ギルド裏の倉庫には、朝からそれなりの人数が集まっていた。
軽作業とはいえ、そこそこ広い場所を整理するとなれば、それなりに人手がいるらしい。
シロが元気に挨拶してるのを横目に、僕はちらりと周囲に目をやる。
――いた。
普通の作業着。
年の頃は、十代の後半……いや、もっと下かもしれない。
髪をまとめた、可愛らしい顔立ちの少女。
控えめな所作と穏やかな表情。
完全に「ただの新人」然としている。
でも、わかる。
たぶん、人間じゃない。
呼吸のリズムが、わずかにズレている。
目線の動きに生き物としての感触がない。
肌の色と温度が、微妙に“曇って”いる。
よくできたカモフラージュだ。ほとんどの人間には気づかれないと思う。
吸血鬼とか……そういった類かな。
なんでこんな場所にいるのかは、正直わからない。
潜伏か、調査か、あるいは――ただのバイトかもしれない。
とりあえず、今は何もしていない。
こちらからどうこうする理由も、まだない。
――ただまあ、「いるなあ」と思っただけだ。
作業は、わりと単調だ。
積まれた木箱を開けて中身を確認し、必要に応じて別の棚に運ぶ。
中には何年も放置されていたものもあるらしく、ほこりとカビの匂いが微妙に鼻を刺した。
近くでは、シロが小さな手で木箱を押していた。
小さな体にはけっこうな重労働のはずだが、本人は真剣そのものだ。
台車をぎこちなく動かしているのはちょっと面白い。
たまに「ふんぬっ」とか言いながら力を入れてるのが、なんだかそれっぽかった。
どうやら本人は、けっこう本気で頑張ってるらしい。
僕はといえば、倉庫の隅に積まれた道具類の仕分けを任されていた。
と――その空気の中に、すっと何かが混ざる。
視線を向けなくても、わかる。
たぶん、あの少女だ。
吸血鬼とか、そういう感じの。
何気ない足取りで、手元のリストを見ながらこちらに近づいてくる。
棚に目をやって、記録と突き合わせているだけ……なんだけど。
……うん、やっぱり、なんか変だ。
気温でも音でもない、もっと曖昧な“存在感”みたいなもの。
他の人とはちょっと違う、妙な空白があるというか。
バイト……なのか?
いや、知らんけど。
無言のまま、彼女は僕の隣を通り過ぎる。
軽く頭を下げて、作業を続けるふうなそぶり。
別に怪しい行動をしてるわけでもないし、目つきが鋭いとかそういうのもない。
ただ――なんとなく、演技っぽい。
やがて、彼女は別の棚のほうへ移動していった。
その背中を横目で見ながら、僕はひとつ、気の抜けたため息をつく。
うん、まあ……敵意とかは感じない。
でも、あれはたぶん、人じゃない。たぶん。
――やっぱり、「いるなあ」。
─────
休憩時間。
水差しと木のコップが並ぶ簡易テーブルのまわりには、ほどよく疲れた空気と、ほどほどの静けさが漂っていた。
僕は倉庫の隅に腰を下ろして、水をひとくち。
……うん、ぬるい。
あとちょっと鉄っぽい。
と、視界の端に見慣れた顔。
午前中に倉庫の奥で作業していた人のひとり――のはず、なんだけど。
服も同じだし、顔も変わらない。
だけど、なんとなく雰囲気が違う。
肌の色も、目の感じも。
うん、これはもう――
「吸血鬼、だなあ」
「ん? なにがじゃ?」
横から、コップを両手で抱えたシロの声。
「いや、あのさ……さっきまで人間だった人、ひとり変わってるよ」
「へ……?」
「たぶん、吸われた。あれはもう、そっち側だね」
「す、吸われた!? なにが!? どこが!?」
「吸血鬼に、血を。で、仲間になったって話」
「きゅ、吸血鬼……?」
シロは目をしばたたかせながら、そろそろと周囲を見回す。
「なんじゃそれは。そういうの、おったんか……?」
「いたねえ。たぶん、午前中から倉庫にいた、あの髪をまとめた少女」
「えっ、あの子が!?」
水の入ったコップをガタンと机に置いて、シロが小さくのけぞった。
「うそじゃろ!? あんなにおとなしい子が!? むしろ我より真面目そうな……!」
「そう見せるのが上手い、ってことじゃないかな」
「ぬぅう……! 気づかなかった……完全に見逃しておった……!」
シロはコップを抱えたまま、しょんぼりと肩を落とす。
「結構……平和な世界だと思っておったのに……」
「まあ、冒険者ギルドとかある世界だし。そういうのも、いるんじゃない?」
「そういうのってなんじゃ……! 我、さっき普通に会話しとったぞ!? いい子じゃったぞ!?」
「演技上手いなーって、僕も思ったよ」
「もっと早く言わんか!」
「だって、仲良くなったあとに気づいたほうが驚くかなって」
「性格が悪い!」
と怒られたので、とりあえず水をもう一口飲んでごまかす。
ぬるくて、ちょっと鉄っぽい。
味も性格も微妙なのは世の常だ。
そんなふうにして、休憩も終わりかけ。
――で、ふと思う。
あれ、今、こっち見てなかった?
いや、見てたな。
振り返らなくてもわかる。
あの、髪をまとめた大人しそうな少女。
さっきから、ちらっ、ちらっと、明らかに僕の方向だけ見てる。
無表情。
でも、視線が妙に刺さる。
これ、あれだな。
完全に「次はお前」ってやつだ。
うーん。どうしよう。
別に目が合ったわけでもないし、直接的な行動もない。
ただ、視線と気配と、あとなんかこう“指名感”がある。
まぎれもなく、ロックオンされた雰囲気。
まあ、冷静に考えれば妥当な選定ではある。
ギルドの連中は基本強そうだし、シロは見た目が幼すぎて逆に怖い。
その点、僕はちょうどいい雑用ポジション。
華もなければ、オーラもない。
なんかこう、「あっさり吸えそう感」あるんだろうな。
こっちとしては、吸われる趣味はないんだけどなあ。
……よし、確認完了。
たぶん、僕、今日あたりやられるかもしれない。
せめてものお願いとして、痛くしないでほしい。
吸血行為って意外と神経使いそうだし。
「のう、あの子にもう一回話しかけてみたほうがええと思うかの?」
隣から聞こえたシロの声に振り向けば、相変わらず両手でコップを抱えたまま、真剣な顔をしていた。
……うん、そう来たか。
吸血鬼かもしれないって話を聞いてなお、それでも話しかけてみようかって発想になるあたり、意外と肝が据わってるというか、なんというか。
もしかして、ほんのり命知らずなんじゃないかなこの子。
「うん、やめといたほうがいいかな」
「なんでじゃ?」
「ちょっとこう……牙がありそうだから」
「え? あの子、歯並びええ方じゃったぞ?」
「そういう意味じゃなくてね」
そんなやり取りのあと、僕らはまた作業に戻る。
……で、しばらく経った頃。
整理用のリストを見ながら棚の前で立ち止まっていると、ふと、背後に気配を感じた。
「すみません」
振り返ると、例の少女がいた。
落ち着いた声。
穏やかな微笑み。
その表情は、至って普通の優しそうな女の子。
「少し手を貸してもらえませんか? 奥の資材の確認、二人のほうが早いと思って」
……なるほど。
ごく自然な言い方。
ごく普通の依頼。
だけど、奥。
わざわざ「奥」。
たぶん、人があまり来ない場所。
なんというか、いかにもな雰囲気が漂っている。
「……ああ、うん。わかった」
一拍置いてから、そう返した。
無視してスルーするほどの確証はない。
もしかしたら、本当にただの作業かもしれないし。
むしろ、そこで何が起こるのか見てみたい気も、少しだけした。
少女は静かに頷くと、先に歩き出す。
こちらを振り返らず、棚の影へと消えていった。
……さて、どうしようか。