ホシノに殺された俺。どうやら先生の弟だったようなので、とりあえず黒服とお茶会してみた 作:ラトソル
一面が砂だった。
地面も、空も。激しい戦闘による砂嵐と形容してもいいほどに巻上がった砂埃。5メートル先も見ることが難しい程の密度で辺り一面を侵食する。
「────フゥ」
溜息を一度こぼす。それは確かに感じる疲労。精神的なものでもあり、肉体的なものでもある。
ここまで疲労感を感じたのはいつぶりだろうか。思い出したくも無いが、やはりコイツと初めて会った時に殺し合ったの以来か。もっと遡れば、この世界に降り立ったばかりでユメ先輩に会う直前も似たような状態だったが。
鼓動も聞こえず、駆動音も無く。
なぜだか浮かんでいるヘイローだけが輝き続けるヘビのようなモノの上に立ち、俺は刀を鞘に収める。
ただの復讐心。ただの自己満足。
俺の不甲斐なさを誤魔化すためだけの行いは、思っていたよりも爽快なものであり、虚無が広がるだけの単純作業でもあった。
弱い。
あまりにも弱すぎる。なんだコイツは。以前戦った時は攻撃も通らず、打撃なんかは命懸け。まあ、
それがどうだ。この手応えの無さは。ただの蹂躙劇だ。お遊びだ。遅い、愚鈍、単純。肉体が頑丈だったことだけは褒めてやろうか。おかげで何度も何度も斬り刻むことが出来た。
────ピシッ。
仮面にヒビが走る。今まで気付かなかったが、部分的に壊れかけているようだ。これを付けてからはここまでの動きをしたこと無かったし、耐久値が限界を迎えたのだろうか。
そして、仮面を付けてるのに蒸れるといったものが無いことに少し驚く。材質的に穴が空いてるようなものじゃないのに凄いな、とどこか客観的に考えて。
「もう無いのか?」
足元で動く様子のないヘビのようなモノに向けて声を出す。聞かせるつもりはない。それほどの呟きだった。実際、コイツの反応は見込めない。
ぽろぽろと仮面の破片のようなものが落ちていく。もとより視界を遮るような構造にはなっていなかったためそういう変化は見られないが、仮面に手を持っていくとどうやら左目の辺りが完全に露出しているようだ。どうでもいいな。
砂煙が少しずつ収まっていく。辺り一面砂なのは変わらない。けれど、このヘビを引き摺ったような巨大な凹みが長く長く続いていた。どうやら最初に戦っていた地点からかなり離れたところまで蹴り飛ばしていたらしい。
少しずつクリアになっていく思考。達成感なんて無い、一時の快楽で終わったこの戦い。今の俺を襲う虚構。
そういえば、と。ひとつ思い出したことがあった。
ヘイローとは、生の証である。意識が無い状態でもヘイローは消えるが、持ち主が死ねばヘイローが浮上することはない。つまりヘイローの消失は死を意味する。
まあ、死ねばヘイローが消えるというだけで、ヘイローを消せば死ぬのかは知らないが。
見下ろす。俺の仇敵だった存在を。
動く様子は無く、呼吸器があるのかは知らないが、そういったものも機能していると思えない。
ただ、一点。
巨大なヘイローの輝きを除き。
「殺しとくか」
俺の心境は多分もっと複雑だ。幾つもの悪感情が絡み合って説明のつかないものになっているのだろう。
ただ、今の俺の心境を総合的に纏め、限りなく近いもので表すとするのなら────『飽きた』のだろう。
腹の奥に燻る熱を感じて、俺は再び刀を握る。どこからか吹き上げる風が髪を靡かせて立ち上がらせる。
「【神秘解放】」
陽炎のような、夕焼けのような光と熱。
今まで繰り出してきた『闇』のようなソレとは全く違うモノが俺の身体を包み込む。
「【
火花を散らす刀をゆっくりと抜く。刀が纏うは灼熱の炎。赤から橙、紫を超えて青へと。空間が歪む熱を内包した刀を掲げ、俺は真下に眠る仇敵を冷めた目で見下ろす。
全く集中していない。もはや惰性だった。もう消えていいぞ、と。飽きたゲームを売るように。
「…………めぐ、る────?」
だから、その声が聞こえてきたのは必然だったのだろう。
(……ホシノか?)
かつての級友。ただ一人しかいない俺の同級生。
あの頃とは違って長く伸びた髪を束ねて後ろに下ろす、所謂ポニーテールの姿でホシノは居た。
相変わらず目立つパッションピンクの銃。見覚えのある盾。
彼女を象徴するピンクの髪と、オッドアイ。
時が止まったかのように瞬きもせずに固まり、俺を凝視するその姿に視線が向く。
────最大の失態は、刀をすぐに振り下ろさなかったこと。
「────は?」
宙に投げ出された。そう錯覚する浮遊感。そして即座にそれを否定する。飛ばされたのではない。足場を失ったことで落下しているんだと。
着地は数秒。砂に足が僅かに埋まり砂が靴の上を覆う。それを払うこともせず、思考を回す。
(────消えた?)
思考は思ったよりも上手く回らず、情報の処理が追いつかない。けれど、処理すべき事項はほんの僅かだったために、ラグは少なく済んだ。
消えた。
あの怪物が。瀕死の雑魚が。焦がれた仇敵が。
なんの前兆もなく姿を消した。
(逃げられた)
そこに辿り着くまでに、時間は掛からなかった。
「……おまえ、たちは────ッ」
何かを叫ぼうとして、それでも背後にいる後輩の姿を目に、身のうちで叫び口を閉ざしたホシノの様子も目に入らない。
「「「ッ!!?」」」
怒り。『飽きた』などといいながら、取り逃した途端に襲ってくる後悔と憎悪。そんなものを今更感じている自分自身の不甲斐なさと馬鹿さ加減に対する怒りが蒼き焔となって天へと立ち上る。
砂漠すらも融解するほどの熱量。足元が溶けて更に身体が沈んでいく。
そんな状態は、一秒も続かずに焔は消え去る。
いつの間にか、紅に染まった空は元の青い空に戻っていて。
それに感慨なんて起きるはずもなく、俺はもうどうでもいいと、帰ることを決めて身体を翻す。
後ろからホシノの声が聞こえた。ソレに反応する気力も残ってない。もう今日は何もしたくない。なんて子供じみた考えなのだろうか。けれど、今話せば八つ当たりしかねないから口を閉ざすだけだ。
「……ちょ〜っと、話を聞かせてもらわないといけない理由が出来ちゃったなぁ」
背後から感じる複数の気配。その中で一際大きいもの、つまりホシノが一歩踏み出して、そこから一歩も動くことが無かったのを最後に、俺はその場から姿を消した。
◇◇◇◇◇
廻の遺体は、黒服によって回収されている。
黒服はカイザーと繋がっており、人脈は未知数。
そんな情報を握っている小鳥遊ホシノにとって、カイと呼ばれた存在から垣間見えた、かつての級友の気配に結論を急いてしまうのは無理のない話だった。
遺体の利用。
ホシノは黒服の目的や探求心なんてものを理解している部分は何一つ無いものの、奴が目的のための過程で妥協することも配慮することもないことは知っていた。
カイザーのロゴ。
黒服とカイザーという掛け合わせ。そして廻の刀と、廻の顔の一部が露出したその姿。
『最悪』を想定するには充分すぎる材料だった。
「……おまえ、たちは────ッ」
怒りが湧いた。殺意が湧いた。後悔はずっと纏わりついていた。
怒りを声に乗せて叫ぶ。その寸前で、ホシノは背後にいる後輩達を視界に入れて立ち止まる。
『どこまで人を弄べば気が済むのか』、と。そう叫ぶ権利も資格も無いというのに。
ホシノはそれらを言葉にはせず、心の中で叫んだ。黒服に向けて。カイザーに向けて。そして、自分へ向けて。
カイの仮面から垣間見えた左目。そこだけでも、ホシノはあの身体が廻のものだと分かってしまった。
だが、ホシノは部分的に否定する。
(あの目)
ホシノに向けられた視線。そこに込められたものは何一つ無い。興味も、感情も。本当に、砂漠の砂を見つめるような無意味なものだと。それらと自分達は同列視されているのだとホシノは感じ取った。
それは、ホシノが廻と過した約一年間で見たことの無い、実際のものとはかけ離れたもの。
(あれはメグルじゃない)
ガワ……肉体に関しては、絶望的だ。恐らく、そうなのだろう。
ただ、中身は違う。そう断定した。
カイから溢れ出す焔の圧力。『神秘』、と形容していいのかも定かではないが、あのような性質、出力、共に彼女の知る廻には備わっていないもの。
外見以外の全てが、カイが■■廻であることを否定してくる。
「……ちょ〜っと、話を聞かせてもらわないといけない理由が出来ちゃったなぁ」
努めて冷静に。
今にも飛び出したい衝動に駆られながらも、背後に立つ後輩達の前で滅多な事など出来ない。取り繕え、嫌いな私を。
そう自身に言い聞かせて、ホシノは警戒を怠らずに一歩踏み出す。
自分自身が殺した彼の遺体を動かす何者かの元へ。
既にこちらに興味が無いのか。ビナーを単独で撃破したカイはホシノ達へ向けた視線を切り、背を向ける。
逃がさない。逃がしてなるものか。
ホシノは愛銃のトリガーへと指をかける。
「動くな」
「────」
決して、視野が狭まっていた訳ではなかった。
目の前には廻の遺体を利用したナニカ。背後には護るべき、不安にさせてはならない後輩達。
前後に意識する存在がいたために、ホシノの視野はむしろ普段よりも広いものだった。
だからこそ、これは純粋な相手の力量。
(いつの間に隣に────)
「ホシノ先輩っ!!」
「貴女たちも。動けば撃つ」
ヒンヤリとした冷たい銃口がこめかみに押し付けられる。背後から刺さるノノミの声。便利屋達もいつの間にかそこに居たのか、息を呑む音が聞こえた気がした。
黒い髪の少女だった。いいや、紫に近いだろうか。
犬のような猫のような、それでいてキツネのような、髪と同じ色の耳。
ヘッドホンのようなものを付けて、カイのように仮面をつけることなく整った素顔を晒す彼女をホシノは見た事がなかった。
(強い)
『神秘』の内包量……存在の圧と言うべきものは、ホシノやヒナといった各学園の最強格よりも低いものだった。かつて、キヴォトス最高の神秘という名声を黒服から贈られていたホシノが観察した結果だった。
神秘の格は、そのまま当人の実力に直結する。
ある程度の、いや、限りなく正しい指標。圧倒的な神秘を内包するホシノは、銃口を向ける彼女の神秘の規模をある程度把握した。
自身より少ない神秘の質。その上で……強い、と認識する。
「……キミは、何者かな?」
真正面からの戦闘なら……恐らく勝てる、はずだ。自信なさげな評価を下して、この状況であればどちらだろうと敗戦濃厚であることからホシノは対話を選択する。
現状、こちらが何か動きを見せない限り、相手がこちらを害する意図はないようだ。
ホシノの意志を汲み取ってか否か。少女は銃口を動かすことなく口を開く。
「さぁ。誰だろうね」
「黒服……ゲマトリアの人間なのかな?」
「知らないよ。そんなよく分からない組織」
こめかみに押し付けられた銃口がさらにグリグリと寄ってくる。アルやセリカが痺れを切らして動こうとしたところをホシノが手で制する。
「貴方は……小鳥遊ホシノね」
「うへ……私の名前が広まってるなんて恥ずかしいなぁ」
取り繕う。偽りの仮面を被ってホシノは言葉を紡ぐ。
そして、それを間近で見た少女……七度ユキノは、細められた目を更に鋭くする。
「なにそれ……気持ち悪い。生きづらくないの? その生き方」
「……」
声が出なかった。ぐうの音も出ないとはこのことか。
図星を真っ直ぐに撃ち抜かれて、仮面にヒビが入る。表情に変化は出なくても、些細な変化はユキノに伝わる。
まあどうでもいいけど、と呟くユキノはホシノへと突き付けていた銃口を下げる。
「……ありゃ。良いの? なにか目的があったんじゃないの?」
「まだ続けるんだ。その胆力は褒めた方がいいのかな?」
腕を伸ばせば届く距離。お互いに銃は下げられている。条件は五分。
だからこそ、ホシノは手を出すことが出来なかった。
警戒は怠らず、けれど既に戦意は無い。というか、最初から無かったのか。気怠げで、けれどキリッとした目付きでユキノはホシノを見下ろしながら、「目的、ね」と呟く。
「貴女たちには興味も要件もないけど。目的はもう果たしたし」
「……黒服じゃなくて、カイの関係者か」
「────なるほどね。そうだよ。彼の進む道を邪魔なんてさせる訳がないでしょ?」
言葉は少なく、目的はそんな曖昧なものしか見えず。
もうこの場に用は無いと、廻が消えた方向へと目を向けてから、そちらとは逆の方向へと歩み出す。無防備な背中、けれどホシノは動けない。
ザッ、ザッ、と砂を踏みしめる音だけが響く。ユキノが振り返ることはなく、走り去ることもなくゆっくりと歩いていく。
「……」
その背中を、ホシノ達は姿が見えなくなるまで見つめていた。
「────気分はいかがですか?」
机に置いた砕けた仮面を手に取って、俺の目の前から声を掛けてくる黒服さん。
誰にも会いたくないのならあの家に帰ればよかったのに、わざわざここに来たのは何か意味があるのかは俺にも分からない。
「仇討ちを果たしたのでしょう?」
全部見てたくせに、わざわざ惚けてそう聞いてくる黒服さんが少し恨めしい。けれど、鬱陶しいとは思わない。
俺とアイツの因縁をなんで知ってるのかも聞きたいところだが、今はもう何もする気にならない。ただソファに身体を沈めて、床を見つめて息を吐いて吸うだけ。
砂狼のことも、A.R.O.N.Aのことも、今は頭から消えていて。
「────最悪な気分だよ」
ただただ、俺はそう恨めし気に呟くしかできなかった。
ユキノサイレント強化。
ちなみに、【神■解放】と【神秘解放】は別物です。