなみに報酬は一日一〇〇擦り半ですので」

「……前々から気になってたんだけど、その『半』って何の意味があるんだ?」

 

 気になって問いかけてみた一夏だったが、セシリアは適当にはぐらかすだけで答えてくれはしなかった。一夏も、下手に聞きだしたらやっと上がったセシリアの株が大暴落しかねないのでそれ以上は聞かなかった。

 

***

 

「イチカさんのほっぺは柔らかくてすべすべですわねぇ……」

「……おい。一日一〇〇ってルール覚えてるよな?」

 

 そんなことを思い返していたら、いつの間にかセシリアがイチカの頬を撫でていた。

 恍惚とした表情のセシリアに、イチカはどんぐりのようにぱっちりとした目を訝しげに細め、鈴の鳴るように愛らしい声に精一杯ドスを利かせて問いかける。

 

「もちろんです。今一擦り目ですわ。あと一〇〇じゃなくて一〇〇擦り半ですわ」

 

 しかし、代表候補生ともなると数の数え方まで異質になっていくのか、帰って来た答えは明らかに異常だった。ツッコミの地位が低いって悲しい、とイチカは頭を抱えた。

 尚、箒はこの間ずっと頬をなでなでされているイチカの姿を写メに納めまくっていた。

 

「そろそろ撮影料とるぞ」

「一枚一五万でどうだ?」

「お、おう……」

 

 流れるような動作で札束を取り出した箒に、幼馴染がいつの間にか遠いところに行ってしまったことを実感したイチカは、何とも言えない表情でその札束を箒に返した。

 

(ああ、こんなとき鈴がいたらなあ)

 

 と、イチカは今はここに――どころか、この国にすらいない友人に思いを馳せた。

 (ファン)鈴音(リンイン)。名前の通り中国人で、中学二年生のときに両親の離婚で中国に行ってしまうまで、小学校の頃から一夏と一緒に過ごして来た幼馴染だった。一夏が出会った中でも数少ない常識人の女性であり、ツッコミ属性持ちだ。彼女がこの場にいれば、ツッコミ不在のエンドレスボケ時空になりつつあるここにも一定の秩序が築かれることだろう。

 だが、いない人物に思いを馳せても仕方がない。此処には、イチカしかツッコミはいないのだ。たとえ絶望的な戦いだとしても、諦める訳にはいかない――!

 

「そういえばさ。他のクラス代表ってどんなヤツらなんだ?」

 

 話を逸らす意味も込めて、イチカは絶賛なでなで中のセシリアに問いかける。セシリアは頬をなでなでする手を止め、顔だけは真面目になってイチカの疑問に答えた。

 

「そうですわね。まず、二組はIS用銃器企業のテストパイロット経験を持つ――」

「――――その情報、古いわよ‼」

 

 そんな声とともに、颯爽と現れた少女。

 その場にいた全員が反射的にその姿を見ると、そこにはツインテールを不敵に靡かせた、勝気な印象の少女が仁王立ちしていた。

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