高次元存在の端末僕と情報災害ちゃん   作:ソクラティス

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終着

 窓の外には、戦火を免れた街並みが広がっている。

 石畳の路地を行き交う人々の声と、どこかの露店から漂ってくる香ばしい匂い。

 けれど風に紛れて届く、かすかな焦げ臭さが――この街が戦場のすぐ隣だという現実を思い出させてくる。

 

 あの戦場を観測した後、僕たちはしばらくこの街に滞在していた。

 目的は特にない。ただ、ここなら次の“動き”を見守るにはちょうどいいと思っただけだ。

 

 僕とシロは、街外れの宿屋の二階にいた。

 軋む床板と、薄い布団のかかった木製ベッドが二つ。

 角の棚には水差しと、粗末な陶器のコップ。

 外の喧騒とは裏腹に、室内は驚くほど静かだった。

 

 

「――上手くいったっぽいね」

 

 僕はぽつりと呟いた。

 まるで天気の話でもするかのように、軽い調子で。

 

 シロの手のひらから、僕がさっき生成した飴玉が滑り落ちた。

 

 どうやら、口に入れるタイミングを完全に見失ったらしい。

 

「……は?」

 

「いや、まあたいしたことじゃないよ。ただ、それっぽい子がいたからちょっと夢でささやいてみただけ。“君、聖女っぽいね”って」

 

「……夢?」

 

 シロが硬直する。

 

「なんじゃそれは。眠ってる間に……? その……誰かは知らぬがそやつの頭の中に入ったのか?」

 

「いやいや、入ってはないよ。ただ、“夢っぽいとこ”にちょっと言葉を落としただけ。だいぶマイルドなアプローチだよ。セーフ、セーフ」

 

「意味がわからんのじゃが!? そんなもの、干渉というより……脳内犯じゃろうが!」

 

「ちょっと言い方が物騒すぎない?」

 

 呆れるシロの横で、僕は肩をすくめてみせる。

 

 だが次の瞬間、シロの目が大きく見開かれた。

 

「……ま、待て。つまり、お主……もう“聖女”を、作ったということか!? え、えっ、もう!? マジで!?」

 

「うーん、まだ“完成”とは言ってないよ? でも、ちょっとした火種は落とした。あとはその子次第。……でも、ね」

 

 僕はふと目を細める。

 

「空気が変わったんだよ。たぶん、芽が出る。……いい花が、咲くと思うよ」

 

 

─────

 

 

 ――つい先日の戦場を、今も夢に見る。

 

 焼け焦げた鉄の匂い。剣が砕け、盾が溶け、祈りの言葉が風に消えた。

 俺たちは、ほとんど何もできなかった。ただ一方的に、蹂躙された。

 

 魔王は、何かを“信じて”いる。あるいは、あの力そのものが“信仰”によって形を得ていた。

 名も知らぬ神か、あるいは“自らの力”を。

 

 あれは、魔法ではなかった。

 戦技でも、魔法でもない。

 もっと根の深い、理屈を超えた力――信仰。

 

 だが異質なのは、あれだけじゃない。

 魔族たちもまた、強すぎる。

 まるで、戦いの中で進化していくかのようだった。

 一体一体が人間の限界を凌駕している。

 しかも、その頂点に“あれ”がいる

 

 全滅は、免れた。

 だがそれは、俺たちの力ではない。

 戦場の中心で、突如として現れた“何か”が――

 淡く輝く巨大な魔法陣が、すべてを押し流した。

 誰が放ったのかも、何のためだったのかも、わからない。

 だが確かに、あれが俺たちを生かした。

 

 まるで天の意志が舞い降りたかのように、すべてが一瞬でひっくり返った。

 あれがなければ、間違いなく俺たちは、あの夜で終わっていた。

 

 

 ……このままでは、勝てない。

 

 勇者と呼ばれるこの身にも、限界はある。

 

 俺たちは、何かを“持っていない”。

 魔族にあって、人間にないもの。

 祈りか、信仰か、それとも――奇跡か。

 

 戦場のすぐ傍にあるこの街で、俺たちは再編を待っている。

 まだ立てる者、まだ戦える者たちが、少しずつここへ集まってくる。

 だが、士気は低い。皆、うすうす気づいているのだ。

 ――このままでは勝てない、と。

 

 そんな中で、ひとつだけ、空気が変わった。

 

 わずかに風向きが変わったような気がした。

 戦士たちの眼差しに、ほんの少しだけ、灯が戻っていた。

 それは、理由のわからぬ小さな奇跡のようなもの。

 

 聞けば、とある村で“光の少女”が現れたのだという。

 傷を癒し、食糧を生み、雨を呼び、幼子の命を救ったと。

 

 ――嘘だろう、と思った。

 けれどその話は、日に日に広まりつつある。

 ただの噂ではない。誰かが、何かを起こしている。

 

 もしそれが、“信仰”を生む火種だとしたら。

 もしそれが、“こちら側”に現れた奇跡の始まりだとしたら。

 

 まだ、希望はあるのかもしれない――。

 

 

─────

 

 

 それから、少しの時間が流れた。

 

 街は変わった。空気が違う。

 かすかな希望が、街全体に染み込みはじめている。

 

 僕はというと、暇を持て余して夢の中で“スカウト業”をしていた。

 

「――君、剣、うまいね。勇者パーティとか興味ない?」

 

 夜な夜な誰かの夢にお邪魔しては、軽くささやく。

 剣士。僧侶。狩人。魔術師。

 ただの候補者たち――でも、その中に、確かに光るものがあった。

 

 もちろん、全員が選ばれるわけじゃない。

 僕は種を蒔くだけだ。芽が出るかどうかは、彼ら次第。

 

 

 ……そういえば、噂で聞いた。

 “勇者”と“聖女”が、出会ったらしい。

 どちらが先に名乗ったのか、どんな言葉を交わしたのかは知らない。

 ただ、今は一緒に行動しているらしい。

 小さな火が、ようやく炎になり始めた。

 

 それにしても――

 

「やっぱ夢って便利だなあ」

 

 ベッドの上でごろりと寝転びながら、シロの視線を避けつつ、もう一人の戦力を探す準備に取りかかる。

 

「いやいやいやいや……お主、何その顔で言っとるんじゃ。便利とか、そういう感想なのか……?」

 

「だって、夢だよ?何しても怒られないんだよ? あくまで夢だからね!」

 

 そう、夢はあくまで夢。

 現実を変えるのは、夢から目覚めた“彼ら”自身だ。

 この世界が、勇者と聖女だけじゃ回らないことくらい、僕だってわかってる。

 

 僕は窓際に立ち、遠くの空を眺める。

 窓の外で、また風が揺れた。

 この街の空気は、ゆっくりと、でも確実に変わりつつある。

 戦火に焼かれた希望の残り香が、少しずつ蘇り始めている。

 

「ねえ、シロ。もしこのまま、人間たちが負けたとしても、僕は――たぶん、直接は手を出さないよ」

 

 ふいに言った僕の言葉に、シロが眉をひそめた。

 

「……ほう。口ぶりからして、“できるけどやらない”という意味かの?」

 

「そういうこと」

 

 僕は肩をすくめる。

 

「僕が魔王を吹き飛ばすのは簡単だよ。魔法で、概念で、理で。何なら現実ごと巻き戻してもいい。でも、それをやったらこの世界が“終わる”。この物語が、意味をなくす」

 

 ベッドに背中を預けて、目を閉じる。

 

「僕は、ただの観測者だ。舞台の上には立たない。立ってしまったら、観測じゃなくなるからね」

 

「ふん、妙なこだわりじゃ。……じゃが、それはつまり、“誰かが魔王を倒す必要がある”ということじゃな?」

 

「うん。僕じゃない“誰か”が、ね」

 

 聖女。勇者。

 あるいは、まだ目覚めていない何者か。

 世界が必要とし、世界に選ばれた者。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな僕の言葉を聞いたシロが、じとっとした視線を向けてきた。

 

「……とはいえ、お主、わりとがっつり干渉しておるよな?」

 

「ん? そんなことないよ? ちょっと夢に顔出して“君、向いてるかも”って言っただけだし」

 

「聖女とかはもろに“お主産”じゃろうが!?」

 

 シロの声が思わず裏返る。

 

 僕は気まずそうに笑いながら、目を逸らす。

 

「まあ……でも、“手を出しちゃいけない”って決まりがあるわけじゃないし。観測者として必要な、最小限の仕掛けだよ。そう、最小限」

 

「それを“最小”と言い張れるの、もはや才能じゃの……」

 

 

 

────

 

 

 

 ──聖女と勇者は、共に行動し始めた。

 

 始まりはぎこちなかった。

 信仰の器として選ばれた少女と、過酷な現実を知る戦士。

 お互いに、知らないことが多すぎた。

 

 けれど、その途中で小さな村を救い、森の魔物を退け、枯れかけた泉をよみがえらせる中で、少しずつ確かな絆が芽生えていく。

 

 聖女の奇跡は、最初はただの偶然のようだった。

 でも次第に、人々の祈りが“力”として形を成すようになる。

 それは、魔王の信仰とは正反対の、“生きたい”という想いの結晶。

 

 勇者は、守るべきものを見つけた。

 聖女は、信じてくれる人々を得た。

そして、その二人を中心に、各地の“スカウト済み”人材たちが集まり始める。

 

 

 一方、魔王は不穏な兆しを察していた。

 戦場で感じた“外部の干渉”、突如として消えた信仰の熱量。

 人間たちの中に、何かが芽生え始めている。

 

 それは、自らが育てた“恐怖の信仰”を侵食する異質な力。

 

 魔王は動く。

 さらなる戦争を起こし、絶望を撒き散らすことで、より一層力を増そうとする。

 希望が芽吹いたなら、それを潰す。花が咲く前に焼き払う。

 それが、魔王という存在の“本質”なのだから。

 

 

─────

 

 

 戦火が再び燃え上がるまで、少しの時間があった。

 

 けれど、それは束の間の静寂だった。

 

 聖女と勇者の旅路がひとつの終点に近づいた頃、世界は再び炎を選んだ。

 いくつもの街が焼かれ、信仰を集めた神殿が踏み荒らされ、希望がまた試される。

 だが、かつてのようにただ蹂躙されるだけではなかった。

 

 人々が祈った。

 必死に願った。

 勇者が剣を振るい、聖女が光を放った。

 そして彼らの周囲には、かつて夢の中で声をかけた“誰かたち”が立っていた。

 魔法使い。騎士。弓使い。僧侶。ある者は名もない傭兵で、ある者は旅の踊り子だった。

 

 彼らは誰一人として、完全無欠な英雄ではなかった。

 それでも、自分の持ち場で戦い、生き延び、傷つきながらも希望をつなぎ止めた。

 

 聖女と勇者が選び、歩いたその道。

 果てにあったのは、勝利と呼ぶには少し足りない、けれど敗北ではない未来だった。

 

 かつて魔王が支配した信仰の熱は、もう完全ではない。

 焦げ跡の残る大地の上に、人間たちが石を積み、種を植え、笑い合う声が戻り始めていた。

 

 

─────

 

 

 僕は、最後まで舞台に上がらなかった。

 

 彼らがすべてを終えたあと、静かな街に降り立ち、その最果ての風景に立って――ただ、風を見ていた。

 

 遠くに見える丘の上。

 風に揺れる草花の向こうに、小さな慰霊碑が立っている。

 誰かが供えた花束が、かすかに風に揺れ、ほのかな香りを運んできた。

 

 どこかの子どもたちが、石畳の坂を駆け下りていく。かつては、逃げ惑う人々の叫びが響いた通りだ。

 今は、笑い声と小さな歌が戻ってきている。

 

 戦いは、終わったのだ。

 

 けれど、それは“完全な勝利”ではなかった。

 

 犠牲は多く、癒えぬ傷もある。

 魔王が完全に消えたわけでもない。

 ただ、ほんの少しだけ“ましな未来”が、選ばれた。

 

 それだけで、充分だった。

 

 この世界が、自らそれを選んだのなら。  生き残った人々が、そう決めたのなら――

 

 僕は、それを見届けよう。

 

 そして、それを記録する。

 

 勇者が剣を掲げ、聖女が祈りを捧げ、人々がそれに応えた日々のすべてを。

 絶望の中で芽生えた希望の灯を。

 魔王の支配を拒み、なおも生きようと足掻いた者たちの記録を。

 

 たとえこの世界が、またいつか終わりを迎えるとしても。

 

 この出来事は、確かにここに“在った”と――僕の観測記録に、しっかりと残しておく。

 

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