騎導戦士シュガーンダム 作:しゅがらいっ
ライツはパソコンを睨みながら呻き声を上げていた。
20人のパイロット候補生に対し完成した機体は7。朝鮮出動は2ヶ月後に控えており、それまでに13機まで増やせるそうだがそれでも数が少ない。ライツ自身、1度戦っただけであるし、改修後は1度も戦闘の機会は無い。デモンストレーションでは作戦遂行能力の優位性が認められているが本番環境でどうなるかはわからない。その状態で生産スピードを増やすように打診するわけにもいかなかった。むしろ量産が進んでいるのが奇跡だと言ってもよい程に、話だけで進んでいる。
「アリにユーゴ、カホシコフ、パリトゥエ…この辺りは入れておきたいが…」
ライツはTACネームを呟きながら眉間に皺を寄せた。
個人の成績を優先するべきか、協調性を優先するべきか。ガンダム部隊とは言っても現状の運用方法は戦車部隊の火力支援と護衛に留まる。実績の無いものだけに戦線を任せるわけにはいかないという不安と東京湾に来たタイプのアンドロイドならば戦車で足りるとのことらしい。戦車の主砲と同じ口径のマシンガンを装備してなお、その意見が変わることはなかった。
「どうしたんです?浮かない顔して」
声のする方向を見やるとトレーナーがいた。考え事しすぎでトレーナーの気配に気が付かず、驚きで身体が硬直する。
「ああ、色々あってな……」
トレーナーは軍関係者としてPlanetの出入りを許されているが、軍人ではないためパイロットの情報などの機密は話すことが出来ない。困ったときはトレーナーに相談するのが日常になっていたライツにとっては心苦しいがそうせざるを得ない状況であることにトレーナーも理解を示していた。
ならば別の話をとライツは考える。
「君は確か、かの工業大学出身だと聞いたが」
一瞬、トレーナーの顔がこわばみ、ほどなくして緩む。
「ええ、運良く」
「運、か。経歴を知った時、君のアイデアの源泉はそこなのかと腑に落ちた気がしたよ」
ライツが当たり前のように使う専門用語をトレーナーは過去1度も聞き返した事がなかった。最近まで疑問すら持つことはなかったが、そういった日常に溶け込んだものは無くなってから気付くこともままある。
「お恥ずかしい話なんですけど僕はモラトリアムで工業系に……」
「モラトリアムというには立派過ぎる経歴じゃないか」
「そう見えてしまう。だから僕がトレーナーを目指すと宣言した時、みんな口を揃えて気が狂ったのか?なんて言うんです。本当は誰からも見向きもされなくなりたいと思っていたのかも」
トレーナーは冗談っぽく笑いながら手にもつ飲み物に口を付けた。
「でもね、僕は現にライツ博士の手伝いが出来ている。だから意味なんていうのは後付けでも良いのかもしれません」
ライツはその言葉に胸が高鳴っていた。自分が怪我をしなければ工学を志すことはなかったし、諦めが悪くなければ学園に再び訪れることもなかった。トレーナーが気分屋でなければ出会うこともなかったのだろう。偶然が折り重なって今があるという事実がライツの心を満たしていた。
1つ、聞きそびれたことがある。トレーナーは中央のキャリアを捨ててまで九州に来て良かったのだろうか。けれどそれはライツの胸にしまい込んだ。意味は後付けでいい。ならば選択を後悔させてしまわないようにするしかない。
「そうだ、午後からST-2…ガンダムを使った模擬戦があるんだが見に来ないか?」
「そういえばST-2が新しくなってから1度も稼働したところを見てないですし、いい機会かもしれませんね」
ギンッ!ファァン!
灰色のガンダム同士が剣と盾で近接戦を繰り広げていた。
青空のもと轟音を響かせながら戦うロボットは基地内では名物となっており、今や隊員たちの楽しみである。
ガシャア!片方の機体が大きな音を立てて倒れると歓声がわっと沸いた。機体が倒れたときに部品が飛んでくることだってあるだろうに疑いだって持ちやしないとトレーナーは思いながらギャラリーの並ぶ席へと座る。
「君、見ない顔だな。次の試合、シュガーライツっていう可愛い嬢ちゃんが戦うんだ。見ると良い」
隣に座る40前後の隊員が楽しそうに話す。
ライツは少佐だがその綺麗な顔立ちからか、実年齢より幼く見られることが多い。それとは別に基地内ではアイドル的な人気もあるらしい。
話をしているとST-2が地響きと共に現れる。白い装甲はダイヤモンドのごとく日の光を四方に散乱させ、他の機体とは違う覇気を纏っている。
「あれだあれ、あの白いの。ライツって子が乗ってるガンダムだけ白いのはなぜかわかるか?」
ライツは隊長機だから区別しやすいようにそうなっているのだろう。ST-2の頃からの名残でもある。もしくはプロパガンダかもしれない。
「なぜです?」トレーナーが問うと隊員はにやりとした。
グレーのガンダムとST-2が所定の位置に着くと、先程までの騒がしさが嘘のようにギャラリーが静まり返った。
ビィィ!戦闘開始のブザーと共に両機が走ると激しい剣の応酬が続く。剣戟を終えると両機は距離を取って睨みあう。先に仕掛けたのはグレーのガンダムである。一直線に走るとそのまま斬りかかる。ST-2はそれを盾で受ける態勢を取った。
「貰った!」
グレーの機体のパイロットはそう叫ぶと同時に持っていたシールドを投棄する。空いた手でST-2のシールドを掴んでめくり上げようとした時、ST-2は半歩下がって膝を曲げた。
ドウッ!次の瞬間、大きな衝撃が走る。グレーのガンダムのパイロットはすぐさま状況を確認するもST-2の姿はない。
「ああっ?」
パイロットは理解が追いつかずにいたが、首筋めがけて突き立てられた剣を見て負けを認識した。今の一瞬で後ろに回られた。結果さえわかれど訓練で無ければそれを知ることすら叶わなかっただろう。
「なぜ白いかわかったか?剣撃をくらわないからさ」
隊員は豪快に笑うとその場を後にした。
見事な戦いぶりにトレーナーは感嘆する。盾で足元を隠し、警戒されないように上半身を殆ど動かさずに半歩だけ後退、相手の攻撃予測を少しずらした上でスラスターによるタックルをして、そのまま前宙、相手の上を飛び越える。着地までに身体を捻ることで相手に背面を見せることなく次の一手までの無駄のない立ち回りをしていた。
俯瞰で見ているからこそ、その曲芸を楽しんでしまうが相手のパイロットからしたら終始何が起こっているのかわからないだろう。
ターフの上を走っていた頃のST-2と相違ない動きが可能なのは、フルダイブ技術を使いこなしたライツだからこそなせる業であろう。
模擬戦終わりのライツの元へ寄ると既にそこには人だかりが出来ている。パイロット達にライツが言葉をかけていた。
「テオクルはもう少し肩の力を抜いて、まだ操縦しているという感覚が抜け切ってない」
「は!」
「ユーゴは思い切りが良い。けれど盾を捨てるのが早かったな」
「次は勝ちます!」
「ああ、楽しみにしている」
部下とのやり取りが終わるのを見計らってトレーナーは声をかける。
「博士!見ましたよ。視線誘導の使い方が上手いですね」
「やはり君にはわかるか。ST-2の改良中、フジキセキに手品を教わったことがあって……そのおかげだな」
普段しない動きをする訓練の為にゲームセンターに行ったり、手品を習ったり、爪を塗る練習にウマドルの特訓、時にはママになったりしていたあの頃をライツはふと懐かしく思う。そのすべてが無駄ではなかった。ライツはぎゅっと拳を握ってほくそ笑む。
「意味なんてのは後付けでいい……確かにそうかもしれないな」
~
「ライツ少佐!少佐はおられますか!モンゴルが……モンゴル西部が陥落したとの情報が……」
兵士は地図を広げて戦況を説明する。東京湾に現れたロボットと同じ型が大量に送り込まれ、連邦軍モンゴル支部は防衛が間に合わずにラインを後退せざるをえなかったという。
ライツと周囲にいた候補生達に動揺のざわめきが起こる。ユーラシア包囲網のライン後退、これが意味するのは連邦の弱点を知った上で電撃作戦を指示した指揮官の存在と、それを可能にする物量である。一方で、数日で作戦を遂行出来る戦力を何処かから持ってきたのだとしたら包囲網の何処かが薄くなっている。これはピンチと同時にチャンスでもある。
「作戦開始を1週間後に早めるぞ。それとベトナム経由でインド、カザフスタン、ヨーロッパに戦線の穴を探すよう要請してほしい」
「了解!」
来たる戦闘に備えて各々が準備を始める。その時はまだアンドロイドの作戦の真意を知る者は1人としていなかった。