騎導戦士シュガーンダム 作:しゅがらいっ
ライツたちガンダム部隊は洋上にいた。ベトナム国境付近にジオンの部隊や補給線が集結しつつあるという情報を受け取ったのが、ひと月前のことである。
「このガウング・チーチーという女性がインドネシア大統領で南シナ海封鎖作戦における最高指揮官だ。インドネシアはもちろん、マレーシア、ベトナム、フィリピンも彼女の意思決定に従うことになっている」
ガンダム部隊はガウング・チーチー直属の部隊として配属され、後方基地であるインドネシアを経由してベトナムへ派遣されることになっていた。
高橋は連邦軍の事情や行く国の情報を事細かに解説する。情報の収集が主な仕事だと言うだけのことはあって、分析は慎重に選ばれたものだけが並べられている。特に国家間の関係における問題については口出しをしないようにとライツは何度も言われていた。
「中佐!少佐!失礼します!たった今入った情報によると市民がデモを起こし、入港予定だった港を封鎖したとのことです。安全の確保が困難らしく、迂回して別の港に入港しろとの指示が出ました」
慌てる隊員を前に高橋は一切の動揺を見せずに返事をする。隊員が部屋から出ていくのを目で追ってから深い溜息をついた。
「少し話しておこう。俺は今回、インドネシアに駐留する。ベトナムでの指揮官は少佐と現地の大佐辺りだろう。そこではチーチーの名前をあまり出さないように」
「チーチーは最高指揮官じゃないのか?」
「最高指揮官さ、けど正当性について疑問が残る」
ガウング・チーチーはルーク・ガウング前大統領の妻であった。死期を悟ったルークが死後の政治空白とジオン台頭による混乱を避ける為に、非常事態宣言で権力を自身に集中させ、大統領令でチーチーを次期大統領とした。
結果、チーチーの手腕によって南シナ海に隣接する国家は纏まり、ジオンとの戦線は安定している。それゆえ、連邦内からの評価は高かった。
しかし、ルーク前大統領による大統領令の私的利用と、発行した大統領令に署名をする前に亡くなった可能性を指摘する報道を皮切りに正当性が疑問視され、国内での支持者は多くはない。
その評価の差から、軍部は優遇されているのでチーチーを庇うのだと民衆が騒ぎ出し、今もなお、その亀裂は深まっていた。今回のデモもその1つである。噂は海を越えて南シナ海に面する国々に伝播しつつあった。
東南アジアの不安定化を恐れた日本、アメリカ、インド、オーストラリア、欧州、旧ソ連諸国の幾つかが結託し南シナ海封鎖作戦の最高指揮官にチーチーを任命し、大統領令とは別の正当性を持たせようとしたことが裏目に出つつあった。
『巨人が地鳴らしに来る』という見出しの新聞にはガンダム部隊が来ることで南シナ海近辺が戦場になり地平線が見えるようになると民衆の不安を煽るように悪意を持って書かれている。
現実の順序は逆である。相手が準備をしていれば、こちらも備えない訳にはいかない。しかし、相手が戦力を集めていると報道してしまえばこちらの情報収集能力を開示することになる。そうなると連邦の戦力が集まる前に仕掛けて来る可能性があった。だから今回の遠征は表向きは観艦式のような行事であって、そのプロパガンダの陰で活動する必要がある。
事実だからといって手段を選ばずに開示出来るのがマスコミというものであって、連邦はそうはいかない。しかしそれが沈黙と捉えられてしまう。
当初の予定から数時間後、別の港に降りたライツ達は想像以上の手厚い歓迎を受けながらインドネシアの地を踏んだ。
「ようこそ、インドネシアへ。私がガウング・チーチーだ」
そう名乗った女は若々しく、覇気がある。歳はライツとそう変わらないのだろうが、4つの国を束ねる長としてはあまりにも若い。
若さとは即ち出来不出来ではないが、人の遺伝子は遥か昔、小さな村で暮らす頃からそう変わりはしない。古くの知は年寄りの仕事であった。今はどうか。社会を見渡せばそれが答えである。しかし、本能はそれに反するものだ。
「おや?随分と早い到着ですね。会えて光栄です」
高橋とチーチーは握手を交わしながら話す。
「流石は情報将校と言ったところかな。最初の港の沖にはダミーの船団を並べておいた。奴ら、暫くはアレで満足するだろうさ。君達に伝えていなかった事はこの場で謝罪する」
「そこまで周到に準備しているとは思いませんでした」
高橋の言葉にチーチーは愉快に笑った。
「ははは!若さってのは良いもんだ。相手が勝手に侮ってくれる」
高橋は、気を付けます。と言って挨拶も手短に何かの資料をチーチーに差し出した。チーチーはそれを受け取ると高橋の胸に押し返した。
「これはいい。私が直接行って指揮を取る」
「は……?」
急な予定でも動揺ひとつしない高橋が珍しく動揺の声を上げた。ライツにとっても問題である。言ってしまえば今までは高橋の予測範囲内での出来事でしかなかった。しかし、今回はそうではないようだ。
「その間、国は?政は?」
「中佐がやればいい。国内事情は知っているだろう?副大統領に権限を一時的に移し、その参謀を頼みたい。私はガウングを名乗っているが夫との間に子がいないからガウング家の支援もない。もっとも、ガウング家はその出自がオランダなのだから支援はまた別の陰謀を生む」
「だからベトナムで誰が見ても分かる結果を取ってこようと?」
「平たく言えば、そうなる」
「貴方は将校では無いでしょう?」
「そんなことは百も承知だよ。けど位ってものは絶対だ。こんな小さなバッジが付いているだけで言葉の通りが違う。物資の補給もそうだ。それに安全圏からしか指示しない奴の為に死んでいいなんて思える奴はいない」
「けれど軍と民は全くの別物ですよ。俺が軍で結果を出せているのは軍は統率が取れているからです。帰る頃には政権が無くなっていてもおかしくはない」
「待っていたとして政権が倒れるのは時間の問題だ。しかし今の保守派に国を任せては戦争が終わった後に孤立する。大丈夫さ、民は結果が良ければ受け入れる」
あっけにとられる高橋に対してチーチーは続けた。
「国を存続させる為なら狂気で結構。それと秘密裏にという条件付きならば日本の介入も許可しよう」
立て続けに起こる耳を疑うような提案に周囲がざわめき立つ。
ライツには政治は理解し難い。それは、国家間の歪なバランスがそうさせた。小国は大国の顔色を伺い、選べたはずの選択肢を自ら手放す。時には大国が政治的、あるいは軍事的な介入を行う。
フルダイブが禁止されたのも政治的な介入だと後になって知ったのだ。自由経済や資本主義を掲げる国々でさえ、それらは理念であって絶対的な掟ではなかった。
政権維持の為なら手段を選ばないチーチーにライツは少し苛立っていた。結局のところ博打に出るだけである。博打で賭けるのは他人の命で、つまるところライツ達のことである。
「わかりました。その提案、乗りましょう。ただ大統領補佐は日本人としてではなく連邦軍人としての指名としてください」
高橋の答えにどんな考えがあるのかはライツは分からない。けれど高橋なら上手く立ち回れるのだろう。そう思わせるだけのカリスマはある。ライツにとって政治は領分ではない。領分であるパイロットとして動けば良いと心に誓った。
ライツ達を乗せた船団はインドネシアに寄港して間もなく、チーチーを迎えてベトナムへと向かう。
ライツは高橋とチーチーとのやり取りを思い返していた。日本の介入を許すということは国を売るも同然で、大統領であるチーチーがこれを言うのは問題が伴うのだろうと想像がつく。自国をこうも簡単に売ろうとする薄情さにも腹が立った。
航行中、考え事をすれば邪魔が入る。それは情報が円滑に入ってくる証拠でもあるのだが、時によっては必要のないものだったりもする。
チーチー大統領がガンダムの整備室にて見学している。一報が入って、ライツは深く溜息をついた。
「どこまで自由な人なんだ」
船内には簡易ドッグが設けられている。移動中もガンダムを整備出来るように作られた整備室は当然、機密の塊なので出入りは一部の者しか許されていない。
行動力があって声の大きな人間はプロジェクトをよく潰す。ライツの経験上、一度や二度ではない。そんな過去の思い出がよぎった。
「最高指揮官殿!あまりこういう所に来られると……」
「おお、ライツ少佐!やっと会えたな」
チーチーはそう言って、手をさし伸ばした。ライツはそれに応じるとドッグに入らないようにもう一度忠告した。
「最高指揮官が戦力の使い方を理解出来ないでどうする。見て知って作戦などそれからだろう?それに、このメカニックは随分歓迎してくれたぞ?」
チーチーは隣にいる男の袖を引っ張り寄せると、肩に手をやった。
「トレーナー!?今までどこに……」
「何処にってメカニックは基本待機ですから。暇していたらちょうどチーチーさんが」
「チーチーさんって……彼女は最高指揮官だぞ?」
「私がそう呼んでくれと言った。ライツ少佐もチーチーと呼んでくれて構わない。言葉も畏まらなくて良い。少し話をしよう。実は博士には昔から興味があってね。こんな形で会えるとは思っていなかった」
ライツの警戒とは反対にチーチーは好意的に接してくる。こちらが一歩引けば向こうは二歩、前に進む。
「では、お言葉に甘えて。チーチー殿、ベトナムで勝利して帰ると言っていたが勝算はあるのか?」
チーチーは少し考えて、顎を撫でた。
「3割……私が来て4割になるくらいだろう。別に、大きく勝てるとは思ってない」
「だったら何故……」
「重要なのはジオンの戦力を引き付けて置くことだ。現在のモンゴルと同じことをする」
「それは持ち帰れるほどの戦果になるのか?」
「さてね、民は賢くないからな」
チーチーの言葉にライツの落ち着きかけていた心がざわめき立つ。
「人をなんだと思っている」
「もう一度言おう。民は賢くない。故に我々のような人間が導かなければらない」
それは、客観的に歴史を見ると事実なのかもしれない。しかし、一国の長が自国民についてそう言い切るのはライツにとって決して気分の良いものではない。
感情的な部分とは別に、思想は時間を経て選民的になる。それも、人類の歴史の真実であった。
「チーチー殿、貴方の策は矛盾している。民の賢さを否定しながら一番評価されにくい結果を持ち帰ろうとしていないか」
「そうかもしれないな」
「ならば!」
「そういう事ですか」
2人のやり取りを隣で聞いていたトレーナーはライツとチーチーの間に入って言った。
「貴方はインドネシア大統領の座を諦めるつもりでいる。しかし最高指揮官の立場は大統領の正当性を強調する為に付与されたものでしかない。だから大統領任命期間中に最高指揮官としての正当性を獲得しようという訳ですね」
トレーナーの指摘にチーチーはニヤリと笑った。最高指揮官の地位は大統領が終わってしまえば必要なくなる。ただ、現状、指揮官としても対外政策も優秀なチーチーであれば最高指揮官として連邦が残す可能性は高い。
「やはり、連邦の人間の方が先を見通す力があるな」
しかし、ライツにとって看過できる問題ではなかった。戦果を欲する人間は必ずどこかで焦る。チーチーの大統領任命期間あと一年半の中で、数ヶ月の停滞を許容出来るほど我慢強くは見えなかった。
「私はそろそろ戻る。メカニック、また話そう。VTOLの搭載、楽しみにしているぞ」
「ええ、お互い頑張りましょう」
2人は友人のように手を振りあっている。ライツはチーチーが部屋に戻るのを尻目にトレーナーに語りかけた。
「トレーナー、君はチーチーをどう思う?」
「どうって、少なくともカリスマは感じます。博士はなにか別のものを?」
「何というか彼女は人を越えることを夢見ている気がするんだ。チンギスハンやナポレオン、アレクサンドロス大王に始皇帝のような」
「確かに。けれど、偉人と呼ばれる人たちは、常に時代からそう求められている結果なのかもしれません」
「……そういうものなのかな」
ライツは腑に落ちないまま、返した。時代というのは大仰な、教科書的な物の見方である。それは、同じ時代を生きた人間たちから主体性だけを奪ってしまいかねない言葉だ。人の意思というものは方向こそあれ、必ず介在するのだ。
「そういえば、あと少しで新兵器のプロトタイプが出来上がるのですが見ていきます?」
「VTOLがどうとか言っていたやつか?」
「いえ、それとは別にエネルギー兵器を作ってまして、あそこの」
トレーナーが指さした先には管だらけの銃身が、一部シートから露出していた。
「あれか……!」
「ええ、あれとVTOL。チーチーさんに話したら資金調達してくれるって。もちろん僕もそれだけで終わらせるつもりはありませんけど」
事実、ST-2をはじめガンダムタイプの改善の余地はまだまだある。日本も、それこそ初動が上手くいき、ガンダムの量産が進んだものの、作ってしまえば終わりとはいかない。マシンガンの弾1発が10万円するのだから役人が良い顔をするはずがない。日本が独自に進めたプロジェクトであり、結果、ほとんどが日本負担であった。そこにチーチーが連邦の権限で金を回そうとしているのだ。しかし、これは日本の描く戦後のイニシアチブにどう影響するかは定かではない。だからこそ高橋やそれ以上の高官のいない今、首を縦に振ることが躊躇われた。
「つまりは君も現状の維持をしないといけないわけだ」
「ええ、まぁ。実を言うと僕は政治の腐敗とかは、なんとも。まずはパイロットの生還率を上げなくてはいけませんから。理論も技術もあったのに、お金が無くて助からなかったなんてそんな言い訳したくはないです。ウクライナのエネルギー企業の汚職事件のようなものでなければ……」
チーチーが軍人からの評価が高い理由が理解出来ると同時に国民の不満にもライツは共鳴してしまった。軍関係者には欲しいものを欲しいと言えば与えられる。その金の出所は必ずしも連邦に限らない。それも国民の不満の種なのだ。
暫くして船内にアナウンスが響き渡った。これがベトナム到着の合図だった。