――翌朝。
僕は、なぜかブレザーを着ていた。
ちょっと前まで焼肉屋でロースと戯れていたというのに、今はもう、学生らしい朝の空気に包まれている。
なんという急展開だろう。
ちなみに、昨夜はエルの手配したホテルに泊まったのだけど――
彼女はずっと、備え付けのシャンプーに文句を言っていた。
「なんかこの香り……私の神髄と合ってない気がする……」
「このドライヤー、風が広がりすぎてセットしにくい! もっとこう、局所集中型が欲しいのよ!」
「あとこの枕、頭を沈めた瞬間に絶望するタイプ……私こういうのほんと無理」
などなど、詰め合わせパックのように繰り出される不満の数々に、隣室の僕は壁越しで苦笑いしていた。
言っとくけど高級ホテルである。
たぶん、彼女の“宇宙基準”に合わなかっただけだ。
なお、「力で直せばいいじゃん」と僕が言ったら、
「それじゃ意味ないのよ。今回は学生らしく過ごすって決めたの」
とのこと。
高次元存在、青春プレイ中。
でもまあ、髪の毛が寝癖で跳ねてたのをすごく気にしてたし、意外と身だしなみにはうるさいタイプなのかもしれない。
で、そんなエルとシロと一緒に、今は駅前を歩いている。
制服姿で。
隣には、ちんまりとした制服姿のちびっこが二人。
どう見ても、連れてきた妹にしか見えない。
構図的には“妹が通う学校の見学に付き添った兄”って感じ。
正直僕だけ通報されてもおかしくない構図だ。
しかも二人とも、やたらテンションが高い。
「うむ、制服……思ったより悪くないのじゃ」
シロが、スカートの裾をちらっとつまんで回ってみせる。
「ふふふ、どう? 似合ってるでしょう?」
エルは完全にモデル気取りで、髪をかきあげるポーズまで取っている。
なお、身長は140に届くかどうかである。
「いや、似合ってるけどさ……」
制服の説得力がなさすぎる。
にもかかわらず、そのまま僕たちは堂々と駅前を歩き、堂々と電車に乗り、堂々と学校に向かった。
当然ながら、周囲の視線が刺さる。
特に“兄が小学生の妹を連れて登校してる構図”に見えるらしく、数名から明らかに「えっ」って顔をされた。
うーん、違うんだよ。
説明が難しいだけなんだ。
そして到着した、私立・桐ヶ岡学園。
真新しい校舎に、やたらと整備された人工芝。
デザインに無駄な金がかかってる感じが、なんとも都会の私立校っぽい。
そんなオシャレ空間に、エルが真顔で一言。
「芝の手入れが甘いわね。あとあの校章、フォントがいまいち」
初見で学校をダメ出しする転校生って、君くらいだと思う。
ちなみに今日は二学期の始業日。
つまり、夏休み明けでだるさ全開の生徒たちに紛れ、初登校する我々。
転校タイミングとしては最悪である。
しかも、クラス分けで僕だけひとり別室行きとなり、エルとシロは同じクラスになった。
その瞬間、僕の中で警報が鳴った音がした。ピコンピコン。
あの二人を一緒に教室に入れてもいいのだろうかという疑問。
しかし問答無用で時間は進み、僕は教師に引率されて、とある教室の前に立たされた。
ドアが開き、視線が集まる。
「えーと、今日からこのクラスに――」
「なんか普通っぽい……」
「でもちょっと雰囲気が……なんかこう……」
うまく言語化されない違和感と共に、妙な空気が流れる。
誰も歓迎してこないが、誰も無視もしない。
結果、「転校早々、空気が読めない男」みたいな立ち位置に落ち着いた。
よし静かに落ち着いたな。
だが、真の恐怖はこれからである。
隣のクラスに放り込まれたロリっ子たちのことを思うと、胸騒ぎしかしない。
ちなみにエル、朝から「この制服、ウエストのタックが解釈違いなのよ」って言ってた。
もう帰っていいかな……
─────
――昼休み。
ようやくクラスの空気にも慣れてきた頃、僕は隣の教室の前に立っていた。
心なしか、壁の向こうから異様なざわつきが聞こえる。
嫌な予感しかしない。
そっと覗いてみると――
「エル様、ノート取りましょうか!」「エルちゃん! こっちのお菓子もどうぞ!」
……なるほど。
教室の中心、まるで女王のように鎮座する金髪ちびっ子が、数人の生徒に囲まれていた。
机の上には謎のティーセット、床にはラグ。
あと、いつの間にかカーテンがレースに変わってるのはなんなんだ。
なんか、アフタヌーンティーが始まっていた。
高校の教室とは。
ちなみにシロはというと――
「その質問には四十八通りの答えがあるのじゃが、どれがよい?」
「ふえぇ……し、ししょー……!」
なぜか囲まれて質問攻めにされていた。
何があったのか知らないが、すでに“ミステリアス系の謎ポジション”を獲得しているらしい。
転校して数時間でのこれって、もはや才能だと思う。
僕の方はというと、同じ転校生なのに「なんか普通のやつ来たな」くらいの評価で終わっている。
比較対象がひどすぎる。
「……君、誰?」
不意に声をかけられた。
振り向くと、近くの男子生徒がこちらをじっと見ている。
なんとなく、モブにしては顔が整ってる気がする。
「ああ、僕? 隣のクラスの転校生。二人の……その、保護者というか」
「……保護者?」
「いや、違う。言い間違えた。なんというか、いろいろあって……」
「ふーん」
絶対納得してない顔だった。
その後も何人かと軽く挨拶を交わしたけれど、なんというか――
うまく言えないんだけど、教室の空気が、ちょっとだけ浮いている気がした。
普通の会話なんだけど、どこか演出がかってるというか。
妙にテンポが良すぎるというか。
「マジで? 昨日さ、プール行ったらさ、クラスの○○がいてさ!」
「えー、やばっ! 運命じゃんそれ!」
「ね、これって運命? え、ねぇ運命ってことにしていい?」
……うん。
セリフ回しが、なんかこう、ラブコメっぽい。
あと、妙にイケメンが多いのは気のせいだろうか。
さっき話しかけてきた男子もそうだけど、クラス内を見渡してみると、やけに顔の整った連中が散見される。
モデル系、無口系、スポーツ系、インテリ系。
なんか各ジャンルのテンプレが揃ってる気がするのだが、気のせいだろうか。
それとも僕が異世界を渡り歩きすぎて、普通の世界の感覚を見失っているだけだろうか。
いや、だとしても。
「“エル様”ってなに……」
改めて思う。
なんだこの世界。
……そんなこんなで、なんとか一日を乗り切った。
授業はまあ普通だったし、教師陣もとりあえずまともそうだったしで、大きな問題はなかったのだけど。
それでもずっと、うっすら違和感が残っていた。
たとえば――
「てかあの子、エル様のこと見すぎじゃない? ライバル?」
「ちょっと、目合わせすぎじゃない? 告白フラグ立ってない?」
昼休みに聞こえてきたそんな声とか。
ラブじゃないのに、ラブの気配が濃すぎるんだよねこの学校。
で、放課後。
帰ろうと思って廊下を歩いていたら、階段の踊り場の陰から、妙に聞き覚えのある声が聞こえた。
「エルちゃん、ずっと気になってたんだ……!」
……ん?
僕はつい、足を止めてしまった。
反射的に壁の陰に隠れてしまった自分を、あとで全力で問い詰めたくなるけれど、こういうときって反射で動いちゃうものである。
「ずっと君のことを考えてた。クラスが違っても、目で追ってしまってて……!」
感情をこめた男子生徒の告白。
それに対して、エルはと言うと――
「……ふふ、面白いじゃない」
まさかの満更でもなさそうな反応。
「でも、私に好かれる覚悟がある?」
――どうした、エル。
なんで告白シーンでそんなボス戦みたいな台詞吐いているんだ君は。
「い、いや……えっと……」
「ふふ、冗談よ。あなたの勇気は買うわ。でも、ごめんなさい」
そして断る。
あくまで優雅に、優しく、しかししっかりと。
男子生徒はがっくり肩を落としながらも、どこか晴れやかな顔で去っていった。
「……おもしれー女」
って、言ってた。マジで。
なにこのテンプレの完成度。
……さて、そろそろ本当に帰るかと思いながら昇降口に向かっていたときだった。
今度は、裏庭の方から人の気配がした。
妙にひっそりとした雰囲気。
あと、風に乗って聞こえる聞き慣れた声。
「好き、です……!」
またかよ。
条件反射で物陰に隠れてしまった。
今日だけで何回やるんだこのムーブ。
それはさておき、声の主は別の男子生徒だった。
さっきの告白とはまた違う雰囲気で、より真剣で、少し不器用そうで。
「転校してきたときから、なんか気になってて……いや、話したことはあんまりないけど……でも!」
情熱はある。たぶん。
そして、それに応じるシロは――
「なるほどのう。おぬし、なかなか見どころがあるではないか」
なぜか上から目線で評価していた。
なんか、ちょっと芝居がかった口調になってるのがまた怪しい。
「し、ししょー……俺、努力します! だから、チャンスを……!」
「うむ。ならば十七の試練を乗り越えよ。話はそれからじゃ」
「はいっ!」
なにを了承してんだ。
そのまま男子生徒は感激した様子で去っていった。
おいおい。
シロ、なんか“修行編に入ったヒロイン”みたいなポジションになってない?
ていうか、今日転校してきたばっかりなんだぞ君たち。
なんだこのラブの気配は。
なんで初日にして二人も告白されてるんだ。
なんでどっちも一応成立してる感じなんだ。
……本当に、ここって“普通の学校”なんだろうか。
そんな根本的な疑問を胸に抱えながら、僕は昇降口で待っていた二人と合流した。
「待っておったぞ!」
なぜか元気に迎えてくるシロ。
そして、その隣で同じく制服姿のエルが、ふんすと胸を張っている。
「どうだった? 私たちの初日っぷり、完璧だったでしょ?」
「まあ……目立ってたのは確かだね」
苦笑しながら言うと、二人は「当然でしょ?」みたいな顔を揃えてきた。
そして、そのまま三人並んで歩き出す。駅までの帰り道。
秋の空は、やけに澄んで見えた。
……で。
「なんかさ、今日、二人とも告白されてなかった?」
僕がぽつりと聞くと、二人はぴたりと足を止めた。
一瞬だけ、沈黙。
そのあと――
「まあ、当然よね?」
「じゃな?」
同時にそんなことを言い出した。
ぴったり揃ってるのが、ちょっとだけ腹立つ。
「それにしても……初日で二人ともって、確率的におかしくない? というかシナリオか何か?」
「うーん、たぶんこの世界の“枠組み”のせいじゃな?」
「ええ。どうも、ラブコメ的演出に最適化された環境のようだし」
ちょっと待ってほしい。
サラッとメタ発言した気がするんだけど。
「……君たち、その“ラブコメ仕様”に気づいてた?」
「むしろ最初から違和感あったじゃない。クラスの男子、明らかに分類されてるし」
「妙に背景に光が差し込んでおるしのう。ヒロインの出番感がすごいのじゃ」
「あとさっき、断った男子が“おもしれー女”って言ってたんだけど」
「それはちょっと笑ったわ」
「よくあるやつじゃな」
ちびっこ二人が、楽しそうに談笑している。
制服のまま、駅へと向かって。
なにこのテンプレっぷり。
「っていうか、二人ともどうしてああも自然に告白されてんの」
「まあ、私は高次元存在だから?」
「我は情報災害だから?」
どうしろというんだこの答え。
なんとなく頭を抱えつつも、僕は二人と一緒に歩き続ける。
この世界、どうやらまだまだ波乱がありそうだ――そんな予感だけが、確信に変わりつつあった。