とりあえず違う世界に降り立った僕たちは、コンビニへと向かっていた。
この世界は……まあ、普通の日本って感じだ。
自販機があって、信号があって、どこにでもあるチェーン店があって。
ただ、ちょっとだけ引っかかる。
歩いてる人のほとんどが女性だ。
それも、こっちをチラチラ見てくる率がやたら高い。
そんなに目立ってるつもりはないんだけど……なんだろう、ちょっと視線が多いような。
「お腹が空いたぞ」
隣ではシロが腹を押さえながら、真剣な顔をしている。
「甘いものが……必要じゃ……」
「うん、知ってた。じゃあチョコか菓子パンか、そのへんで」
そう言いながら、僕たちはコンビニの自動ドアをくぐった。
中も普通のコンビニだ。
飲み物の冷蔵ケースと、レジ横のホットスナックと、雑誌コーナー。
安心する程度にテンプレートな空間。
先にレジを済ませた僕が振り返ると、シロはまだ菓子パンの棚の前で真剣に吟味していた。
しかも、どれも似たようなカロリー爆弾を両手に抱えて、どっちが“より甘いか”で悩んでいるらしい。
最近の彼女は甘党だ。
「……じゃあ、外で待ってるよ」
彼女はうんともすんとも言わず、代わりに真剣な表情でパンとにらめっこしていた。
そんなわけで、僕はひとり先にコンビニを出た。
すると、なんだか外の視線が、さっきよりも更に強くなった気がする。
さっきから気のせいだって思おうとしてたけど――うん、たぶん気のせいじゃない。
「ねー、キミさー」
不意に、声をかけられた。
視線を上げると、そこにはウルフカットの女性が立っていた。
前髪は軽く流していて、毛先に少し遊びのあるレイヤー。
服装はダボっとしたシャツにダメージジーンズ、足元はゴツめのブーツ。
全体的に“チャラいけど洒落てる”を地で行く感じ。
「こんなとこでぽけーっと立ってたら、食べられちゃうよ?」
いきなりの発言に、思わず一歩下がる。
「いや、食べられるって……?」
「んー? 意味はご想像におまかせ」
と、悪戯っぽく笑う。
笑ってるけど、距離感はちょっと近い。
ついでに言うと、目線がじわじわと露骨にこちらを値踏みしてきている。
「観光? 転校? ていうか彼女とか、いる?」
「いや、あの、いないというか……いや、そういう話じゃなくてですね……」
言い淀んでいると、タイミングよく自動ドアが開いた。
「……ん?」
チャラ姉さんがそちらを見やる。
ビニール袋をぶら下げたシロが、外に出てきて、そして――僕と彼女の距離を見た瞬間、ぴたりと足を止めた。
ぎょっとしたような、呆れたような、言い表しにくい顔をしている。
「……今度は、なんなんじゃ……」
小さく、ぽつりと呟いた声が聞こえた気がする。
そして、じわじわとこっちに近づいてくる。
「ん? 妹ちゃん? あ、ごめんねー、なーんか雰囲気ぶち壊しちゃったかな?」
「……壊しとらん。元からこんな雰囲気ではなかった」
「うわ、喋った。なんか……すごい冷静。いや、シュール」
チャラ姉さんは肩をすくめると、「じゃーねー」と軽い感じで手をひらひらさせながら去っていった。
足元のブーツが、コツコツとテンポよく地面を打つ。
僕はその背中を見送りながら、小さく溜息をついた。
視線を戻すと、ちょうどシロが隣に立っていた。
袋を両手で持って、じっとこっちを見上げている。
「逆ナンパとは……大胆な女じゃの」
彼女の目が、ややぎょっとしたような色を帯びていた。
不安と警戒と、ついでにちょっとした呆れが混ざったような視線。
「うーん……まあ、そうかもね」
自分でも言いながら、なんとなく納得がいく。
この世界に来てからずっと感じていた妙な違和感。
やたらと女性の数が多くて、その誰もがこちらを気にしているような目。
さっきの逆ナンパは、決定打だったのかもしれない。
まだ断言はできないけど、なんとなく傾向は見えてきた気がする。
隣ではシロが、「まったく……」と小さく呟きながら袋を持ち直した。
中には、菓子パンとチョコ、そして“覚醒MAX”とかいうエナドリが詰まっている。
カフェイン過剰摂取の未来が見える。
とりあえず、僕はもう一度コンビニに入った。
「おい、どこに行くんじゃ」
シロが訝しげに問いかけるのを背中で受け流しつつ、僕は雑誌コーナーへ向かう。
週刊誌やファッション誌。
その隣に、少し目立たないよう仕切られたコーナーがある。
アダルト向けの棚だ。
普通なら、あまり視線を向けるべき場所ではない。
けれど、今だけは話が別だ。
僕はそっと一冊を手に取る。
表紙には、光沢のある肌を晒した若い男が、シーツの上で恥ずかしそうに微笑んでいた。
タイトルは『癒やしの専業主夫、夜は大胆に』。
次の一冊には『年上お姉さんが教える、男の悦ばせ方』と書かれていた。
さらにその隣。『一夜のシンデレラ 彼の“初めて”は私のもの』
開いたページには、裸エプロンの男性が顔を赤らめながら料理を差し出しているイラストが載っていた。
見事なまでに恥じらいと色気が両立していて、やけに完成度が高い。
雑誌棚のラインナップを見渡して、僕は静かに息を吐いた。
間違いない。この世界では、男の性的価値が高く、女が主導権を握っている。
いわゆる“貞操逆転”というやつだ。
さっきから感じていた違和感――街を歩く人々の割合、女性からの視線、そして逆ナンパ。
すべてがこの世界の構造を物語っていた。
だとすれば、妙にチラチラ見られていた理由にも納得がいく。
ページをめくっていると、後ろから足音が近づいてきた。
「……なにを見ておるんじゃ」
低めの声。やや引き気味。
振り返らずに、僕は手元の雑誌を少し傾けて見せた。
「文化の確認だよ。性的な意味で」
「は?」
シロが隣に並んで、覗き込む。
表紙には、照れ顔の若い男がシーツにくるまって微笑んでいた。
タイトルは『癒やしの専業主夫、夜は大胆に』。
「…………ええ……?」
じわっと顔が引いていくのが分かる。
「他にもあるよ」
僕は別の一冊を取り出す。
『年上お姉さんが教える、男の悦ばせ方』
「……どゆこと?」
「つまり、男が“される側”ってことだね。この世界では」
「ええ~~……」
声が本気で間延びしていた。
「赤面して、受け身で、恥じらって……」
「そういうのが人気らしい」
「いや、さすがに変じゃろ!?」
小さく叫んだシロは、何かから距離を取るように一歩下がった。
「ど、どういう構造なんじゃこの世界……。女が……全部リードするんか……?」
「だと思う。貞操逆転社会だね。よくあるやつ」
「いや、よくはないじゃろ……」
彼女は手にした“覚醒MAX”の缶を見つめた。
「とりあえず飲むわ……糖分とカフェインが要る……」
ぷしゅ、と缶を開けながら、僕から少しだけ距離を取って立っていた。
たぶん、結構引いてる。
っていうかここで開けるんだ。
まあ、別にダメってわけじゃないけど。
雑誌を棚に戻しながら、ふと思い出す。
――そういえば、レジの店員さん、やたら手に触れる時間が長かった気がする。
お釣りを渡すときも、レシートを差し出すときも、なんとなく指先が残るような感じ。
……この世界の女性、ちょっと肉食すぎない?
街を歩いてるときから思ってたけど、なんかこう、視線の圧がすごい。
狙われてるというか、獲物を見るようなというか。
男女比が偏ってるせいなのかもしれない。
男が少ないからこそ、余計に“取り合い”みたいな空気になってるのか。
それが本能的なものなら……それはそれでちょっと怖い。
……まあ、でも。
こういう世界も、これはこれで面白いっちゃ面白いのかもしれない。
文化の違いとか、性別の立ち位置とか、根本からズレてる感じ。
ちょっと観察してみる分には、悪くない。
ただし、命の保証があればの話だけど。