騎導戦士シュガーンダム 作:しゅがらいっ
朝鮮半島上陸から1週間、ライツたち九州第五機械化部隊騎導科はモンゴルの現地部隊と合流、防衛作戦を立てていた。ライツたちが到着するまでに戦線は更に東へ移動しモンゴルの首都であるウランバートルにまで達しようとしていた。
騎導科の到着から戦線は西にじりじりと押し返しつつも戦闘は膠着状態となる。モンゴルでの膠着状態は連邦軍の目的通りであったし予定を早めたことによる作戦継続の限界でもあった。
相手の機体は東京湾に出没した型と同じである。連邦は機体の刻印からCL-05と名付けた。
マシンガンの3点バーストでCL-05は殆ど倒せてしまうし相手の20mmバルカンは当たったところで表面がほんの少しへこむ程度である。それに何より都市での戦闘を想定して作られた機体は両腕がミニガンのために古典的な落とし穴に弱い。最初の数日こそパイロット達は怖がっていたが今ではすっかり慣れきってしまい、緊張感はまるでなくなっている。
赤い機体の目撃情報が出始めたのはちょうどその頃である。戦車部隊の支援にあたっていたガンダムが赤い機体と交戦し、部隊の8割を損耗。命からがら帰投した機体に片腕は無く、全身が煤にまみれている。
「向こうも隊列を組んでいました。5機編隊で赤い奴に隊列を崩され……」
パイロットのほとんど一方的に攻撃されたとの証言は部隊に再び緊張をもたらした。
戦闘記録を確認すると赤い機体は他の量産機よりもひと回り大きく、その両腕には五指があり、バルカンのあった肩部には多連装ロケットの箱が積まれている。
状況を鑑みて部隊支援は二機一組で行うようになったが、回数は半減していた。しかし数週に1機のペースで新機体が内地から送られてくるため、現場は悲観的にはならず、ライツはほっとしていた。
「私が思うに奴は夜に現れる」
赤の機体は夜に溶け込む。夜戦専用機体が移動中に止むを得ず交戦したのだとライツは予想する。しかしライツが赤い機体のパイロットならば、夜にしか動かず日の出る間は迷彩シートでも被せて隠すだろう。合理性を排してまで昼に動いた何かしらの理由があるとすれば……
「奴が何処に向かったのかわからないのか?」
「目撃情報を順に並べれば北上していると思われます」
「ロシアに抜ける気か?ダグワドルジ中将、私は部隊数人を引き連れてロシアに向かう。中規模の戦闘を行ったからには必ずどこかで補給するはず」
「まずいなぁ、ジオンの目的は鉄道の破壊だ」
ダグワドルジ中将は顎髭を撫でながらぽつりと呟いた。
「鉄道?」
「ああ、少佐は外から来たから知らないのも無理ないが、そもそもモンゴルってのはロシアからの鉄道輸送にかなり依存しているのさ。敵さんはその動脈を切ろうって魂胆だな」
ライツはきょとんとして頭の中で自分の見解との相違を擦り合わせる。高橋と大将とみられる男とのやり取りの中は海を越えるかどうかの話で終始していて鉄道など一言も出てこなかった。そもそも現在、モンゴル、中国東部には人も軍もいる。包囲網は陸地で機能しているのだ。海がどうとの話がなぜ出てきたのか。考えれば考えるほどに予測は嫌な方へと進むが、今はとにかくやれることをやるしかない。
ライツはダグワドルジ中将と共にウランバートル北上に位置するロシア『ウラン・ウデ』の防衛計画を立て始める。
「しかしなぁ……ウラン・ウデを守っても既に取られた西部から入られたらどうしようもない」
「ロシアには西部に戦力を集中させるよう要請し、我々が赤い機体を抑える。出来れば破壊したいが……一応線路を修理する材料を中国から取り寄せておいてほしい」
「作戦は今晩から開始する」
ライツは3機のガンダムを引き連れてロシアへと向かった。
ロシア国境付近に到達した頃には日付が変わろうとしていた。あたり一面が山に囲まれており、一帯はまだ雪を被っている。ここでもまだ折り返し地点であり、到着する頃には朝方である。
「少佐、もう少しで国境ですね。このあたりはもっと暗いのかと思ってました」
「ああ、確かに……」
ロストベルトの影響は宇宙への進出を阻むに留まらなかった。薄く宙を漂う破片は陽光を受けて大気を照らすことで夜の空は明るくなり、星は減った。ロシア国境一帯に積もる雪はロストベルトの光をあらゆる方向に反射させていた。時計さえ見なければ今が夕方や朝方であると言われたとしても疑いを持たないだろう。
「少佐の機体はともかく、我々の機体は色が目立ちますね」
騎導隊はライツの機体を除いてモンゴルの土地に馴染むよう迷彩を施していた。ライツの機体はメディアへの露出も兼ねているため白いままだが、結果的に雪国では目立ちにくい。
そうなると、あの赤色は余計に不可解である。雪国ではともかくモンゴルにも馴染まない。普通であれば木々に馴染むように緑や茶色に落ち着くはずだ。量産機ならば局所運用しない限り色が統一されているはずである。
あの機体はサイズもガンダムと同等、ワンオフ機であってもおかしくはない。
ライツには心当たりが2つある。
「いや、まさか……」
「少佐!何か来ます!」
目の前から光を放ちながら急接近してくる物体にST-2は盾を構えた。
ギィン!盾越しにとてつもない衝撃が走る。
「赤い機体!こいつが……」
赤い機体は一撃目の勢いでST-2の後ろに回ると、もう一度、急加速をかけてマチェーテを振るった。
ライツも後ろに引きながらバトルアックスで応戦する。
「来たな、ライトニングガンダム!」
ST-2を介して伝わってくる通信の声色は戦闘中にもかかわらず一切の焦りすら感じさせない。ライトニングガンダム。その呼称がライツの戦果を物語っていた。
「Parcae、相手の通信を傍受してくれ!」
ライツが映像で見た時よりも相手の動きは速い。実際に対峙してみると体躯は情報より小ぶりに見える。近接戦に持ち込んだのは援護をさせないようにするためだろう。
待ち伏せされていたのだとしたら、戦力の操作も可能である。
「周囲に警戒!」
ライツの指示の直後、隠れていた大量のCL–05が一斉に他の隊員達に掃射を始める。ST-2を狙ってこないのは相手も同じ理由からだろう。
「量産機は任せた!私は赤い機体を引きつける!」
そう口では言ってみせたが、緩急の激しい攻撃を捌くので手一杯なのが正直なところである。
相手の武器を破壊出来れば戦況は変わる。ライツは防御にまわりながら盾をインパクトの直後に横へ僅かにずらす。
キンッ……盾とマチェーテに隙間が生まれもう一度マチェーテが当たる。盾の左側に銀色の破片を捉える。マチェーテの刃先である。相手もそれに気が付いたようだがST-2は既にバトルアックスを振る構えをしていた。
「いけぇぇぇぇ!!!」
次の瞬間、ライツの脳内に電流が走った。
勝ちを確信した喜びから来るものではなく、もっと本能的な、動物的と言ってもよい恐怖。
ずっと持ち続けていた違和感の正体が頭の中でようやく1つに繋がる。
推定重量の割に速い機体。映像で見た時よりも小ぶりに感じた理由。赤い色。待ち伏せ。その全てが一点に交わるとキラキラと輝きを放った。
ST-2は斧を握る手を緩めると身体を後ろへと傾ける。右足のスラスターだけを稼働させて足を擦りながら機体を無理やり回転させ、首だけを先に後ろに向けた。
タタタタタッ!強烈なフラッシュと共に頭部のバルカンが火を噴く。
バルカンの狙う先は、ST-2めがけて撃たれたミサイルである。炸裂したミサイルが夜の空をカッと照らした。
肩部に積んでいた多連装ロケットを外して地上に設置することでニ方向からの同時攻撃を画策する赤の機体の意図をライツは見事に読み切ってみせる。
「ほう、今のを避けるか」
赤の機体から嬉しそうな声が通信を介して聞こえてくる。今までのどの相手にも感じない恐怖と迫力の中にライツは心地よさを覚えていた。自分が開発した最高傑作であるST-2をもってしてもここまでの苦戦を強いられる相手を前にアドレナリンによる思考の加速、今まで気にもしなかったもの同士が接点を持ち始めている。
赤い機体を倒すための兵器に関するアイデアがライツの中で無限に湧き出てくる。これを生きて持ち帰らねば。
「終わりにするぞっ!赤いの!!」
「受けて立つ!!」
相手の兵装は無し。ST-2の兵装は盾1枚。ST-2は全速力で走りながら盾を構える。距離30m、ライツは盾を斜めにして機体へと体当たりをする。インパクト直前、ST-2の頭にマチェーテが刺さる。ライツはそれを無視して盾を押し込んだ。
ST-2の攻撃よりもほんの数秒マチェーテの接触が速く勢いが相殺されてしまったものの、赤い機体はバランスを崩し倒れている。ライツは盾を投げ捨てると相手機体に覆いかぶさり胴体を掴んでそのまま走った。
「初戦はブラフか!」
赤い機体はアスファルトに擦りつけられ、火花を散らす中で脚に収納していた3本目のマチェーテを取り出してST-2の腕の関節めがけて何度も攻撃をする。
ライツは身体を起こして距離をとる。赤い機体は逆関節の脚を損傷し回路にダメージを負っていた。ST-2の左腕も半分ほど切られており、お互いに攻めあぐねていた。
両機体とも満身創痍の中で睨みあう中、後方部隊の方角から1機のCL-05がやってくる。
「部隊損耗率が6割を超えました」
「こちらも兵器を使い果たした。撤収だ。また戦場で会おう。ライトニング」
傍受した通信からそう聞こえると赤い機体はスラスターを使い、跳ねるようにしてその場を撤退した。
「待てっ!」
ライツの声は空に消えた。ほどなく背後から巨大な爆発音がしてキノコ雲が見える。ライツはハッとして残した部隊の方へ駆け寄る。
1機のガンダムが大破し、残る2機もかろうじて稼働するものの激しく損傷していた。
「大丈夫か⁉それに爆発……」
「ユーゴが!ユーゴが……」
ユーゴと呼ばれていたのは騎導隊の2期生パイロットである。ユーゴの乗っていたガンダムのコックピットはひしゃげており、フレームから歪んでいる。機体には冷却液ではない色の液体が滴っており、足元の雪の色を変えている。
「2人は先に帰投して救助連絡……私はユーゴの救出作業を行う……」
「わ、わかりました。ユーゴのこと頼みます!」
「…………ああ」
部下2人の影が見えなくなるのを確認してから、ライツはひしゃげたガンダムを引きずって動かし、雪を被せた。機体が敵に渡らない為のカモフラージュである。左腕が損傷してなければもっと早く雪を被せ終わっていたはずだとライツは心の中で文句を言うが、手が悴まないだけマシであった。
雪を被せ終わると爆発地点の確認、自分が投げた武器と敵機体が落としていった兵器の残骸を探し始める。情報収集が目的ではあるが、これが本当に重要なのかは大した問題ではない。じっとしていたら考え事が増えてしまう気がして、それを避けるために回収を続けた。
13時間後、機体回収部隊が到着し、ライツたちはウランバートルに帰投した。