高次元存在の端末僕と情報災害ちゃん   作:ソクラティス

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見た者たち

 ポテチをつまみながらベンチでぼんやりしていると、コンビニ袋をぶら下げたシロがふらふらと戻ってきた。

 

「ぬぅ……買ってきたのじゃ……まだ頭がぐるぐるしておる……」

 

「ありがと。はい、ポテチ一枚進呈」

 

 僕が軽く差し出すと、シロはむすっとした顔でそれをつまんで、もぐもぐ食べ始めた。

 

「……しかし、のう」

 

 突然、シロがぽつりと呟いた。

 

「我、こうして外を歩いておっても、誰にも注目されぬのう。髪とか白いし、……けっこう目立つと思うんじゃが」

 

 僕はコーラのプルタブを引いて、ぷしゅっと音を立てながら答える。

 

「あー、それはね。君の見た目、こっちでちょっといじってるから。普通の人には“ありふれた子供”くらいにしか見えないようにしてあるよ」

 

「なっ……なんじゃと!? 我、隠されておったのか!?」

 

「隠してるってほどでもないけど……まあ、そもそも真っ白な幼女がうろうろしてたら、目立って仕方ないでしょ」

 

「よ、幼女言うな! 我はれっきとした──」

 

「うんうん、わかってる。見た目の話ね。観測者ごとにちょっとだけ認識がズレるようにしてあるから、君の白い髪も服も“そんなもん”って思われる程度で処理されてるんだよ」

 

「ぬぅ……なんか釈然とせんのう……」

 

「いや、今さらって感じだったし? ていうか、気づいてなかったの?」

 

「むぅ……確かに、誰も我を見てびっくりしたりはせなんだが……そなた、やはりいろいろとずるいのじゃ……!」

 

 そう言って、シロはむくれながらこれまたポテチをもぐもぐする。

 ちょっと口の周りに塩つぶが付いてる。

 

「でもまあ、それだけ世界が“君を拒絶しない”状態ってことでもあるよ。少し前なら、存在そのものが警報レベルだっただろうしね」

 

「……我、そんなにやばかったのか?」

 

「うん、かなり。君みたいな情報災害、正直めったにいない。しかも――実際に一つ、世界を滅ぼしてるからね。君の“存在”だけで」

 

「……まあ、確かに……そんなこともあったのう」

 

 シロはふと眉をひそめ、そっとおしりをさすった。

 

「……ぬ、ぬぅ……思い出してしまったのじゃ……」

 

 嫌な記憶がよみがえったのか、微妙に顔が引きつっている。

 

「……主のせいで、自信喪失しておったが……我、やはりすごいのではないか?」

 

「うん、やばいくらいすごいよ。笑えない意味でね」

 

「ふふん。我がすごいのは当然として、制御できておるのもまた我の実力じゃな!」

 

「違うよ、僕の手柄だよ」

 

「なんじゃとーっ!」

 

 ポテチの袋を振りかぶっていたシロだったが、ふと何かを思い出したように動きを止め、もぐっと袋の中をのぞきこむ。

 

「……おぉっ、まだ残っておった」

 

 そして機嫌を直したように、最後の一枚をつまんで口に放り込む。

 

 僕は空になったコーラの缶を足元に置いて、のびをひとつ。

 

「さて――どうしようかな」

 

 

 僕はふと、遠く――海の向こうに意識を向けた。

 

「……そういえば、さっきからちょっと気になってたんだけど」

 

 隣でシロが、手に持ったストロー付きのパックジュースをちゅっと吸いながらこちらを見た。

 どうやら、さっきコンビニでポテチと一緒にサラッと買っていたらしい。

 

「ん? なんじゃ?」

 

「太平洋のほう。だいぶ深いところに、なんか“いる”っぽいんだよね」

 

「いる、とは? 魚とかクジラとかではないのじゃろ?」

 

「うん、もっと変なもの。すごく静かで、すごく大きい。でも……その静けさが、逆に目立ってる」

 

 僕はそのまま、ぼんやりと空の向こうを見据える。

 

「そこだけ、世界の“折れ目”ができてる感じ。何かが眠ってるんだけど……あれ、起きたらたぶん、ちょっとやそっとじゃ済まない」

 

 シロがストローをくわえたまま、眉をしかめる。

 

「ぬぅ……また、やばい奴か」

 

「いや、まだはっきりしたことは言えないよ。けど……うん、あれは“観測しない方がいい”ってタイプだね」

 

「でも、見てしまったのじゃな?」

 

「まあ、つい。ちらっとだけ」

 

 僕は肩をすくめて、空を見上げた。

 

「さて、ほんとに――どうしようかな」

 

 

 

─────

 

 

 

【極秘・監視記録抜粋】

 

記録番号:MIR-DG/0792-B

発信元:第5監視局/深域観測班

分類:深層異常存在群(仮称「沈黙するもの」)

状況:定点観測下/一時的活動兆候あり

 

【概要】

当局が長年にわたり沈黙状態を維持していた太平洋・第七深層域(座標省略)において、04:32(UTC)頃、微弱ながらも確実な“現実干渉パターン”の波形変化を観測。

 

当該存在(仮称「沈黙するもの」)は、過去の事例より**クラス:αR(極低活動性・高潜在脅威)**に分類され、通常時は一切の観測反応を示さない。

 

しかし今回、**約0.3秒間の“観測逆流”**が発生。これは外部からの接触、あるいは視覚的・概念的観測による共振が起因した可能性がある。

 

〔補足事項〕

対象Aは、以前より複数の異常観測下にて確認されている未登録個体であり、外見上は青年風の人物。目立った異常性は見られず、飲食物を携帯し、会話・行動の大半は“人間的”であると記録されている。

 

ただし、過去の複数記録においては、対象A周辺に“非干渉領域”の形成が確認されており、観測機器・記録媒体ともに“観測行為そのものが成立しない”という性質の干渉を受ける例が報告されている。

 

また、同行している別個体(通称“対象S”)は、既に情報災害的特性を有していると判断されており、観測記録および記憶媒体に対し、断続的または非一貫的な認識揺らぎを引き起こすことが確認されている。

 

対象Sは観測者によって外見認識に差異が生じる事例が複数報告されている。 その影響範囲や発生条件は依然不明であり、接触者の記憶や言語体系に対する干渉も懸念されている。

 

当機構としては、当該両名が太平洋第七深層域の存在に対し、意図的または偶発的に観測を行った可能性を否定できず、今回の観測逆流との因果関係について現在も調査を継続している

 

【暫定対応】

・第七深層域の監視レベルを“注視モードβ”に移行

・対象Aおよび同行個体の行動ログを継続記録

・当該観測記録をレッドタグで保管、次回評議にて検討予定

 

記録者:深域観測班・M主任

備考:「沈黙するもの」は既存プロトコルの枠外に位置する存在であるため、今後の変動に備え**“想定外対応群”での柔軟運用**を推奨。

 

 

─────

 

 

 長方形の円卓に集まった評議員たちが、黙々と手元の資料を読み込んでいる。

 部屋には時計の秒針の音さえ聞こえそうな沈黙が満ちていた。

 

 そんな中、中央席の男が口を開く。

 

「……以上が最新の観測ログだ。第七深層域、“沈黙するもの”に微弱な現実干渉波。継続時間は0.3秒、外部からの刺激による反応の可能性が高い」

 

 淡々とした口調に、複数の視線が集まった。

 

「起点は?」と別の人物が尋ねる。

 

「正確な特定はできていない。ただ――つい最近確認された行動記録からして、座標的には……対象Aが滞在していた地点と一致している」

 

 ざわ、と一瞬だけ空気が揺れた。

 

「対象A……あの“観測不能領域を伴う未登録個体”か。例の、周辺記録が歪む」

 

「そうだ。記録媒体への干渉、映像ログの欠損、観測不能時間帯の発生……既に複数例が報告されている。そして同行している存在――対象Sは、既知の情報災害的特性を有する」

 

 映し出されたぼやけた映像には、何かを笑いながら話す青年の姿が、不鮮明な輪郭で記録されている。

 隣に立つ白い影は、観測者によって形を変えるのか、いつも一致しない。

 

「“白い幼児体型の人物”か。外見は一貫しないとの報告もあるが……あのペアが、“沈黙するもの”を見た、というのか?」

 

「断定はできない。ただ――偶然にしては、あまりにも一致しすぎている」

 

 評議会の空気が、じわりと重たくなる。

 言葉にされぬ不安が、誰の胸にも広がっていく。

 

「……まさかとは思うが、意図的な接触という可能性は?」

 

 ひときわ低い声が、会議の底を揺らした。

 

「……“あれ”を目覚めさせる動機など、あり得ない。だが、もし無自覚だとすれば……それはそれで、厄介すぎる」

 

「観測によって反応したのならば、次に必要なのは“遮断”だ。対象Aがこれ以上接触しないよう、最低限の封鎖を行うべきでは?」

 

「異論はない。対象AおよびSの行動記録は引き続き追跡し、必要があれば、限定介入も検討する」

 

「それで……あの“沈黙するもの”は、このまま再び沈黙するのか?」

 

 誰ともなく漏れた呟きに、部屋の全員が目を伏せた。

 

「……保証はできん。目覚めかけた者は、次に――呼吸を始める」

 

 

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