騎導戦士シュガーンダム 作:しゅがらいっ
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ST-2の完成から暫く経ったある日、シュガーライツの元にトレーナーがやってくる。
ST-2の開発理由を聞かれた時、個人的な願望であると言ったにも関わらず、ライツを笑うことなく協力してくれたメンバーの一人である彼は、酷く暗い表情でライツに言った。
「フルダイブが法律で禁止されるみたいです」
カシャン……大きな音と共にマグカップが割れた。床に落ちたそれが先ほどまでライツの手の中に収まっていたマグカップなのだと気付くのに時間がいるほどには動揺していたらしい。しかし、心当たりはある。
「茅場晶彦……か」
SAO事件。首謀者である茅場晶彦がフルダイブ技術を悪用し、1万人を仮想空間に閉じ込め、内4000人近くが死亡したという痛ましいニュースは記憶に新しい。あの事件を機にフルダイブ技術は危険なものであるという方向に世論は傾いた。
ライツも同じである。もう一度走りたい。その願望の為に技術を発展させた。結果的に高所作業や危険作業の代替だったり遠隔手術や患者のリハビリに用いられたりと幅広い世界で役に立っている。
しかし自分の願いが茅場と同じものだとしたらライツも同じ轍を踏むのだろうという予感はしていた。メディアが一斉に茅場の事を悪だと断じた時、ライツはどうしても共感できなかった。ライツの片鱗は向こう側にある。法律とは人間社会の復元力のようなもので、大きく傾くまでその傾きを人々は問題視すらしない。
「それだけでは無いのです。医療目的で作られていたリハビリマシンによる幻肢痛、動物型に長期間ダイブした人の認識機能障害など様々な問題が浮き彫りになってまして」
これに関してはライツにも心当たりがある。ST-2は第6世代戦闘機から着想を得た部分もあり、レース特化の為にあえて軸をずらして不安定にしていたこともある。そうすることで生身の人間には不可能な動きを実現出来る。結果として生身の身体で重心が上手く取れなくなった時期もあった。同時にそれは自分が被検体だからこそでもある。
トレーナーの話は続く。本来医療目的で使われる為の機体が幾つも消息不明になっていること。粗悪な模造品が市場に出回り始めていること。それらが紛争地域で目撃されていること。
人は過ちを繰り返す。技術で莫大な恩恵を得る者もいれば損失を被る者もいる。富を持つものは更に富を増やし、その影で屍はひっそりと積み上がっていく。
この世界はパイの奪い合いだ。ライツら技術者はこの競争にうんざりしてパイを大きくする為に技術を発展させてきた。現実はどうだ。人間の欲とは際限のないものでパイが大きくなっても分け合おうとはせず、今度はパイを切り分けるナイフで人を減らそうとする。
だがそれは理の外からやってきた問題などではない。本来人間が持つべき隙間、あそびを革新により急速に埋めて行き逃げ場を失わせて『上手い生き方』を強要させているのは他でもなく技術者自身であるという皮肉なのかもしれない。
「では、ST-2はどうなる」
ライツの半身とも言える機体。それが失われるのは技術的にも精神的にも痛手である。
「廃棄……と言うべきなのですが出力を落とせば法の規制対象にはならないようで」
「というと、本人の意識があるまま操作出来る状態、脳波の測定による拡張機能までレベルを落とすのか?」
「ええ、まぁ」
「それでは今までのような動きは不可能だ」
それは、ろくに動かなくなった機体を思い出の品として保管しておく措置でしかない。諦めろと言われているのと同じだ。ライツはライツが作るもの全ての限界を決めるのは法ではなく自分自身でありたいと願っていた。
「ですから1つ提案を。フルダイブとは離れた地点同士を大量の高速通信をすることによって実現しているものです。と言うより、その精度の維持の為にフルダイブが求められていたのです」
ライツの中に一筋の光が映る。通信回数を減らす手段がまだあるではないか!
「そうか!なら乗り込んでしまえばフルダイブをせずにST-2を動かせる!」
トレーナーはニヤリと笑う。そうだ、彼は最初から諦めろなんて言うつもりはなかったのだ。トレーナーのそういう所に何度も助けられてきたのだとライツは熱くなる目頭を抑える。
「で、では早速!」
「ええ!作りましょう!」
シュガーライツとトレーナーは当時のメンバーを集めてST-2の改良に着手した。
〜2年後〜
ファファファファァー……
脚部の裏面のスラスター出力が次第に弱まり、機体は静かに着地する。区画外で待機していたメンバーが機体へと駆け寄る。ライツは急いでコックピットハッチのボタンを押した。ハッチの開きが遅い。いつもなら気にならないことでも逸ると気になるものだ。
ピカッ。
コックピットに差し込む陽光にライツはうっと顔を顰めた。直後、視界に開発メンバーが映る。
皆、ライツの言葉を待っていた。何を言うか全員が理解していながらライツが言うまで律儀に感情をしまい込んでいる。
「──実験は成功だ」
わっとその場の空気が熱くなる。ある者は手を取り合って喜び、ある者は感極まって涙を流す。トレーナーの表情は、ライツと同じなのだろう。これはまだ始まりに過ぎないと。
人が乗り込むにあたって大型化したST-2は6階建てビルと同等のサイズになっており、馬場を踏みしめることは叶わない。
もう一度走りたいというライツの最初の願いからは遠い存在となった。
ミノフスキー粒子が発見されたのは、その翌年のことである。