翌朝、教室に入った瞬間だった。
なぜか、やたら整った顔ぶれの男子たちに取り囲まれていた。
「おはよう、新入生くん」
先頭の男が、妙にフレンドリーな声で話しかけてくる。
高身長、爽やかな笑顔、眼差しはキラキラ。
典型的なイケメン枠。
どうやらこの世界、ちゃんと属性に沿って役が割り振られているらしい。
「……おはようございます」
一応は礼儀正しく返してみる。
そのまま自分の席に行こうとしたけど、すっと前に回り込まれて、道を塞がれた。
――あ、これ通してくれないやつだ。
「昨日の放課後なんだけどさ」
声のトーンが変わる。
ああ、もうだいたい察した。
「君、エルさんとシロちゃんと一緒に帰ってたよね?」
やっぱりそう来たか。
周囲の耳が一斉にこちらに向く気配がした。
教室の空気が微妙に張りつめている。
「……まあ、はい。そうですね」
言い逃れしても無駄そうなので、素直に認める。
「どういう関係なの?」
目が本気だ。まっすぐな詰問。
そして、横から別の男子――ちょっとワイルド系のイケメン――が言葉を添える。
「エルさんがあんな距離感で話すことなんてないんだよ」
なるほど、そういうキャラ設定なんだね。
よくわからないけど、好感度を監視される世界は息苦しい。
「いや、別に……ただの偶然で、一緒に帰っただけで――」
「それにしては、かなり親しげだったように見えたけど?」
どこからどこまで見てたんだ。
ていうか、そんなに注視されるほどの場面だったか、昨日の帰り道。
割と勘弁してほしい。
まだ一限目も始まってないんだけどな。
どうして僕は、朝っぱらからイケメンたちに囲まれて詰められているんだろう。
「でさ、正直に言ってくれない? エルさんのこと、どう思って――」
「おーい、そこうるさい! さっさと席つけー!」
低くてだみ声気味の声が、教室の空気をぶった切った。
ドアを開けて入ってきたのは、見るからに疲れ気味な中年の教師。
片手にコーヒー、もう片方には教科書とプリントの束。
「……あ、やべっ」
「ち、また後でな」
途端に潮が引くように、イケメンたちが自分の席へと散っていく。
さっきまでの勢いはどこへやら、手のひらを返したように優等生の顔に戻っていた。
まあ、たぶんこれで終わりじゃないんだろうけど。
僕は小さくため息をついて、ようやく自分の席へとたどり着いた。
授業が始まると、さっきまでの騒ぎは嘘みたいに静かになった。
教科書を開いて、教師の声を聞き流しながら、僕はぼんやりと考える。
――さて、昼休みには何が起きるんだろう。
昼休みのチャイムが鳴った瞬間、僕はそっと溜息をついた。
静かな昼を願うのは、そんなに難しいことだろうか。
机に弁当を出そうとした、その時だった。
――ガララッ。
教室のドアが音を立てて開く。
そして、入ってきたのは。
「こんにちは。お昼、一緒にどうかしら?」
そう言って、優雅に微笑む金髪ロリ。
エルだった。
その瞬間、空気が――止まった。
教室の全員が、弁当を手にしたままフリーズしている。
まるで「そんなイベントある!?」とでも言いたげな顔で。
中には口を開けたまま固まってる男子までいた。
たぶん、パン食べてたんだと思う。
咀嚼を忘れるほどの衝撃だったらしい。
エルはその視線の嵐をまるで意に介さず、僕の席まで優雅に歩いてくる。
そのたびに、周囲のテンプレ男子たちがわずかに身を乗り出したり、凍りついたりしていた。
「あなた、お弁当持ってるのかしら?」
「え? まあ一応持ってきてるけど」
「よかったわ。じゃあ、失礼するわね」
もう当然のように近くの椅子を引いて座るエル。
そして教室全体から、気温が五度ほど下がった気配がした。
イケメン連中の視線が痛い。
すごく痛い。
端的に言って、とんでもない空気感になってしまった。
まだ一言も話していないのに、既に一部の人間からは"処すべき対象"みたいな目で見られてる。
「ええと、どうぞ?」
もはや逃げ道を失った僕は、そう口にして、自分でもよくわからない笑顔を浮かべた。
しばらく、沈黙が続いた。
視線は依然として痛い。
でも当のエルは、そんなの一切気にせず、優雅におかずをつまんでいた。
強い。
メンタルが違う。
ふと思い出して、僕は口を開いた。
「そういえば、シロは? どこ行ったの?」
「食堂に行ってみたくらしくて、そっちに行ったわ」
「ああ、なるほど」
なんか納得した。
あの子の行動は、大体そんな感じで説明がつく。
たぶん今頃、食堂でカレーと対話してるか、白米に名前をつけてるかのどっちかだろう。
なんて想像をしている間も、視線はずっと僕に突き刺さっていた。
――ああ、これは無理だ。
教室中の空気が、もはや“昼のワイドショー”状態になってる。
注目の的というか、的(まと)そのものというか。
観測するのは好きなんだけど、こうして観測されるのは……ちょっと、ね。
咀嚼のタイミングすら見失って、梅干しがしょっぱく感じないレベルの緊張感。
どうして僕のサバの味噌煮が、無言の死刑宣告みたいな目で見られているんだろう。
「……おいしそうね、これ」
エルが僕の弁当をちらりと覗き込んで、穏やかにそう言った。
――ありがとう、エル。
君のその無自覚爆弾、威力が安定してて助かるよ。
イケメン連中の殺意まじりの視線が、サイドメニューのブロッコリーすら焦がしそうな勢いだったけど、エルは気にする様子もなく、優雅に箸を動かしていた。
強い。
やはりメンタルが違う。
むしろこの子がラブコメ界のボスなんじゃないか。
その横で僕は、気配を殺しながら白米を一粒ずつ食べていた。
いま視線を上げたら、目が合ったイケメンにバトル開始されそうで怖い。
――昼休みって、こんなにスリリングだったっけ?
事件性とかは、別にない。
ないんだけど、この空気はなんというか……刺さる。
痛い。
肌にじわじわ来る感じの、観測者的違和感。
たとえるなら、バトルも流血もないのに、ホラー映画の中盤でBGMだけが不穏になってるときのアレだ。
「……」
僕はそんな空気感の中、無言でお弁当を食べ続けた。
────
放課後。
昇降口を出たところで、ちょうど小雨が降り始めていた。
傘を持っていない僕は、靴の先で水たまりを避けながら空を見上げて――
「見つけたぞーっ!」
後ろから、パタパタと足音。
「……シロ?」
振り返るとシロが、やけに得意げな顔で立っていた。
肩には高校指定のスクールバッグ。
中身の半分くらいはたぶん関係ないもので構成されてる気がする。
「まったく、世話が焼けるのう。ほれ、これに入れ」
そう言って、折りたたみ傘を僕の頭上に差し出す。
いや、それ君の身長だとほぼ意味ないんだけど。
「ありがと。でも、その傘の角度じゃ僕の頭だけが濡れるんだよね」
「うむ。よき犠牲じゃな」
人の頭を捧げ物みたいに言うな。
「――あら、ここだったのね」
濡れていない足音が近づいてくる。
見れば、金髪赤眼のロリ。
制服の上から上品な傘を差し、まるで撮影か何かの帰りのように優雅に登場した。
「エルもか」
「あなたが傘を持ってないってわかってたから、迎えに来たの。ほら、これ使って?」
そう言って、傘とは別に、予備の折りたたみ傘をすっと取り出す。
新品の香りすらしそうな完璧な備え。
「用意がいいね」
「当然よ。私は完璧だから」
そこに一切の照れも謙遜もないのが、逆に清々しい。
僕はエルから渡された予備傘を広げる。
これでようやく雨から解放される……はずだったんだけど、どうにも視線の雨が止まない。
周囲の生徒たちの視線が刺さるように集まってくる。
明らかに聞こえてくる声もある。
「え、あいつ誰?」
「なんで地味なやつが……」
「二人ともモデルとかじゃないの……?」
……まあ、気にしても仕方ない。
僕に罪はない。
たぶん。
数歩、黙って歩いたあとで、ふと思いついたように口を開いた。
「エル。君、わざとやってるでしょ」
「ふふ。なにがかしら?」
「今日の昼もそうだけど、昨日の帰りも。いちいち“そういう展開”を引き寄せに行ってる感じがする。視線を集めて、周囲をちょっとずつざわつかせるような」
「……気づいちゃった?」
エルが小さく笑った。
目だけが、楽しそうに細められる。
「だって、面白いじゃない。なんだかこの世界、“ラブコメ”みたいな空気があるでしょう? だったら、ちょっと揺らしてみたらどうなるかなって」
「なるほど。高次元的な暇つぶしとしては、だいぶ回りくどいね」
「でも、私たちってそういうの、ちょっと好きじゃない?」
「……まあ、否定はしない。君も僕も、変化の兆しにはめっぽう弱いからね。性ってやつだ」
「我もその傾向、あるぞ」
足元からシロの声がした。
いつの間にかカバンから取り出していたおにぎりを頬張っている。海苔がほっぺについているけど気にしていない。
「君はただお腹が空いてるだけじゃ……」
「観測のための栄養補給じゃ」
言いながら、もうひとつラップを剥き始めた。
そして雨はまだ続いていた。
けれど、なんとなく、このやりとりを切り取って額に飾れば、それなりに様になる気がした
――それから、二週間。
学園生活は相変わらずだった。
告白されたり、手紙をもらったり、壁ドンされたり。
主にシロとエルが。
ついでに一緒にいる僕も、ちょっとだけ巻き添えを食らう。
「……ちょっと疲れてきたのじゃ……」
「まあ、毎日アレじゃね」
帰り道、シロが、くたびれた風にぼやいた。
そりゃまあ、朝から晩まで知らない誰かに惚れられ続けてたら、魂だって摩耗する。
「よく耐えてると思うよ。下手な冒険より消耗してるんじゃない?」
「我、そろそろ人格が何層か削れてきた気がする……」
その隣で、エルが制服の裾を整えながら、さらっと言った。
「私も、そろそろいいかな。十分楽しめたし。それに……授業って、退屈なのよね」
まあ、そりゃそうだ。
この子、見た目はどうあれ中身は「宇宙の物理法則を裏から覗ける」系の高次元ロリである。
文字通り、世界を外から見る視点を持っているわけで。
教科書の知識なんて、アリの観察日記みたいなもんだろう。
「でも、まだ二週間くらいしか経ってないけどもういいの?」
僕がそう言うと、エルは軽く頷いた。
「ええ。学校というものの構造と、そこでの人間関係のテンプレートについては、だいたい把握したわ」
「我はもう疲れたぞ……毎日がイベントすぎる……」
シロは肩を落として、魂が抜けたみたいな顔で言う。
「じゃあ、そろそろこの世界とはおさらばしようか」
視線は痛かったが、なんだかんだで学生生活というやつを体験できたのは、ちょっと面白かった。
そうして僕たちは、この世界を後にした。
二週間で転校していった僕たちは、きっと誰かの記憶に奇妙な転校生として刻まれたことだろう。
まあ、そのうち“転校生に恋をしたことがある選手権”とかで盛り上がるかもしれないけど。
少なくとも、僕は参加しない予定だ。