騎導戦士シュガーンダム 作:しゅがらいっ
大規模戦闘から数日、テレビや新聞、ネットニュースは大規模戦闘の話題で持ち切りである。もちろんこれはモンゴル国内においてであり、他の国がどう見ていて評価されているという情報は入ってこない。
現地ニュースではガンダム部隊の戦果が大々的に公表される一方、部隊の損耗については語られることはなかった。隊員の死は連邦軍によって隠蔽され、無かったこととなっている。
赤い機体には逃げられ、部下と機体を失った。戦略的には素晴らしい戦果であると皆口を揃えて言うが、それは紙や液晶越しに数字だけ見ているから言えることなのだとライツは思う。相手は人でなく、こちらに大義があることがせめてもの救いである。
このところ、報告が続いている。戦闘のレポートに部下の評価。武器や部隊の評価などに加え、広報としてメディアに露出することも増えた。英雄的な扱いをされるのは未だに慣れない。
モンゴルに来た当初、与えられた部屋は広くて落ち着かないと思っていたが、今となってはここが1番何かに追われずに済む場所となっていた。
「ライツ少尉。少しいいですか」
声を掛けて来たのは大規模戦闘で一緒に出撃した加藤少尉であった。
「加藤少尉……その……ユーゴのことは済まなかった」
「私達が攻撃されてた時、少佐は何をしていたんです!少佐がいればこんな事にはならなかったのに……!」
部屋に怒号が響いた。
あの時の判断は決して間違ってはいなかった。正解を引き当てたその上で、ままならないことは幾らでもある。だからこれは必要な犠牲だった。などとは口が裂けても言えない。理性の部分では理解をしていたとしても、理性だけで動けるほど人間は賢くもなければ冷徹でもない。
彼女だって理解しているはずである。仲間を喪った悲しみを昇華しきる前に、英雄と担がれ両手に花を持たされる残酷さを共感出来る市民などいない。誰も立ち止まることを許さない。だから振り上げた拳を何処に向けていいのか迷ってしまう。それはライツも同じである。
「私だって……私だって!部下を殺す為にはるばる来たわけじゃない!私じゃなくもっと優秀な士官がいたらこんな事にはならなかった。そんなのわかっている……」
ライツが反論すると、入口から大きな溜息をつきながら別の隊員が入ってくる。騎導隊パイロットの1人である川島中尉である。
「ガスタ、隊長に迷惑かけるなって言っただろ」
川島はそう言うと「メカニックが呼んでいる」と言って、その場からライツを連れ出した。
「すみませんね隊長。あいつユーゴが死んでからああなんですよ。隊長の方が詳しいかもしれませんが、悪い奴じゃないんです。もっとも、アレが続くようなら悪い奴ですがね。それにね、どんな選択をしたって後悔はするもんです。もしもったって後悔してから振り返るんですから、そりゃあ良い方に考えるもんですよ」
長崎にいた頃、この川島という男はパイロットの成績は下の方でありながら向上心を感じられずにいたが、モンゴルで実戦を経てエースの1人になっていた。それだけに留まらず隊員のケアまでしている。パイロットの素質は有事になってみないとわからないものだとライツは思う。これを素直に喜べるほど楽観的にはなれない。
「メカニックも色々言いたくなっちゃってる顔してたんで覚悟しといてくださいよ?」
整備工場に着くなりメカニックのリーダーが怪訝な顔をして寄ってくる。
「機体を見たぞ!生身の人間みたいな戦い方をするんじゃない!人の傷は放っておけば治るがな、機械はそうはいかんのだ」
「まぁまぁ……隊ちょ……少佐もわかっていますよ。わかっていますがね、戦場は戦場で余裕ってものがないんですよ」
「わかってないだろう!隊長機の膝と腕の傷!結構な距離を擦らなきゃ焦げ跡なんてつかないさ」
「それについては謝る。だが、同時に感謝もしている。今回の作戦の成功はあなた方の日頃の整備あってのものだ。礼と謝罪を含めて、今度ここの皆で祝勝会でもどうかな」
場がわっと沸いて隠れて見ていたメカニックたちがライツ達を囲んだ。メカニック達も展開を予想していたのか、リーダーが怒れないように大げさに喜んだ。
「じゃあ、次の作戦も生きて帰ってもらわないとねぇ?」メカニックの1人が言った冗談でその場は明るくなったが、ライツの頭にはユーゴの影がちらついていた。彼なら祝勝会を開くことに賛成するだろうが残された者がどう思うかなどわかったものではない。
こんな処世術ばかり上手くなってどうする、と心の中で呟いた。
「隊長、ダグワドルジ中将が晩に会議を行いたいと」
まだあるのか。と言いかけてきゅっと口を結んだ。一日に何度も用が続くと気が滅入る。あまり社交的でないライツにとってはST-2に閉じこもっていられる戦場の方が落ち着く気がしていた。
同日夜、軍会議室では会議という名目で小規模な食事会が開こうというのだ。食卓の上には高級フレンチと、国が半分取られているというのにそこに焦りは感じられない。会議前に次の作戦の資料をまとめていたライツは肩透かしを食らっていた。
「先の防衛戦、協力に感謝する。すまないがこれも俺の務めというやつだ」
ダグワドルジ中将はそういうとワインを開け、ライツのグラスに注いだ。エチケットにはシェリリボーグ2016と書かれている。
「日本生まれの少佐にシェリリボーグを出すのはどうかとも思ったんだがな」
シェリリボーグのワインは『不変の価値』という理念の下に生み出された日本産のワインである。
完全室内、日射に気温、土に含まれる水分量までも制御下に置き、品質を保っている。それらを値段に転嫁しているために値こそ張るが、いわゆる当たり年が存在せず、価値の変動はない。
ワインとは飲み物であるという創業者の思惑通りに市場に並んでいたが、ロストベルトの発生から明るい時間が増えてしまい、世界のワイン畑は今後十数年は不作が約束されている。
皮肉なことに生産量が変動しないシェリリボーグはワイン愛好家にとって計り知れない価値を持ってしまった。今や皆が不変に価値を見出し、飲み物から投資対象に戻ってしまったのである。今となってはもっとも価値のあるワインである。
「同じことを続けるのは安定のように見えて右肩下がりの表現であると言ったのは少佐の国のアーティストだったと記憶しているがね、俺はそれが悪い事だとは思わない。そもそも室内栽培による値段の転嫁が出来た背景こそ、ワインの歴史そのものの証左でもある。真の意味で不変など存在しえないのさ」
「中将は私を励ましてくれるのか」
「さてね。年寄りってのは喋りに説教くささが出ちまうもんなのさ」
ダグワドルジ中将はワインの注がれたグラスをライツのグラスに軽く当てると再び口を開く。
「それで、今日呼んだのは日本から報告があってな」
ダグワドルジ中将は後ろに控えている隊員の方を向いた。
「はっ!各国からの報告の結果、戦線に異常は見られなかったとのことです!」
「そんなはずあるか!」
ライツは同様のあまり、机を両手で叩いて立ち上がる。
全ての戦線を維持したまま、あの量の部隊を投入出来るはずがない。誰が見ても明らかである。少なくともモンゴルの戦線には変化が見られなかった以上、他国から戦力を持ってきているはずである。
「十中八九インドでしょうなぁ……」
「なぜインドは協力しないっ!」
「ウチの鉄道のようなものさ。インドは主要な水資源がチベットという高原にあり、そこら一帯をアンドロイドに占拠されている。勝てる確信が持てない限りは動かんだろうな。相手の事情や文化を理解せねばならんのさ。寧ろ俺には日本がここまで我々を支援したのが意外なくらいさ」
「これはまぁ、連邦軍人ではなく私人としての独り言なんだが、中国はこうなる前から他国と多くの問題を抱えていたんだ。ウチだって、日本でさえ例外ではないだろう?だから皆、口では平和を願うがね、中国からの脅威がアンドロイドに置き換わった今の方が周辺諸国にとってはむしろ安定していると言ってもいい」
ダグワドルジの言葉にライツは脚の力が抜けてへたりと座り込んだ。他国に自分と同じ熱意で動く人がいないのならば、ユーゴもモンゴル軍の犠牲も無駄死だったこととなる。
「なんの為の連邦だ……」
「言いたいことは分かるがな、民族間の対立ってのが条文たった数行で解決して今日から無かったことに出来るほど人の歴史は短くないのさ。リベラルは内在的な価値観を重視するが他国の存在を軽視し過ぎるきらいがある。倫理を空論にしないために我々がいるというのに」
「それは……そうかもしれないが……希望を見出せない社会を生き抜けるほど人は強くはなれない……」
「はっはっは!それもそうだ。少佐は少し融通が利かない部分があるがな、少佐の理想に乗るのも悪くない。この危なっかしさがカリスマってやつなのかもな。何かあれば俺を頼ると良い」
ダグワドルジ中将は豪快に笑うとグラスのワインを飲み干した。
「何故私にここまでしてくれる」
「アンタは若い頃の俺にそっくりだ。だから信じてみたくなるのかもな」
食事会が終わる頃にはライツには何年か分の経験を一度にしたような疲れが身体に溜っていた。今思うとあれは会議だったのかもしれないと終わってみて思う。ライツたちは客で、それ故にもてなされていたのだ。悠長に感じたあの場こそ自分たちの為に用意されていたもので、勿論そんな余裕など本来はないのだろう。
ライツは深く溜息をついてそのままベッドに飛び込んだ。日本に戻ったら色々聞かなくてはならないことが随分と増えた。日本の思惑に、在り方。自国が手の届く範囲だけでも正しさを唱えていてほしいと願う。
最初に来たのがここだったのは運が良かったのかもしれないと、小さな希望を胸に秘めて瞼を閉じた。
2週間後、防衛装備品がモンゴルに到着し、入れ替わりでライツたちに日本への帰投命令が出たのであった。