「えっ…?」
真っ白幼女──いや、今は情報災害ちゃん(仮)とでも呼ぶか──の顔が固まった。
世界を滅ぼした元凶のくせに、今さら「この世界は消そう」って言葉にショックを受けるのは、ちょっと面白い。
「い、いま、なんと……?」
「ん? 言葉通りの意味だよ? この世界、消すね。いや、もう滅んでるし、形だけだし。これ以上残しても意味ないでしょ」
「ま、待て! まだ我は──」
「いやいや、君はもう回収済みだから安心して。問題ない。あとはカラッポの世界に未練とかある? ないでしょ?」
「ぬ、ぬぐぅぅ……!」
また変な呻き声を上げながら震え始める情報災害ちゃん。
ちょっと可愛いかも。
「さてと」
僕は指を鳴らす。世界を覆っていた情報の残滓、空間に刻まれた全てのデータ、歴史、記憶、構造、因果、存在――それらすべてに“終了”のフラグを叩き込んだ。
後は僕たちが去れば、地球は静かに、しかし確実に、泡のように消えていく。
「さよなら、地球。君のデータは保存しておくよ。多分どっかで使えるから」
「……本当に、消したのじゃな」
「消したとも。この目で見たのは君が最初だよ、情報災害ちゃん。次の世界では頑張ろうね」
「そ、その呼び方……もっとこう、可愛らしい名とか──」
「じゃあ“シロ”でいい?」
「……っ、まあ、それなら……悪くないかも」
照れてる。
なんか思ってたより素直だなこの子。
泣いてる姿を見てからちょっと印象が変わった。
「じゃ、次の世界に向かうよ。観測対象がある程度残ってる世界線で、かつ君がまた情報災害化しない程度のとこ」
「我はもう暴れぬ。た、多分……」
多分て。
「さて、次はどんな面白い因果が待ってるかなー」
僕は空間に指を差し込んで、新たな観測の扉をこじ開けた。
そこに広がるのは──
荒れ果てた都市。……けれど、何かが決定的に“違う”。
崩れたビルの間を抜けると、街の広場に出た。そこには、無数の人間たちがいた。老若男女、スーツ姿の男、買い物袋を提げた女性、駆け出したままの子供──
全員が、止まっている。
まるで時間ごと、凍りついたかのように。
「……な、なんじゃこれは……?」
シロが困惑したようにそう言った。
都市は確かに崩壊している。
けれど、人々の姿は壊れていない。
倒れたままの信号機。
停止した車列。
割れたガラスに映るのは、凍った世界と、僕ら二人の姿だけ。
そして──空。
黒い雲の中央には、巨大な“時計塔”が浮かんでいた。
空中に、だ。重力を無視して、ゆっくりと回転している。
その文字盤には、数字がない。
針も、動いていない。
けれど、胸の奥がザワつく。
「これは……『時間終了領域』かな。珍しいね、観測記録でも数えるほどしかない」
「じ、時間終了……?」
「時間そのものが“壊された”世界。時間軸に対する干渉、もしくは破壊兵器による因果切断……うん、すっごく面白いね」
「そなた、本当にこの状況が“面白い”と……?」
「うん。だって、ここまで綺麗に世界が凍るって、相当だよ。やった奴、相当な技術か異能持ってる。会いたいねー」
「ぬ、ぬぅ……我、この世界でまた暴れぬよう頑張るから、せめて普通のとこに行こうぞ……」
その時だった。
──ピシ。
空気に亀裂が走ったような、そんな音。
街の上空、黒雲の切れ間。
そこに──“何か”が立っていた。
「ん?」
最初は気のせいかと思った。
でも、確かに見えた。
崩れかけたビルの屋上。
そこに、“誰か”がこちらを見下ろしていた。
全身を黒いフードで覆い、顔も影に沈んで見えない。
けれど、その輪郭だけが異様にハッキリしている。
まるで、世界が止まっていることにすら影響を受けていないみたいに。
「動いて……おる? あれ、動いておるよな!? この世界、凍っておるのに──!」
「うん。何となくいるだろうなあとは思ってたけどやっぱりいたね、時間停止領域で動ける存在。これは観測者モード入りますかね」
フードの人物は、まるでこちらに答えるように、ひとつ手を挙げた。
そして──次の瞬間、その場から、消えた。
「おや?」
刹那、僕の背後に強烈なプレッシャーが走る。
反射的に振り返ると、すぐそこに立っていた。
さっきのフードの人物が。
距離、ゼロ。
けれど、何もしてこない。
ただ、見ている。
僕の目を、まっすぐに。
──いや、「見られている」だけじゃない。
まるで、存在そのものを“測られている”ような感覚。
「……なんだろ。観測、を……拒絶してる?」
言葉に出した瞬間、彼のフードの奥がピクリと動いた。
気のせいかもしれない。でも──何かが反応した。
「な、なんじゃこの空気……我、怖い。なんか怖い……」
「大丈夫。今のところ害意は見えない。けど……ちょっとヤバいかもね」
その存在は、完全に“この世界の時間”から切り離されているようだった。動いているのに、動いていない。観測できているのに、できていない。
まるで、観測そのものを否定する異端。
やがて、フードの人物が口を開いた。
「なぜ……この領域に踏み入った」
声は、歪んでいた。直接響くようで、音ではない。
情報の振動。世界の枠組みに干渉するような、奇妙な共鳴。
「観測のため、かな。たまたまこの世界に繋がったんだ」
僕がそう答えると、フードの人物の気配が微かに揺れた。
けれど、確かに──揺らいだ。
「……観測とは、かくも無遠慮なものか。君たちは、見たものすべてに意味を与え、名前をつけ、分類しようとする」
彼はゆっくりと背を向けた。
その歩みすら、この止まった世界の中で、異常なほど自然に響いていた。
「ちょ、ま、待て。何を言っておるのじゃ貴様──!」
「シロ、いいんだ。彼は“敵”じゃない。
僕たちが、どういう存在か……ただ、それを確かめに来ただけだ」
フードの人物の足が止まる。
「……ならば、答えは得た」
「それで、君はどうするの?」
一瞬、沈黙。
そして──
「この世界は、このまま凍らせておく。
過去も未来も動かさず、永遠のままに。
ここは、壊れた時間を安置する墓標だ。
君たちのような“観測者”が、それをまた掘り返さないように」
「……それが、君の信念?」
「観測は、世界を壊す。
可能性を絞り、未来を定め、因果を縛る。
誰かが見たというだけで、取り返しのつかない結果が生まれる。
私は、それを幾度となく見た」
その声には、怒りでも憎しみでもない、
ただ深い、絶望と疲弊が滲んでいた。
「私は、願ったのだ。
何も起こらぬ世界を。変化も、終わりもない静寂を。
誰にも見られず、誰にも傷つけられない場所を」
「……なるほどね。
でもそれって、世界を“止める”ってことだよ。それこそ、世界に死を与えるんじゃないかな?」
フードの人物は振り返らない。
けれど、その背にある感情は、確かに“揺れていた”。
「それでも構わない。壊れるくらいなら……止まっていたほうが、まだマシだ」
それだけを言い残し、彼の姿はふっと掻き消えた。
まるで、はじめから存在していなかったかのように。
「……な、なんなのじゃ、あの者は……」
「“観測を拒む者”。
観測が世界を壊すと信じてるんだ。彼は……その被害者かもしれない」
広場は静かだった。凍った都市も、空に浮かぶ時計塔も、何も変わらずそこにある。
けれど、確かに何かが起こった。確実に、何かが“始まりかけている”。
「さ、行こうか。次の世界が待ってる。面白そうな観測対象が残ってれば、だけど」
「今度こそ、平和なとこじゃぞ!? もう変なのは嫌じゃからな!」
「うーん、そればっかりは観測してみないと……分かんないよね」
僕は笑いながら、空間に指を差し込み、新たな扉をこじ開けた。
観測は、まだ続く。
たとえ、それが誰かの怒りや拒絶を呼ぼうとも。
たとえ、それが、世界の崩壊を連れてくるとしても。
僕は目を開ける。
世界を、因果を、見届けるために。
情報災害ちゃん
「我は観測者?というのでは無いのじゃが……」