見た目は金髪赤眼のロリ。
小さな体に、整った制服めいたスーツ。
ぱっと見、どこかの私立小学校から迷い込んできたかのような少女――ただし、正体はめちゃくちゃに高次元的な存在である。
物理法則と契約書の間に住んでる、みたいなやつ。
そんな彼女が、今は目の前のデスクにちょこんと座って、唐突に出現した紅茶を啜っている。
急須もカップも湯気まで、さっきまでなかった。
スッと出した。
普通に力を使ってる。
とりあえず、僕は気になったことを問いかけてみる。
「で、君は何をしてるの、こんなところで」
「あら、見てわからない? CEOよ」
金髪ロリは腰に手を当て、堂々と言い放つ。
高次元CEOは本当にCEOだった。
「この世界を、ね。まあ私たちって基本、暇じゃない? だからちょっと、世界を支配してみたの。飽きないし、たまに株価が上下するし」
シロが引いた目でぼそっとつぶやく。
「……めちゃくちゃじゃのう……」
「というかあなたのほうこそ、どうやってここに来たの? いきなり現れたから本当に驚いたんだけど」
彼女が少しだけ表情を引き締める。
こう見えて、企業トップらしい警戒心はあるらしい。
「ああ、世界線の移動的なやつ。いつもの手順でふらっと」
僕は肩をすくめる。
別に特殊なことはしていない、たぶん。
「ちょっと待って、何それ。軽すぎない? 私だって観測はできるけど、直接行ったりは無理よ? こっちの法則と向こうの構造、そう簡単に接続できるもんじゃないのよ?」
金髪ロリCEOは、カップを置いて身を乗り出してくる。
今のところ紅茶よりこっちに興味があるらしい。
「えっ……なんじゃそれ、そんなやばいことだったの?」
シロが目を丸くして、僕の顔を見上げる。
「今までわりと普通にやってたんだけどね」
驚く彼女に、僕はとりあえず笑っておいた。
うん、たぶん普通じゃなかったのかもしれない。
「でもまあ、いきなり攻撃されなくてよかったよ」
僕は紅茶の香りを吸い込みながら、ぽつりと呟く。
「ほら、たまにいるじゃない。高次元存在ってだけで反射的に殴りかかってくるタイプ。属性相性とか関係なく、とりあえず殴ってくるやつ」
「あー……いるわね、そういうの。でも私は戦ったことないからわからないわ。基本、戦闘は外注してるの」
金髪ロリCEOは、軽く肩をすくめる。
「というか、こっちこそ攻撃されなくてよかったわよ。私たちが正面からぶつかったら、この世界、多分持たないでしょ。いろんな意味で」
彼女はちらりと窓の外を見る。そこには巨大な企業ビル群と、空を走るホログラム広告、物理演算を無視した構造の橋。
「ここまで育てるの、結構苦労したのよ? 書類仕事とか、マジで果てしなかったんだから」
「世界支配にしては地味な労力じゃな……」
シロがまたぼそっと突っ込んでいたが、誰も反論しなかった。
「……っていうかあなたさ、こっちから観測できないんだけど。情報フィールドに引っかかってこないって何? 観測できない存在って、もはやそれ実在してるの? さっきも何かが入ってきた?的な感じでしか分からなかったんだけど?」
紅茶を飲む手を止めて、金髪ロリCEOがまじまじとこちらを見つめてくる。
真っ赤な目が、ちょっとした研究対象でも見るような光を宿している。
「うん、まあ。いたりいなかったり?」
僕は適当に返す。
実際、そういうときもあるし。
「なにそれ意味わかんないんだけど! 存在認証をバイパスして世界線またいで来れるって、それ、ほんとにやばいやつじゃない。観測できないし、来るし、軽いノリだし!」
「……つまり、今まで普通に旅しておったのは、高次元的にも異常だった……と」
シロがすごく冷静に要約して、隣でこくこく頷いている。
「うわあ、めっちゃいいじゃない……! ちょっと私もやってみたいわ、世界線移動!」
突然、金髪ロリCEOの目がキラキラし始めた。
「やばそうだけど楽しそうじゃない? 株式市場を跨いで乱高下できるなんて夢のようじゃない? いや、それは関係ないけど!」
「いや、普通に危険な気がするけどね……」
僕は思わずひとりごちる。
「それで? ねえ、それってどうやってやるの? 手順とかあるんでしょ? 教えて!」
ぐっと身を乗り出してくるCEO。
興味津々なその顔は、完全に子どもが新しいおもちゃをねだったときのソレだった。
「いや、別に難しいことじゃないけど……感覚的な話になるよ?」
「いいわよ。感覚、好き。インスピレーションで株買ってるし」
そりゃ暴落もするわ、と思ったけど黙っておいた。
「えーと……まず、周囲の情報レイヤーをずらして、干渉フィールドを希薄化させてから、非連続的な接点を確率的に探索するの。で、それをベースに観測座標を仮設定して――」
「ストップ!」
高次元CEOが手を上げて止める。
目がぐるぐるしてる。
「ごめん、全然わかんない。今の、株式用語じゃなかった。なに? 干渉? 座標? それ、美味しい?」
「まあ、システム的なもんだから……」
僕も説明しながら自分で混乱してきた。
たぶん普段は考えずにやってるやつだ、これ。
「……じゃあ、イメージで受け取るのはどうかの?」
シロが口を挟む。
「前に、我の脳に直接入れてきたじゃろ? あれみたいに」
「ああ、あれね。わかった。じゃあちょっと失礼――」
僕は軽く指先をかざして、CEOの情報領域にアクセスする。
ふわっと、彼女の意識にイメージを直接転送。
そこに詰め込んだのは、層をずらす感覚、空間の流動、観測の滑り……とにかく、僕がいつも感じている“移動前”のアレコレ。
「……」
しばしの沈黙。
そして。
「……うわ、もっと分かんない!! なに今の、ぐにゃってして、ひゅってして、ぐるんってしてた! 感覚で説明って言ったけど、これはもう……なんかアート!!」
金髪ロリCEOがガシッと頭を押さえながら、机に突っ伏した。
「いやー……だめだったか」
僕は肩をすくめる。まあ、伝わったら奇跡だとは思ってた。
「ちょっと! あんた、どうやってそれを“ふらっと”やってるのよ!?」
「慣れ?」
「説明になってない!!」
「相変わらずじゃの……」
シロが紅茶を啜りながら、どこか遠い目をしていた。
「うーん……ちょっと分からないけどやってみるわ」
金髪ロリCEOが、突如としてノリだけで世界線移動にトライしはじめた。
「え、ちょっと待って、それは――」
僕が止める前に。
カチリ。
何かが噛み合った音がして。
パキッ。
空間の端が、ひび割れた。
「……」
みんなが一斉に黙った。
その次の瞬間。
ドシャァン!!
床が抜けた。
「わああああああああ!!!???」
天井も床も境界もない、“何か”の中へ、僕らはまるっと落ちた。
視界が、バグったように明滅する。
上も下もわからない。
空間の法則そのものがあいまいで、身体の座標がぐにゃぐにゃに混ざる。
色も音も全部がノイズのようで、それでいて妙に“静か”だ。
「……あれ、ここって……」
僕はぐるんと回転しながらも、妙に冷静だった。
たぶん慣れのせいだ。
シロは僕の肩にしがみついていた。
彼女はわりと平然としている。
いつもなら騒ぎそうなところだけど、あまりに唐突すぎていっそ落ち着いた感じっぽい。
「なんか……変なとこじゃのう。情報の、端っこの端っこみたいな……」
彼女の表現は正しい。
ここは次元の接続が途切れた空白領域。
世界と世界の狭間、“どこにも属していない場所”。
その中央で――
「えっ、うそ、何これ、落ちてる!? 私落ちてる!? どういうこと!? これ絶対やばいやつでしょ!!?」
CEOが絶叫しながら回転していた。金髪がぐるんぐるんしている。
「うーん、ちょっとやばいかもね」
「やばい“かも”のレベルじゃないでしょこれ!! 見てこれ、次元座標が0.3個しか存在してないのよ!? 0.3って何!? 存在してるの!? しきれてないよそれ!?」
「まあ、しきれてないね」
僕は虚空で一回転しながら返す。
周囲には、歪んだ時計の針みたいなものがゆっくり回っていて、色のない星が逆再生で瞬いている。
そして、背景には、現実とも幻ともつかない構造体が、透けたまま折り重なっていた。
ここはたぶん、「観測されていない空間」。
つまり、存在しないようで存在している場所。
「ううう、もう……今、企業株どころか私の情報構造が暴落してる気がする……! システムに戻れない、セーフティすら機能してない……! これ、マジで詰みじゃない!?」
CEOがわなわな震えて、懐からタブレットっぽい何かを取り出していたが、タッチするたびに画面が「ない」と表示されていた。
「ないって何よ!? 操作画面が、ないって言ってるのよ!? うちのAI、こんなこと言ったの初めて!!」
「たぶんねえ、それ、AIじゃなくて“この場そのもの”が返答してるよ」
「ヒィィ!!? 空間が喋ってるの!? やだ、怖い!!」
「というか、我ら、どうすればええんじゃ……」
シロが首をかしげながらも、わりと安定して浮かんでいる。
「まあ、ゆっくりしようか。しばらくすれば、空間の緊張が解けて安定するかもだし」
「ふざけないでよ! こんな得体の知れないとこに、長時間いて存在情報が分解されたらどうするの!? 私、解像度高いんだから分解しやすいのよ!?」
「じゃあ、なるべく早く抜け出そうか」
「抜け方知らないんでしょおおおお!!?」
「うん」
「しれっと言うな!!」
そうしてしばらくした頃、シロは最初こそ平然と浮かんでいたが――ふと、僕の袖をちょんちょんと引っぱった。
「なあ、そろそろ、マジで戻れんのか?」
その声には、かすかに緊張の滲んだ響きがあった。
「うん、今んとこは無理だね。出口、見つかんないし」
僕は、上下のない空間で軽く一回転しながら答える。
言い方は軽くても、事実は重い。
「……そ、そうか……まあ、我も別に怖くはないが……ただちょっと、なあ?」
シロの視線が泳いでいる。
彼女の背中のあたり、うっすらと霧のようなノイズが立ち始めていた。
情報の輪郭が、わずかに擦れている。
「怖くないって言いながら、だいぶノイズ出てるよ?」
「なっ、これは仕様じゃ! じゃから別に怖くは……」
言いかけて、シロが僕の背にピトッと張り付いた。
「……ちょっとだけくっついとくのは、いいじゃろ?」
「うん、もちろん」
僕は苦笑しながら彼女を受け止める。
その横で、金髪ロリCEOがぐるぐる回転していた。
「ひぃぃ……あんたら余裕そうにしてるけど! これ、私の情報構造が分裂しかけてるからね!? 大企業の顔がこんなバグるの、マズいってば!」
「いやまあ、落ち着いて。今のところ分裂はしてないから大丈夫だよ、たぶん」
「たぶんって言うなああああ!!!」
「むう……この空間、何かがこちらを覗いておる……気がする……気のせいかもしれんが……」
シロが僕の背中で小さく震えた。
「やっぱり怖がってるじゃん」
「ち、違うわい! 情報的に揺らぎがあるだけじゃ!」
「その揺らぎ、感情ノイズ乗ってるなあ……」
僕らの会話をよそに、空間の端で奇妙なフラクタル構造がちらちらとまたたき、まるで“何か”がアクセスを試みているかのようなざわめきが広がっていた。
そしてふと、視界の端で“何か”が動いた。
泡のように、線のように、残響のように。
気配も、形も、規則もない。
ただ、存在の“ゆらぎ”だけが近づいてくる。
「……ん?」
僕はそちらに首を向けた。
そして、気づいた。
「あー……」
「え? なに? 何なの? もしかして助けが来た? いや違う!? 違う感じ!? 違うの来た!?」
金髪ロリが慌てて後ずさるが、ここには“後ろ”も“前”もない。
ただ、何かがにじんで、滲んで、こちらを覗いている。
「やばいの来た? やばいの来たやつ?」
「……観測者じゃないな。むしろ、観測されてない何かだね。忘れられた名前の、端末未対応領域の、うーん……未採番?」
「バグじゃねーか!!」
CEOの悲鳴が、空間のノイズに溶けていった。
「わたし……こういうの……ほんとダメなんだから……」
と、CEOが震えながら呟いた。
登場当初の凄そうな雰囲気の影も形もない。
金髪ロリは完全にしょんぼりロリだった。
「ううううう……ふええ……」
「泣くのはまだ早いってば」
僕は宙を掴むように手を伸ばし、空間に触れる。
ほんのわずかだが、何かの「皺」があった。
おそらく、ここが崩れた“きっかけ”の断片。
接触してはいけなかった“座標の狭間”だ。
こんな場所、通常はありえない。けれど――
「……行けるかも」
「ほんとか!?」
CEOが泣き顔のまま顔を上げる。
「いや、たぶん無理かも」
「じゃあ言うなああああ!!!」
「冗談だよ、いけるとは言ってない」
「なんでええええ!!!」
次元の狭間で、CEOの悲鳴がこだまする。
でも、その響きはなぜか、少しずつ、空間のノイズに干渉しているように見えた。
……ああ、なるほど。
この場、“観測されること”に対して、ほんのわずかに反応する。
なら――
「シロ、ちょっと喋ってて」
「なんでじゃ」
「場を維持するため。観測してないと、ここ、収束しないっぽい」
「わ、わかった……えーと……えーと……! あっ、我の好きな茶菓子の話をするか!」
「いいね。頼んだ」
シロが慌ててお菓子トークを始めた横で、僕は空間の歪みを両手で押さえるようにして、集中する。
観測を、繋ぐ。
存在を、確定させる。
不確定な場所から、“抜け道”を描く。
「……あった」
薄く、空間の裏側に筋が走る。
次の瞬間――
パリィンッと、まるでガラスが割れたような音。
空間の奥に、ひと筋の光。
「出口だ!」
「わー!! いくいくいくいく!!」
泣き声混じりに、CEOが一番乗りで飛び込む。
「待てやお主、順番というものが――ああっ!」
シロも吸い込まれるように続いた。
そして、僕もそれに続いて、崩れる空間のなかへ――
飛び込んだ。
――そして、次の瞬間。
僕らは、どこかの屋上に転がっていた。
高層ビルの上。
風が気持ちいい。
さっきまでのノイズ空間が嘘のように、現実が安定している。
「……あれ? 戻ってきた?」
CEOが目をぱちぱちさせながら、辺りを見回す。
「たぶんね。厳密には違う場所かもだけど、少なくとも“所属してる”感じはある」
「うー……なんか、すっごい疲れた気がする……」
そのままぺたりと座り込むCEO。スーツの裾がちょっとだけ汚れていた。
その横で、シロがフーッと大きく息を吐く。
「……もう、変なとこには行きたくないのう」
「でもちょっと楽しかったでしょ?」
「ちょっとだけ、の」
ほんの少しだけ、シロが笑った。
僕も、小さく笑い返す。
ちなみに、僕やCEOなどのような高次元存在は「あそこで死んだ」としても、いずれ勝手に復活する。
ちょっと時間はかかるけど。
その間に彼女の会社がどうなるかは──うん、まあ、保証はできないだろうな。
会議体はパニック、株価は大暴落、関連子会社が蜘蛛の子を散らすように逃げて、なんか陰謀論が都市伝説化して、後に映画化とかするやつだこれ。
「……にしても、もうああいうのは勘弁よ。ほんと、しんどかった……」
疲れ切った表情のまま、スーツの裾をぱんぱんと叩くCEO。
しばらくしてから、ちら、と僕の方を見る。
「……私にはできなかったけど、あなたは行けるんでしょ? いろんな場所に」
「まあ、うん、そうだね」
「ふーん……いいなあ、そういうの。ねえ、私も連れてってよ!」
勢いよく身を乗り出してくるCEO。
テンションが回復している。はやい。
「……いや、企業の方は? 放り出していいの?」
「だいじょーぶ! 分身しておくから!」
と、ぱっと指を鳴らす。
次の瞬間──もう一人の“彼女”が、すぐ隣に立っていた。
「この私が、今後の運営は全部やっておくから。リアルタイムで情報共有するし、意思も同一だし。問題なーし!」
「つまり分身っていうか、完全に同じ存在の同時展開なんだね……」
「そうそう! 便利でしょ? 高次元存在、なめんなよ☆」
「……え、こやつが、ついてくるのか?」
ぽつりと呟いたのはシロだ。
さっきまでの笑顔は消え、明らかに引いている。
「ま、マジで? あれが……? うわぁ……」
後ずさるレベルで困惑している。
まあ、気持ちはわからなくもない。
「……あ、そうそう。あなたも相当だけど、そっちの子も相当よね?」
不意に、CEOがシロを指差す。
「情報災害でしょ、あの子」
あっさりとした口調だった。
「ん……ばれておったのか?」
シロが、全然悪びれずに首をかしげる。
「そりゃまあね。ある程度レベルが近いと、そういうのは見えるわけよ。てか、最初から思ってたけど……本当に危なっかしいの連れてるわね、あなた」
「たしかに、否定はできないかな……」
僕がそう言うと、シロがじとっと僕の袖を引っ張った。
「……ほんとに、こやつもついてくるのか?」
「さあね。別に、否定はしないけど」
いざとなれば──まあ、なんとかなる。
たぶん。
「よーし、それじゃあ出発しよっか!」
CEOがずんずんと前に歩き出す。
どこに向かうかも聞いていないのに。
僕はため息をひとつついて、彼女の後を追う。
シロも、ぶすっとした顔のまま、僕の後ろにぴたりとついてきた。
こうして、僕たちはまたひとつ、世界を後にした。
次はどんな場所かなんて、誰にもわからない。 まあ──それが旅ってやつだ。