騎導戦士シュガーンダム 作:しゅがらいっ
ジオンの登場とジオンが独立宣言をしたとの情報は東の海からやってきた。
ジオンは中国農村部に留まることを知らず、カザフスタン西部、インド北部まで侵攻し、ユーラシア大陸の中心部を占拠する形となる。情報の伝達速度に限界を感じていた人類は国を越えてアンドロイドに対抗する為、連合軍を結成。邦の連なる軍『連邦軍』と称した。
日本は西側の最重要防衛ラインとしてシーレーン防衛を任されたのであった。
Planetに続く長い廊下に複数の足音が響く。九州第五機械化部隊の中佐である高橋陽は防衛ライン強化のために長崎から東京まで半日程かけてはるばるやってきた。上からの指示でライツに会う為である。
高橋から見ればライツの生み出したフルダイブ技術など骨董品である。遠隔操作で戦えば死人が出ずに安全に戦えるなどと上層部は考えているのだろう。しかし、ロストベルトの発生により気象予測が出来なくなった現代において、いつミノフスキー粒子の濃度が上がるかなどわかったものではない。通信している限り現場はその不確実性に身を委ねることになる。
ただ、唯一ついている点があるとすれば高橋自身がここにいることだ。上層部の人間が此処に来て言いくるめられてしまい、フルダイブが現場の意見無しに実装されてしまうのが一番避けたいシチュエーションであったことに変わりはない。
長い廊下を抜けた先で1人のウマ娘と目が合う。シュガーライツ。何度か記事で目にしたことはあるし、ここに来るまでの間、列車に揺られながら資料にも目を通していたから見間違える筈もない。特徴のある車いすに乗った工学博士は肩書とは相反して、そこらにいる十代の少女と見紛う見た目をしている。
「お会いできて光栄です。博士」
高橋の差し出した手にライツが応える。
「単刀直入で申し訳ありませんが西部戦線で博士のお力を借りたいのです」
ライツは眉をピクリとも動かさずにそのつもりだと答えた。
「そちらが望むなら我々はST-2をモデルにした量産機を提供するつもりだ。開発研究室にモデルがあるから紹介しよう。後ろの方々は……応接室で待っていてもらえると……その、助かる」
やはり、と高橋は思う。ST-2はフルダイブ技術の終点であり、故にST-2以上の物は生まれようがない。仮に現行法を適用外にし高速通信を解禁したとして、ミノフスキー粒子はどうしようもない。
「博士、申し上げにくいのですがフルダイブの限界についてはどうお考えですか。フレーム生成補完の技術も我々は確認しているのですが、やはり運用するには距離というシンプルな課題があるのです」
「ああ、ST-2の公開情報はあの頃のままだったな」
研究開発室に入った高橋は言葉を失う。待ち構えていた20m弱の巨体を見上げながら口をぽっかりと開けるのがせいぜいだ。
「人型……?いや燃料、耐久性、火器にOS、走破性、いつから計画を?」
「ええっと。1つずつでいいかな?」
高橋は困り顔のライツを見て自分がそうさせてしまったと気付く。公人のらしからぬ態度をとってしまったと反省した。
しかしこれは上層部も知らないであろう。工学博士とはいえ私人がここまでのものを作って見せるとは。上層部は彼女の潜在的な危険性を予測していたのかもしれない。であれば重要な任務を事前報告無しに任せてきたとなる。それはそれで許し難い。彼女の態度こそ唯一の救いである。
「中を見ても?」
「ああ」
コックピット内は全天周囲モニターがあると思えばアナログ計器やミラーなどの少し古いものがあったりとちぐはぐな作りである。それらを一瞥してコックピットを抜ける。
これは上手く使えば少なくともアンドロイドの侵攻を抑止出来ると頭の中でこねくり回してみるものの、果たして抑止など存在するのだろうか。
全方位展開しているアンドロイド側が戦力の逐次投入などするはずがない。それは直感的でありながら正しいのだと高橋は考えていた。
勝てる確信のない勝負をすれば戦線に穴が開く。つまりは敵が攻めてくる時は勝つ算段がついたということだ。しかし、人の想像力には限界がある。相手が目に見えない時の最大の敵は身内であると言ってもいい。
「中佐ぁぁ!!敵襲ですぅ!」
高橋の部下は確かにそう叫びながら研究開発室に入ってくる。
「場所は?」
「東京湾、海の上です!コンテナ船を占領しててぇ!ざ、ざ、ザシュウ?が10分後らしいです!」
「分かった。まずは地上に出て避難誘導。俺も後から行く」
「了解ですぅ!なるべく早くお願いしますよぉ!」
「博士、聞いていたと思うがここをシェルターとして使わせて頂いても?」
「ああ、構わないが……」
「東京のど真ん中に来るとは奴らもいい度胸してますよ。とは言ってもミサイルを何発か打ち込まれて即スクラップでしょう」
高橋はのんきそうに言ったものの、コンテナ船ごと攻撃する度胸は少なくとも今の日本にないだろうと思っていた。アンドロイドが市中で暴れ始めてからでないと対処不可能であると予感していた。
「ST-2を出しましょう」
「君は?」
「彼は私の……共同研究者だ」
「なるほど、話を聞かせてくれ」
「博士と僕がST-2に乗ってアンドロイドと戦う。中佐はそれを見てからST-2を正式採用するか決めてもらって構いません。もし、正式採用する気になれば先程の戦いはデモンストレーションだったと乗ってもらえれば良いのです」
「だから今は目を瞑れと?」
「ええ」
「わかった。と言いたいところだが俺も付いて行く。いずれ命を預ける可能性があるのならこの目で見届けてやる」
「通じ合っているところ悪いのだが……コックピットは操縦者以外は1人しか乗せられない。だからどちらかはST-2の手の中に……」
「…………構わん」
「シュガーライツ!ST-2行きます!」
「すまない。コックピット内に簡易席を設けるべきだった。トレーナー、悪いが私につかまっていてくれ」
ST-2は最高速で道路を走り抜ける。
「まさか僕もST-2に入れる日が来るなんて思わなかったなぁ」
何をのんきにと注意をするべきだがライツも内心ワクワクしていた。
『座礁予測地点まで50秒』
Parcaeのアナウンスが流れた直後、正面にコンテナ船を捉える。コンテナ船はそのスピードを緩めることなく岸へと向かっていた。
「ここで降ろしてくれ!健闘を祈る!」
高橋の敬礼を背にST-2はアンドロイドのいる場所へ向かう。
ST-2は波止場の端、船の侵入経路を正面に見据える位置で待ち構えていた。周りに遮蔽物はなく、足元にはコンクリートが広がっている。こちらへ迫る船体の姿が視界に大きく迫る。
コンテナ船の上には10m程のアンドロイド。頭と胴体が一体化したボディに逆関節、両腕にミニガン、肩にバルカンを搭載していている。それはただ殺戮という目的を遂行するためだけに洗練された形をしていた。
風は穏やかで海は凪いでいる。人がいくら争おうと、天気からしたら関係無い。
「武器!」2人はほぼ同時に叫ぶ。辺りを見回すものの周りは開けている。
『衝突まで3...2...1..』
直後、コンテナ船の衝突と共に大きく地面が揺れる。船は大きく傾き、積み荷がバラバラと波止場に向かって崩れた。
「上です!」
キュゥゥゥゥン!
ライツが空を仰ぐとアンドロイドがこちらに向かって落ちて来るのが見えた。どうやら敵は衝突直前に船から飛び移ってきたらしい。銃口はこちらに向けられている。
ブーーーン。ギャリリリ!!
次の瞬間、弾丸の雨がST-2の装甲めがけて激しく降り注ぐ。
「ST-2は銃弾に耐えられるのか?」
「両腕のミニガンはともかく、肩についたバルカンはわかりません!」
「くそっ」
着地した機体と暫くにらみ合いが続く。
「戦い方は僕が指示します!まずは船!落ちているコンテナの近くへ!」
「あれで銃弾を防ぐのか?」
ST-2はコンテナの裏に回り態勢を立て直す。コンテナはST-2の足元を隠す程度の高さしかない。
次の指示を仰ごうとした時、ライツの耳に暖かい吐息がかかった。
「聞こえていますか?」
「あっ……ああ!えと、ああ!」
「作戦を伝えます」
この空間から音が漏れるということは、まずあり得ない。それでもつい癖でトレーナーはライツの耳元でひそひそと話す。
「作戦は以上です。じゃあ、お願いします」
その合図を皮切りにST-2は足元のコンテナを握りしめ、宙に向かって高く放り投げた。コンテナが浮いた瞬間、アンドロイドのセンサーがその動きに引き寄せられる。
「今だ――」
すかさず、次のコンテナを構え、まっすぐに敵の本体めがけて投擲した。
キュゥゥゥゥン。ブーーン。低めの音と共に2投目のコンテナに大きな穴が開き、ふたつに割れた。
その隙にコンテナで作り出した死角から相手の機体に急接近する。バルカンの威力を見た後でさえ止まることは許されない。
距離、残り20m。もう少しで近接戦に持ち込める。作戦は上手くいったと安堵した瞬間、バルカンがこちらを向いていることに気が付く。ライツはとっさに手を顔の前に動かし防御態勢を取る。
バルカンが2度目の空転を始めた直後、高く投げたコンテナが相手の機体の足に直撃した。バルカンの角度がわずかにずれてST-2の足元のコンクリートを抉る。パチパチッと砕けたコンクリートがST-2に降り注いだ。
あれが直撃していたら。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
パニックになったライツは勢いに任せて敵に体当たりをし、重火器の銃身を握りつぶした。馬乗りのまま腕を引きちぎり、ちぎった腕を何度も相手に叩きつけた。
「博士!博士!!」
トレーナーからの呼びかけにライツはハッとする。目の前には先ほどまで交戦していた敵機体が転がっていた。
「勝ったんです!だからもう……」
「ああ……勝ったのか。すまない。君の作戦通り上手く動けていれば……」
ライツはぽつりと呟き、フルダイブを解除した。びっしょりと濡れた身体を気にしながら、手動操作でST-2に片膝をつかせコックピットを開ける。コックピットには潮風と機械の焼けた匂いが吹き込んだ。外の空気を吸うのさえ久しく感じる。
勝利の余韻に浸る間もなくエンジン音が近づいてくる。ライツが顔を上げると、一台の装甲車両が散らばった薬莢に目もくれず目の前に滑り込んできた。
「こちら連邦軍!そこの機体のパイロットに告げる!直ちに投降せよ!」