騎導戦士シュガーンダム 作:しゅがらいっ
取調室には連邦軍人の声が響き渡る。
「シュガーライツ博士、あれはなんだ?」
「何、とは?」
「シラを切るなと言っている!」
取調官がダンッと机を叩いた。取調室に入ってからライツはずっとこの調子である。連邦軍に投降する直前、トレーナーと黙秘をするように話し合っていた。
高橋がトレーナーの提案に乗るなら高橋の筋書きとライツ達2人の証言が食い違う訳にはいかない。もし高橋が乗らなかったらその時は捕まるのだろうか?牢屋とは縁遠い生活を送ってきたライツにとってはショーシャンクの空にくらいしか参照するものがない。
「聖書に金槌……角部屋だと良いが……」
「さっきから何なんだ!もう片割れの男はとっくに自白したと聞いたぞ」
「なら、私が喋る必要は無いな」
チッ。取調官は感情を隠すことなく大きく舌打ちをした。トレーナーがライツより先に自白することはありえない。そこを疑うよりも自身の方が心配である。これが数時間、十数時間と続けばそのとき自分がどうなっているかは想像が出来ない。
ライツが神妙な面持ちをしていると扉が外から2回叩かれる。
「お取り込み中失礼」
返事を待たずに扉を開けた男には見覚えがあった。高橋中佐だ。
人を見上げることの多いライツだが、高橋は他の人よりも身長が高く威圧感がある。取調官をじろりと見てからライツの方を向く。ライツと目が合うと高橋はにこりと笑った。
「貴方の相方がカツ丼が食べたいと言って聞かなくてね……博士もどうです?」
高橋はそう言ってウインクした。これは既に2人は接触しているという合図だと理解したライツはすぐに承認する。張り詰めていた緊張の糸が少し緩む。
「食事が届くまで時間もありますし、お風呂に入って待つのはいかがでしょう?先程の戦いで疲れたでしょう」
勝手に入ってきて話を進める高橋に取調官はひどく苛立っていた。
「さっきから俺を差し置いて適当なことを抜かしてくれる!」
尋問官は激昂し、高橋の胸ぐらを掴むと怒鳴りつけた。
「本作戦を指揮したのは俺だ。その説明は明日、君の仕事はその後で頼むよ」
高橋の言葉に取調官はすっと手を引いて頭を下げた。怒鳴って胸倉を掴んだと思えば今度は謝罪、その光景をライツはただ呆然と見つめるほかない。高橋が指揮をしたと明言したということは少なくとも最悪は免れたのであろう。そのあとは高橋に言われるがまま、ライツは大浴場へと誘導される。
入り組んだ廊下を歩きながら高橋は先程の取調官の態度を謝罪をした。それから暫くして話題はトレーナーの話に移る。
「博士の助手、あれは面白い人ですね。イケると思えば便乗しろと言っていたのに取調室では高橋中佐としか話すつもりはないと言って退路を塞がれてしまいました。挙句、取調なのにカツ丼は無いのかと言われましたよ。まぁ、お陰で丸く収まりましたが」
「彼はトレセンのトレーナーだから、駆け引きというか、その気にさせるのが上手いんだ」
「博士もそのクチで?」
「初めはどうだったかな。けれど今はそうかもしれない」
共通の知人の話がはずむ内に気が付けば大浴場の前に辿り着いていた。
「着替えは用意させます。それと、湯浴みはお一人でも?」
「ありがとう。それくらいなら1人で十分だ。あと、服なんだが……その、風呂場を借りてもいいだろうか?軽く洗いたくて」
「洗濯ならウチの女性隊員が……いえ、わかりました。桶は2つでいいですか。それと、湯浴みが終わりましたら、そこの受話器から連絡ください。それではごゆっくり」
高橋は更衣室の壁にある受話器を指さし、更衣室をあとにした。
「何処までも気の利く人だ……」
ライツは湯気の立ちこめる大きな浴槽に浸かりながら先刻のやり取りを思い返し、ぽろりと口にした。
会話の得意でないライツにとって、1から10を汲み取る相手は説明の手間が省けて有難い。しかし、これは素直に喜べることではない。ふとした瞬間に零した1が10になる可能性すらある。少しの変化に気が付く男とは時として厄介なのだ。
温かい湯に身を包まれて気の緩んだせいかアンドロイドとの戦いがフラッシュバックする。
あの時、弾が当たっていたら。もしくは本当は弾に当たっていて今のこれは死の間際の夢なのかもしれないという、離人症のような、あるいはコタール症候群のような感覚が付きまとって離れない。
そして、トレーナーに会うのが少し怖い。
彼の命を危険にさらしたことさえも、彼は笑って許してしまうのだろう。だからこそライツが自身の過ちに気が付く時には既に引き返せないところにいる。そう予感させた。
「とはいえ、謝罪はするべきだな……」
ゆっくりとはしていられない。ライツは一刻も早くトレーナーに会うために風呂を出る。
迎えを待って、荷物を渡してからトレーナーのいる棟に入った。この棟の作りには見覚えがある。ライツのトレセン時代の記憶だ。薄暗い廊下に松葉杖の音を響かせていたあの頃が鮮明に蘇ってくる。
トレーナーのいるという部屋に着き、恐る恐る扉をスライドさせた。
そこにあったのは身体の所々に包帯を巻くトレーナーの姿であった。ベッドの上にはいるが上半身は起こし、顔はこちらを向いている。
「トレーナー……トレーナー!」
その姿が目に映った途端、ライツは無意識で車椅子を動かした。
「わっ……」
車椅子がトレーナーのいるベッドにぶつかり、ライツの身体は投げ出されてしまう。その勢いでトレーナーの下半身に覆い被さる。
「うっ……」
「よかった……本当に……」
ライツは安心しきったせいで身体に上手く力が入らず、うつ伏せのまま喋り続ける。
「君の指示通り動けていれば……君に怪我をさせることもなかったし、あんな情けないことをせずに済んだのに……」
ライツは自身の不甲斐なさに涙を零した。子供の頃に見た大人達はずっと立派であった。大人になってそれが幻想であったと痛感する。大人とは想像以上に非力な生き物である。
「ST-2を戦わせようと提案をしたのは僕ですし、僕は博士の指示で博士に掴まっていたから打撲で済みました」
しかし、この男は違った。子供の頃に見た大人そのものが色褪せることなく存在している。だからライツは年端もいかぬ少女のよう振る舞ってしまうのかもしれない。
トレーナーは私のことをどう思っているのだろうか?これはずっとライツの胸に厳重にしまわれていた。
「暫くこのままでいいだろうか?」
「ええ」
トレーナーはライツの頭に手を伸ばし、わしゃわしゃと撫でた。
「何をっ!」
「わぁ……ちょっと濡れてる……」
「……からかわないでくれ」
髪をしっかりと乾かす間も惜しんで駆け付けたことが悟られてしまったのではないかとライツは一瞬だけ気になったが、それは些細なことかもしれない。実際そうだし、誤魔化す必要もない。
「お返しだ!」
ライツは身体を起こし、トレーナーにまたがるとトレーナーの髪をくしゃくしゃにした。2人はそのままベッドに倒れこみ愉快に気の済むまで笑った。教室の後ろで戯れていた学生時代に戻ったようだった。
2人が笑い疲れた頃、高橋が食事を持ってやってくる。
「デザートは後にとっておいてくれよ?」
トレーナーと目が合った高橋はカツ丼の入った袋をくいっと持ち上げ、いたずらに笑った。
「そういうのじゃないですよ」
「ま、どういうのでも良いんだがね。こいつを食って作戦会議と行こう」
ファストフード店のカツ丼を食べながら3人は今後起こりうる事の話を進める。
「まずは俺の、顔も知らない上司たちと話してもらいます。目的や計画等の話は俺がフォローを入れます。逆に構想や構造についてはこちらが助けてもらいます。俺たちはミノフスキー粒子発表から約1ヶ月後に接触を開始、特別作戦としてST-2を開発。今日から数ヶ月前には完成していたが、試験投入の場がなく今日に至るという設定で行くつもりだ」
高橋がひと通りの説明を終えたところでライツがもじもじとしているのが目に留まる。 それに気付かぬ高橋ではない。
「博士、どうされました?そろそろ休憩でも取りましょうか」
「えと、そろそろデザートを……」
「デザート?」
「?さっきデザートがどうとか聞こえた気がして……いや、聞き間違いかもしれない」
「ああ、僕も確かに聞きましたよ」
今度はトレーナーがやり返す。ライツの真っ直ぐな反応に高橋は肩をすくめた。
「ああいや悪い。俺が悪かったよ。どこかに置いてきてしまったのかもしれない。上役との会議が終わる頃に食べられるように手配します。ご希望は?」
「駅前に出来た店のにんじんクリームたい焼きパフェというのが食べてみたい」
ライツは伏し目がちに照れながら頬をかいた。高橋は連邦は便利屋ではないと思いながら自分の将来を託す相手を無下にする訳にいかないと飲み込む。
「わかりました。その代わりと言うのもおかしいですが会議ではお願いしますよ」
ライツは少し浮かれた顔で会議室へと向かうのだった。