騎導戦士シュガーンダム 作:しゅがらいっ
重厚な扉を開いた先には10人ほどの官が大きな机を囲むように座っている。会議室と聞いてオフィスの一角のようなものを想像していたライツにとって、荘厳な部屋は息苦しさすら感じさせる。会議室に来るまでに聞いた話では中佐から大将までの階級が集っている。
扉を開けてすぐ、機嫌のよい男性がトレーナーの方へと向かって手を差し伸べる。
「君がライツ君か。よろしく頼むよ」
トレーナーは戸惑いつつその言葉を訂正しライツの方に手をやると、男性は興味がなさそうに「ああ、そう」と言って席に戻った。
次に別の男性が口を開く。
「高橋中佐だったかな?その服に階級章は付いていないようだが」
「こちらで借りたものです。私の服は避難誘導の際に濡れてしまいまして」
「そうか。しかし君も立場のある身なのだし、しっかりとした服装を心がけてくれよ」
「そうさせて貰います。ここでは礼節とは服装で決まると先ほど身をもって経験しましたよ」
高橋が笑い飛ばすと場がしんと静まり返る。
「時間を潰したいなら他所でやってくれ。早く本題に入ろうじゃないか」
奥の方に座る女の発した言葉に全員が耳を傾ける。ライツに軍の階級などわからないが席の位置で序列に見当はついた。
高橋は女に礼をして簡易的な資料を全員に配ると話し始める。
「それでは始めさせていただきます。Global Union Nova Defense Armored Machine 通称ガンダムを使用する本作戦はユーラシア包囲網の一部です。日本の目的はシーレーン防衛への専念ですがアンドロイドが中国都市部を狙わずに北上してモンゴル攻略、そのままオストク方面へ侵攻した場合、元々の東シナ海監視に加え、日本海、オホーツク海の防衛が求められ防御が手薄になります。そうなる前にガンダムを量産し朝鮮経由で北に送って防衛と相手戦力の引きつけを同時に行うのです」
「なるほど、それがあの機体である理由を聞かせてもらえるかな?」
「そうだ、それに人型である意味はないだろう」
ST-2について幹部達の疑問は増える一方である。
「それは博士から説明があります」
高橋はライツの肩をポンと叩きにこりと笑った。
「ああ、まずはST-2……あの機体である意味から説明しよう。人工的な障害物を無視出来る。加えて自然地形もある程度は突破できる。突破出来ない地形があるとすればどの乗り物でも結果は同じはずだ。それとエネルギー源に核融合を使用しているから北の方でも燃料が凍るなどの心配もない。次に、人型なのは……」
ST-2が人型なのは原型がレース用だからであり、戦闘などの優位性の検証は全くしていない。ライツが口ごもると、とっさにトレーナーがカバーを入れる。
「フルダイブ技術の都合上、人型に近い方が操作がしやすいのです。一応、手動での操作も可能ですが反応速度はフルダイブに優位性があります」
トレーナーの説明を聞くと一番奥に座る大将と思われる男が口を開く。
「ライツ博士が戦うのか?」
「部隊が揃うまでは哨戒にあたってもらいます」
「でも、軍人じゃないんだよね?」
「ええ、まぁ」
「高橋君。君、彼女を少佐にして」
「は……?」
「あれ、その為に来たんじゃないの?」
「失礼、階級までは……」
「でも、そうなる。違うかな?」
男は笑顔のまま話を続ける。
「あとは装備か。それも君たちに一任しようかな。包囲網を強化するのは賛成だ。今回のやつはどこかから抜けて来たわけだしね。ライツ博士の階級はこちらでどうとでも理由をつけられるからそこは安心してほしい。ただ、教育は頼むよ。機械共の暴走を止めてくれ」
男の一声で全てが決まると会議室の空気は一気に緩まり、会議は終了した。思ったよりもあっさりとした話し合いにライツはほっと息をつく。少佐という肩書はついたものの、ライツ自身の実感はまるでない。自分がそんな立場に立っていいのだろうか。だが口をつぐみ、顔に表情を浮かべずに会議室をあとにする。開発と改良、量産機設計の際のアドバイスくらいしか今のライツに出来る事はない。
むしろ、頭を抱えていたのは高橋である。上が高橋の思う以上に頭の回転が早く話の進みが円滑で助かった一方、自分が取調官にとった態度の意趣返しを大将に食らうとは思ってもいなかった。大将がライツを少佐にさせようとしているのは一般人を戦わせたという事実の隠蔽であり、高橋の降格処分はしないでおいてやるという提案である。その上で彼女をガンダム部隊のトップに置き、教育係にさせろと言うのだ。
人の世は何処まで行っても貸し借りの世界である。
「明日、長崎に帰ります」
「長崎?随分遠くから来ていたのだな。気を付けて」
高橋の言葉に、にんじんクリームたい焼きパフェを頬張りながらライツは呑気に返事をする。
「気を付けてって……博士もですよ?いや、少佐と呼ぶべきかな」
あ、とライツが発してはじめて状況を理解したような顔をした。トレセンを離れるなどと想像もしていなかったライツはパフェを食べる手が止まる。パフェの上に乗ったクリームがだらりと溶けて手の上にのった。
「教育係になった以上、俺が1から10、いや100まで教えますよ。博士が望むならその先もね」
ライツの指についたクリームをハンカチで拭って冗談交じりに言ってみせた。
「あ、ああ……お手柔らかに頼む」
それを見たトレーナーはすかさず自分も付いていくと進言した。
「君、トレーナーは辞めるのか?」
「九州への転勤希望を出します。受理されなければその時は……」
「では日にちが決まり次第、連絡をくれ」
~
ライツが長崎に移ってから2ヶ月。その間、生活は忙しく開発の合間にふと感じる孤独感や、忙しさの中で意識がぼんやりと過ぎていく日々が続いた。長崎の風景も最初の頃さえ新鮮であったが、今はもう日常の一部である。
ST-2の開発機関である『Planet』の機能の殆どは長崎の新施設に移植されていた。新設されたガンダム部隊にはST-2の他に5機のガンダムが作られ、量産化のめどもつくなど順調に滑り出しをしている。
ライツは国内のDA2L事変をフランスの妨害があったにもかかわらず未然に防いだ功績として少佐の地位を得る。少佐としてガンダム部隊の尉官にパイロットとしての教育を施しながら、自身も佐官として高橋に教育を受けていた。
トレーナーも九州転属が正式に決まり、もうすぐこちらに来るらしい。
「お久しぶりです!博士!」
「ようこそ九州へ」
「博士、大丈夫でしたか?何もありませんでした?」
「トレーナー……心配し過ぎだ」
2人は軽く挨拶を交わすとPlanetへと向かって車を走らせた。
「ST-2の耐久性なのですが、気になって計算し直したら20mm砲なら当時の装甲でも耐えられたみたいでした」
「ああ、こっちに来て武器開発も兼ねて試験をしていたが君の言うとおりだったよ。それにこちらに来てからST-2はかなり進化した。トレーナーもきっと驚くはずだ」
Planetのバンカーに佇むST-2。頭部には40mmバルカンが組み込まれ、装甲も一段と厚みを増している。新たに搭載されたバトルアックスと巨大なシールド、機関銃は兵器の持つ強さの象徴そのものだ。
白と水色、深い青で彩られた機体は人類の希望であると予感させた。
「僕たちでアンドロイドの暴走を止めましょう」
トレーナーの言葉にライツは返事をしてST-2を見上げた。
その頃、中国農村部ジオン本拠地では、地形上の理由からインド方面遠征の取り消しとそれに伴うモンゴル侵攻計画が立てられていた。地図には詳細な計画が書き込まれ作戦も綿密に練られている。
目元を覆うようなデザインの金属製のマスクをした金髪のアンドロイドは沈黙を掻き消すように名乗り上げた。知性と冷静さを感じさせる低めの声が響き渡る。
「モンゴルには私が向かうとしよう」