騎導戦士シュガーンダム 作:しゅがらいっ
「これより3時間後、作戦を開始する」
地響きがするほどの雄叫びが沸き上がった。
ベトナム国境付近に集結したジオン軍に電撃戦を仕掛ける本作戦はチーチー主導のもと行われようとしていた。
ガンダム部隊を中心にしたチームが敵の補給拠点を攻撃、破壊後に速やかに撤退し敵の資源を削るのが本作戦の目的である。
時間は連邦軍の味方する。しかし、味方するのは"連邦軍"に対してである。各国の存続はその限りでは無い。
ライツは作戦開始までの間、連邦軍ベトナム支部の中佐であるグウェン・チン・フーと作戦の擦り合わせをしていた。
「ベトナムは地形を活かした戦いを得意としている。特にクッション性に優れている。一気に押し込まれる心配は無いだろう」
「そのクッション性というのはどうやって持たせている?」
フー中佐は地図を広げながら赤いペンで書き足していく。
「地下のトンネルだよ。ヤバくなったら国境内に逃げ込むんだ。地上で引いているように見せて地下から裏に回り込んで挟む。奴ら、大型だから対応に苦労するだろうな」
強襲作戦にて発生する懸念事項であるベトナム側での戦闘も考慮しているフー中佐の対応にライツは息を飲んだ。職業軍人というのは常に先を読んで行動している。理論が先行し過ぎないよう、実行をこまめに挟むメカニックのスタイルとは少し噛み合わせが悪いが、結局のところ辿り着く先は同じなのだろう。
「しかし、この短期間でよくそれだけの準備が出来たものだ」
「アメリカ様に感謝しなくちゃな?」
フー中佐の言葉にライツは乾いた笑いしか出せなかった。第三国の人間には扱いに困るジョークを現地民は易々と語ってみせるのだ。
「ああそれと、少佐さん。この作戦が落ち着いたら話しておきたいことがある」
「今じゃ駄目なのか?」
「まだその時じゃない。作戦が落ち着いた時をその時と呼ぶかどうかは正直俺にもわからないけどな」
フー中佐の言葉に曖昧な物言いをするとライツは思った。時間が経って状況が変わる時は、結局のところ時間が直接的な原因ではないことが多い。であれば今、言わない理由はなにか。
「わかった。それまでお互い無事でいよう」
ライツはそう伝えて、その場を離れた。
~
ディエンビエンフー。ベトナムの首都ハノイから西に300キロメートルに位置する場所にライツは配置されていた。
先鋒部隊の攻撃の後、戻ってくる先鋒部隊と合流し、その際、追撃にくる敵を叩くのがこの要所に駐留する部隊の役割である。
作戦開始30分前、北の空が何度か明るくなり、ガラスの震える音がした。直後に上がる煙から逃れるように大量の鳥が空を覆った。
「どうなってるやがる!」
どこからともなく聞こえてくる怒号と、人の走る音が後方基地に響き渡る。
ライツも慌ててST-2に乗り込んだ。程なくして作戦失敗というシンプルな通信が入る。
「ライツ少佐、聞こえるか?我々の任務は続行だ」
フー中佐は落ち着いた声で喋る。しかし、ライツの頭の中は失敗の文字で埋め尽くされていた。先鋒部隊はガンダム部隊を中心に組織されている。失敗が何を意味するかなど想像したくはない。
戦闘の音が段々近付いている。察知したライツはST-2を駆動させた。平地を越えるとこちらに向かって来るガンダムが数機連なって見える。ゆっくりと息を吐いてから、ライツは後方基地に回収要請を出して、すぐさま救援に向かった。
「無事か?」
「隊長?ええ……別班が味方が出した音を敵襲と勘違いして仕掛けたみたいです。戦果は見立ての1割ってところでしょうか。CL-05は大した脅威にはならないのですが、DA2Lが随伴歩兵をやってまして、そっちが危ないですね」
DA2L 元は家事対応型アンドロイドであった。世界では一家に一台とは行かないまでも富豪は複数台持っていたし、欧州の工場で行われる仕事などはDA2Lにほぼ全てが置き換わっているほどに広く普及していたものである。そのDA2Lがジオンの独立宣言のタイミングで各地で暴動を起こしたこともジオンへの対処が遅れた一因でもある。
つまるところ、かなりの精度で人間を模倣していたのだから手強いのも無理はない。
しかし、逆に言えばほとんど人間と変わりないのである。人が隠れそうな場所をあらかじめ減らしておけば十分対処できる。
じりじりと後退しながらの作戦が3週間ほど続いた。ライツは現場を持ちながら少佐としてチーチーやフーに定期的に報告に行かなければならないことにストレスを感じていた。というのも戦況は狙い通り膠着のようでありながらじりじりと押されてきているからである。 人間の模倣でありながら人間の生理的な部分だけが削り落とされた相手というのは、単純な稼働効率だけ考えると相手が優勢になるのは予想済みである。だからこその奇襲作戦であったのだがそれが上手くいかなかった今、初期の戦闘条件と変わらなくなってしまった。
じわじわと死傷者が増える現実を淡々と報告する場に身を置くのはライツにとってはどうにも落ち着かない。ガンダム部隊も損耗をしていた。機体やパイロットこそ無事なのだが地上支援部隊のキャンプ近くで敵の放った砲弾が炸裂したという報告が数日前に届いた。その報告を受けてから見舞いに行く時間すら取れていない。それに報告会に参加しているのは、日本から来た中で階級が一番高いというだけのものでで、実情はフー中佐とチーチーの意見交換の場に過ぎない。
「必要な物資があれば教えてほしい」
通信が繋がってすぐ、チーチーが言った。
「包帯に止血剤と興奮剤に血液くらいですかね。弾や食糧は足りています」
「わかった。今の状態を維持しつつ、あとひと月続けてほしい。1ヶ月後に航空部隊と共同で反転攻勢を仕掛ける」
「1ヶ月後です⁉今のペースで後退を続ければ三週間以内にはハノイが敵の長距離ミサイルの射程に入ってしまいます」
「ああ、理解している。ハノイに撃たせるつもりだ」
「ペースが早すぎます。民間人の死者は予測よりも多く……」
「首都に撃たせるって正気か?」
2人の会話にライツが割って入った。到底受け入れられる要求ではない。
「わかっていて、聞くんだな?」
もはやチーチーにとって、人命は最高指揮官継続のための肥料に過ぎないのかもしれない。ライツの中に込み上げる怒りを察知するかの如く、フーは挨拶を済ませてチーチーとの通信を切った。
「なぜ中佐は止めない!守るべき者が死ぬぞ!」
「怒りは理解できる。寧ろ代わりに怒ってくれていることに感謝すらしている。だが都市部には防空網が張り巡らされている。それは俺たちを守ってはくれない。防空網を眠らせておく選択肢はないんだよ」
どこの国も首都は手厚く守られている。国民が混乱に陥ると国家運営に支障をきたす。最悪の場合、体制崩壊にもなりかねない。それを防ぐために首都ハノイには過剰なまでの防空兵器が集められていた。
「それは最高司令官の指示でどうにでもなるんじゃないか?」
「そう単純な話なら助かるんだが、首都ってのは物も人も集まるせいで在り方ですら民意が決めてしまうのさ。軍人なんかより俺たちを守れってな」
「嫌に……ならないか?」
「聞いてどうする。俺には妻も子もいる。あいつらが安全なところにいるから俺はこうして前線にいられる。けど、あんたら他所から来た連中が庶民様方をどう思うかはわからないがな?」
「私にもそんな人がいる」
しかし、だからこそ首都には撃たせたくはない。とライツは思っていた。それら全てがライツたちの頭上に降り注げば、首都は防空に専念している余裕などなくなる。
実際、技術者の限界は想像力ではなくコストであることが多い。それを正面から突き付けられた気分だった。
「なら俺たち、しばらくは大丈夫そうだ。それと、次に2人で話せる機会がいつになるかわからないから話しておきたいんだが、少佐はジオンについて何処まで知っている?」
暴走したアンドロイドが中国農村部を拠点に独立を宣言して世界へ攻撃を仕掛けている。それくらいの知識しかライツは持ち合わせていないし、それが全てだと思っていた。いやに落ち着いたフーを見るにそれだけでは無いのだろう。
「何処までって、どういう意味だ?」
「ジオンの始まり、誕生のルーツはロシアウクライナ戦争だ。それを見たフランスが考案した『夜のヴェール作戦』。その中で生まれたのがCL-05とDA2Lだ」
ロシアウクライナ戦争は戦場の様相を変化させた。ドローン技術の発達、ハイテク兵器のコストパフォーマンスの悪さ、迫撃砲の再評価を始めとした第二次世界大戦期の兵器の活躍。目まぐるしく変わる戦場の予想は当初から二転三転を繰り返した。
ドローンの対策として生まれたのがCL-05である。自動稼働で高性能レーダーとミニガンを搭載したそれは世界のニーズと合致していた。
しかし、フランス政府の目的は別にあった。『夜のヴェール作戦』の目的はフランス軍機をレーダーの識別対象に入れないことである。つまるところ外部機器によって自軍のステルス性の確保を狙っていたのである。細工はDA2Lにも施されていた。
だが、フランスには自国で製造する拠点が無いために製造拠点を中国とした。中国が全人代にて発表した五ヵ年計画のひとつにヒューマノイドが組み込まれていたからである。それに目を付けたフランス政府はアンドロイドDA2L型を売り込みCL-05とDA2Lの大規模製造拠点を作り上げた。
中国はフランスの真の目的をしらないまま、国内のデフレ回復を見込んでそれを快諾しつつ、裏でCL-05やDA2Lを分析し共産党が軍事的に利用できる回路を組み込んだ。
それが暴走し、今に至る。
フランスはヒューマノイド軍事転用計画を隠蔽するため、中国に送ったスパイから得た情報を利用した。以前から把握していた中国によるチップ書き換えを決定的な暴走の証拠として公表し、すべての罪を中国に擦り付けた。
中国も内容こそ認めていないが国土の約半分の損失と手痛い代償を払ったのだった。
夜のヴェール作戦の内容はハッキング集団によって流出したが国家レベルの介入で間もなく消された。しかし、断片的に残ったログを解析したイスラエル軍はその文書の信憑性が高いと結論づけ、同盟国に部分的な証拠付きで共有した。各国とも公には認めていないものの、計画の存在は関係者の間で既に周知の事実となっていた。
「全部フランスが始めたことだ。ケジメとして我々はこの戦争が終わった後にフランスの植民地にいる反政府勢力を使って独立運動を起こし、フランス経済圏からフランスを締め出す。搾取構造を完全に終わらせるんだ。それで日本にはフランス植民地の独立直後に起こるであろう不安定な社会に一定の圧力をかけてもらいたいと思ってる」
フー中佐は日本も巻き込もうとしている。それを察知したライツだが今度はフー中佐の以前の言葉が引っかかった。この話は以前、タイミングが来たら話すと言われたものだ。つまるところ、日本の部隊が損耗し反仏感情が高まるのを待っていたとも取れる。
「私にそんな権限はないよ」
ライツは本心を隠して、ただ事実を答えた。
「今は、だろ?あれだけすごいモン作って貢献してその見返りが何もない社会なのだとしたらそれは地獄と変わらない。軍人ってのはそういう薄情な世界じゃない。逆を言えば名誉くらいしか払っちゃくれないんだが」
「戦争の先が別の戦争だなんて、どこまで行っても救われないな」
「歪んだ構造を受け入れて次の世代に強要することを平和と呼ぶなら、この戦いがどんな形で終わったって平和になるだろうさ。今の戦いだってすぐ終わるわけじゃない。答えはその時でもいい」
「……考えておく」
ジオンの成り立ちを聞いた上で、自分の考えが変わり続けない自信が今のライツには無かった。
同時刻。中国雲南省。報告を聞いた男はわずかに口を歪めた。
「ほう、ライトニングも来ているのか。ならば君たちも気を引き締めなくてはな」
男は部下に向かってそう呟いた。目元はマスクに覆われており、表情こそ読み取れないが、その声色は普段より僅かに高揚を感じられた。