結論から言うと、彼女は普通に白状した。
最初は、ちょっとだけ抵抗しようとしてた。
「べ、別にそんなつもりじゃ……」みたいなテンプレをかすめた動きもあったけど――でも、身体が動かないのに気づいた瞬間、表情がスッと変わった。
「……はあ、だめだこれ。詰んでる」
って、素でつぶやいたあと、しばらく考える素振りを見せて――
「えっと、その……街、支配しようと思ってました」
とても素直に自白してくれた。
助かる。
ちなみに理由は、
「だって、私、人を魅了する能力とかあるし? 結構いけるかなって」
という、自信と浅慮が同居したものだった。
いやまあ、確かに“いける”とは思う。
放っておけば。
でも、ちょっと順番を間違えたよね。
「……で、なんでそっちの子、私が吸血鬼ってわかったの?」
と、彼女はまだ動けないまま、首だけ少し傾けて聞いてくる。
その視線の先には、木箱を抱えたまま立ち尽くすシロ。
「……あ、いや、それは」
僕は軽く肩をすくめて答える。
「僕が最初から気づいてたから」
「……え?」
「僕はそういうのがわかる体質でね」
言いながら、軽く指を鳴らすと、空間の固定が緩む。
彼女の肩が、ほんの少しだけ落ちる。
呼吸が戻ってきた証拠。
そして次の瞬間――
「え、マジか……最初からバレてたのか……」
と、彼女は頭を抱えた。
「それで、これまで何人くらい吸ったの?」
僕が訊ねると、彼女は途端に黙り込んだ。
目が泳ぎ、わずかに口が開いて――閉じる。
すると、すかさず前に出る白い影。
「なーんか口ごもってるのう……?」
じとっとした目で吸血鬼を睨みながら、シロがぴしっと指を突きつけた。
「ちゃんと答えんかッ!!」
ズドンと語気の爆発。
なんだその圧。
そして――なぜか空いてる手で、器用に十字を作っている。
なんで?
「……え、なにしてんの?」
吸血鬼の彼女が、目をぱちぱちさせながら聞いてくる。
僕も若干引き気味で、シロの指の形を見やる。
「十字架。これで封じるやつじゃろ? くらえ、封印光線!」
「いやいやいや、効かないって。ていうか光線じゃないし、封印される気配もないし」
「え!? 十字架は!? これ弱点じゃろ!? 光あれじゃろ!?」
「どこでそんな知識仕入れてきたの……」
「太陽とかで燃えるやつじゃろ?」
「燃えないって。日光浴するよ、普通に」
「杭は!? 心臓に打ち込まれたら死ぬんじゃろ!?」
「それ人間でも死ぬから。いや普通に怖いし」
「にんにくは!? 刺激臭で動き止まるんじゃろ!? キッチンに逃げればセーフなやつじゃろ!」
「料理に入ってたらテンション上がる方だよ!? なんなのその迷信の詰め合わせは!」
思わず僕も口を挟む。
「つまり、君たち吸血鬼って、意外と弱点ないんだね」
「まあ、魅了の力でどうにかするタイプだからね。パワー系じゃないし、変に無敵でもないけど、対応ミスるとだいたい終わる」
「現代型じゃな……」
シロがこくりと頷く。
なんか納得してるけど、君さっきまで十字作ってたよね。
吸血鬼の彼女は、ため息をついてから、ちらっとこちらを見る。
「……で。君たち、結局なに?」
と、ちょっと間を置いて聞いてきた。
そりゃそうだ。
普通に倉庫整理の依頼を受けて来たはずの二人組が、吸血鬼を察知して動きを封じ、十字架光線(※エフェクトなし)を撃ってきたんだから。
「ギルドの人間、では……ないよね? 見たことないし」
「まあそれは、昨日登録したばかりだからね。僕は雑用係。こっちは研修生」
僕が指差すと、シロは木箱を床に置いて、ちょこんと手を上げる。
「なのじゃ! 書類もあるぞ!」
ちょっと得意げに、クシャっと折れた紙を取り出すシロ。
それ、ポケットに突っ込んだままだったやつじゃないの……?
「……いや、それでなんで、私が吸血鬼って分かったわけ?」
「さっき言ったじゃん。そういう体質でね」
「いや、それにしたって怪しすぎでしょ!? そもそも、そんな能力ある人間がいるなんて聞いたことないし! 普通じゃないって!」
声のトーンがちょっと上がる。
動揺と困惑がまざったやつだ。
でもまあ、そこはこっちが「普通」じゃないから仕方ない。
「まあ、なんというか……そういう“事情”のある立場ってことで」
「事情……って、どういう……あ、もしかして……教会の人?」
困惑気味に問いかけた彼女の目が、じっとこちらを探ってくる。
「いや、それは違うよ」
僕は軽く首を振って否定する。
「……そうなんだ」
少し肩の力が抜けたように、彼女は息をついた。
「てっきり、“教会”とかそういうのが来たのかと……思ってた」
ぽつりと落ちる言葉には、わずかな緊張がにじんでいた。
「異端狩りっていうの? この国にもあるでしょ、そういう組織」
「……あー、なんか聞いたことあるかも」
僕は曖昧に答える。
この世界の宗教事情には、あまり詳しくない。
やろうと思えば、上のほうからざっくり把握する方法もあるけど……まあ、今はそこまでしなくていいか。
気になるっちゃ気になるけど、そういうのは後で軽く調べておこうかな、くらいの気持ちでいい。
「でも、もしあそこだったら……もっと殺気立ってるっていうか、問答無用で刺してきそうな感じあるしね」
そう続ける彼女の声音には、冗談めいた軽さと、ほんの少しの本気が混じっていた。
僕は曖昧に返しつつ、内心では「また物騒な組織が出てきたな」と思っていた。
「とはいえ君みたいな“体質の人間”が来るっていうのは、ちょっと意外というか……やっぱり聞いたことないんだけど」
吸血鬼の彼女は、少しだけ首を傾けながら、こちらを見つめる。
「……そういうのも、いるのかもね」
僕は笑ってごまかす。
「それでさっきの話に戻るけどさ。結局、これまで何人くらい吸ったの?」
僕が問い直すと、吸血鬼の彼女は一瞬だけ視線を逸らした。
「うーん……数は、そんなに。たぶん、三人くらい……?」
「それ、さっき倉庫整理してた人の中に、いたよね?」
僕の言葉に、彼女はあっさりと頷く。
「うん。あの人、素直でやさしそうだったし……ちょっと試してみた」
なんだそのサイコな実験みたいな言い方は。
というか、あの人も一目惚れ作戦で落とされたクチなんだろうな。
この子、わりと可愛いし。あの距離感で来られたら、まあ……ね、すんなり行っちゃうか。
「でもさ、吸われたって言っても、あの人たち普通に作業してたよね?」
僕がそう言うと、吸血鬼の彼女はちょっと目を伏せて頷いた。
「うん、だって完全に“眷属化”まではしてないから。ちょっと、術を埋め込んだ程度」
「術?」
「うん。まあ“私に好意を抱きやすくなる呪い”みたいなやつ。血に混ぜて流し込むの」
君、それもう魔法少女じゃん……と思ったけど黙っておいた。
「で、それって……解除できるの?」
そう訊くと、彼女はあっさりと返す。
「できるよ?」
即答だった。
「え、できるんだ」
「うん。別に一生縛るほどの術でもないし。ていうか、今この場で解除してくる?」
そんなノリで言われても。
「できるんなら、お願いしたいかな……一応。ギルド的にも、人道的にも」
「了解」
彼女は立ち上がりかけて――
――って、ちょっと待った。
「いや、まだ固定ちょっと残ってるから」
「あっ、そうか。えーと……解除してもらっていいですか……?」
「はいはい」
僕が指を鳴らすと、ぴたりと張り詰めていた空間の力場が解けて、彼女の身体がふわっと自由を取り戻す。
伸びをしながら、彼女は小さくうなずいた。
「ありがと。それじゃ、ちょっとだけ血の共鳴を戻して……」
と、指をかざし、何やら小声で呟くと――
倉庫の奥の方で、作業していた青年が、ふと立ち止まり、首を傾げた。
しばらくぼんやりしていたが、すぐに「あれ?」と呟いて再び木箱を運び始める。
「……はい、終わり」
「マジで終わったの?」
「終わった。術式のアンカー外しただけだから、そんなに大袈裟じゃないんだよ」
なんというあっさり解除。
シロがちょっと呆けた顔で、彼女と作業員の間を見比べる。
「なんか……思ったより地味じゃな?」
「そういうもんなんだよ。リアルな呪いって、エフェクトないから」
「演出力不足じゃ……」
「RPG脳すぎない?」
……とかやってたら、倉庫の入り口のほうから、重たい足音が響いてきた。
「おーい、様子見に来たぞー!」
ぶっとい声とともに、影が差す。
現れたのは――今日の作業監督をしているギルドの人だった。
名前は知らないけど、筋骨隆々のスキンヘッドで、明らかに何かの職業間違えてる系の肉体派。
彼が歩くだけで倉庫が揺れている気がする。
そして倉庫の入口付近から、低く通る声が聞こえてきた。
ちらりとそちらに目を向けると、ギルドのスキンヘッドの人が誰かと話しているのが見える。
「どうだ、順調か?」
「順調です。一応、色々……整理はしました」
「おう、そうか。問題あったらすぐ報告な」
作業を終えたらしい青年と短いやり取りを交わすと、その筋骨隆々のスキンヘッド――どう見ても格闘家か用心棒にしか見えないギルドの人が、こちらへと向かってくる。
どうやら、確認のために様子を見に来たらしい。
「おーい、そっちはどうだ? 何かトラブルでもあったのか?」
低く通る声が、ぐいっと空気を引き締める。
その視線がこっちに向いた瞬間――
「……っ」
吸血鬼の彼女が、ほんの少しだけ肩を強張らせた。
さっきまでの軽い調子が嘘のように、彼女はぎこちない笑みを浮かべている。
それは平然を装った笑顔だった。けれど――演技が甘い。
無理に吊り上げた口元とは裏腹に、目が必死だった。
怯えと焦りと、そして――懇願。
「お願い、だから黙ってて」
言葉にしなくても、目がそう訴えていた。
ここで何か言えば、すべてが終わる。
それを理解している彼女は、僕たちに、命綱を握られているような目を向けていた。
……悪いけど、ちょっと可哀想になるレベルの、真剣な目だった。
「いえ、大丈夫です。こちらは問題ありません」
僕がそう答えると、彼女はほっとしたように小さく息をついた。
張っていた肩が、ふわりと力を抜かれるように下がる。
ぎこちなかった笑みも、ほんの少しだけ、自然なものになっていた。
「そうか、それならいい」
頭をくいっと動かして、男は納得したように頷いた。
そして今度は、ふとシロのほうに目を向ける。
「そっちの小さいの……たしか、研修生だったな?」
シロは胸を張って、元気よく答えた。
「そうじゃ! 新人じゃ!」
その様子に、ギルドの人はふっと口元を緩めた。
「小さいのに立派だな。この調子で頑張れよ」
「任せるがよい!」
満足げに鼻を鳴らすシロの横で、吸血鬼の彼女がそっと胸を撫で下ろしていた。
――命拾いした、というやつだろうか。
それを聞いたギルドの男は、「まあ、残りも頑張れよ」とだけ言い残し、倉庫を後にした。
扉がきしむ音とともに閉じられ、場に再び静けさが戻る。
扉が閉まる音を聞いた瞬間。
「た、た、助かった~~~~~~~……」
吸血鬼の子は床にばたりと倒れ込んだ。バッタみたいなポーズで。
なんか……こう、すごい解放感だったらしい。
「……全身の血が逆流するかと思った……いや、もうしてるかもしれない……」
「吸血鬼って血が逆流しても平気なの?」
「うるさいよ、いまは静かに余韻に浸らせて……」
ぺたりと寝転がったまま、彼女はぐったりと目を閉じる。
さっきまでの危機感はどこへやら、今はただの疲れた新人風。
いや、実際のところ正体が新人風ってだけで、新人じゃないのかもしれないけど。
「んー……でも、ありがと。ほんとに」
呟くように言って、彼女はようやく身を起こした。
「おかげで、ギルド生活……もうちょっとだけ続けられそう」
「もうちょっと、ねえ……」
「だって楽しいんだもん、ここ。人間のフリして働くの、案外悪くない」
にっと笑った彼女は、さっきの気配とは違う、ほんのり人間臭い表情をしていた。
「でももう、血は吸わないようにしとく。たぶん」
「たぶん?」
「努力目標!」
自信満々の顔で彼女は胸を張る。……まあ、言い切ってない時点でちょっと不安ではあるけど。
「ふーん……」
そんな彼女を、シロがじーっと見つめていた。
なんというか、じとーっとした目だ。
「……本当かのう? どうせそのうち、どこかで吸うつもりなんじゃろ?」
「え!? ちがっ、ちがうよ!? たぶん!」
「“たぶん”言うとるじゃろが。やっぱ怪しいのう……」
「いや、でもホントに――」
「まあまあ、嘘はついてないっぽいよ」
そう割って入ると、シロがこっちをじろりと見てきた。
「……なんで分かるんじゃ?」
「情報層っていうか、まあ、そっち寄りの視点から見ると、嘘かどうかくらいは分かる」
僕が軽く肩をすくめると、吸血鬼の子はぽかんとしてて、シロは腕を組んだまま口をとがらせた。
「また変なことをさらっと言いおって……そんなこともできるんか……」
「できちゃうんだなあ、これが。演出の副産物というか、業務上のアレというか」
「なんか……ずるいの」
「特権です」
「特権って……」
シロは難しい顔をして腕を組んだ。
たぶん、今ごろ脳内で“便利すぎて怪しい能力リスト”の項目が増えてると思う。
あとで見せてとは言わないけど。
「まあ、とりあえず、残りの作業やろうか」
「……黙ってくれてありがとう! 私の担当、あっちだから戻るね!」
ぱたぱたと走っていく背中を見送りながら、僕は肩をすくめた。
これ以上、彼女に踏み込むのは――観測者としては、ちょっと野暮ってもんだろう。
「……本当に、行かせてよかったのか?」
ぽつりと、シロが言った。
「うーん。あんまり干渉しすぎるのもどうかと思ってね」
「えっ、今更?」
「普段は控えめだよ。観測者なので」
「そうか……? わりと口も手も出しておる気がするのじゃが……」
「……まあ、前にも言ったけど、別に手を出しちゃダメってルールもないし?」
「開き直りおった……!」
「特権です」
「またそれか!」
シロが呆れたようにため息をついた、そのすぐあとだった。
「……これ重いから手伝って欲しいのじゃ」
「はいはい」
そんなふうにして、僕たちは倉庫整理の残りに勤しむことになったのだった。