騎導戦士シュガーンダム 作:しゅがらいっ
船に揺られてライツが最初に目にしたのはトレーナーと高橋の姿である。軍港に来るからには何かしらの用事があるのは確かだが、帰って来たのだと実感するには十分な光景であった。
高橋や部下に簡単な挨拶をしたあとライツはトレーナーと行動を共にする。
「博士が急にいなくなるから驚きましたよ」
「すまない。極秘作戦だったもので」
ライツがそう口にしたあと、空気が静まり返る。極秘作戦だからではない。手紙でも送ろうと思えば送れたのだ。忘れていた訳でもない。ただ、選ばなかったのは自身である。
建前ばかり上手くなると思っていたライツだが、今でやっと半人前なのかもしれないと内省した。
ならば、とライツは沈黙の中、口を開く。
「きょ、今日は休みだし、ウチで飲んだりしてみてはどうだろう?」
埋め合わせの誘いなどしたこともないライツには、これが精一杯の誘いである。
「車で来ているんです」
あっさりと断られてしまったと沈むライツを向いて「近くにホテルとかあります?」と付け加えた。
長崎に来たその日には今の部屋が割り当てられていたし、近くのホテルなど調べたこともないライツはその言葉の意味を深く考えずにいた。基地のゲストルームの有無すらもわからない。
「明日早くに用事がないなら家に泊まれば良い」
言った後で自宅に男を泊めることの意味が脳裏に巡る。ふと駆けたそれが何もかもにまとわりつくのは当然の結果である。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
ライツは内心、安堵と焦りが交錯するのを感じながら、小さく何度も頷いた。
「心配だなぁ」と冗談っぽく笑うトレーナーには緊張が見透かされているらしい。
「君と私の仲だからだ」とわざとらしく返事をして平常心を装った。それも、半分は真実である。
その後、二人は軍港をあとにし、ライツの官舎へと向かう。道中、特別な会話はなかったが、気まずい沈黙でもなかった。こうしてゆったり海を眺めるのも久しぶりである。
車の走る音だけが、静かに二人の間を満たしていた。
〜〜
晩酌を始めて1時間か、2時間が経とうとしていた。
ここでは時間がゆったりと流れている。ご飯を食べてお酒を飲んでも、まだ21時である。ライツは気付かぬ内に忙しさに身を任せて生きていたのだと実感していた。
「平和ってのは退屈で良いものだな」
「でも、退屈ばかりだと人は変革を夢見るものですよ」
「トレーナーは退屈か?」
「いいえ?あまり大きな声じゃ言えませんが、ジオンが現れてからは退屈してませんね」
「それもそうか」
心做しかトレーナーは現状を好意的に受け取っているように見える。戦争を肯定するような人ではないことは知っている。ただ、戦時の今に居場所を見出してしまったのではないか、とライツは感じ取っていた。ライツも似たような状況だから、想像にかたくないのだ。
「そう言えば、どうでした?モンゴルは」
「晴れていた。空気は乾燥していて、夏なのに肌寒かった……街は結構普通というか、行く前は遊牧民の国という印象があったんだが、実際は鉄とコンクリートで埋め尽くされていた。あと、平らな犬もいた……」
なるべく旅行に行ったくらいの態度で喋ろうと心掛けたが、戦場での景色は脳に焼き付いて離れない。酒の力もあり、つい口にしてしまう。
「凄腕のパイロットと、戦ったよ」
「機体が1つやられたんでしょう?」
「どこで聞いた?」
「どこでって……算数くらい出来ますよ」
情報統制は取れている。ただ、整備部門や開発部門所属の人間には効果がない。そしてその軽口こそライツとトレーナーの、酷い戦場を見てきた者とそうでない者の溝である。
まだウマ娘と相違ない大きさのST-2を完成させた時から今に至るまでどれほど時間が経ったか。一番近い関係からは少し離れてしまったのではないかと思う。
そうではないと信じたい。思うたび、グラスに口をつけていた。
「大丈夫ですか?飲むペースが早い気はしてましたけど……」
トレーナーのこもった声が脳を揺らしている。
「ベッドでしばらく横になれば平気だ……」
ライツは立ち上がろうとして、手を滑らせてグラスを倒した。中身が殆どからであったのがせめてもの救いである。見かねたトレーナーはライツを支えながら寝室に連れて行った。
「ところでトレーナー。君は私より年下だと聞いたのだが……」
「そうなんです?同世代くらいだとは思っていましたが……」
「年上は……どう思う?」
「特には何も……何かあるんです?」
「いや……私の未熟さが私だけのものだと少し残念に思っただけだ」
「これだけの成果を出して、まだ望むのは何が駆り立てているんです?」
「私達の作った物が戦場に優先的に送られて、そこで死ぬ……棺を作りたかった訳じゃあないんだよ……」
「また言う。救えた命を数えようとしないのは博士の悪い癖です」
そう言って、トレーナーはライツをベッドに横にさせてリビングへ戻ろうとする。服が引っ張られる感覚がしたのはそれと同時だった。
「君にも、悪い癖があるだろう?だったら今すぐ直したらどうだ」
「簡単に直せないから癖と呼ばれるんですよ」
「それもそうだな……」
ライツは毛布にくるまってため息を吐いた。久しぶりの寝室は少し埃っぽく、朝一番に掃除機をかけようと考えるうちに瞼が閉じていた。
~~
「少佐には見当がついているのか?」
「見当?」
高橋の質問にライツは無意識に返答していた。ライツの中に前日の酒が残っている様子はない。
「内通者さ」
「スパイがいるのか……?」
「だからあの映像を送ったのでは……?」
港に着いたその日に渡した戦闘記録を高橋はもう確認しているというのだ。そのうえで質問すら投げかけてくる。
「ライトニングはおそらく少佐の識別コードだろう?それ自体は不思議じゃない。けれど相手はガンダムと言った。つまりはこちらの情報を知られているということだ」
現在でもテレビはある。それで知ることも不可能ではないが、高い電波塔があったとしてミノフスキー粒子の影響を無視はできない。
現在のミノフスキー粒子濃度は過去のいつよりも高い。
核融合時に副産物として発生するミノフスキー粒子だが、エネルギーを取り出す際の力場の安定化のためには常に高濃度である方が都合が良く、故に空気中のミノフスキー粒子濃度も高まっているのが実情である。
石綿、いわゆるアスベストのように後になって粒子による健康被害が確認されたとしても人類が以前の生活様式にシフト出来るのかは疑問であるし、快適さを捨てる覚悟があるようには見受けられない。
ミノフスキー粒子の影響下において相手の占領している地域までは電波が届くことはないという見立てが高橋に内通者の存在を結論付けさせた。
「問題は誰が情報を得てどう伝えているのかだな。通信で内部情報を流しているのだとしたら、ある程度の距離まで寄らなくてはならん。電波の届く距離とは即ちレーダー探知の届く距離と言って差支えないだろう。つまりは人間が仲介している可能性は高い」
「大陸のどこかか……モンゴルでないと信じたいが」
言いながらライツはダグワドルジの会話をふと思い出していた。
「そういえばユーラシア包囲網において重要なのはアンドロイドを海に出さない事だと中佐は言っていた気がするが、アンドロイドは鉄道を奪おうとせず、寧ろ破壊した。彼らとの間に認識のズレがあったりはしないだろうか」
「鉄道破壊はいくつか意味を持つ。ひとつはラインの大幅な後退。鉄道で物資が届かないとなると海側に近付かなくてはならない。ふたつ、現時点で港を抑えても逐次投入の形になる。つまり残しておいても即有効利用できない」
それに、と付け加えて高橋は話を続ける。
「あの時の会議での焦点はガンダム計画を承認させることだった。つまりは連邦のというより、日本のドクトリンに基づいた計画であることを強調しなければならなかった。大将もそれを理解していたから他の細かい問題を指摘せずにいたんだろう。この問題が解決して均衡が崩れた状況下での恩と恐怖は計り知れないからな」
「日本の国益に沿わないのなら行動を起こす必要はない……と?」
薄々感じていた違和感が嫌な形で証明されてしまった。ガンダム計画は人類の希望としてではなく戦後のイニシアチブの獲得が目的だったのだとライツは今になって知る羽目になるとは思いもよらなかった。
「そう解釈してもらっても構わない。どの国もカナリアになるつもりなどない」
高橋は未知数な男である。打算的であるが同時に机上の空論をもっともらしい論理で語っているだけではないかという気さえした。戦いの最中だというのに勝った後の世界をどうするかなど気にするのは相手を軽視しているようにライツには映る。
「さて、話を戻すが奴はマチェーテでST-2の頭を貫いた時、ブラフがどうのと言っていた。勝負を決めるならコックピットを狙うはず……」
「つまり相手は頭の位置にコックピットかメインCPUがあると?」
「可能性は高い。が、これに関しては少佐の方が得意だろう?」
高橋は敵の弱点は頭部であることまで見抜いてみせた。ライツが軽視しているように見えた態度は、むしろ情報を的確に理解しているからこそなのかもしれない。しかし、客観視が過ぎるのも褒められることではない。
「私はまだまだだな……」
「ここで知れたと考えるんだよ。自信がなくたって堂々としていないと。不安は部下によく伝わる。他だって知っていること、あるだろう?俺だって君をカナリアにするつもりはない」
ライツは現時点の材料から、今後の展開を思案する。前回の戦闘を考えると全く同じ機体で来る可能性の方が低い。
逆関節が原因で自力走行が不可能になったのだから、脚周りのケアか交戦距離の拡大を図るはずである。脚を変えると当然、重心も変わる。となると重心を低くする為にコックピットに該当する場所は低く設定される。関節のデザイン次第ではコックピットが胴体になる確率は必然的に上がる。
「次は胴を撃ち抜く。その為の装備を手配しないと」
「そうさ、その意気だ。武器に関してなんだが今度はインドネシアに出動してもらう。そこでトレーナーを随伴させ、現地で開発及び改良を行ってくれ」
「トレーナーも?彼にも仕事がある」
「そこを考えるのは俺たちの役割じゃないさ。それにもう、答えなら貰っている」
「わかった。準備を始める」
「それまでに俺も出来ることはしておくつもりだ」
ひと月後、ライツたちはインドネシアへと向かうのであった。