外部と遮断された完全防音の室内。
無音の空調設備により内部の空気が常に快適な気温と湿度に清浄調整され、また、研究のために特製した除菌装置により無菌状態で保たれている空間。
そんな、実家の物置を改装して使わせて貰っている自分の実験室にて。
私はいつもの白衣姿で座椅子に三角座りとなって、スマホを弄りながら、昨日の第一回配信を思い返していた。
「ふふふ」
昨日の配信は初めての殺人が行えるとあって、テンションが通常よりも高くなっていた自覚がある。
そのことから当初に予定していた配信内容に追加して三つの都市を滅ぼしてしまい、全体の配信時間が二時間を越えてしまっていた。一回目の配信はもっとコンパクトにまとめようと思っていただけに失敗だ。
けれども、配信の内容自体はとても充実したものだった。
爽快に戦場の兵士たちを自身の手で虐殺できたし、その後も魔物たちを使って多くの人々を蹂躙することができた。心底満たされる時間になったと思っている。
趣味としての評価とは別に、他人に見せるための配信としての評価も、そう悪い物ではないだろう。
知名度がゼロの状態で宣伝も無しに配信を開始して、最初から数人の視聴者を引き込み、配信が終わる頃には三十人以上の視聴者を集めていた。
彼らから投稿されるコメントにはゲームのグラフィックや描写のクオリティを賞賛するものが多数あったことから、やはりそこら辺に魅力を感じて貰えて人を集めることができたのだろう。
ただ、少し残念なことに悪趣味と称して行っている行為に対しての反応は否定的なものが多かった。まぁ、私みたいな感性の人が多かったらそれはそれで問題なので、正しい反応であるとは思うけれど。
それに賛同とまでは行かないまでも、人々が苦しむ様を楽しむようなコメントが一部あったのは確認していた。なので、同じ趣味の視聴者は間違いなく存在している。
「ふふっ」
今スマホで見ているSNSの投稿も、それは明らかであると示している。
見ているのは、昨日の配信について言及してくれている一件の投稿。
『凄かった。意味わかんないくらいリアルなゲーム。マジで俺もやりたい』
配信のURLを乗せたその投稿を、私は昨日新規に登録したSNSのアカウントで評価する。そして、
「よし、今日もやりますか」
と気合を入れたのだった。
・・・・・・・・
第二回配信:太陽系ワールドで悪趣味なことをします。
あらゆる力から開放された浮遊感。
熱や振動を伝播させる媒介の存在しない真空の空間にて。遥か彼方に煌めく無数の恒星の光を眺めながら、私は宙を漂う。
視界内に表示する半透明のマルチコンソールに視線を向ければ、正面に配置したカメラに撮影される配信用ボディの上半身が、配信画面一杯に映し出されているのが確認できる。
リアルの私を幼いキャラクター調にデフォルメした黒髪ショートカットのキャラクター。大人しげで利発な印象を与える整った顔立ちの、いわゆるダウナー属性美少女。
一般的なVTuberの3Dモデルに酷似させて作った素体は、肌に密着する暗色無地の普段着の上にシミ一つない白衣を身にまとい、配信画面上にて柔和な笑みを浮かべている。
「どうもー、こんにちはー、昨日からVTuberとしてゲーム実況配信を始めさせていただいてますドナーです。今日も悪趣味な内容をお送りしていきますので、よろしくお願いしますね」
『こんちゃ』
『ドアップ助かる』
開始早々、配信には三人の視聴者が訪れていた。本日は配信前にSNSで告知をしていたため、そこから来てくれたのだろう。昨日の配信の最後にはSNSのアカウントを作ったと告げており、配信後には七人のフォロワーが付いていたのでその内の誰かなのだと思う。
「今日はですねー、配信タイトルにもあるように、自作したゲームの太陽系ワールドで遊んでいこうと思ってるんです。ところで、みなさんはここが何処か分かりますか?」
『もうゲーム画面てこと?』
『ドナーフェイスしか見えてなかった』
「正解はですねー、じゃじゃん」
その言葉とともに私の上半身だけを映していた配信カメラを百八十度反転させる。
すると、配信画面上に現れたのは一つの惑星。
遠く離れた太陽の光に照らされるその星は、巨大ガス惑星に分類され周囲に何層にも重なるリングを持つ、太陽系第六惑星、土星。
事前に調整した画角によって配信画面全体に映し出された土星は、リアルの人類が未だ到達したことのない至近距離からの撮影であるのも相まって、精細かつパワフルな映像を作り出していた。
『すっご』
『おおー』
「実はですねー、私は現在、宇宙にいます」
そう言って、私は配信カメラを背後に移動させた後、マルチコンソールを操作して自身の位置情報を変化させた。すると現在のボディと背後の配信カメラは移動を開始し、事前に設定していた土星遊覧コースを巡り始める。
土星の引力を無効化しつつ、真空中の零下二百度を下回る空間を、まるで魚が海中を泳ぎ回るかのように移動していった。
『なんだこれ』
『なにゲーだよ』
『グラすご』
そうやって宇宙空間を漂う視聴者サービスを数分間行っていると、迫力満点の土星を映した配信サムネに惹かれたのか、数人の視聴者が配信にやってきてくれていた。
「どうもー、初見の方ははじめましてー、私は昨日からVTuber活動を始めさせていただいてます、ドナーといいます、今は自作のゲームをプレイしているところなんですよー」
『これゲームなんですか?』
『うわ昨日のヤツか、帰るわ』
「はい、リアルさにこだわって作ったゲームでして、今は太陽系を模したワールドで遊ぼうとしてるところですね」
言いながら、私は土星をバックに配信カメラを正面に配置して、パフォーマンスを追加で行っていく。人魚のようにひらりと宇宙を泳いだり、遠近法を利用して土星を手のひらに収める絵を撮ったり、キャラクターの可愛さを引き立てるようなあざとい動作で踊ったりもしてみせた。
『おおお』
『やっぱすげぇ』
『可愛いね』
『動作が自然で凄い』
『こんにちは、今やってるのに気がつきました。今日は魔王じゃないんですか?』
チャット欄の様子から視聴者の反応は良好だ。視聴者数は早くも十三人に達していて、投稿されるコメントの数は視聴者数に対してかなり多めの比率となっている。これなら早速私のお楽しみタイムに移ってもよさそうだ。
「はいこんにちはー、今日は魔王じゃないんです、昨日の続きはまた別の機会にやりたいと思ってます。えーと。さて、場も盛り上がったことですし、早速ですが配信の目的である悪趣味なことを始めていこうかなと思います!」
『うわ』
『マジか』
『なにやるんです?』
「ふふふ、今日はですね、地球侵略を行います」
私はそう言ってから一呼吸を置き、管理者コードを起動する。
「コード00002ab、起動」
すると、両手を横に広げる私を正面に映す配信画面にて。その遠く彼方の後方で、波のように揺れる紫の空間の発生が映し出される。
紫に染まる空間の歪み。それは第一回配信でも用いた異なる世界を繋ぎ合わせる特殊物理法則、ゲート。
今回生み出したゲートは高さ二キロメートル、横幅五キロメートル、奥行き十センチの特大サイズだ。
現れたゲートはやがて、波のような歪みを不規則かつ乱雑なものへと変化させる。そして、その空間の中央から、四角錐の先端部がこちら側に侵入を開始した。
音の存在しない宇宙空間にて、まるで轟音を響かせるが如くの威容で、ゲートより現れる構造物。
それは今配信のメインとなる地球侵略作戦の要。高さ一、八キロメートル、横幅四、五キロメートル、全長十キロメートルのスペースシップ。
『うおお』
『なんだこれ』
『えぇ』
『やば』
『かっこよ』
太陽光により照らされる船体は白銀に輝き、四角錐の先端部から後方にかけて横に拡大していく船体構造。超重力下で生成された合金により何層にも覆われた船体装甲には、船体上部、下部、及び側面の至る所に十メートルクラスの迎撃用レーザータレットが無数に配置されている。
「まだまだ来ますよー」
地球侵略母艦フォーリナーが空間ジャンプを終えてもなお、ゲートは未だに不規則かつ乱雑な歪みを見せている。
そうして私の言葉と共に、ゲートの歪みから新たな物体が次々に姿を現し始めた。
現れたのは高さ三メートル、横幅五メートル、全長十メートルの宇宙戦闘機。現実で一般にイメージさせる戦闘機を大型化させたような見た目の、
ゲートの歪みより、合計千機の地球侵略攻撃機アタックシップが姿を現し、先にこちら側に来ていた地球侵略母艦フォーリナーの後方へ立体的に整列をする。
フォーリナーの出現からアタックシップの隊列編成までの一部始終は、常に配信画面上にて映されていた。それを見ていた視聴者たちの反応はそのほとんどが良さげに見える。
『すっげ』
『クオリティやば』
『スター・◯ォーズじゃん』
『これホントにゲーム? どっかから映像だけ切り抜いてない?』
部隊編成が終わったのを配信画面上で確認してから、私は後ろを振り向いて配信カメラとともに土星を背後にする地球侵略部隊を眺めた。
「では、今からあの船に乗っていきますね」
そう言って、私はマルチコンソールにて太陽系と同期させている自身の位置情報を操作する。
数秒の後、配信用ボディは数十キロ離れた宙域に位置していた地球侵略母艦フォーリナーの下へ、直線距離の移動を完了させた。
『はっや、でっか』
『えぇ? なにそれ?』
『ハリボテじゃないのか』
『でけぇ』
『なんだこのクオリティ』
『めっちゃリアル』
至近距離に接近したことで、フォーリナーの全長十キロになるスケール感が配信上に際立って映し出された。この船の建造時はちょっと大きくしすぎたかなと思っていたけれど、至近距離からの船の全景が配信に乗った瞬間、チャット欄の流れが少し早くなったことから配信の盛り上がり的にはむしろ正解だったようだ。
そう考えつつ、私はそのままフォーリナーに接近し、メインコントロールルームに一番近い搭乗口から船内に入っていく。
『作り込みやばくない?』
『すげぇ、映画だろこれ』
『これ系のゲームにしてはグラがリアル過ぎるしマジで現実と遜色ない映像がホントヤバい』
『これ自作したってマジ?』
『いやこんなん自作はさすがに嘘』
白色の壁やライトなどで近未来感を演出した広い通路を浮遊していき、私はフォーリナーのメインコントロールルームへとやって来た。
メインコントロールルームの内部には広い空間が広がっており、壁面は全天型モニターとなっていて、そこには周辺宙域が映し出されている。
また、室内には多人数で船の運用をする、という設定のもと、無数のオペレーター用コントロールデッキを設置していて、それらを見下ろす高座に艦長席を設けていた。
私は艦長席に深く腰を掛け、肘置きに手を置いて宣言する。
「それでは、全地球侵略部隊、行動開始。最終目標は地球人類の抹殺。総員の善戦に期待します」
『え』
『何言ってんのこの人』
『草』
そうして、地球侵略母艦フォーリナーを旗艦とする地球侵略部隊は二十一人の視聴者と共に地球方面へと進路をとったのだった。
・・・・・・・・
土星の引力圏より離れて五分。視聴者と軽い雑談を交わしながら、我々地球侵略部隊が手始めに訪れたのは木星の引力圏だった。
その理由は一つ。ここに人類が存在しているためだ。
「この世界の人類は宇宙進出に成功していまして、その最大影響圏があちらに見えます木星となります。そして、木星や付近の宙域への橋頭堡としているのが、目の前に見えます木星の衛星、ガニメデとなるようですね」
『はえー』
『でっか』
『マジでクオリティがイカれてんだけど』
地球侵略母艦フォーリナーのメインコントロールルーム。その全天型モニターの正面には木星の衛星ガニメデが映されていた。さらにはその奥、ガニメデの向こう側には全天型モニターを覆い尽くすように木星の一部が映し出されている。
木星の衛星であるガニメデは月の一、五倍の直径であり、木星は実に地球の十倍以上の直径となっている。
その思わず見惚れてしまう程の巨大さは、人間という個がいかに小さな存在なのか、宇宙という空間がいかに広大なのかを、言外に伝えてくるようだった。
「それでですね、あそこが見えますか? ガニメデ地表に建設された国際開拓基地となっています。ここに来た理由なのですけど、あそこを破壊するためなんです。太陽系内に存在する地球人類の拠点を外側から一つ一つ潰していこうと思いまして」
『なんて?』
『なんかエグいこと言ってますけど』
太陽の光に照らされた木星の衛星ガニメデ。その白い地表の一箇所に、いくつもの建築物が連結して連なる開拓基地が存在している。
私はフォーリナーの各種センサーやスキャナー等の情報収集能力を用いてガニメデ開拓基地内部の情報を収集し、映像情報として全天型モニターにワイプ表示させた。
突如現れた全長十キロの地球侵略母艦フォーリナーと千機になるその僚機の地球侵略攻撃機アタックシップを目撃したガニメデ開拓基地の管制官たちは、誰もが驚愕と困惑の様子を見せている。
しかしながら、流石は宇宙開拓の最前線で活躍するトップオブトップのエリート人員たち。彼らは僅かな時間で混乱状態から脱し、すぐさま各々が自らの行える合理的行動を取っていった。
ガニメデ開拓基地の管制官たちは様々な通信方法、言語でこちらに呼びかけを行い、正体や目的を問いかけてくる。また、その最中にも一番近隣の火星都市へ緊急事態を知らせる通信を飛ばしていた。
基地内部では緊急のアラートが発令され、研究員や作業員を含む全人員が隔壁シェルターに退避を開始する。一連の流れは誰もが淀みのない連帯を行い、非常に理性的な対応をしていた。
そんな人々に対して、私が取る行動は、やはり一つしかない。
「ふふふ、それでは、攻撃開始」
私の攻撃宣言を認識したフォーリナーの制御AIは、システムに従い全アタックシップの生体コンピューターに指令を発する。そうして、フォーリナーの船体左右に展開していた合計千機のアタックシップが、宇宙空間から正対する衛星ガニメデの、人類が建設した開拓基地へ同時に攻撃を開始した。
アタックシップの機体前方に取りつけた二門のレーザー砲より、赤色に視認すら可能な高エネルギー弾が、1キロにも満たない広さの開拓基地へと、大気圏外から降り注ぐ豪雨の様に打ち込まれていく。
衛星ガニメデへと打ち込まれる高エネルギー弾の多くは地表に衝突して爆発。地表の岩石が塵埃となって極わずかな気圧を有する大気へと舞う。また、地中に含まれる氷が氷解してそのまま水蒸気となり視界をふさいでいった。
私の攻撃宣言とともに、ガニメデ開拓基地からの通信は途切れた。複数の通信方法、無数の言語による真剣さを帯びたいくつもの通信が、プツリと消失した。
私はゆっくり、ゆっくりと時間をかけて、視界を塞ぐ粉塵や水蒸気が宇宙空間に霧散していくのを待つ。
そうやって待ちながら、ガニメデ開拓基地に滞在していた人々がどんな人物だったのか、思いを馳せた。
彼ら彼女らは、宇宙に進出した人類の未来を担うプロジェクトに関わっていた人材だ。宇宙開拓の最前線で活動していて、ゆくゆくは太陽系外へ進出するための足がかりにもなる偉大なプロジェクトの参加者だったのだろう。
彼ら彼女らがトップクラスの人材として育成されこの基地に配属されるまでに、どれだけの資金と労力が費やされたのだろうか。それ程までのプロフェッショナルがこれから進めていたであろう人類の進歩は、どれほどのものであったのだろうか。
とても重い使命と期待を背負っていたであろう、人類有数の輝くような価値のある人々。
それを今、私は宇宙の塵へと変えた。
「ふふふ」
徐々にガニメデ開拓基地があった場所に立ち込める粉塵と水蒸気が晴れていくのを確認しつつ、私はゾクゾクする快感を背筋に感じながら、気分が良くなったので片手を手のひらを上にして少し前に出す。
するとフォーリナーの管理AIが私の動きを認識して、前に出した手に天井から吊り下げられたマニピュレータでグラスを用意し、そこへ素体用に調整した合成飲料をなみなみと注いていく。
私は注がれた合成飲料の匂いを楽しみながら、一くち口に含んだ。
まぶたを閉じて合成飲料の風味を味わい、それから目を開けて、全天型モニターに映し出された
そこには、いくつもの隕石が衝突した後に残されるような、荒れ果てた無数の大穴が存在していた。無数の大穴は至る所が黒く焼け焦げていて、ガニメデの地表が白いこともあり、そこで起きた災禍が如何程のものであるかを視覚的に語っている。
そこに、人類の痕跡は存在しなかった。地球より遠く離れた地に築かれた人類の橋頭堡は、そこにいた人々を含めて跡形もなく消滅していた。
胸の内に熱いものが込み上げてくる。
とても心がぽかぽかする。
心地の良い感動に、思わず深い吐息が漏れた。
他人の未来を摘み取るという行為は、なんて甘露なのだろう。摘み取った花が高嶺な代物だけに、自らの手で手折った快感は、それはもう、蕩けるように甘美なものだった。
「……素晴らしいですね。……んん? あっ」
思う存分に自らの嗜好を堪能しきったのち、そういえば、と配信中であったことを思い出す。私はマルチコンソールにて配信のチャット欄を少し遡って確認した。
『やっばw』
『おおー』
『すげぇ!』
『クオリティぶっ壊れてるw』
『えぐいw』
『うおお』
・
・
・
『配信してること忘れてそう』
『優雅に一杯始めてて草』
『俺もお茶とってこよ』
配信のチャット欄をみる限り、ガニメデ開拓基地の破壊は視聴者にとっても魅力的に映ったらしい。千機のアタックシップによる同時レーザー砲撃は分かりやすく派手で盛り上れるポイントだったようだ。人類の痕跡が全部蒸発しているため、直接的に死体に映らなかったのも視聴者的には良かったのもしれない。
「えっとー、あのー、すいません。ついひたってしまいました。あはは」
艦長席の右後方に配置していた配信カメラに向かって、グラスを持たない方の手をひらひらと振って謝罪する。見れば、木星到達前の視聴者数が二十一人だったのに対し、現在は十五人にまで減少していた。
『お、復活した』
『攻撃良かった』
『テンション上がったわ』
またやってしまったなー、と内心で多少後悔していると、今日の配信にてよくチャット欄にコメントをくれる数人の視聴者がまたコメントを書き込んでくれた。名前を確認するに昨日の第一回配信にも来てくれていたと記憶する視聴者たちで、その反応がとてもありがたい。
趣味は楽しく共有したかったので、配信は和やかに明るく行いたかったからだ。
「あははー、すいません、今後は気をつけますのでどうかご容赦をー」
軽く流してくれる雰囲気だったので私はそう言って、言葉を続ける。
「さて、ガニメデ開拓基地はあっさり破壊できましたね、ですがお楽しみはまだまだこれからです。ガニメデ基地はただの前菜。なので、これより次の目的地に向かいたいと思います。次なる目的地は太陽系第四惑星火星。こちら人類が大規模な勢力を築いている一大拠点となっております」
ああ、楽しみだ。
既に消失したガニメデ基地からは『所属不明の巨大宇宙艦隊が到来した』という旨の緊急通信が発されている。そんな緊急通信を受けった火星の人々は一体どんな反応を見せてくれるのだろうか。
「全地球侵略部隊、行動再開。次なる作戦目標へ移動を開始」
私は艦長席へ深く背を預けて、期待で胸を膨らませながら、部隊に指令を出した。
私の指令のもと、地球侵略母艦フォーリナーと千機の地球侵略戦闘機アタックシップは火星への移動を開始する。
木星から火星までの距離は膨大であり、ガニメデ基地からの緊急通信を火星基地が受信するまでには、数時間を要する。そのためマルチコンソールで宇宙の時間を加速させつつ、絶妙な時間調整を施して火星へと赴いていく。
そうして火星の引力圏へとやって来た我々地球侵略部隊だったのだけど。
「うーん、何の歓迎もされないですね」
『歓迎(意味深)』
『歓迎されそうもない諸行を犯した人の発言です』
地球侵略母艦フォーリナーの、メインコントロールルームに組み込まれた全天型モニター。そこには巨大な赤色の地球型惑星が映し出されていた。
地表に存在する酸化鉄によって赤褐色として太陽光に照らされる太陽系第四惑星、火星。
地表にはマーズシティと名付けられた総面積二百平方キロメートルに渡る高層建造物群の巨大都市が建設されていて、そこは宇宙進出を果たした人類の地球外一大拠点として興隆を極めていた。
そんなマーズシティは現在、歓喜と恐怖による分裂と混乱が渦巻いている様子だ。
フォーリナーの情報収集能力によって、ガニメデ基地の時と同じくマーズシティ内部の様子を映像情報として全天型モニターに表示する。
表示された映像には、我々地球侵略部隊の接近がマーズシティのセントラルスクエアにて中継されている様子が映っていた。そこには『地球外文明が接触に来た!』と歓喜する多くの火星市民が中継モニターに手を振る様子や、危険な雰囲気を察知して安全な場所に逃げ込もうとしている少数の人々の姿があった。
マーズシティに暮らす火星市民たちは突如出現した所属不明の船団を確認したことで、さまざまな憶測を立てているようだった。その中には多くの流言飛語が混じり、住民の混乱を助長させているようでもある。
「うーん、ガニメデ基地が送った緊急通信はこちらの攻撃前にもかかわらず、多少なりとも危険を知らせる内容であったはずなんですけど。火星の人々からはあまり危機感を感じませんねー」
『なんで危機感を感じる必要があるんですか』
『和平の道はないのかよ』
「和平の道は存在してないですねー」
それにしても、火星の人々はガニメデ基地の通信官が遺した最後のメッセージを受け取ることができなかったのだろうか。もしくは受け取った上で一考する価値もないとして捨て置かれたのだろうか。
もし仮にそうであれば、彼らの最後の瞬間に発された警告が無価値になっているように思えて、心が躍る。
人類の未来を切り開いていくはずだった彼らの最期が、何の影響も及ぼさない無駄死にで終わったのだと考えると、偉大な人物でも無様に死を迎えるのだと感じられて、なんとも味わい深い。
「まぁ、こういう状況もこれはこれで美味しいということですね。おっと」
そうこう考えている内に、やっとと言えばいいだろうか、マーズシティの発着場から二隻の武装された宇宙船がこちらに向かって飛び上がってきた。
全長十キロメートルにもなる地球侵略母艦フォーリナーに対して、その二隻はあまりにも小さい。
二隻は定型文のような警告を発しながら、こちらに停船命令を出している。
「ふふ、では、分かりやすく意図を示すとしましょうか。フォーリナー、あの二船を撃墜しなさい」
私が一言そう言うと、フォーリナーの船体に取り付けられた十メートルクラスのレーザータレットが二基、火星からの宇宙船に狙いをつけ、高エネルギーレーザーを照射した。
瞬間、フォーリナーの下方に音のない花火が二つ打ち上がった。船体後部の燃料ユニットが爆発したらしき二船の宇宙船は、共に船体前方を高エネルギーレーザーに焼き切られながら爆散している。
「あはは、それでは、全アタックシップ、攻撃開始。火星に築かれた都市を砂嵐の中に埋没させてあげるのです」
フォーリナーの左右に展開していた地球侵略攻撃機アタックシップは、私の指令を受けて行動を開始する。
合計千機のアタックシップは火星の衛星軌道上から地表のマーズシティまで一直線に降下を行い、まるで猛禽類が獲物を捕らえる時のような軌道で都市に接近、船首のレーザー砲を撃ち込んでは上昇して距離を取っていく。
『おおー』
『やっべー』
『なんだこの絵面』
『マジでスター・◯ォーズ始まったんだが』
メインコントロールルームの全天型モニターに表示させているマーズシティの映像情報には、都市の人々が狂乱状態となって逃げ惑っている姿が映し出されている。先ほどまで地球外文明の到来に熱狂していた人々や危機感を覚えていた人々の区別なく、アタックシップによって破壊されていく都市の内部で命の危機に喘いでいる人々の様子を安全な特等席から堪能できた。
「あはっ」
人が死ぬ姿が見える。何の罪のない都市の住人が、火星の地表に築いたコロニーという、逃げ場のない処刑場で無残に死んでいく姿が見えた。
「わぁ! 皆さん今の見ました!? 外壁を貫通したレーザーがそのまま地上の人間の上半身を溶かして行きましたよ! 芸術点高いですね!」
『お、おう』
『なんでこんなにはしゃいでんだこの人』
『いきなりテンション爆上げで怖い』
『俺右の方の画面見るのに忙しいんで』
『なんか映画の切り抜き映像使ってない?』
全天型モニターにて高精細に映し出される映像情報は、視聴者受けを狙った迫力のある場面を切り抜く他にも、私の好みを汲んだベストショットを複数映し出していた。
そこには、マーズシティの緑地エリアを覆うドーム状の外壁が破壊され、酸欠と気温の急激な低下に苦しむ人々の姿が映し出されている。
また他にも急速な気圧の変化による突風に巻き込まれて都市の外、火星の荒野に追い出された住人が、呼吸困難と極低温に苦しみ窒息死する姿などのお宝動画が量産されていた。
私は配信カメラとともに艦長席を立ち、全天型モニターをもっと近くで見れるオペレーター用コントロールデッキの方に歩いていく。
「あはは、あはっ」
マーズシティの金融エリアでは、アタックシップのレーザーが高層ビルの中腹を撃ち抜き、それによって倒壊するビルが地上を逃げる人々を飲み込んでいく映像が確認できた。
各エリアから多くの人々が押し寄せる行政エリアでは、こちらがまだ何もしていないのに群衆事故で多数の犠牲者が発生していた。そして、それが騒ぎになっている最中、マーズシティの市長が乗る大型宇宙船が低空でレーザーに直撃して撃墜され、地上の人々を轢き潰しながら爆発炎上していた。
「はぁ」
気持ちいい。
見れば総面積二百平方キロメートルになる大都市が、この短時間で壊滅的な破壊を受けている。
リアルに命が息づく
この世界が実在しているという事実は、配信では決して明らかにできないことだけど、それでも、虐殺の様子を視聴者と共有しているというのは本当に楽しい。前世では味わうことのなかった趣味の共有という感覚。悪趣味なことを他人と笑い合って会話できるというのは、とても開放感のある行いだった。
『ヤバすぎ』
『なんでゴア描写をこんなに拘った』
『破壊描写凄すぎてまんまリアルにしか見えねぇ』
『というか、同じ死に方してる死体いなくないか?』
『いやー、思ったけどやっぱこれを自作とかダウトだろ。皮の3Dモデルもやけに凝ってるし企業がバックについた企画とかだろ絶対』
『グロすぎてほんと無理』
『なんかしれっとグロ描写モニターの数増えてませんかねぇ』
『真面目に気分悪くなってきた』
「ふふふ」
視聴者のみんなもコメントでは色々書いているけれど、いざ派手に人が殺され始めたらチャット欄の流れが加速している。加えて、配信のサムネに火星の都市が壊滅していく様子が映り始めてからは、配信に訪れてくれる視聴者の数は増えていき、現在は第一回配信の最大人数に迫る三十人にもなっていた。
そうして、しばらく視聴者とともに千機のアタックシップによる都市攻撃を眺めていき、粗方の壊滅が完了した頃に、私はフォーリナーをマーズシティ上空と降下させた。
マーズシティの凡そ半分に影を落とす地球侵略母艦フォーリナーにて。メインコントロールルームの全天型モニターを全方位表示に切り替えて映像を表示させる。
配信カメラとともにメインコントロールルームの下を向けば、モニターとなった床からフォーリナー下方のマーズシティが覗けた。
火星に築かれた人類の一大拠点は、無数に存在していた半球状や長方形の外壁を完全に崩壊させていた。それにより、外壁によって区切られていた都市の内部と外部は完全に同一化し、気圧や気温が均一化、多量の放射線が降り注ぐ環境と化していた。
もはや、マーズシティは人間が生存できる聖域ではなくなり、苦悶の表情で息絶えた凍る死体が満ちる廃都となっている。
仮にどこかのシェルターなどで生存者が存在していたとしても、外は死の領域であり、生存のための補給は望むべくもない。そしてなにより、生存者が救助を求める先も、これから同じことになるのだから。彼らの未来は変わらない。
「それでは皆さんお待たせしました! これより我々地球侵略部隊は本配信最大の悪趣味となる、地球侵略を開始します!」
『待ってないです』
『このクオリティで普通のオープンワールドを見たいんですけど』
『当たり前のように共犯者扱いするの止めて』
いやー、楽しみだなー。地球侵略。