ギルドの建物は、ぱっと見ちょっと洒落た酒場みたいな造りだった。
石と木材がバランスよく組み合わさってて、軒先には「冒険者ギルド・リステア支部」って看板。
いかにもな異世界感。
その扉を、ひとまずノックもせずに開けて入る。
――で、中。
瞬間、目につくのは武装した男たち。
派手なマントに、ゴツい剣を背負ったお姉さん、あと何かでっかいトカゲを連れてる人もいる。
全体的に、なんかこう、“場慣れ”してる空気。
……で、僕たち。
ちんまりした子供と、その保護者っぽい人物がひと組。
場の空気と比べて、いろいろ明らかに浮いている。
カウンターの奥から、受付のお姉さんがこちらに気づいて、軽く微笑んだ。
ただ、その視線が一瞬だけ、シロに止まる。
そのときの、ほんのわずかな間。
まばたきすら止まるような、無言の「……え?」が顔に浮かんだ気がした。
けれど、それもほんの一瞬の話。
すぐに表情を整えて、いつもの受付スマイルへ。
ただ、視線の奥にだけ、消え切らない驚きと――どう対応するべきかを一瞬で計算する、ちょっとした緊張感が混じっていた。
周囲の冒険者たちも、ちら、ちら。
声には出さないけど、「子供?」「見学?」「まさか本人が?」みたいな、やんわりしたざわつきが空気に混じってる。
「……ぬぅ……なんか、見られておる気がするのじゃ……」
小声でつぶやくシロ。
声は小さいけど、動きも控えめ。僕の袖を、ちょんとつまんで引っ張った。
「うん、まあ。子供が冒険者登録しに来たら、そりゃ珍しいって思われるよね」
「むぅ……我、あえて堂々としておるつもりなのじゃが……視線が、刺さるのじゃ……」
「バレてるよ。堂々としたいのは伝わってるけど、肩が緊張でピクピクしてるし」
「ぬぅっ、そんなつもりは……!」
そのとき、受付嬢がカウンターから軽く手を振った。
笑顔はそのまま。
でも、目線はしっかりとシロを捉えている。
よく見れば、その笑顔の奥で、眉がほんのわずかに引きつっていた。
「本当にこの子が……?」「間違いじゃない?」みたいな、脳内のツッコミがうっすら透けて見える。
「こんにちはー。見習いさん、かな? 登録希望だったら、こちらへどうぞー」
声は丁寧で明るいけど、どこか様子を見るようなトーン。
完全に否定はしないけど、内心はたぶん、かなり戸惑ってる。
シロが、はっとした顔で僕を見る。
「……見習い、とは?」
その問いに、受付嬢がちょっと驚いたように目を瞬かせた後、すぐ笑顔で補足する。
「えっとですね、見習いは研修中の冒険者という扱いです。正式な依頼はまだ受けられませんが、登録してギルドの活動に慣れてもらう制度でして。年齢制限も緩めなんですよ」
「む……なるほど。……では、いくのじゃ!」
と、気合いを入れて一歩前に出るシロ。
でもその直後、気合いが空回りして、ほんのわずかにつまずいた。
何事もなかったように歩き直してるけど、耳がちょっと赤い。
周囲の冒険者の一人が、ほんの少しだけ笑った気がした。
「……ぬ、ぬぅ……やはり、いきなりは緊張するのじゃ……」
「大丈夫。こう見えて、ここのギルド、けっこうちゃんとしてるっぽいから」
「うむ……むむぅ……」
シロは小さく深呼吸して、ふたたび歩き出す。
小さな背中。
異物感と、ほんの少しの勇気。
その後ろ姿を見つめながら、僕は一歩遅れて彼女のあとを追った。
そしてカウンターでの手続きが始まった。
シロは頑張って真面目な顔をしてるけど、たぶん今、脳内で「見習いとは」「冒険者とは」とか定義の整理中だと思う。
――で、その横にいる僕にも、受付嬢の視線が向いた。
「ご一緒の方……ですよね? そちらも登録をご希望ですか?」
はい来た、流れで来た。
そりゃそうなるよね。
「ええ、まあ。一応、保護者なので。付き添いというか、補佐というか」
口ではそんな感じで濁しておいたけど、もちろん、こちらもギルド登録の意志はある。
異世界生活って、いろいろ備えがいるからね。
情報収集の窓口としてもギルドは便利そうだし。
……ま、情報収集なんてもっと手っ取り早い方法もあるんだけど。
裏からデータ引っこ抜くとか、世界設定を覗き見るとか。
でもそれじゃつまらないしなあ。
せっかくだから、ちゃんと現地のノリで楽しんでいきたい。
などと考えていると受付カウンターの内側から、手続き用の紙が並べられる。
年齢、出身、戦闘経験の有無。
あとは、得意な武器や技能の欄もある。
「では、お二人とも、こちらの用紙にご記入をお願いしますね」
まずはシロの分から。
こっちは“見習い”扱いだから、基本情報だけで済むらしい。
シロは小さなペンを両手で持って、「むぅ……」と唸りながら書き進めていく。字がちょっとだけ震えてる。
……と、僕の方の書類。
うん、職業“雑用全般”、経験“ほぼなし”、得意武器“剣(少々)”。
「……“少々”とは、どのくらいのご経験ですか?」
受付嬢が控えめに尋ねてきた。事務的な確認らしい。
「えーと……本当に少々です。護身レベル? 構えは知ってる、みたいな」
「なるほど、経験浅め、っと。わかりました」
すんなり受理された。
わりと寛容だな、この世界のギルド。
続いて、簡単な口頭確認が始まる。
いわゆる能力把握の聞き取り。
経歴、身体能力、属性適性、持ち込み道具などなど。
といっても、いちいち深く掘られたりはしない。
あくまで登録情報用の軽いやつだ。
「戦闘経験は……特に大きなものは無し。道具は……この腰の剣だけ、ですね。魔術適性は――」
「たぶん、無いです」
「了解です!」
即答したら、元気に処理された。
――まあ、現時点では“無い”ってことでいいだろう。
というか、この世界の魔術理論、まだちゃんと解析してないし。
構文も発動媒体も違う以上、下手に触れば爆発オチしかねない。
でも、情報基盤の構造さえ見えれば話は別だ。
演算系統と出力系の対応を掴めれば、模倣も再構築もできる。
“再現できる”ってだけで、だいたいの異世界魔法はどうにかなるもんだ。観測者的には。
一方僕の隣では、シロがまだ書類と格闘中。 「名前、これでいいのかのう……」「種族……情報災害、って書いていいのか……」と呟きながら、迷走している。
……まあ、そこはひとまず“人間(仮)”にしておこうか。
バレても訂正すればいい。
「それでは、内容に問題が無ければ、登録処理に入りますね」
受付嬢が書類を持って奥の部屋へ。
小さな魔術陣のようなものが壁の裏にちらっと見えて、なにかしらの認証処理っぽい光が漏れてくる。
数分後、彼女は戻ってきて――
「お待たせしました。こちらがギルドカードになります」
手渡されたカードは、小さな金属板に薄く光を帯びたものだった。
どうやらこの世界のギルドカードは、本人確認や依頼記録、報酬の受け取りまで兼ねた、ちょっとした多機能アイテムらしい。
「これが……冒険者証明書……!」
シロが目を輝かせながら、自分のカードをじっと見つめている。
見習いランクだから色は銀灰色で、端っこにちょっとだけ“研修中”のマーク付き。
「ふふ、立派な冒険者さんの仲間入りですね」
受付嬢が優しく微笑む。
シロは胸を張って、「うむ、我こそ見習い冒険者じゃ!」と誇らしげ。
僕の方も、カードを受け取って裏面を確認。
名前と登録番号、それにランクが記されている。
当然、最下層スタートの「Fランク」だ。
「登録は以上となります。お二人とも、お疲れさまでした!」
「ありがとうございます」
「うむっ!」
とりあえず、ギルド登録は無事完了。
これでしばらくは、情報も依頼も、安全の確保も、このギルドを拠点に動ける。
……うん、異世界生活、本格的に始まった感があるな。
手続きが終わったところで、受付嬢が小さな冊子を二部、すっと差し出してくる。
「こちら、ギルドの基本規約になります。依頼の流れやルール、施設の使い方などがまとめてありますので、目を通しておいてくださいね」
見ると、思ったよりちゃんとしてる造り。
ページ数もそこそこあって、装丁は簡素だけど読みやすそうだ。
「うむ……これは、冒険者たるものの心得、というやつじゃな?」
「たぶんマナーとか契約の話も入ってるやつだと思うよ。読もうね、ちゃんと」
「うむ……むぅ、読むぞ。我は、読むのじゃ……」
シロが冊子を手に取り、妙に真剣な顔でページをめくり始めた。
その目が、なぜか“異世界あるある”を発見しようとする読者のように輝いているのが、ちょっと面白かった。