スーパー銭湯に来た。
エルが行ってみたいって言うから、なんとなく。
理由はそれだけ。
僕と、金髪と、白髪の三人組。
傍から見れば、たぶん保護者と子ども二人に見えなくもない。
いや、見えるかはその人次第か。
「ここが……銭湯、か……なんじゃ、なんかこう、思ったより広いのう」
シロがきょろきょろと見回しながら、小さくつぶやいた。
どうやら初体験らしい。
「ふふーん、初スーパー銭湯組、意外と多いわね。私もだけど」
エルはもうすでにテンション高めで券売機と格闘中だ。
僕はというと、特にテンションも低くないし高くもない。
つまり、いつも通りである。
チケットを買って、靴をロッカーにしまい、脱衣所で適当に着替える。
女湯のほうに消えていったシロとエルを見送りつつ、僕はのんびりと男湯へ。
で、湯船につかったわけだけど——
うん、いい湯だ。
広くてぬるめで、人もそんなに多くない。
風呂につかってぼーっとしているだけで、だいたいのことはどうでもよくなる。
湯の力、侮れない。
エルとシロは女湯のほう。
今頃あっちでテンション上がって、そのままの勢いでのぼせてる可能性は高い。
まあ、二人とも楽しんでるならそれでいい。
僕はというと、特にやることもなく、湯に浸かって壁のタイルをぼんやり見ている。
ちょっとした水音と、遠くから聞こえる子どもの笑い声。
空調の音。
なんだかんだで、こういうのも悪くない。
ぼけーっと湯に浸かりながら、ふと思う。
最近こうしてどこかに行くのって、大抵エルの提案なんだよね。
あれ行きたい、これ見たい、やってみたい――その都度、僕とシロが巻き込まれていく流れ。
いやまあ、それはそれで楽しいんだけど。
たまには僕から何か提案してみてもいいかもしれない。
たとえば……何かこう、地獄っぽいやつとか。
いや違うな、落差が激しすぎるし前に行ったし。
もうちょっと、こう、クッションが欲しい。
そんなことを考えているうちに、風呂から上がるタイミングを見失った。
湯から出た瞬間、ちょっとだけ足元がふらついて、僕もまたテンプレ通りにのぼせかけた。
で、テンプレ通りといえば、風呂上がりの一本である。
風呂場を出て、脱衣所を抜け、自販機の前へ。
並ぶラインナップの中から、僕は迷わずコーヒー牛乳を選んだ。
キャップをひねって、軽く一口。
風呂上がりの一杯は、世界に対する許容量がちょっとだけ広がる味がした。
飲み終えた空き瓶を所定の位置に返して、ふう、と一息ついたあたりで――
「気持ちよかったわねー」
タオルで髪を拭きながら、エルが軽い調子でそう言ってくる。
声のトーンも顔も、完全にリラックスモードだ。
最初のテンションはどこへやら。
「じゃな。なんか、体の芯からあったまった感じじゃ」
その横で、シロもふわっとした表情でうなずく。
赤ら顔にほんのり湿った前髪、ゆるく垂れた肩のタオル――湯上がり感、全開である。
エルも同様に、どこかぽやんとした表情で、普段の小生意気さが半分くらい蒸発していた。
そんな普段とちょっと違う姿にドキッとする、みたいな展開になるかっていうと、当然ながらそんなことはなく。
そもそも見た目が子どもなので、そのへんは最初からブロックされている。
安心設計だ。
「……でさ、次はこっちから提案してみてもいいかなって思うんだけど」
エルとシロがアイスを選び終えて、ベンチで湯上がりの冷気にさらされてるタイミング。
僕は、コーヒー牛乳の空き瓶を片付けながら、なんとなく切り出した。
「おっ、珍しいわね。どこ行きたいの?」
エルが棒アイスをかじりながら、興味津々って顔を向けてくる。
その横で、シロはカップのバニラをスプーンですくって口に運んでいたが、僕の方にちらりと視線を送った。
「んー、ちょっとだけ、四次元世界にでも行ってみようかなーと」
僕が軽く言ってのけると、シロの手がぴたりと止まった。
「……は?」
眉がぴくりと動く。
スプーンに残ったアイスがぽたりと落ちる音が、やけに響いた気がした。
「なんじゃそれ、意味がわからん。どういうことじゃ? 四次元って……あの、あれか? 理論だけで存在しとるような、概念空間的なやつか?」
「うん、そうそう。理論上は存在するけど、普通は体感できないやつ」
僕は肩を軽くすくめて言った。
「物理座標が一つ多い世界。ちょっと脳がバグるけど、面白いところだよ」
「バグる……って、なんで行く前提で話が進んどるんじゃ!?」
シロがやや上ずった声で抗議する。
その手には、まだ一口も食べられていないバニラアイス。
若干溶け始めている。
「ちょっと目を逸らすと自分の背中が見えるとか、後頭部から景色が迫ってくるとか、そんな感じになるけど……まあ慣れればどうってことないよ。最初の五感崩壊期さえ抜ければ」
「ぜんっぜん安心できんわ!」
ぐいっと身を引きながら、シロがスプーンを構えた。まるで防御態勢。
が、その横から――
「おー、いいじゃない!……って、ああ、そこはもう行ったことあるわよ」
エルが、アイスをかじりながら軽く言った。
「え、行ったことあるんか……」
シロが固まる。
スプーンを握ったまま、その手がわずかに震えていた。
「うん、まあ。世界を移動するってほどの大ごとでもないしね。ちょっと空間を折り返してひねるだけで、ふって入れるのよ」
さらっととんでもないことを言いながら、エルはアイスの棒をくるくる指先で回している。
「ちょ、ちょっと待て! “ふって入れる”って、なんじゃそれ!? なんで当然みたいに言うんじゃ! え、四次元じゃぞ!? あの、次元が一個多いやつじゃろ!?」
「そうよ?」
エルが首を傾げる。
完全に何でもないこと、みたいな顔だ。
「……じゃあなんじゃ? 我だけ、行ったことないんか……?」
シロが自分の胸元を見下ろして、小さくつぶやく。
まるで何か大事なイベントを逃した人のようなトーンだった。
「最初はたぶん、ちょっとだけ脳がバグるけどね。でも慣れれば大丈夫」
僕が何でもない風に言うと、シロがこちらを振り向く。
「おぬしまで何を当然のように……! 我が異常なんか!?」
「異常じゃない異常じゃない。ただの順番の問題」
僕は空き瓶を片手に、空を指差す。
「じゃ、行ってみようか。四次元」
こうして、次に向かう場所が決定した。