ホシノに殺された俺。どうやら先生の弟だったようなので、とりあえず黒服とお茶会してみた   作:ラトソル

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セーラー服希望

「ありがとう。助かったわ」

 

 キヴォトス三大学校の一角、ゲヘナ。

 

 圧倒的武力を誇る学園で、それに比例するかのように悪事を働く存在も多い諸刃の剣のような地域。

 

 そんなゲヘナの中で確立されている風紀委員会は、キヴォトス全体で見てもトップクラスの忙しさを誇る。

 確かな実力と、学生に任せるには過ぎた労働。

 

 毎日何件も通報が入り、その度に出動するを繰り返す彼女達は総じて苦労人だった。

 

 そんなゲヘナの風紀委員会のトップたる空崎ヒナは、今回受けた通報の原因たる暴力団を一掃し、鎖で身柄を確保してからそんな言葉を口にした。

 

 気にすんな、という返事は慣れたもの。そして、その声はキヴォトスでは珍しく男性のもの。

 

 手に着いた砂埃を払いながら、前髪を気にする様子を見せてヒナはその男の近くに寄る。

 

「急なお願いだったもの。私一人でもできた仕事なのに貴方を巻き込んでしまった……ごめんなさい」

 

「気にすんなって言ってんのに。すること無くて暇だったんだよ」

 

 金も出るし、と。

 正直なことを言う青年……■■廻に対して、ヒナは頬を緩ませて「……そう」と言う。

 

「こんなんばっかだろ。大変そうだな空崎も」

 

「ふふ。もう慣れたわ。二年も続ければこれが日常に溶け込んでくるの。メグル君もどう?」

 

「遠慮しとくわ」

 

 軽くあしらう廻に、ヒナは頬を緩ませて「残念だわ」と軽く口にする。その音は平坦で、けれどどこか弾んでいるようで。冗談のような言葉は、しかし本気の勧誘のようにも感じられる。

 

 ヒナの後輩である風紀委員たちの手によって連行されていく暴力団を眺める彼の横顔。

 風で髪が視界を防ぐのを良しとせず、片手で目を守るようにして廻の姿を目に焼き付ける。

 

「なに?」

 

「ぁ……え、と……なんでもない」

 

「なんかあるやつの言い方なんだよなぁ」

 

 ケラケラと笑う廻の姿。

 それはヒナにとっては初恋の相手。想い人の色々な姿を特等席で見たいという欲。

 

 何も入っていないのに、口の中が甘酸っぱいなとヒナは思う。

 日々追われる業務の嵐。全てを捌き切るヒナに確かに蓄積されている疲労。その全てが今、吹き飛ぶ。

 

「なんで金出してんのお前」

 

「…………はっ!!?」

 

 いつの間に財布を出していたのか。いつの間に財布を開いていたのか。いつの間に右手に札束を握って差し出していたのか。

 

『ぐふふ……毎度あり〜』

 

 以前、小鳥遊ホシノから持ち掛けられた廻のプロマイドに言い値で買い取ったヒナ。彼女の中には既に『貢ぐ』という文化が染み付いてしまった。

 

 無意識。何も考えずに、廻の笑顔をファンサのように受け取ったヒナは札を差し出していた。需要と供給である。

 

 廻からすれば意味不明な行動で、『何こいつ急に怖』と不審者を見る目でヒナを見つめ、そんな眼差しを受けるヒナは慌ててお金を財布にしまい「ち、違うわ!?」と弁明を起こす。

 顔に熱が集まり、フカフカな髪が揺れる。体格も相まってもはやマスコットにしか見えないヒナに、廻は普通に『なんだこいつ』という目を向けていた。

 

「つ、つまりこれは、その……条件反射なの!!」

 

「それが問題だっていう話を今してるんじゃね?」

 

(((頑張って、ヒナ委員長……!!)))

 

 墓穴をドリルで掘り続けるヒナの後ろで、風紀委員の下級生達が一様にサムズアップしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 燃え滾った意志は消えた。

 燃料は無くなって、もう熱は上がらない。

 

 ただ風に流されるままに歩いていた。燃え尽きて眠りについて、直ぐに起きて外を歩く。目的地は無い。強いて言えば俺の家か。もっとも、俺の持ち家というよりは黒服さんから提供されている一室のようなものだが。

 

 身体的疲労は回復していた。けれど、ただ歩いているだけなのに息が止まらない。何度ため息を零したか。

 動き出した水車が止まらないのと一緒だろう。もはや惰性で動き続ける俺の足。人気が消えたこの道を歩く俺を、小さな声が引き留める。

 

「カイ」

 

 俺の名を呼ぶ声。本名では無く、偽名だが。

 

 その声は、ここ数ヶ月聞かなかったもの。

 随分と久しぶりの声に感慨深い気持ちになることはなく、ああお前か、と足を止めてそちらを見やる。

 

「アツコか」

 

「…………ん」

 

 こくん、と小さく首を振ったアツコは小さく声を漏らして俺を見つめる。いつものマスクは無い。最初から素顔。珍しいなと思いながら、何をしているのかと尋ねる。

 

「カイに会おうと思って」

 

 相変わらず表情変化の乏しい……いや、よく見たら不安そうな顔をしているアツコがそう口にする。

 

「へぇ」

 

 周りを見る。いや、見る必要はない。感じ取るだけ。

 周囲に気配は無い。色々あってキヴォトス全域に避難警告が出されているのだろうか。あの蛇もその一端だろう。

 

 ここには俺とアツコだけ。本当に俺に会いに来ただけなのだろうか。どっちでもいいが。

 

「仮面……」

 

「ん?」

 

「着けてないんだね」

 

 考え事をしていた訳でもないのに、アツコの言葉に反応するのが遅れる。一拍置いてからアツコの言うことを聞き取って、噛み砕いて、理解してから思考を始める。

 

 顔に手を伸ばせば肌の感触が伝わってくる。着け心地に違和感が無さすぎて忘れていた。着けてるのか着けてないのか分かりにくいんだよな。

 そういえば壊れたんだっけか。あの時、黒服さんに回収されてから渡されていない。スペアとか用意するようなものでも無いし。壊した俺が悪いか。そんな内容のことを適当にアツコに伝える。

 

「そう……なんだ」

 

 適当な理由を付けた説明を聞いて、アツコは歯切れの悪い反応を見せる。気にはなったけど、本題では無かったのだろう。はたまた、俺自体を見てなにか思うところがあったのか。

 

「こんなところに居ていいのか?」

 

「……」

 

「『先生』の指令────サオリ達も、動いてんじゃねぇの?」

 

 黒服さんから聞いた話だ。兄さんがキヴォトス全域に指令を出して、地上を防衛していると。

 肝心の兄さんは空に向かったらしいが。そこら辺を知ったところでどうなる話でもないから深くは聞かなかった。砂狼もそっちに居るんだろうか。A.R.O.N.Aは兄さんのそばに居るだろうし。

 

「今のカイは」

 

 逸らしていた視線を向けてくる。

 

「手で扇ぐだけでも消えちゃいそう」

 

 俺の核心に踏み込むように、アツコは一歩こちらへと近寄る。

 

「……っ」

 

 砂が巻き上がる。

 俺とアツコの間に境界線を作るように、薄い斬撃を放ち隔離する。意図したものではなく、無意識的な行動に俺の思考が一瞬開けた。

 

 立て直すのには、それだけで十分だった。

 

「……悪い。八つ当たりした」

 

 息を吐く。長く、深く。肺の中にある全ての空気を吐き出したあとも、繋がる気管に残っているものを全て吐き出すように。

 体内から空気が無くなって、自然と呼吸が始まる。一気に入っては来ない。薄く、長く。全身に酸素を届けようとしているのがわかる。

 

 頭に血が上って、直ぐに身体に巡っていく。そこでようやく、俺は自分の体温を感じた気がした。何故か久しいその感覚。じんわりと熱が心臓から広がっていくかのように。

 

 俺の思っている以上に、アレを逃がした自責が大きかったんだろう。

 

「……よかった」

 

 スっと耳に入ってくる透き通った声。

 穏やかな清流のように流れ込んでくる言葉に乗せられたアツコの感情は、やはり安堵。

 

 俺の作った境界線を軽々と踏み越えて、ぎこちなく近寄ってきたアツコは俺の前に立つとそのまま顔を胸あたりに押し当ててきた。

 

「汗かいてるぞ」

 

「良い……落ち着く」

 

 アレとの戦闘から今に至るまでシャワーを浴びていない。あの後直ぐに寝たからな。

 びちゃびちゃな訳では無いが、清潔では無いだろう。それなのに顔を埋めてくるこいつの神経がよく分からない。

 

 服を通して肌に伝わってくるアツコの息。一定の間隔で伝わってくるそれに、何を思うでもなく俺はアツコの肩を押して離す。

 

「普通にキショい」

 

「む」

 

 なんで不満げなんだこいつ。

 

「阿慈谷ヒフミなら、許したの?」

 

「あいつはそもそもこんなことはしない」

 

 なんでそこでヒフミの名前を出す。

 一応想像はしてみたが、どう転んでもヒフミがそんな事するとは思えん。あいつなら普通にペロログッズを顔面に叩きつけてきそうだ。あいつ本当にファンか? 

 

『ハッピーエンドアタ〜ック〜〜!!!』

 

 普通に言いそうで怖い。空気読めないような言動も全部気遣ってのモノなんだろうけどな。

 

「あれは……」

 

 空へと向けて一直線に飛んでいく物体。

 

 今いる地点からは遥か遠く、それでも肉眼で確認できるサイズの、飛行機のようなロケットのような何かが天へと上っていく。

 煙を雲のように吐き出して、俺の耳に確かに届いた空気の壁を割る音。

 

 誰が乗っているのかは分からない。何の目的で飛んだのかも詳細は知らない。けれど、何故だかあそこに兄さんがいて、この状況を打破しようとしているんだなぁと仮説を立てる。

 

 それに対して、俺は特に何かしようとは思わない。これは決して、アレを仕留めきれなかったことによる意気消沈から来るものではない。悔いは残るが、もう切り替えれた。アツコには感謝しなきゃな。

 ただただ、兄さんが居るなら何もしなくて良いだろうという精神。どうせこの世界はあの人を中心に回っているんだ。何とかしてくれるのなら、余計なことをするべきじゃない。というか、あそこに行く手段が無いし。

 

(……いや、この感じ────)

 

 そう思いながら空を見上げれば、気が付く。砂狼が居る……というより、あいつに渡した俺の刀がある。言葉で説明はできない。なんとなく……けれど確実に、あそこに俺の刀がある。となれば、あそこに行くのは容易いが……そんなことを考えて、俺は自身の腰に携えた刀に手を置く。

 

「……まあいいか」

 

「? カイ……」

 

「ありがとな、アツコ」

 

 俺と同じく、空を見上げていたアツコが振り返る。キョトンとした顔。無防備なそこへ、俺は額に向けて指を突き出して軽く突く。

 

「あうっ」、と声を漏らして目をぱちぱちとするアツコ。その姿が何故だか面白くて少し笑ってしまう。

 

「次は飯作ってやるよ」

 

「!! ……うんっ」

 

 キラキラと輝き出した瞳。心做しか頬も色付いたように見える。

 慈愛のこもった笑みで俺を見つめ、小さく手を振るアツコを見てから、俺は地を蹴る。

 

「悪いな。気を遣わせた」

 

「ッ……いや、気にしないでくれ。こちらこそ、アツコと話してくれてありがとう」

 

 少し移動してから感知したサオリの気配。多分サオリの入れ知恵もあったのだろう。だから一応感謝は伝えておかないと、とサオリの隣に降り立ち一言伝える。

 死角からの登場に、思いっきり肩をビクつかせていたけれど、相手が俺だと見るに溜息と諦めを吐き出してそう言った。

 

「帰ったらセーラー服ね」

 

「お前はいったい何を言っているんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユキノちゃん。もしかして……メグルくんのところに行ってたの?」

 

「うん」

 

「────ずっるい!! 私も呼んで欲しかった!!!」

 

「……別に、彼と話した訳じゃないよ? ただ、彼の邪魔をしようとした害虫の足止めをしただけだし」

 

「私もメグルくんに会いたかった!!」

 

「話聞いてる……?」

 

「……メグルって誰?」

 

「あれじゃない? 隊長達がよく話してる男の子」

 

「次は絶対私も行くから!! というか私が行くから!!」

 

「……えぇ……」

 

「あんなニコ見た事ないんだけど」

 

「ユキノめっちゃ引いてるじゃん」




廻くんは立ち直り早いタイプ。

サオリの傍にはもちろんヒヨリとミサキも居たので、メグルが急に来た時は「うわでた!!」ってなってる。
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