ホシノに殺された俺。どうやら先生の弟だったようなので、とりあえず黒服とお茶会してみた   作:ラトソル

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ごめん

「────クックック」

 

 嗤う。

 

 叩き出されたデータに基づく仮説。

 約一年そばで見続けた存在が繰り出していく幾つもの初見。

 

 値が昇って行く。数式に修正が加わる。今までの仮説が覆される。

 

 思わず台に両手を思い切り叩きつける。それは興奮によるものか、はたまた誰かの境遇を憐れんでのものか。

 少なくとも、それは清らかなものではないのだろう。

 

 机上に並べられた紙を落とす勢いでスペースを作り、新たに作成したデータが殴り書きされたものを乱雑に置く。

 

「なるほどなるほど……これは謝罪をしなくてはならないかもしれませんねぇ」

 

 未知への探求者たる黒服は嗤う。

 

 外界から隔離されたが如く、外からの光が一切差し込むことのない密閉された空間で、闇に溶け込むように黒服は揺らめく。

 運命を嘲笑う陽炎。不条理を歓迎する狂人。

 

「おめでとう、小鳥遊ホシノ」

 

 パチパチと、疎らに鳴り響く軽快な拍手の音。

 雨の雫のようであり、不協和音のようなそれに、祝福を込められた気配は無く。

 

「そして、ありがとう……暁のホルス」

 

 黒服はただ一人、嗤う。

 

 色彩、死の神、反転の王、地下世界の司祭。

 

 揃い始めたピースを幼子のように楽しみながら組み合わせていく黒服は、未来に思いを馳せる。

 

 きっと辿る地獄。

 

「貴女にも感謝を────神秘の抜け殻(梔子ユメ)

 

 全ては────予定調和なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 ◈◈◈◈

 

 飛鳥馬トキは、自身の終わりを悟った。

 

 六柱の虚妄のサンクトゥムの消失。トキはそこに参戦してはいないものの、キヴォトスの勝利に終わったその結果だけは聞き及んでいた。

 

 雑兵の後始末。危険物の排除。

 

 それが、命令を与えられていないトキが自らに課した制約……指令であり、指標。

 それ以外に生きる術を知らなかったトキが選択した答え。

 

 武装をした状態で、既に動かない足を眺めていた目線を逸らす。

 見上げる先に広がる空は緋い。広がっていた蒼空はまたもや消え去り、不気味な緋が広がる。それは、先程まで起きていた異常。既に排除したはずの脅威。

 

(アレを排除しなければ……キヴォトスは────)

 

 連邦生徒会長失踪以来、最大級の危機。世界の終焉までのカウントダウンが聞こえてくる……そんな錯覚を、トキへと近づいてくる敵性戦力の歩みに重ねた。

 

 やめろ、というリオの声を聞きながら。それでも、とトキは初めて上官の命令を無視する。

 命を引き換えに敵を排除するために。

 

 自分一人と、キヴォトス全域。天秤は既に傾いた。

 

 覚悟は、出来ていた。

 

「二回目はもう飽きた」

 

 トキは、自分の目を疑った。

 

 景色が切れた。

 そう表現する他ない。空が、空間が、あのサンクトゥムごと分断された。

 

 音が消えた。自分の心臓の鼓動も、この時だけは止まっていたように感じる。

 

 目の前まで迫っていた敵性エネミーは弾け飛んだ。トキの視界には映らない、背後から駆けつけたネルを始めとしたミレニアムの生徒たちの手によって。

 

 そちらへと、トキの意識は割けなかった。

 

 声が聞こえた……気がした。

 幻聴と言われれば、そうなのかもしれない。そこには誰もいない。ソレはただの現象なのかもしれない。リオ達の作戦によるものかもしれない。

 

 だけど、それでも。

 

「……綺麗」

 

 その軌跡に、ただ目を奪われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 気紛れだった。

 

 いや、そんな大層なものじゃない。

 アツコと話して、未練が無くなった訳じゃないけど。

 

 それでも、平静になることはできたから。

 

 上で起きているいざこざに参加するつもりなんて無かった。全て兄さんに任せて、俺はまた出現した塔の破壊と、雑兵処理程度を行っただけだった。

 

 上で何が起きてるのか、そもそもこの現象はなんなのか、なんでアレが出てきたのか。全て分からない、何も知らない。それで良かった。

 

 だから、本当にそんなつもりはなかった。

 天に浮かぶ城、戦艦、舟。なんと形容していいのか分からない巨大な何かの残骸が目に映った。

 

 勝負は決した。何と戦ってたのかは知らないけど、多分今回の騒動にケリをつけたのだろうと漠然と考えた。

 雲を貫く流星。青い軌跡。それを目に写して、俺は腰の刀を瓦礫へと突き刺して、静かに思った。

 

 瞬間、変わる景色。見上げた天が近づく。空の青さをが一層濃いものになって黒へと近づく。

 雲ひとつ無い空……違う。ここは雲の上なんだ。空気の濃度が、気温が全然違う。空気が粘度を持ったかのように僅かに身体が動かしにくい。白い息を吐いて、俺は浮遊感を感じながら地に足つけて辺りを見渡す。

 

 瓦礫の山。至る所がひび割れ、抉れ、吹き飛んでいる。

 劣化によるものではなく、明確な破壊行動によるもの。激しい戦闘があったのは、一目でわかる。

 

 足元に転がる刀の柄を蹴り上げて掴む。これは砂狼に渡したもの。あいつがここに置き去りにしてしまったのだろう。元は俺の刀なのだから、この能力も使えるんだな。

 

 髪がなびく。服が揺れる。自由落下している巨大ななにかだったものの上に立っていると、冷たい風が全身に叩きつけられる。長居は出来ない。する理由も無い。

 

 辺りを見渡す。なぜまたこの行動を取ったのか分からない。ただ見ておこうと思っただけなのか。

 けれど、この選択によって俺は見つける。

 

 薄気味悪い仮面。俺が黒服さんに渡されたものよりよっぽど人間味があるけれど、それがなおのこと不気味にうつる。

 仮面……そう、仮面。

 

 仮面の、はず。

 

「……兄さん?」

 

 気付けば、そう呼んでいた。

 

 似ても似つかない、あの人の顔とは違う、体格も違う、雰囲気も違う。

 そこに転がるのが趣味の悪いマネキンだと言われた方が信じられるほどに。

 

 けれど違う。一目でわかる。

 

 あれは、兄さんだ。

 

 俺がアビドス高校の三年生になって、奥空と黒見が入学して暫くした時に、急に『先生』としてアビドスを尋ねてきた兄さんだ。

 

『……何してんの兄さん』

 

『あれ、廻? アビドスの生徒だったんだ』

 

『兄さんが先生て……罰ゲームかよ』

 

『酷ッ!?』

 

 あの時。

 

 もう二度と起きることはないだろうというほどまでに傷付いたはずの兄さんがそこにいる。

 

 兄さんの身体は見えなかった。全身が何かに包まれたような姿。

 兄さんの傍に落ちている、銃弾により割れた『シッテムの箱』だったものが、それが兄さんなのだと語ってくる。

 

 感動は無い。涙は無い。後悔は無い。

 非情だなと、自分でも思う。唯一の血縁に向けるものでは無いのかもしれない。

 

 けれど、傷付き、倒れ、それでも生徒のために立ち上がったのだろう兄さんに、そんな感情を向けるべきではないと思った。

 違うな。そんなものを考えての感情制御じゃない。これはただ純粋に。

 

「────」

 

 死んでる。確認するまでもない。

 植物人間のようなものでもない。気絶でもない。死んでいる。生命活動のための臓器が全て機能してない。

 

 無念の死なのだろうか。それともやりきったのか。

 俺にはそんなものを推し量ることはできない。何も出来ずに死んだ俺が何か言うことなんてできない。

 

 だから、これは俺の勘違い。有り得ない、とか。そんなはずはない、とか。そんなものじゃなくて、実際に、事実として、兄さんはそこでピクリともしていなかったんだ。

 

 俺の名前を、呼ばれた気がしたから。

 

「────【神威廻放】」

 

 手向けじゃない。今の俺に、この人は救えない。

 

 奇跡なんて起きないと、俺は知っている。

『奇跡』という言葉の意味を、俺は知っている。

 

 死んだ直後なら、治せた。けれど、これは無理だ。

 

 その姿が気に入ってるのならごめん。思い入れがあるのならごめん。

 

 今は、兄さんの声が聞こえないから、俺が勝手に判断する。

 

「【反転之王(■■=■■■■)】」

 

 なにか特別なことが起きることは無い。目を奪われるような光が弾けたり、音が出たり、そんなものはない。

 

 そこに横たわるのは、紛うことなき兄さん。

 うつ伏せになっていて顔は見れない。腕がねじ曲がっている。下半身はどこだ。脚が転がっている。

 

「【神秘解放】────【癒ノ女王(オシリス)】」

 

 薄緑の光の粒が兄さんを包み込む。

 転がる脚にも、見つけられなかったどこかの部位にも。

 

 ゆっくりと。こっちは幻想的な光景に見えるけれど、感慨なんて無い。

 

 兄さんは起きない。鼓動は聞こえない。生き返ることは、無い。

 

 霧が充満していき、視界が遮られる。多分、雲を通過しているんだろう。かなりの水分に身体が濡れる。

 

 見つめる。視界を遮る霧を吹き飛ばそうかと思ったけど、余波が兄さんの身体を叩きつけては一大事。視覚を強化。倒れる兄さんに手を合わせることはなく、俺は頭を下げることもしない。

 

 ただ、一言。

 

「ごめん」

 

 そして、最後に。

 

「ありがとう」

 

 それ以上の言葉は、出なかった。

 

 遺体の埋葬の為に、落下する運命でしかないこの場所から移動させようと手を伸ばし、兄さんの身体が先程の緑の光の粒とはまた別の光へと変換されていくのが目に入った。

 

 少しずつ身体が透けていく。蒸発、とも違う。天に還るような、存在が消えていくような。

 

 それならそれで、いいのかもしれない。それを止める術を俺は持っていないし、これが良くない現象とも思えなかった。

 

 雲を抜ける。まだまだ高所だが、時間は限られる。

 

 声は聞こえない。身体は動かない。

 それでも、俺は兄さんに向かって宣言する。

 

「分かった」

 

 それだけを言い残して、俺は既に消えかかっていた兄さんに背を向けて転移する。

 

 瓦礫の上に立たされて、ぐらりと体勢が崩れるも、何とかこらえる。

 砕けた瓦礫の転がる音が響いて耳に届いた。

 

 突き刺しておいた刀を抜き取る。周りには誰も居ない。

 

 息を吐く。ゆっくりと。噛み締めるように。

 

 今日は色々とあり過ぎた。いや、昨日からか。時間感覚が曖昧になってきている。そろそろ寝ないとヤバいかもしれない。

 

『あの子達をお願いね、廻』

 

 二刀を携えて天を見上げる。

 

「……眩」

 

 鬱陶しいくらいに、空は青かった。




次回は対策委員会編3章プロローグ投稿予定
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