高次元存在の端末僕と情報災害ちゃん   作:ソクラティス

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失われたYと余剰な視線

 こっちの世界の大通りは、なんというか――視線が痛い。

 どこを見ても女の人ばっかりだし、妙に露出高いし、服のデザインもやたらと男受け全振り感がすごい。

 あと、なんか……スマホのカメラがこっち向いてるんだけど、気のせいじゃない気がしてきた。

 

「ねえ」

 

「ん?」

 

「今はシロが一緒だから“うわ、見られてるなー”くらいで済んでるけどさ。僕、一人になったらどうなるんだろうね、これ」

 

 ぼそっと呟くと、隣を歩いてた白髪の幼女がぴたりと足を止めて、じと目で僕を見上げてきた。

 

「絶対ろくなことにならんじゃろ……。いや、今でもそこそこロクなことになっとらんし……」

 

「やっぱそう思う?」

 

「うむ。そこのベンチの女の人、さっきから三回目じゃぞ? 同じ角度でスマホいじって、目線だけこっち向いとるし」

 

「うん、聞かなかったことにしておこうか」

 

 目を合わせたら負けだ。たぶんこっちに来る。

 

 そして、シロが少しだけ声を潜めて言った。

 

「……本格的に監視され始めたら、そろそろ逃げ時じゃな」

 

「いや、逃げるほどのことかなこれ」

 

「さっきから“街歩きグラビア撮影中”みたいな視線を受けとるじゃろ」

 

「気のせいだと思いたかった」

 

「現実と向き合うのじゃ。貞操観念が逆転しとるということは、視線の意味も逆転しとる」

 

「じゃあ僕はいま、“いいケツしてんな”的な目で見られてるってこと?」

 

「うむ」

 

「おお……そりゃたしかにろくなことにならないかも」

 

 とまあ、そんな会話をしながら歩いてるだけなのに、こっちにスマホを向けてる人がまた一人増えた。

 しかも笑顔でピースまでしてきた。なんで。

 

 現代風で綺麗な街並み。

 清潔感のあるインフラ。

 人々の装いは最先端。

 ――にもかかわらず、この世界は、方向性が違う意味での異常性に満ちている。

 

 

 試しに、目についた建物にふらっと入ってみる。

 近代的なショッピングモールだ。

 自動ドアが静かに開いて、ひんやりとした空調が肌に触れた。

 

 ――そして、すぐに理解した。

 ここは、男に優しすぎる。

 

 エスカレーターの脇には、大きなポスターがずらり。

 上目遣いの男性モデルが、セクシーな部屋着を着て(というか、着崩して)微笑んでいる。

 キャッチコピーは《“脱がせたくなる春”到来。男子ナイトウェア特集》。

 

「なんかこう……女性誌の表紙みたいなノリだね」

 

「いや、男向けじゃぞ? “メンズ”って書いとるし」

 

「……マジで?」

 

 言われて改めて見ると、モデルの視線が“誘ってる側”だった。

 たしかに男だ。

 でも、男が“見せる側”の立場に立たされてるこの雰囲気、いろんな意味で破壊力がある。

 

 歩きながらあたりを見渡すが、このフロアに男の姿は見当たらない。

 女、女、女、女……うん、いつもの。

 

 ここに来るまでに見かけた男女の比率を思い返してみる。

 ざっくり見積もっても八対二。

 下手したら九対一でもおかしくないくらい、男が少ない。

 

 なのに、男向けのフロア案内がやたらと多いのが謎だ。

 《男子専用エステ》《メンズ美容ドリンクバー》《一人用男子カフェ》《“話し相手”スタッフ常駐のメンズ休憩所》……なんかこう、過保護すぎない? 

 

「なのに、男向けサービスはめちゃくちゃ充実してるんだね」

 

「簡単じゃ。あらゆる企業が、少ない男子の気を引こうと必死になっとるからじゃな」

 

「なるほど資本主義」

 

「我が見たニュースでは、今年も“彼氏を捕まえるおまじない特集”がトレンド入りしたそうじゃ。企業の血も涙もないマーケティングの成果じゃな」

 

「こっわ……」

 

 この世界、清潔感のあるインフラや最新のファッションに包まれていながら、

 価値観だけが、どこか歪んでいる。

 

 それにしても、改めて考えてみるとこの世界の男、少なすぎない?

 

 八対二って、冷静に数字で見るとけっこうヤバい気がする。

 いや、さっきまで「なんか視線が痛いなー」とか「男向けサービス多すぎ」なんて呑気に突っ込んでたけどさ。

 これ、人口比で言えば普通に“人類の未来に関わるレベル”じゃない?

 

 だって、繁殖とかどうしてんの。

 

 ……いや、まあ、人口受精とか、人工子宮とか、技術的にはなんとでもなるんだろうけど。

 そのへんのライフプラン、どこかの省庁がガチで管理してそうな気がする。

 というか、してなかったら国家として詰んでる。

 

 でも、そういう技術の進歩と並行して――

 “自然妊娠派の市民団体”とか、“絶対に愛のある行為で子どもを作りたい派”とか、

 なんか面倒くさい価値観バトルが繰り広げられてそうなのが、この世界の怖いところだ。

 

 ……で、気になり始めると止まらないのが人間の性である。

 いや僕、人間じゃないけど。

 

 というわけで、なんとなくポケットをまさぐってみたら、そこにスマホが入っていた。

 そして僕は何ともないように取り出す。

 

「――え、ちょっと待て! そのスマホ、今どこから出した!?」

 

 隣を歩いていたシロが、素っ頓狂な声を上げて僕の手元を指さした。

 

「ああ、これ? 気づいたらポケットに入ってた」

 

「いやいやいや、さっきまで持ってなかったじゃろ!? わし、ちゃんと見とったぞ!」

 

「まあ……現地適応だよ、たぶん。情報端末くらい、勝手に支給されるでしょ。文明レベルが現代相当なら」

 

「おぬし、相変わらずいろいろ雑じゃな……」

 

 本当のところを言えば、僕は別にスマホなんかなくても、ちょっと目を凝らせばこの世界の構造くらいは直接見える。

 けど、それってあんまり“観光感”がないというか、メタに寄りすぎて風情がないというか。

 

 要するに、「こういうのは現地のツールで調べたほうが、それっぽくて楽しい」のである。

 文明体験は五感とガジェットに忠実であれ。

 観測者たるもの、そういう遊び心を忘れたら終わりなのだ。

 

 で――今気になってるのは、こっちの世界の男女比。

 いやもう、気になってるというか、もはや放っておけないレベルで男性が少ない。

 

 というわけで、スマホを開いて検索ワードをいくつか打ち込む。

 

『男性 少ない 理由』

『男女比 崩壊 歴史』

『この世界 男 どこいった』

 

 ――すぐに、興味深い単語がヒットした。

 

《第二次Y染色体特異ウイルス災害(Y-Virus Event)》

《“雄選別”と進化的淘汰》

《失われたYと女神たちの時代》

 

「うわあ……こっちはこっちでキャッチコピーのクセが強い……」

 

「ん? なんか出たんか?」

 

「うん。ざっくり言うと、大昔に“Y染色体だけを狙うウイルス”が流行ったっぽい。出生段階で“男になれなかった”ってやつ」

 

「ええ……。なんじゃその、生物兵器みたいな話は……」

 

 画面をスクロールすると、さらにざらっとした情報が出てくる。

 

《胎児の性分化に関与するY染色体を破壊し、出生時の性比を大幅に偏らせた未曾有のパンデミック。致死性は極めて低かったが、社会構造に致命的な影響を与えた》

《生殖バランスを失った人類は、国家単位での生殖管理と技術支援体制を構築し、以降“少数男性をめぐる社会的競争”が定常化》

《同時に、女性側の性行動に関するホルモン活性が進化的適応により増大。恋愛・交配行動の積極性が平均化・早熟化したとする報告あり》

 

「……なるほど。これが、“モテ期が物理で襲ってくる”世界の背景ってわけか」

 

「つまり……今、我らがグラビア撮影されとるのも……?」

 

「全部、生物の本能と社会制度のせいだね」

 

 スマホの画面には、やたらと美化された図解が載っていた。

 金色の髪をなびかせた“選ばれし男性”が、女性たちの手の中で笑顔を浮かべている。

 

「……なんかもう、お腹いっぱいだなあ」

 

「え、今の一枚で?」

 

「うん。そろそろ、次行こっか」

 

 そう言って、僕はスマホをスリープに戻す。

 街の音がまだ賑やかに響いていたけど、不思議ともう、何も引っかからなかった。

 

「ほう。今回はわりとあっさり見切るんじゃな」

 

「面白い世界だったけどね。現代ベースで過ごしやすいし、コンビニもあるし」

 

「じゃが?」

 

「落ち着かないんだよね、なんか。ずっと、視線に体力を削られてる感じで」

 

「うむ、それは確かに。撮られとったしな。笑顔でピースされとったしな」

 

「うん。なんというか、“選ばれし男性”ってポジション、あんまり性に合わないみたい」

 

 僕がそう呟くと、シロは「まあ、おぬしは観測者じゃからな……一応」と肩をすくめた。

 

「観測完了、っと。じゃ、帰りますかね」

 

「帰るんか?」

 

「……いや、“次の世界へ”かな」

 

 別れを告げることもなく、立ち止まることもなく、僕たちは次の世界へと歩き出す。

 

 だってほら、観測者にとって、旅は終わらないものだから。

 




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