シロは冊子に食い入るように目を通している。
――で、その様子を、ちらちらと横目で見ている人たちがいる。
カウンターの奥、受付嬢。
近くのテーブルで酒を片手にしてた冒険者。
あと、でっかいトカゲの首筋をなでてた魔術師風の誰か。
全員、こっそり、でもはっきりと――視線を向けていた。
反応はそれぞれだが、そこにある空気はだいたい共通してる。
そんな感じで、場の空気はほとんど「がんばれー」なんだけど、
ところどころに「……大丈夫かな、あの子」っていう不安もちょっとだけ混ざってる。
あと、「そっちの保護者、大丈夫か?」っていう、やや責任を問う気配も、ちょっとだけ。
本人はまだ気づいていない。
冊子の「禁止事項:依頼中の無断離脱」あたりを見て「ぬぅっ!?」とか変な声を出してる最中だ。
「……この項目、なかなか厳しきものじゃのう……!」
「当たり前だよ。途中で勝手に帰ったら、そりゃ怒られるよ」
「うむ、しかり……ギルドとは、なかなかに責任の重い場所……」
ふるふると頷きながら、ますます真剣になるシロ。
その様子に、受付嬢がふっと柔らかく笑ってから、目をそらした。
――うん、いい雰囲気だ。
まだ何も始まってないけど、何かが始まってる感じがする。
そう思いながら、僕も自分の冊子をぱらぱらとめくってみた。
……あ、ちゃんと“衛生管理”の項目あるんだ。
意外としっかりしてるな、ここのギルド。
……と、そこでシロが、勢いよく顔を上げた。
「すまぬ、質問じゃ!」
びくっとした受付嬢が、微笑を崩さないまま返す。
「はい、どうぞ?」
「“依頼中の無断離脱”は、たとえば、トイレに行きたくなった時は――どうなるのじゃ?」
その瞬間、場の空気が一瞬だけ止まった。
次に、どこかの冒険者が噴き出すのが聞こえた。
「……えっと、それは……事前に言ってもらえれば、問題ありませんよ」
「なるほど、事前申告……しかと心得た……!」
どうやら、たいへん真面目に受け止めたらしい。
その小さな背に、改めて数人分の視線が集まった。
やっぱり「がんばれ……!」が8割、「大丈夫か……?」が2割くらい。
で、残りの誤差分は、僕に向けられている。「ちゃんと見とけよな」ってやつだ。
「はいはい、ちゃんと見てますよー……」
ぼそっと呟いて、冊子を閉じる。
横では、すでにシロが次のページに突入していて、「武具の扱い」項目に真剣そのものの目を向けていた。
そんな僕たちを見て、受付嬢がふと何かを思い出したように口を開いた。
「そうそう、研修中の方は“正式な依頼”はまだ受けられませんけど……」
受付嬢は、シロを見てから僕の方に目を移した。
「登録済みの方と一緒に行動するぶんには、問題ありません。内容によっては、ですけど」
「……内容によって?」
「たとえば、討伐系はちょっと。危険ですからね。研修中の方は、基本的に参加できません」
「ふむふむ……じゃあ、草むしりとかなら?」
「はい、そういう日常的な支援や、おつかい系の依頼なら、問題ありませんよ」
シロがこくこくと頷き、冊子の端を器用に折って目印をつけていた。
覚える気満々らしい。
「あと、これは補足ですけど――」
受付嬢が声を落とす。
「初心者向けの討伐依頼は、必ず経験豊富な冒険者が同行する形になります。単独での討伐は、基本的に許可されません」
「つまり、いきなりスライムと戦えとか言われることはない……?」
「絶対にありません。そういう無茶をさせないための“研修制度”なので」
安心してくださいね、と笑う受付嬢。
その笑顔の奥に、過去の“無茶した子たち”の記憶がうっすらと見えたような気がした。
――で、ふと何かを思い出したように、彼女が手元の書類を確認する。
「そういえば、ちょうどよかったです」
ぱらり、と書類を一枚引き抜きながら、僕たちを見た。
「実は今、ギルドの倉庫で整理作業をしているんですが……ちょっと人手が足りなくて。内容的には、研修中の方でも問題ありませんし、よかったらお二人で手伝っていただけますか?」
「倉庫……?」
「はい。簡単な作業ですが、依頼としての扱いになりますから、きちんと履歴には残りますよ。積み重ねはちゃんと評価されますので、研修中の実績としてはぴったりかと」
僕がそう聞き返すよりも早く、隣のシロがぴくりと反応した。
……うん、これはもう受ける気だな。
「むっ……! 初依頼、というやつか!? うむ、受ける! 我、やるぞ!」
やっぱりそう来たか。
「……では、受けていただけるということで。ありがとうございます」
受付嬢がほほ笑む。スムーズに話がまとまっていく。
シロはというと、すでに冊子の「倉庫作業心得」的なページを開いて目を輝かせていた。
テンションが高い。ずっと高い。
ギルドの冊子読んで「ぬぅっ!」って言う人、なかなかいないと思うんだけどなあ。
……まあ、内容は軽作業だし、何かあっても僕が一緒ならなんとかなるだろう。
「じゃあ、明日の朝、ギルド裏の倉庫までお願いしますね。道具はこちらで用意します」
「うむ、心得た! 気合いを入れてのぞむぞ!」
その場で拳を握って気合いを入れるシロ。
このテンション、ずっと続くのかもしれない。
でも――
その背中を見てたら、少しだけ僕も楽しみになってきた。