高次元存在の端末僕と情報災害ちゃん   作:ソクラティス

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ハマチと茶碗蒸しと本体と

 回転寿司というやつは、放っておいても食料が流れてくるのがいい。

 僕たちは、いつの間にかそれなりに慣れた様子で席について、黙々と皿を積み上げていた。

 

「……またハマチなんじゃが」

 

「うん。食感が好きなんだよね」

 

「もう五皿は行っとるぞ……」

 

 特に意図はない。

 ただ、手が伸びる先にハマチがあった。

 なんとなく。

 それだけで、人は同じものを食べ続けられるのだ。

 

 向かいでは、エルが茶碗蒸しのフタを器用に開けていた。

 

 それで、これが三つ目である。

 

 よほど気に入ったのか、あるいは何も考えていないのか。

 どちらにせよ、彼女は淡々とスプーンを進めていた。

 茶碗蒸しが好きなのかもしれない。

 表情は、特に変わらない。

 

 スプーンを口元に運んだまま、エルがぽつりと呟いた。

 

「……やっぱり、私もやってみたいわ。移動のやつ」

 

「うん? 世界移動?」

 

 頷くような、そうでもないような曖昧な顔をしながら、エルは四つ目の茶碗蒸しを取った。

 三つ目に関してはあっという間に消えていた。

 

「観るのは、まあ。それなりにできるけど……精度はあまりよくないし」

 

「精度がよくないって?」

 

 茶碗蒸しのスプーンをひと口ぶん咥えたまま、エルは少しだけ考えるような顔をした。

 

「なんていうか……これ!って思った世界を見ようとしても、微妙にズレたりするのよ。似てるけど、違う、みたいな」

 

「うわ、めんどくさ」

 

「そう。めんどくさいの」

 

 自分で言っておいて、なぜか少し得意そうだった。

 四つ目の茶碗蒸しも、もうすぐ終わる。

 

「やっぱり、世界を跨ぐ系の行為って、いろいろと難しいわよね」

 

 エルは茶碗蒸しの器を置いて、次に流れてきた五つ目を迷わず手に取った。

 

「目標地点の定義とか、構造の揺らぎとか……あと、観測点の安定性も結構面倒で」

 

「まあ色々あるからね」

 

 僕は六皿目のハマチを口に運びながら、適当な相槌を返す。

 その辺はぶっちゃけなんとなくでやっていた。

 なんとなくで済むものだと思っていた。

 

「……それをサラッとやってるあなた、やっぱりちょっと怖いわ」

 

「意識したことなかったなあ。慣れだよ、慣れ」

 

「慣れで出来たら苦労しないわよ……」

 

 エルは五つ目の茶碗蒸しのスプーンを動かしながら、少しだけ口を尖らせる。

 

「それに、前みたいによくわからないバグ空間に落ちるのも嫌だし」

 

「ああ、あれか。盛大に叫んでたよね、エル」

 

「だって怖かったのよ。ああいう、自分の力が及ばない場所って……なんかこう、理屈抜きにゾワッと来るじゃない」

 

 それは、たぶん正しい反応だ。

 普段はわりと全能に近いことをしているくせに、そういうところには弱い。

 意外というか、人間らしいというか。

 

「……ねえ」

 

 茶碗蒸しのスプーンをくるくる回しながら、エルが唐突に言った。

 

「あなたの本体、見せてよ」

 

 また、随分と軽いノリで爆弾を投げてくるな、このロリっ子は。

 

「本体って?」

 

「だから、本体。今のこれは“端末”なんでしょ? 本物が見たいのよ」

 

 言われてみればその通りだが、言うかそれを回転寿司という場所で。

 

 ……とはいえ、まあ、見たいと言われて困るようなものでもない。

 

 ただ、本体ってのは基本的にこういう世界には直接降ろさない。

 降ろせない、というほうが正しいかもしれない。

 

 というのも、本体がうっかり直に顕現したりしたら、余波でそのあたりの空間ごと吹き飛ぶ。

 下手すれば、ひとつの時空圏が丸ごと終わる。

 「ちょっとした天災」なんて生ぬるい話じゃなくて、文字通り、世界が跡形もなく消滅するレベルで。

 

 だからこそ――そんな面倒な本体の代わりに、僕たちは端末を作って使うのだ。

 このへんに姿を見せたり、会話したり、寿司を食べたりするために。

 たぶんエルもそうだろう。

 

 まあ、本体と端末は違う存在……いや、同じ?

 どっちでもいいけど、適当で済ませているあたりが高次元的存在っぽさ、ということにしておこう。

 

「で、あなたは?」

 

「うん? まあ、別にいいけど」

 

 エルの眉がぴくりと動く。

 一方で、隣から聞き捨てならん声がした。

 

「ま、待て。……それ、我、前に見たような気がするのじゃが……」

 

 シロが、ゆっくりと僕のほうを振り返った。

 顔がほんのり青い。

 

「うーん、見たかもね。シロには見せた覚えある」

 

「の、のう……全然覚えておらんのじゃが……ろくな事にならんかったような気がするのじゃ……」

 

「まあ、気のせいじゃないとは思うよ」

 

「やっぱりかー!!」

 

 シロが頭を抱えてのけぞった。

 お茶がこぼれかけた。

 

 ……まあでも、実際のところ、シロには見せた覚えがある。

 で、廃人になった。

 

 ちょっとだけね。

 

 すぐに治したけど。

 

「うーん、まあ、どうなっても知らないよ?」

 

「任せて」

 

 エルは言いながら、そっと背筋を伸ばした。

 気合いを入れるように、深呼吸ひとつ。

 いざ、覚悟完了。

 

「じゃ、いくよ。エルだけね」

 

 そう言って、僕は軽く手をかざした。

 エルの視界だけを指定して、本体の情報をほんの一瞬だけ開く。

 

 本当に一瞬だけ。

 ……でも、それで十分だった。

 

 スプーンを構えたエルの手が止まり、目が見開かれる。

 

「………………あ」

 

 引きつった声が漏れた。

 スプーンを持ったまま、エルの指先が震え始める。

 

 次の瞬間——

 

「っっっ……は、ははっ、な、なにそれ、冗談、でしょ……?」

 

 声が裏返った。

 顔は青ざめ、笑おうとした口元は引きつっている。

 乾いた笑いが喉の奥で空回りし、目は笑っていなかった。

 

「なに……あれ……あれ、って……あれ……?」

 

 視線が宙を彷徨う。完全に混乱している。

 

「うわぁ……」

 

 隣で見ていたシロが、ドン引きの声を漏らした。

 

「お、おぬし、それ本当に見せてよかったやつか……? 完全に正気を削られとるぞ……?」

 

「でもすぐ戻るよ。シロも前そんな感じだったし」

 

「……えっ、我、そんなんなっとったんか……?」

 

「うん。廃人になってた」

 

「トラウマじゃろそれ!!」

 

 シロのツッコミにも、エルは反応しなかった。

 引きつったまま、まだ何か言おうとしていたが、口がうまく回っていない。

 

「やっぱり、ちょっと刺激強かったかなあ」

 

 とりあえず、エルのスプーンをそっと受け取っておいた。

 茶碗蒸しはしばらく無理そうだ。

 

 

「……で、どうだった?」

 

 僕がそう訊ねると、エルはまだ少し引きつった顔で黙っていた。

 目の焦点が戻ってきたのは、十秒後くらいだっただろうか。

 

「……あ、あは……すごかったわね。いろんな意味で……」

 

「でしょ?」

 

 僕は七皿目のハマチを手に取りながら、サラッと流す。

 

「じゃあ、次はエルの番ね」

 

 その一言で、茶碗蒸しに手を伸ばしかけていたエルの指が、ぴたりと止まった。

 

「…………へ?」

 

「いや、フェアじゃない? 一方通行なのもアレだし」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ、それ……今ここで? まじで?」

 

「うん。だって君も見たいって言ってたし」

 

「言ったけど! あれは流れというか、勢いというか……!」

 

 エルが珍しく目を泳がせた。

 さっきまで平然と五つ目の茶碗蒸しを食べていた同一人物とは思えない。

 

「……あんまり、そういうの、見せたことないんだけど……」

 

「じゃあ初公開だね。記念日だ」

 

「そ、そういう軽いノリで言われても……!」

 

 エルは思わず身を引いた。

 頬が少し赤い。

 両手を合わせて、もぞもぞと指をいじる仕草が妙に人間くさい。

 

「ていうか、ほんとに見たいの? 後悔しても知らないからね?」

 

「うん。見たい。興味あるし」

 

「む、無神経っ!」

 

「本体ってそういうもんだよ」

 

「ぜ、絶対何か思われる気がする……変なのとか言われる……」

 

 エルは目を伏せて、机の下で足をそわそわさせている。

 

「大丈夫、何も言わないよ。たぶん」

 

「“たぶん”じゃない!!」

 

 だが最終的に、エルは観念したように溜め息をついた。

 

「……じゃ、じゃあ……ちょっとだけ。ほんの一瞬だからね?」

 

「はいはい、構えてるよ」

 

「ま、瞬きしたら終わりだからね!? こっちだって見せたくて見せるわけじゃないんだから!」

 

 それでも、エルはスッと手をかざした。

 視界の端が、ほんの一瞬だけ揺らいだ。

 

 本体の情報が流れ込んできた瞬間——

 

「……うわぁ」

 

 思わず、声が漏れた。

 全身の神経が、かすかに軋む。

 

 言葉にしづらい。

 脳が理解を拒むような、形容しがたい“異物感”。

 

 美しいとか、恐ろしいとか、そういうんじゃない。

 もっとこう、根源的な嫌悪というか——

 

「なんかこう……“触れちゃいけない系”の何かを見た感じなんだけど……」

 

「ひっど!!」

 

 エルが目を見開いて、ほっぺたを膨らませた。

 

「ちょっと! そんな感想ある!? もうちょっとこう、あるでしょ!? 感動とか、神々しさとか!」

 

「いや、感動は……ある意味したよ?」

 

「“ある意味”じゃない!! ちゃんと褒めなさいよ!!」

 

「でもほんと、強烈だったよ……ある種の芸術だよ、あれは」

 

「芸術って言えば許されると思ってるでしょ!? ぜんっぜん嬉しくないからね!」

 

「……なにを見せあっておるんじゃ……」

 

 寿司をつまんでいたシロが、箸を止めたまま呆然と呟く。

 

 世界構造の根幹を揺るがすようなやりとりが、寿司屋の一角でごく自然に進行していた。

 

 客層はいたって普通。

 隣の席では家族連れがタコを巡って小競り合いをしており、向こうのテーブルでは大学生らしき男子たちがスマホ片手に炙りサーモンを賞賛している。

 

 その中で、僕とエルは、平然と本体の可視化を試み、正気を削り合っていた。

 

 寿司は今日も、変わらず回っている。

 

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