高次元存在の端末僕と情報災害ちゃん   作:ソクラティス

7 / 44
希望の種

 戦場が、静まり返っていた。

 

 先程まで火が飛び交い、血と悲鳴が満ちていたはずのその地は、まるで誰かが音という概念を奪い去ったかのように、沈黙している。

 

 あれは──魔王の放った破滅の魔法と、僕が展開した魔法陣が衝突したことで生まれた、歪んだ奇跡のような静寂だった。

 

 力と虚構のぶつかり合いが、世界の理をわずかに狂わせた。

 

 その結果として、今ここに、ほんのひとときの静けさが訪れている。

 

 ──まるで、舞台が次の幕を開ける直前の、息を呑む間のような。

 

 僕は空を仰ぎ、ひとつ息をついた。

 

 魔王は、まだ空に浮かんでいた。

 けれど、あの存在のまとう気配は──明らかに、先程とは違っていた。

 

 戸惑い。困惑。

 そして、ほんのわずかな“恐れ”。

 

 どうやら、僕のハリボテ魔法陣を本物と見なしてくれたらしい。

 さすがに、そこまでは狙ってなかったんだけどね。

 

 ──まあ、せっかくだから。

 

 僕は空の魔王を指差し、ぼそりと呟く。

 

「ちょっとあの子の情報、覗いてみたんだけどさ──邪神っぽいね」

 

「い、いつの間にそんなことしてたんじゃ……!」

 

 隣でシロが目を剥いた。

 

「ぶつかり合った瞬間、こっちの観測密度も一気に上がったからね。ついでだよ、ついで」

 

「こわ……なんか怖いことさらっと言った……」

 

 まあ、それでも情報の断片しか見えなかった。

 

 だけど、それだけでもわかる。

 

 あれは──この世界において、“魔王”という形を借りた、もっと根源的な存在だ。

 

 この世界における絶望の化身。

 あるいは、信仰すら呼び寄せるほどの、物語的災厄。

 

 

 

 こうして、戦場の均衡は崩れた。

 

 ──ほんの少し。

 

 けれど、それだけで十分だった。

 

 魔王の気配が揺らいだ。

 兵たちの戦意が曇った。

 誰も口に出さないが、確かに“恐れ”が広がっていた。

 

 この戦場には──魔王の破滅すら打ち消す存在が“潜んでいる”

 

 その事実だけが、魔族側の前進を止めた。

 

「……いったん引けッ!」

 

 魔族の指揮官らしき男が叫んだ。

 その声に従い、前線にいた魔族たちが後退を始める。

 

 名もなき兵が、虚を突かれたように立ち尽くす。

 人間側の誰もが、目の前の現実を信じられずにいた。

 

 ──助かった。

 押し返したわけじゃない。勝ったわけでもない。

 

 ただ、“あちら”が引いてくれた。

 あの化け物のような魔王すら、静かに空を見下ろすだけで、今はもう動かない。

 

 それが、どれほどの奇跡か。

 

 ボロボロの勇者は、その場に膝をつき、息を吐いた。

 剣を握る手が、まだ震えている。

 戦う力は、もうほとんど残っていない。

 

 それでも。

 

 誰かが戦った。

 誰かが抗った。

 それが戦場の“流れ”を変えた。

 

「……なんとか、持ちこたえた、か」

 

 誰かの呟きが、風に消える。

 まるで、それが全員の気持ちを代弁しているかのように。

 

 

 魔族が去った後の戦場には、静かな時間が訪れていた。

 

 燃え残った炎がくすぶり、黒煙が空へと昇っていく。

 瓦礫の間をぬって、兵士たちが負傷者を探し、仲間の名を呼ぶ声が響いていた。

 

「おい、生きてるか……! しっかりしろ!」

 

「こっちはまだ息がある! 治癒魔法を扱える者を──!」

 

 戦は終わっていない。

 犠牲も、被害も、あまりにも多かった。

 それでも、生き残った者たちは動き続ける。

 

 勇者は、担架に乗せられていた。

 剣はまだ手に握られていたが、その目は閉じられ、顔には深い疲労と、それでも確かに──安堵の色があった。

 

 空では、魔王がただ静かに、遠ざかっていく。

 その姿を誰も追わない。追えない。

 

 ──ほんのひとときの、平穏。

 

 戦場に吹く風が、焦土の匂いを運びながらも、どこか優しかった。

 灰と血と、わずかな希望の残るこの場所に、ほんの少しだけ、未来の音が鳴っているような気がした。

 

 

─────

 

 

 戦場から少し離れた、丘の上。

 

 そこからは、まだ煙のくすぶる戦場の全景が見渡せた。砕けた大地、黒く焼けた瓦礫、そして──いまはもう、遠ざかっていく魔王の姿。

 

「……にしても、お主。さっきのは結構ガッツリ干渉してたと思うんじゃが? 大丈夫なのか?」

 

 そう言いながら、シロは半眼で僕を見た。

 

「別に僕が干渉しちゃいけない理由とか、特にないからね。もともとこの世界、僕たちの観測対象だし」

 

「いやまあ、そりゃそうじゃが……なんというか、その、ルールとか? 倫理とか?」

 

「そんなものは、観測者の数だけ存在するよ。少なくとも僕は“手を出しちゃダメ”ってルールは自分に課してない」

 

「ふむ……お主の言うことは、なんとなくいつも納得しかけるが、よく考えるとひどいこと言っておる気もする……」

 

「それは、きっと君の倫理感がまともだからだよ。おめでとう」

 

 からかうように笑いながらも、僕の目は、まだ戦場に向いたままだった。

 

「……でもまあ、ちょっとは“流れ”を変えられたかな」

 

「戦場、か?」

 

「そう。たった一瞬。たった少し。でも、物語ってのはそういう小さなズレから歪んでいく」

 

 丘の上には、夕暮れの風が吹いていた。

 焦土の匂いがまだ残る中に、どこか柔らかな、未来の気配が混じっている。

 

 

「なあ。さっき“邪神っぽい”って言ってたじゃろ」

 

「うん、言ったね」

 

「……それってつまり、“あやつ”がこの世界の邪神、ってことなんか?」

 

「“ぽい”だけどね。でも、だいたい合ってる」

 

 僕は戦場を遠く見下ろしながら、小さくうなずいた。

 

「僕が確認した限り、この世界には、“信仰”によって力を得る神格存在がいる。それが“邪神”と呼ばれるものの正体だ。絶望や恐怖、そういった感情ごと信仰へと変換して、自分の力に還元する」

 

「……信仰されるために、戦場に出ておる、ってことか?」

 

「そう。“殺戮”もまた、彼女の力の源になる。人間を殺せば殺すほど、絶望が広がれば広がるほど、“邪神”としての彼女は強くなる。そういう存在」

 

 そう、魔王は──この世界の神話に根ざした“災厄の権化”なのだ。

 

 だからこそ、あの場に姿を現したのも偶然ではなかった。

 殺し、燃やし、踏み潰す。

 それによって信仰を得て、さらに力を増す。  

 彼女にとって戦争とは、単なる手段であり、同時に“祝祭”でもある。

 

「……悪趣味すぎるんじゃが」

 

 シロが顔をしかめ、肩をすくめた。

 

「にしても、お主はようあんな化け物相手に平然としておるの。……ようやるわ」

 

「慣れだよ、慣れ。観測してると、いろんな世界にいるからね。そういう“神様”」

 

「ふーむ……。でもまあ、正直、あれはちょっとやりすぎじゃと思うがの」

 

 そしてふと、僕は思い出したように口を開いた。

 

「でもさ、シロ。君、最初に会ったとき、“人類は嫌いじゃ”とか言って人類滅ぼしてなかったっけ?」

 

「……あー、言ったな、そういえば」

 

 シロは鼻を鳴らし、少しだけバツの悪そうに目をそらした。

 

「まあ、あれはの。“地球そのものの意志”が、まだ我の中に混ざっておった頃じゃ。あのときは、我自身の境界もぼんやりしとってな」

 

「地球の恨み、ってやつか。人類、相当嫌われてたんだね」

 

「そりゃあもう。何百年もかけて好き勝手やってくれたからの。“怒り”も“悲しみ”も、ぜんぶ積もり積もっておったわ」

 

 どこか他人事みたいな口ぶりだけど、その目には少しだけ、色の混じった影が差していた。

 

「……まあ、今は我自身が主導権握っとるから、だいぶマシになったと思うがの」

 

「それであれだけ暴れてたのか。うん、やっぱ君もわりとヤバいやつだよね?」

 

「人のこと言えんじゃろお主も」

 

 肩をすくめたシロに、僕は肩をすくめ返した。

 

 シロは、丘の上から戦場を見下ろしながら、ぽりぽりと頭をかいた。

 

「……で、どうするんじゃ? このままじゃ人類、滅びそうじゃぞ?」

 

「君、なんか軽いノリで言ってるけど、それ割ととんでもないこと言ってるよ?」

 

「事実を述べただけじゃよ。見てみぃ、この有様。あっちはまだ余裕がありそうだったのに、人間側は満身創痍。どう見ても詰んでおる」

 

 そう言って、シロは遠ざかっていく魔王の背をあごで示す。

 

「あやつ、次に本気で来たら止められる者おらんじゃろ。勇者ももうボロ雑巾じゃし」

 

「そういう例えはやめなさい」

 

「まあ、我なら指パッチン一発で何とかできるが──」

 

「あー……確かに出来そうだなあ、それ」

 

 いやほんとに、この子──情報災害だった頃、端末の僕を通して、本体の僕にまでダメージ通してきたからね。

 

 地味にとんでもないことしてるんだよなあ。

 

 そう考えるとシロ一人でもどうとでもなりそうだ。

 

「で? お主はどうするんじゃ? このまま“終わり”を見物して終わるつもりか?」

 

 僕は、空を見上げてから言った。

 

「それもひとつの観測だと思ってたけど……でも、“滅び”って、わりと見飽きてるんだよね。どの世界でも、だいたい似たような終わり方するから」

 

「贅沢な悩みじゃの。終末マニアの倦怠期かいな」

 

「そんな趣味ないよ」

 

 言ってから、自分のこれまでの観測履歴を思い返して、少しだけ苦笑した。

 

「──と、話が逸れてたね」

 

 僕は軽く首を振って、思考の枝葉を切り戻す。

 

「まあ、要するにだ。パワーバランスが偏りすぎてる。魔王は邪神で、戦場に出てくるだけで信仰パワーが爆上がり。人間側、勝てるビジョンがまるでない」

 

「うむ。どこからどう見ても、詰んでおる」

 

「だよね。でも、こっちもただ見てるだけってのもアレだし……少し“盛って”みようかなって思ってさ」

 

 僕は頭の中で、この世界の情報構造をざっと撫でるように思い巡らせる。まるで砂漠から水脈を探すように、可能性の種を拾い上げていく。

 

 ──けど。

 

「……うーん。それっぽい子、いないなあ」

 

「それっぽい子?」

 

「奇跡を起こす素養がある子。信仰の器になりうる存在。いわゆる“聖女候補”ってやつ。探してみたんだけど、どこにも引っかからない」

 

「む、あの勇者っぽいやつはどうなんじゃ?」

 

「うん、勇者っぽい人はいた。だから次は聖女かなって思ってたんだけど──見つからなかったんだ」

 

「なんじゃそれ。我、そういうのはもっとポンポン出てくるもんかと思っとったが」

 

「普通の物語ならそうなんだけどね。どうやらこの世界、人間の側が“救い”の概念を捨て始めてるっぽい。希望より現実を見てるというか。信仰の器自体が、もう育たなくなってきてるんだよ」

 

「……あー、それは、ちと根が深そうじゃの」

 

「うん。だから逆に言えば──これから“作る”しかない。希望を。象徴を。願いの依代を」

 

 僕はふっと口元を歪める。

 

「というわけで。人間側にも、わけのわからん強キャラをぶち込んでいこうかと思います。勇者、聖女、剣士、僧侶──ベタでもいい、むしろベタがいい。記号の力ってのは、時に現実さえも上書きするからね」

 

「また妙なことを……。ほんにお主、だいぶ物語の住人っぽくなってきとるぞ」

 

「それは褒め言葉として受け取っておくよ。観測は、干渉と紙一重だからね。せっかくなら、ちょっと面白くしてみたいじゃない?」

 

 僕は空を見上げる。

 

 そこにはもう、魔王の姿はない。

 

 けれど、戦場に残された“恐れ”の気配は、今もなお、焦土の奥で燻っている。

 

「──じゃあ、やってみようか。希望の再構築」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。